サイエンス

「お酒は乳がんを引き起こす危険がある」という事実がなぜ見逃されてきたのか?

by Annie Spratt

情報メディア「Mother Jones」のライターであるステファニー・メンシマーさんは、乳ガンから手術を受けた女性。健康情報に敏感なメンシマーさんは砂糖やプラスチック、日焼け止めなどに発がん性があるということを理解していましたが、アルコールについては「ワインは心臓疾患を予防する」といった、「適度な飲酒は健康によい」という考えを信じていました。しかし、アルコールに発がん性があるということは、過去の研究から揺るぎない事実として示されています。なぜこのような誤解が生まれてしまったのか?ということについて、アルコール業界の歴史から明らかにしています。

Did Drinking Give Me Breast Cancer? – Mother Jones
https://www.motherjones.com/politics/2018/04/did-drinking-give-me-breast-cancer/

1988年、世界保健機関(WHO)の外部組織である国際がん研究機関(IARC)によって、アルコールはグループ1の発がん性物質に分類されました。アルコールは少なくとも7種のがんの原因となると見られていますが、その中でも乳がんは多くの女性を殺しており、毎日お酒を飲むと乳がんになるリスクが7%上昇するとIARCは推定しています。過去数十年間に行われた100以上の研究結果から飲酒と乳がんの関係は明白であり、議論の余地すら挟みません。しかし、アルコール摂取の安全量ははっきりしておらず、アメリカ国立がん研究所は低レベルのアルコール摂取であっても乳がんのリスクを上げると示しています。

健康ニュースに敏感なメンシマーさんは、「ワインが心臓疾患のリスクを低くするとは知っていたけれど、がんを引き起こすとは聞いたことがなかった」と自身ががんになって驚いたといいます。そして砂糖・プラスチック・ミルク・シャンプー・日焼け止めなど、がんと関連すると言われるものは数あれど、なぜお酒だけがその中から抜けているのか?と考えるようになりました。


がんとアルコールの関係については1970年代から研究されてきました。研究によると、飲酒を行うと、口の中に存在する酵素がたとえ微量であっても、アルコールをアセトアルデヒドに変換します。そのため、1日に3杯以上飲酒を行う人は、飲酒をしない人に比べて口腔がんになる確率が2~3倍高いそうです。また、アルコールは口の中の細胞を破壊することもわかっており、喫煙と並んで食道や口のがんのリスクを上げるものとして知られています。そして口から喉を通って大腸まで、アセトアルデヒドに変換されたアルコールは細胞を傷つけ続けます。肝臓は解毒を行う器官として知られていますが、アルコールは肝臓の組織を傷つけ、アルコール性肝硬変をもたらし、肝臓がんのリスクをも上げます。

またアルコールは女性の体においてエストロゲンのレベルを高め、胸における細胞分裂を促進します。細胞分裂の中で変異が起こり、最終的に腫瘍を生み出すとして、アルコールは乳がんを引き起こすとみられているとのこと。

by Benjamin Balázs

研究者らは、アメリカの乳がんにおいてアルコールが関わっていると見られるケースの割合を全体の15%ほどだと見ており、これはBRCAという遺伝子の変異によって引き起こされるケースのおよそ3倍です。アルコールが乳がんをもたらすリスクは、喫煙が肺がんをもたらすリスクに比べると小さいものの、飲酒運転によって女性が死亡する数の約2倍。また、マンモグラフィーを受けることによって乳がんによる死のリスクを25%減らせるといわれていますが、1日に2~3回の飲酒を行うことで病気の生涯リスクは15~25%上昇するため、アルコールはマンモグラフィーの効果を打ち消すとハーバード T.H. チャン・スクール・オブ・パブリック・ヘルスの疫学者・ウォルター・ウィレット教授は語っています。

アルコールとがんの関係性が明らかになると、さまざまな地域で公衆衛生のキャンペーンが始まり、1988年にはカリフォルニア州が「がんの原因となる」としてお酒に警告ラベルの表示を求めだします。このようなキャンペーンによってアルコール業界の売上が落ちたことから、業界は大胆なキャンペーンを開始しました。

