無料でフランス革命にまつわる1万4000枚もの画像資料がネット上で公開中


スタンフォード大学の図書館がフランス革命に関する約1万4000枚の画像と当時の議会資料、書簡、レポート、スピーチ等のコレクションを無料公開しています。1万4000枚の画像の中には絵画や風刺画が大量に含まれており、革命時に何が起こっていたのか、どんな雰囲気だったのかをじっくり見ることが可能です。

French Revolution Digital Archive
http://frda.stanford.edu/

14,000 Images of the French Revolution Released Online
http://hyperallergic.com/106358/14000-images-of-the-french-revolution-released-online/

公開されている画像の一例は以下から。

王冠が「頭が見つからない」、ギロチンが「私が見つけた」と言っているもの。ルイ16世やマリー・アントワネットの処刑が行われた1793年の絵です。


「王のレッスン」という風刺画。


マクシミリアン・ロベスピエールと穏健派の戦い。


民衆がヒュドラーと化した貴族たちと戦う様子。


シャルル・ウジェーヌ・ド・ロレーヌがパリのルイ15世広場に集まった民衆を広場から排除すべく剣を片手に近衛連隊を率いている様子も。事態は暴動に発展し、1人が死亡、数人が負傷することとなりました。


聖職者・貴族・第三身分を描いたもの。


以下の風刺画では3つの身分の人々が乗り物の一部として描かれています。


3つの身分の役割を風刺的に描いたもの。


星を見つめながら穴に落ちる天文学者。


「平等」「友愛」という文字と共に描かれたギロチンと頭蓋骨。


ジョゼフ・ギヨタンが下院にギロチンの提案を行っている様子。


ギロチンにかけられるルイ16世。


サント・アン・ヒルで祈りが捧げられる様子。


ジャコバン派の葬列に対する風刺画。


以下のURLにアクセスすると画像を見ることが可能。フランス革命の出来事がカテゴリ分けされており、カテゴリをクリックすることで当時の絵画や風刺画などを見ることができますが……

French Revolution Digital Archive: Search
http://frda.stanford.edu/en/images



特定のワードを検索することも可能。ということで、フランス国王ルイ16世の王妃マリー・アントワネットの資料を検索してみます。資料は19世紀に構築された議会資料、書簡、レポート、スピーチ等のコレクション「Archives parlementaires」と、フランス国立図書館のコレクション中から選定された約1万4000点のイラスト「Images of the French Revolution」に分けられており、「combined collections」を選択すれば両方から検索されるようになります。画像のみを検索したい場合は「Images of the French Revolution」をクリックすればOK。


以下のようなページが表示されました。ウェブページの画面上部に1782年から1804年までの画像の分布図があり、画面左側に検索条件の設定、画面下部に検索結果がずらりと表示されています。


さらに、年代別の画像分布図をクリックすると、期間の指定が可能。四角アイコンの色が濃いほど、その年月における検索ワードの画像が多いことを示しています。1793年1月から1794年1月までを期間指定してみると、「search」ボタンの横に「194」という数字が表示されており、期間内の画像の数が194枚であることが分かります。


なお、画像の表示方法は画面右上のボタンから変更することが可能です。


例えば、1775年に描かれたマリー・アントワネットの絵画は威厳があり美しいものもありますが……


モンスターとして風刺にされることもありました。


ジャンヌ・ド・ラ・モット・ヴァロアが王室御用達の宝石商ベーマーから現代に換算して約30億円の首飾りを「マリー・アントワネットに渡す」としてだまし取った首飾り事件の首飾りのデザイン画もありました。この事件は当時も大きな注目を集めていたようです。


ど派手に着飾ったマリー・アントワネットとその子どもの肖像画。


おなじみの、とんでもないヘアスタイルです。


第2子のルイ=ジョゼフ・ド・フランス。


革命が起こった1789年の画像がコレ。マリー・アントワネットの浪費が風刺画となっています。


そしてこれはマリー・アントワネットの死刑前年である1792年に描かれた、「マリー・アントワネットの私生活」というカテゴリの画像。


1793年に処刑された時の様子。きらびやかなドレスとは一転、黒い衣装を身にまとっています。


これも死刑の様子。「主よ、壊れゆく我が国に平和を、そして取り残される我が子たちにご加護を」と慈悲を請うています。


そしてこれが1799年ごろに描かれたもの。マリー・アントワネットに焦点が置かれた上記の画像とは違い、男性がマリー・アントワネットの首を持つ様子は客観的な「過去の事件」として描かれているようです。


ということで、1つの検索ワードについて、どのように描かれ方が変化していくのかも見ることが可能。当時の様子が伺い知れる非常に興味深いサービスとなっていました。

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