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モトローラはどこで間違ったのか?その歴史をマンガでたどる


Motorola(モトローラ)は1990年代に50%以上の携帯電話シェアを奪うなど、世界で最も優れたハイテク企業の一つでした。古くはラジオに始まり半導体、テレビ、携帯電話と業種を変えつつも、つねにテクノロジーの最先端を走ってきたモトローラですが、Motorola SolutionsとMotrola Mobilityに分割され、携帯電話部門がGoogleに買収されるなど、近年、著しく輝きを失っています。モトローラの没落は何がきっかけだったのかについて、モトローラの歴史をマンガで振り返るとこうなります。

Goodbye Moto: How Chicago's greatest tech company fell to earth
http://www.chicagobusiness.com/section/goodbye-moto

世界で最も偉大なテクノロジー企業だったモトローラはどのようにして没落していったのでしょうか。その歴史をマンガで振り返ってみましょう。


「我が社(モトローラ)の偉大な功績についてメディアで見聞きすることがあるけれど、どうしてこうなったのか不思議だわ。ここ10年間のモトローラはどんどん小さな存在になっているもの」と話す女性。どうやらモトローラの社員同士の会話の模様。「驚くんじゃないよ。モトローラはかつて世界でも類を見ないほどの巨大なテクノロジー企業だったんだ」とメガネの男性はしみじみ話します。


「何度も何度も革新を起こしてきた会社、それがモトローラなんだ。ラジオに始まってテレビ、半導体、携帯電話とね。今、我が社は未来を想像するという輝きを失っているけれど……」


モトローラの歴史は1928年にポールとジョセフのガルビン兄弟が携帯式ラジオを製造するガルビン・マニュファクチャリングを起こしたことから始まります。この兄弟は起業家であると同時に発明家でもあり、さらには市場を開拓する才覚のある人物で、「Moto-rola」ブランドでカーラジオを開発。1930年には警察用無線の販売も行いました。


モトローラにやってきた第2の波は、第二次世界大戦用の軍需品市場。大戦では手に持てるサイズで移動しながら会話ができるトランシーバーが必需品となり、この市場でシェアを奪ったモトローラは一気にメジャーになり、1944年にはポールの息子のボブ・ガルビンも入社しました。



1950年代にテレビが一大ブームになると、モトローラは素早く巨大市場に反応し、半導体や音声記録の先進企業に成長。1956年には父ポールから息子ボブへとスムーズな世襲が行われました。



1969年に月面に着陸したニール・アームストロングの「一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩だ」という有名なフレーズは、モトローラのラジオで地球に届けられました。残念なことにモトローラはこの歴史的なラジオ事業を後に売却しています。



「私が生まれたときにはモトローラの栄光の歴史は終わってたみたい」と女性が話すと、「まだまだモトローラの快進撃は止まらないよ」と男性。その後、モトローラは携帯電話事業に参入、10年後の1994年にはなんと60%という圧倒的なシェアを奪うことに成功。しかし、それからわずか4年で携帯電話のシェアは35%にまで急落し、そこから歯車が狂っていったとのこと。


モトローラのピークは1997年で、そのときの従業員数は15万人。幅広い業種への参画を打ち出した当時の3代目クリス・ガルビンCEOでしたが、彼にはビジョンと運が欠けていました。



皮肉なことに、ちょうど同じ年にスティーブ・ジョブズがAppleに復帰。当時のAppleはモトローラから半導体を購入するビジネスパートナーでしたが、この後、長きにわたってライバル関係となります。



モトローラのボタンの掛け違いは携帯電話のデジタル化に乗り遅れたこと。1998年にモトローラは携帯電話シェアトップの座をNokiaに譲りますが、当時はネットワークインフラのビジネスも隆興のきざしがありました。モトローラは通信衛星を使用して世界中で通話ができる夢の携帯電話プロジェクト「イリジウム」に傾倒していくことになります。しかし、イリジウムは大失敗に終わり、モトローラは手痛い傷を負うことに。


イリジウムは最初のつまづきでした。すぐにドットコムバブルが崩壊し、9.11同時多発テロ事件によって世界経済が停滞し、モトローラの経営は悪化。モトローラは携帯電話とテレビのSTB事業に集中することで経営を立て直すため、好調だった防衛産業も売却します。



「けれど、モトローラは悪い時代に直面してもいつも生き残ってきたのよね?今回はどうなったの?」と尋ねる女性に対して男性は「確かにモトローラはこれまで何度もチャンスをものにしてきた。しかし、そう長続きはしないよ。モトローラには生き残りをかけた次の大きなビジネスアイデアがなかったんだ」



2003年、経営再建のまっただ中で、クリス・ガルビンCEOが「取締役会と私は同じビジョンを共有していないようだ。今が引き継ぎの時だろう」と辞任。3代続いた創業家による経営に終止符が打たれました。



後を引き継いだエド・ザンダー新CEOの下、開発した薄型の携帯電話機「Razr(レーザー」は2004年に発売されるやいなや、メガヒットを記録。この大ヒットは、モトローラ最後のヒットになります。なお、3年間にわたって販売台数1位の座を保持してきたRazrをNo.1の座から引きずり下ろしたのは、スティーブ・ジョブズ率いるAppleのiPhone 3Gで、Razrはフィーチャーホン時代の終焉を飾った歴史的なモデルと言えそうです。


モトローラによる携帯電話ビジネスが傾くと、株価も急落。Appleとの関係が冷え込んでいたモトローラの株式を11%も保有する大物投資家カール・アイカーン氏が動き、Appleと本格的なスマートフォン戦争を始めるGoogleに、モトローラの携帯電話事業が売却されることになりました。



携帯電話部門をGoogleに売却した後、モトローラはQualcommからサンジェイ・ジャ氏をCEOに招きましたが、世界的な景気後退もあり鳴かず飛ばず。


モトローラの携帯部門は販売台数を減らし続けました。



モトローラはVerizonと共同でAndroidスマートフォンやタブレットを販売しましたが、時すでに遅し。先行するAppleやSamsungにはまったく刃が立たず。さらに、次世代の高速回線としてWiMAX規格を推すというミスも重なり、スマートフォンビジネスで完全に取り残されることになりました。



Googleは買収したモトローラの携帯電話部門(Motorola Mobility)の再建を試みますが、失敗。特許を除いて手放すことを決意。


かつて携帯電話の世界シェア35%を誇っていたモトローラはこのころには2%未満にまで凋落。ついには中国メーカー「Lenovo」の傘下に編入されることに。


かつてボブ・グラビンCEOは「モトローラが年間2000億ドル(約24兆円)の売上げ規模に成長する」と予言しましたが、現在、2000億ドルの売上げを誇るのはAppleです。対してモトローラは60億ドル(約7200億円)で、これはAppleの10日分の売上げに過ぎません。テクノロジー企業の栄枯盛衰のすさまじさは、モトローラの歴史を見ればよく分かります。

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