このキャンペーンの1つが、アルコールをサラダやジョギングのような「健康的なライフスタイル」として再ブランディングすることでした。キャンペーンを率先したのはワイン業界で、カリフォルニアワインの父と呼ばれるワイン生産者のロバート・モンダヴィ氏はラビと医師を「適度な飲酒は健康にとってメリットがある」ということ主張するツアーにつれていき、ワインの健康メリットをアピールしました。1988年のニューヨーク・タイムズにはモンダヴィが「ワインは何世紀もの間、支配者や哲学者、医師、聖職者、そして人生と健康と幸福を歌う詩人から称賛されてきました」と語る様子が記録されているとのこと。

また、ジャーナリストのモーリー・セイファー氏は「フランス人は赤身の肉やチーズ、クリームなどをふんだんに食べるが、アメリカ人よりも心疾患になる割合が少ない」ということをテレビ番組「60 Minutes」で述べ、このパラドックスを解く鍵ははワインにあると主張しました。

by Kelsey Knight Follow Message

セイファー氏の出演した番組は2000万人もの人々が視聴し、これをきっかけにワインの売上げはうなぎ登りに上昇します。その後、研究者らは「フランス人が心疾患になる割合は広告されているよりも高い」ということを示し、また番組の別エピソードではフランス政府が肝硬変撲滅のためにアルコール広告についての厳しい規則を通過させたと放映されましたが、ワイン人気が衰えることはなかったといいます。

60 Minutesの放映は、アルコールが「健康的な食生活」の一部分になることの切っ掛けとなりました。

しかしアルコールを健康商品として売り出すためには科学に裏付けされたPRが必要でした。そこで、1982年に「Alcoholic Beverage Medical Research Foundation(アルコール飲料医学研究財団)」が創設されます。ジョンズホプキンズ大学メディカルスクールの学部長であり、財団創設に携わったトマス・ターナー氏は、「Forward Together: Industry and Academia(共に進む:産業と学術)」という著書の中で、世界最大のビール会社社長と協力し、どのように財団を作りあげていったのかをつづっています。ターナー氏によると、財団はこれまで500以上のアルコール研究に出資しており、数多くの研究者や大学に助成金を与えてきたとのこと。その一人が保険会社・カイザーパーマネンテの研究者であるアーサー・クラッツキー教授です。

by Taylor Swayze

クラッツキー教授は1970年代にカイザーのヘルスシステムから、患者の飲酒情報などにアクセスしました。そして1974年に「軽い飲酒は心疾患のリスクを低くする」と示唆する論文を発表。これを受けて財団はカルッツキー教授のデータコレクションに対して出資を行い、1975年から1991年にわたって両者の関係は続きました。カルッツキー教授が行ったアルコールと健康に関する研究には、およそ170万ドル(約1億8000万円)が出資されたそうです。カルッツキー教授の研究内容は2018年現在もたびたびメディアに登場しますが、そのほとんどにおいて研究者と業界の関係については言及されません。

なお、カルッツキー教授は自分の研究は客観的なものであり、財団から行われた出資によって内容がねじ曲げられていないと語っています。財団から支援を受けたカルッツキー教授の初期の研究には、飲酒をする人は高血圧のリスクが高まることや、アルコールと乳がんの関係について述べたものがあり、アルコール問題の両側面を見ていると教授は述べています。またこのほかにも、アルコールが健康に対して悪影響を与えると主張する研究に財団が出資したケースは存在するとのこと。

他方で、アルコール政策に取り組む政府高官の多くも、過去20年においてアルコール産業に携わっています。顕著な例はアルコール乱用やアルコール依存症の国立研究所(NIAAA)の元代表であるサミール・ザハリ医師で、ザハリ医師はNIAAAを離れた後にアメリカ蒸留酒協議会の科学オフィス代表に就任しています。NIAAAは長年アルコール摂取が乳がんを増加させると認識してきており、アメリカ蒸留酒協議会もそれについて認めていましたが、2015年にザハリ氏は「適度な飲酒が乳がんを増加させるという確固とした証拠はなく、適度な飲酒には健康上の利益がある」とする記事を発表。業界団体は、イギリスでアルコール消費ついて政府から出された勧告をかわすためにこの記事を利用しています。

ザハリ医師は上記の記事について「私の個人的な科学的意見を反映したものです」だと述べています。「アメリカ国立衛生研究所を退職した後、アルコール消費についてのアメリカ蒸留酒協議会の熱意を信頼し、議会にやってきました。どこに雇われていようと、科学研究をベースとした私の献身は同じです」と述べています。なお、ザハリ医師には退職後もNIAAAとのつながりがあるとのこと。

