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「アディダス」と「プーマ」2つの世界的シューズメーカーを生み出した兄弟の物語

by Joshua Niedermayer

世界的なシューズメーカーの「アディダス」と「プーマ」は、2人の兄弟が生み出したシューズメーカーであり、元々2人はひとつのシューズメーカーで協力してシューズを作成していました。そんな兄弟がなぜそれぞれ別々の道を歩むことになったのかを説明するムービー「The Sibling Rivalry Behind Adidas Versus Puma」が公開されています。

The Sibling Rivalry Behind Adidas Versus Puma - YouTube


シューズ業界において、アディダスとプーマのライバル関係は有名なところ。


このアディダスとプーマの2社は、元はひとつの家族経営企業が2つに分裂したものです。


2社が生まれたきっかけは、アディダスの創業者であるアドルフ・ダスラーとプーマの創業者であるルドルフ・ダスラーの間で起きた兄弟喧嘩です。


1930年代、兄ルドルフと弟アドルフの2人はドイツのバイエルン州でスポーツシューズメーカーの「ダスラー」を設立します。


ダスラーは地上で最も質の高いスポーツシューズを作り、オリンピックでも多くのアスリートがダスラーのシューズを愛用しました。


1936年にドイツで開催されたベルリンオリンピック時には、アメリカのジェシー・オーエンス選手にシューズを提供。オーエンス選手が4つの種目で金メダルを獲得したことで、ダスラーのシューズは爆発的な人気を得ることとなります。


兄弟によるダスラーは大きな成功を収めるものの、運営する兄弟の関係は良好とは言えず、むしろ緊張感が高まるばかりでした。


関係者の中には2人の遺恨から窃盗事件まで起きたと語る人もいます。


そして第二次世界大戦後、ついに2人は兄弟の会社であったダスラーを潰すことに決めます。


その後、1949年に弟のアドルフは自身の愛称であった「アディ」と、家名の「ダスラー」から名前を取った「アディダス」を設立。


それに対し、兄のルドルフは「プーマ(PUMA)」を設立。プーマの名前の由来は、南アメリカ大陸のほぼ全域と北アメリカ大陸の広域に生息する大型肉食性哺乳類の「ピューマ(puma)」です。


ついに袂を分かつこととなった2人ですが、その後も兄弟は何年にもわたってお互いがお互いを訴える泥沼の訴訟合戦を展開します。


デザインや商標などあらゆる問題を取り上げては訴訟を繰り返し、弁護士に多額の費用を投じる羽目となります。


アディダスとプーマは同じドイツのバイエルン州・ヘルツォーゲンアウラハに工場を建てていたのですが、地元の人々まで含めた対立が勃発。ヘルツォーゲンアウラハは町の人々が他人が履いている靴を確認するために頭を傾ける様子から、「首を曲げた町」と呼ばれるようになります。


そんな対立を極めた2人の兄弟ですが、兄のルドルフが1974年に74歳で死亡し、その4年後に弟のアドルフが77歳で死亡。2人のお墓はヘルツォーゲンアウラハの墓地の両端に建てられており、生前に2人の間に大きな溝があったことを物語るかのようです。


それから何十年もの月日が経過した2009年。


プーマとアディダスが本拠地としているヘルツォーゲンアウラハで、2社の従業員が集まりサッカーのフレンドリーマッチが開催されました。


このフレンドリーマッチの様子は世界的に報じられており、当時の様子は以下のムービーで見ることができます。

Puma and Adidas bury differences in football match - YouTube


Puma and Adidas (2009) - Peace One Day - YouTube


ダスラー兄弟の間にあった深い溝は、長い年月をかけて従業員たちの間に生まれた友好により埋まったわけです。

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