メモ

強力瞬間接着剤が「接着剤」の域を超えて核兵器の組み立てや兵士の治療に役立ってきたという話

By Daniel

「懐中時計」や「腕時計」が戦争から生まれたように、軍や政府主導の研究が世の中に革新をもたらす技術を生み出すことがあります。プラモデラーが模型を組み立てるのに使用したり、DIYの際に応急処置で物を固定したりする際に使用する、強力瞬間接着剤もその内のひとつ。強力瞬間接着剤の主成分である「シアノアクリレート」は、「接着剤」という枠に収まらない活躍を多方面で見せつけてきました。

Super Glue Built Planes, Nukes and Saved Soldiers’ Lives | War Is Boring
http://warisboring.com/articles/super-glue-built-planes-nukes-and-saved-soldiers-lives/

シアノアクリレートは、プラスチックの実験に使用される有機化合物としてだけでなく、工業用接着剤の主成分、さらには戦場で傷ついた兵士の応急処置に至るまでさまざまな用途で使われてきました。そんなシアノアクリレートが誕生したのは第二次世界大戦前のことです。

By David Goehring

強力瞬間接着剤の生みの親であるハリー・ウェズレー・クーバー氏は、アメリカのニューヨークにあったイーストマン・コダックで働いていた人物です。コダックは写真用フィルムの製造会社として知られる企業ですが、第一次世界大戦突入後にはアメリカ軍の通信部隊にカメラを供給し、使用法をトレーニングすることもあったそうです。また、コダックはアメリカ海軍に「ドープ塗料(機体の布部分の強化や保護、平滑化を目的とした塗料)」用の酢酸セルロースや、ガスマスク用のセルロイドの供給も行っていました。

そして1941年、第二次世界大戦中にコダックは自社の光学エンジニアを結集し、精密な爆撃照準器や暗視スコープの開発に取り組みます。これらの軍事関連テクノロジーを開発している最中、コダックの科学者たちは新しいプラスチックや化学薬品を生み出したそうですが、その中のひとつが「シアノアクリレート」でした。

1942年、クーバー氏の研究チームは銃の照準に最適な透明プラスチックを生み出すことに成功します。実験ではいくつかの異なる合成物を生成しており、その中でホルムアルデヒドとシアノ酢酸を圧縮することでシアノアクリレートモノマーを作成することに成功したそうです。このモノマーは湿気のあるところでは互いに素早く接合し、長いポリマー鎖を生成することで硬化した透明なプラスチックとなり、銃の照準に適した素材と考えられました。

「しかし、我々は別の問題にぶつかります。シアノアクリレートモノマーはあらゆるものを接着してしまうのです」と、クーバー氏はシアノアクリレートを初めて生成した際を思い出しながら語ります。しかし、この時点ではクーバー氏はシアノアクリレートのあらゆる物質を接着してしまう特性をしっかりとは理解しておらず、「銃の照準として使用するにはあまりにも粘着質過ぎる」とだけ判断したそうです。

By Arturo de Albornoz

1930年代から1940年代にかけて、航空機のキャノピーはガラス製のものからアクリル製のものに変更されていきました。形成が簡単で強靱なアクリルはガラスよりも鮮明な視界をパイロットに提供可能、というわけで重宝されたそうです。その後、プロペラ推進機よりも高速で飛行するジェット機のコックピット部分にあるキャノピーに耐えうる、強く、頑強で、耐熱性に優れた素材が求められるようになります。

コダックはクーバー氏と共にジェット機のキャノピーとして耐えうる透明なプラスチックを発見するための研究をスタートします。クーバー氏の同僚のひとりであったフレッド・ジョイナー氏は、合成物のリストから各合成物の光の屈折率を調べる仕事を行っていました。この実験でジョイナー氏はエチル・シアノアクリレートを700ドルもする2つの屈折計(ガラス)で挟み、屈折率を調べたそうです。数値を書き留めて屈折計を外そうとしますが、シアノアクリレートは2つの高価なガラスを接着してしまっており、ここで初めてクーバー氏は「シアノアクリレートが接着剤として優れた特性を持っていること」に気付きます。実際、クーバー氏は当時を振り返りながら「私は最初にシアノアクリレートを発見したとき、まるで分かっていませんでした。シアノアクリレートは我々が求めていた鋳造用の新素材ではなく、ユニークな新しい接着剤だったのです」と語っています。