長年の間、大量の飲酒を行うことは高血圧や脳卒中・心臓発作を起こすと科学者らは認識してきました。そこから「飲酒を行わない人は適度な飲酒を行う人よりも心疾患になるリスクが少ない」という仮説が立てられ、調査が行われたのですが、調査の結果示されたのは「お酒を飲まない人は大酒飲みと同じぐらいに心疾患が多い」ということでした。

by Adam Jaime

しかし、この研究結果には疑わしい点が存在します。1970年代の終わりから疫学者のジェラルド・シェイパー氏は心臓の健康に関するさまざまな研究を行っています。シェイパー氏の調査によれば「飲酒しない人」の71%は、「かつて飲酒していたが、飲酒をやめた人」だったとのこと。中には飲酒と喫煙を両方行っていた人も存在したとのことで、シェイパー医師は「かつて飲酒をしていてやめた人は、飲酒を続けている大酒飲みよりも病気になりやすい」と研究を結論づけています。つまり、健康上の問題があがったが故に飲酒を止めた人を、「飲酒しない人」としてコントロールグループに入れていたために、結論が間違ったものになった可能性があるわけです。

数十年の間、研究者らは「元飲酒者」をコントロールグループに入れて、適度な飲酒の利益について語ってきたとメンシマーさんは述べています。

このような状況を受けて、カリフォルニア州サンフランシスコ大学のケイ・ミドルトン・フィルモア氏は2000年代中頃から「元飲酒者」の研究をスタートさせましたが、アメリカの誰も彼女の研究に出資しなかったとのこと。そのためフィルモア氏はオーストラリアの国立薬剤研究所から出資を受けて研究を行っています。

フィルモア氏の研究の結果、元飲酒者を被験者とした研究を除くと、アルコールの心疾患に対する利益を示すものはほとんど消えてしまったとのこと。この研究を受けて、その後、飲酒は心疾患に恩恵をもたらさないとする複数の研究結果が発表されています。アメリカ疾病予防管理センターのロバート・ブルワー氏は、「科学研究は適度な飲酒の利益を支持しません」と語っており、アメリカ合衆国農務省はアメリカの食事ガイドラインから「アルコールは心疾患のリスクを低下させるかもしれない」という文言を抜いたとのことです。

しかし、「適度なアルコール摂取がもたらす健康への影響」はまだ議論されるところであり、ニューヨークタイムズは、NIAAAにおいて1億ドル(約106億円)を投じて10カ年計画で研究が進められていると報じています。

アルコールに関する研究をしている科学者に対してアルコール飲料業界が資金の便宜を図った疑い - GIGAZINE


ニューヨークタイムズによると、研究に携わる科学者2名と当局職員1名が2014年にフロリダ州パームビーチにあるホテルでプレゼンテーションを行い、研究費用の半分以上にあたる6770万ドル(約70億円)の提供を酒類会社5社から受ける話をつけたとのこと。これはNIHの「寄付金・支援金などの募集・提案を禁止する」という規則に反すると指摘されています。

一方、アルコールと乳がんの関連性がわかっていながら、アルコール業界は女性により飲酒をさせるためのマーケティングを開始しました。ストレスの多い女性にアルコールというストレス解消法を提示するほか、広告にピンクのリボンを表示させ「乳がんの女性に対するチャリティーに寄付を行う」という名目を掲げた製品も生み出されました。


これらのマーケティングは功を奏し、2000年代には「女性をアルコール消費のターゲットとするのは難しい」と考えられていたにも関わらず、2001年から2013年で女性による飲酒は16%も増加。特に変化が大きかったのは白人女性で、それに連動してアルコールに関連した白人女性の死亡率は1999年から2015年で2倍以上になっているといいます。

アルコールの危険性が認識されるにつれ、アメリカ以外のイギリスやオーストラリアでは広告キャンペーンが実施されていきます。以下のムービーは2010年に西オーストラリア州で放映されたもので、白いテーブルクロスにこぼれた赤ワインと、血のイメージを重ねて「アルコールは発がん性物質である」ということが語られています。

WA Alcohol and Drug Office 'Spread' ad by The Brand Agency - YouTube


2010年にWHOはアルコールの害を減らすための国際戦略を発表しており、韓国・オランダ・イギリス・アイルランドなど各国で飲酒を制限するガイドラインが発表されています。イギリスの医師であるサリー・デイビス氏は、「1000人の女性がいたら、飲酒を行わない場合、そのうち乳がんになるのは110人です。イギリスのガイドラインで示される限界量の飲酒を行った場合、さらに20人が乳がんになります。そしてガイドラインの規定量の2倍の飲酒を行えば、さらに50人の女性が乳がんになるでしょう」と語っています

過去数十年において、アルコール業界は、危険のあるアルコール消費を減らそうとする公衆衛生の規制をなぎはらってきました。スーパーでは日曜日にアルコールを扱えなかったのが扱えるようになり、バーやレストランでアルコールを扱える時間の制限は取り払われ、結果として1997年に過去最低値を記録した1人当たりのアルコール消費量は、20年間でこれまで見られなかったレベルにまで上昇しました。また、ジョンズ・ホプキンズ大学のCenter on Alcohol Marketing and Youthの代表であるデイビッド・ジェルニガン氏によると、2016年にアルコール業界が広告にあてた費用はオンライン広告抜きで21億ドル(約2300億円)、ロビー活動にあてた費用は305億ドル(約3兆2800億円)だったとのこと。アメリカ蒸留酒協議会だけを見ても、ロビー活動に費用は56億ドル(約6000億円)に上ります。「アルコールは法律を作る人にとっての第一選択薬です」とジェルニガン氏は語りました。

乳がんの手術を受けたメンシマーさんは、術後にがん専門医から栄養士と面会するように指示を受けます。栄養士から魚や亜麻仁を多く摂取すること、そしてブロッコリーのようなアブラナ科の野菜と豆をとることなどとともに、ソーセージやベーコンといった加工肉、そしてエストロゲンを増加させるグルテンバーガーは発がん性があるので避けるように説明されます。しかし、発がん性物質として挙げられた食品の中に、アルコールは含まれていなかったとのこと。ブロッコリーを食べるよりもアルコールを避けることの方が重要なはずですが、がん専門医でさえ、患者に「アルコールを避けるように」というメッセージを伝えないことがあるとのこと。

アメリカ臨床腫瘍学会の調査によると、アメリカ国民の70%はアルコールを発がん性物質だとは考えていません。このような状況を変えるため、アメリカ臨床腫瘍学会は「アルコールにはがんを引き起こすリスクがある」と公表し、アルコール消費を減らしてがんを避けるための政策措置を求めました。

米国医師会(AMA)など、ロビー活動を通してアルコール業界と戦った団体は、2000年代になってその活動をやめています。2005年にAMAが反アルコール活動をやめるまで、AMAのアルコールプログラムを運営していたリチャード・ヨースト氏は「早期の死や病をもたらす原因の1つが、健康分野で活躍するほぼ全ての団体に無視されているという事態は、驚くべきことです」とアルコールに関する現状について説明しています。加えて、アルコールの危険を減らす政府助成金は、2009年には2500万ドル(約27億円)あったものが、2015年にはゼロになっています。

by Edu Lauton

ロンドン・スクール・オブ・ハイジーン&トロピカル・メディスンの公衆衛生教授であるマーク・ペティクリュー氏は、「アルコール産業のウェブサイトや非営利団体は、アルコールとがんとの関係について積極的に大衆を誤解させている」とする研究結果を発表しています。アルコール産業は大酒飲みだけががんのリスクを増加させるという印象を人々に与え、また膨大なリスク要因のリストを用意することで読み手を混乱させます。女性のアルコール消費者は男性よりも健康に対しての意識が高いため、特に、乳がんについては誤解させる傾向が高いとのこと。

メンシマーさんのがんが、アルコールによって引き起こされたのかどうかは定かではありません。2017年12月に発表されたデンマークの研究では避妊薬による乳がんのリスクは、これまで考えられてきたよりも高いと示されています。しかし、もし乳がんとアルコールの関連性についての情報を正しく認識していれば、若い頃にお酒を飲むことをやめていたとメンシマーさんは語っています。何を選ぶのかは人それぞれですが、喫煙家がたばこの危険性を理解した上で喫煙を行っています。しかし、アルコールに関しては、力を持った業界が若い女性から情報を遠ざけているとメンシマーさんは語りました。

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in サイエンス, Posted by darkhorse_log

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