その後、クーバー氏は研究所にあったあらゆるものをシアノアクリレートで接着し、シアノアクリレートが当時使用できたどの接着剤よりも強力で、かつ即座に乾くものであることを知ります。また、エポキシ樹脂や他の接着剤とは異なり、シアノアクリレートが特定の触媒に依存することなく固体化できる物質であったため、比較的扱いが簡単であるという特徴も大きなポイントだったそうです。

そんなシアノアクリレートを主成分とする強力瞬間接着剤を最初に販売したのは土建会社のMason&Hanger。1956年から2001年までの期間、Mason&Hangerはアメリカの核兵器組み立てを担ってきた企業でもあります。クーバー氏によると、Mason&Hangerは強力瞬間接着剤を核兵器の組み立てにも使用していたそうです。

By Andrew Plumb

強力瞬間接着剤を使ったことがある人ならば、自分の指が接着剤でくっついてしまった経験があるかと思います。クーバー氏は、この問題で悩む産業顧客を目の当たりにした際、シアノアクリレートが医療の負傷処置に大きな革命をもたらすことができるかもしれない、と感じたそうです。その直感の通り、クーバー氏は「縫合なしの医学的処置」という医療分野の夢を、強力瞬間接着剤で実現しました。1960年、テネシー州にあったイーストマン・コダックはジョンソン・エンド・ジョンソンの子会社であるEthiconと協力し、動物実験と人体実験を繰り返し、化学薬品を戦場で使用する際の影響を調査しました。

シアノアクリレートの登場で、軍医は縫合せずに静脈や動脈、腸などを結合したりふさいだりすることが可能になりました。また、眼科医は眼球を切った兵士にシアノアクリレートを塗ることで、従来の方法では非常に困難な処置を手軽に行うことが可能になったそうです。

しかし、医療分野でシアノアクリレートを使用する際は、核兵器のパーツを組み立てる際とは使用法が異なります。イーストマンの研究で、接着剤中のシアノアクリレートは動物の体内にとって有毒であることが判明しており、炎症や人体のホルムアルデヒド濃度を上昇させることも明らかになっています。そこで、医療目的で使用する際には臨床試験でほとんど毒性を示さなかった特定のシアノアクリレートのみを使用する方法が編み出されます。なお、「ほとんど毒性を示さなかった特定のシアノアクリレート」というのは、長いポリマー鎖を持ち、産業用の強力瞬間接着剤に使用されるシアノアクリレートよりも瞬時に凝固するもので、これは接着剤というよりも止血剤として使用されるようになったそうです。

By Rhona-Mae Arca

アメリカ陸軍医療バイオメカニクス研究所は、イーストマンが発明したシアノアクリレートを用いた止血剤に強い関心を示すようになります。これは、1960年代にアメリカ軍の兵士が派兵されたベトナム戦争で、アメリカ軍兵士の多くが胸部や腹部の出血により倒れたためだそうです。同研究所はシアノアクリレートに対して多額の研究費用を提供し、使い捨てのスプレー型止血剤を開発します。他の競合製品が戦場での使用が不向きであったのに対し、軍の作ったものは戦場での使用にも耐えうるものということで1966年にベトナム戦争に派兵されている医療チームに支給されるようになったそうです。このスプレーは戦場で出血死寸前の兵士を助けることとなり、軍で広く使われたものではないものの、使用時には多くの成果を挙げたそうです。

アルバータ大学のシャンテル・シャンパーニュ氏が調査したところによると、シアノアクリレートによる止血スプレーは全ての止血に成功したとされているものの、文章として残っているものは30件中4件の事例だけだそうです。そんなシアノアクリレート製の止血スプレーは、FDAから安全面に問題があるとして認証をなかなか得られなかったという過去があります。

イーストマンがシアノアクリレート製の止血スプレーの新薬承認申請書を出したのは1964年のことでしたが、FDAは「ネズミに大量の移植手術を行う際にシアノアクリレートを使うと、有害な腫瘍ができる」として新薬として承認しませんでした。しかし、クーバー氏はFDAの試験方法ならば「何でも腫瘍を引き起こす」と批判しています。また、シアノアクリレート製の止血スプレーを局所的に使用するだけならば、約14日で体内の数値は正常に戻ることも他の試験で明らかになっています。日本では1963年に、ドイツでは1968年にシアノアクリレート製の止血剤の使用認可がおりましたが、FDAは国際的な研究結果などが出そろっても1998年までこれを承認しなかったそうです。

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in メモ, Posted by logu_ii