メモ

人間の脳はいったいどれほど多くのことを憶えることができるのか?

by PinkPersimon

多くの人は「もっと記憶力が欲しい」という願いを持つことが多いのですが、世の中には通常では考えられないほど高い記憶力を持つ人々がいます。なぜ彼らは極めて高い記憶力を持つに至ったのか、また、そうでない人にも同じように高い記憶力は備わっているものなのか、イギリス・BBCがその現状を伝えています。

BBC - Future - What’s the most we can remember?
http://www.bbc.com/future/story/20150401-whats-the-most-we-can-remember

デジタルカメラに入れたメモリーカードは容量がフルになるとそれ以上は何も記録できなくなってしまいますが、人間の脳は少し様子が異なるようです。人間の脳はトレーニングにより記憶力を高めることが可能で、2005年に当時24歳だった中国の大学院生のLuさんは、6万7980桁にもおよぶ円周率の数字を暗記し、24時間かけて最初から暗唱して世界記録をうち立てることに成功しました。


このような記録をはるかに上回る能力を持つのがサヴァン症候群の人たちです。サヴァン症候群は知的障がいや発達障がいが認められる人のうち、ごく特定の分野にのみ極めて優れた能力を発揮する人が持つ症状のことで、名前と日付から複雑な情景の詳細を思い出したり、1度見ただけの風景を後から極めて正確に書き写すことができるなど、超人的な能力を見せる人が存在しています。

そのメカニズムは謎のままの部分が多く残されており、多くは先天性の原因によるものとみられるサヴァン症候群ですが、まれにそれまでは普通だった人があることをきっかけにサヴァン症候群の症状を見せるようになるケースが存在しています。Orlando Serrellさんは10歳の時、左頭部に野球のボールが当たったことをきっかけにサヴァン症候群の症状を見せ始め、自動車のナンバープレートをいくらでも覚えたり、複雑なカレンダーの計算ができるようになりました。

by Mykl Roventine

人間の脳は1000億個もの神経細胞(ニューロン)で構成されているのですが、そのうち長期記憶に関する錐体細胞と呼ばれるニューロンはわずか10億個程度であると考えられています。アメリカ・ノースウェスタン大学のPaul Reber教授によると、仮にこの錐体細胞が1個あたり1つの情報しか記憶できないとすれば、我々の脳はすぐに容量が一杯になり、やがてニューロンを使い切るという状況に陥ることになるだろうと語っています。
現在の脳科学では、ニューロンからは樹状突起と呼ばれる木の枝のような突起物が伸びており、ニューロン同士はこの樹状突起を介して他のニューロンと情報を受け渡ししていると考えられています。そして、このニューロン同士が結びつく場所に、記憶の情報が保管されていると考えられているのです。それぞれのニューロンは複数のニューロンとのつながりを持ち、約1000個のニューロンが1つのニューロンネットワークを形成しています。

まるでクモの巣のような構造を持つこのニューロンネットワークの仕組みにより、人間の脳は大量の情報を記憶できるようになっています。Reber教授はその保管能力について「合理的な計算方法に基づくと、そのデータ容量は数ペタバイトにも及ぶでしょう」と語ります。1ペタバイトはMP3の楽曲を2000年間続けて再生できるだけの容量となるのですが、実際には人間の脳とコンピューターのメモリーチップを同列に比較するのはやや難があるといえます。Reber教授もその点はもちろん理解しており、そのうえで人間の脳には「とてつもなく広い記憶用のスペースがある」と語っています。

by Birth Into Being

それでは、人並み外れた記憶力を持つ人たちは、特別な脳を持っているのでしょうか。答えは「いいえ」です。約7万桁におよぶ円周率の世界記録を持つLuさんをはじめとする記憶の達人たちは多くの情報を記憶し、思い出すことをトレーニングし続けたことによって高い能力を身に付けた一般の人たちです。アメリカの記憶選手権「USA Memory Championship」で優勝したDellisさんは、「知能のアスリートになる前の記憶力は非常にひどかったが、練習がすべてを変えました。もしトレーニングを行えば、数週間もしないうちに普通の人では不可能なことができるでしょう。また、その能力を私たちは持っているのです」と語っています。数年前にDellisさんが最初に脳のトレーニングを始めた頃は、トランプ一組を覚えるのに20分かかりましたが、今では30秒以内に52枚を記憶することができるそうです。

by shonk

他の記憶力チャンピオンと同じように、Dellisさんが用いている記憶法は長きにわたってその有効性が実証されてきた記憶術、「Memory Palace(記憶の宮殿)」です。これは自分がよく知っている家をイメージして、その空間の中に覚えようとするものを配置することで記憶を定着させるという方法です。円周率チャンピオンのLuさんも、同じような記憶術を使うことで、単なる数の羅列を意味のある物語に変換していきます。

意志の力さえあれば誰でも記憶力を高めることができるわけですが、それでは逆に、それほど厳しいトレーニングを積まずに超人的な能力を発揮することは可能なのでしょうか。オーストラリア・シドニー大学のAllen Snyder教授は、私たちの中には「内なるサヴァン」とも呼ぶべきものが備わっており、適切な技術があればこれを活性化させることが可能であることを示唆しています。Sydney教授によると、一般的に人間の知性は低いレベルの無数の「個」よりも高いレベルの「概念的思考」を行うようになっているとのこと。これは、例えば草原でライオンを見かけた時に、「たてがみ」や「鼻」といった部分に気を取られるのではなく、全体としての「ライオン」を認識することで危険を回避する能力といえるのですが、一方でサヴァン症候群の人たちは、細部の情報への「アクセス特権」を持ってはいるものの、ハンドル・ワイパー・ヘッドライトといった言葉から「自動車」という概念をつかむことができないとしています。

左頭部に野球ボールを受け、サヴァン症候群になったSerrellさんの事例を基に、Snyder教授は実験を行っています。実験には自閉症とサヴァン症候群による機能不全を持つ人が参加し、磁界を生成するキャップをつけてもらうことで、左前頭葉の神経活動を抑制させたところ、絵を描く能力やカードの枚数を数える能力が上がることがわかりました。ただし、記憶の検証のテストは比較的簡単なもので、今後はさらに改善が必要としています。科学者の中にはSnyder教授の実験結果に懐疑的な声も挙がっているのは事実ですが、今後における脳の仕組みの解明にはSnyder教授の基礎的な研究は欠かせないものと言えそうです。

現時点で判明している脳の限界を決める要因の一つは、脳に備わっている内因的なリミット機構にあるといえます。脳にはある種の「ボトルネック」があり、情報の流れを規制する機能が備わっていると考えられるのですが、その理由についてSnyder教授は「よくわからない」としながらも「おそらくそこには、情報処理の節約と何らかの関係があるのではないか」と語っています。

また、Reber教授は、人生における記憶のリミット機構は、ハードディスクのような「ストレージ容量」ではなく、「ダウンロード速度」にあると語っています。Reber教授はその様子を「これは、脳が記憶でいっぱいになる状態になるのではなく、外部から入ってくる情報のスピードが、脳から送り出されるスピードを上回っている状態なのです」と語っています。

この記事のタイトルとURLをコピーする

・関連記事
人間の記憶を保存できるデバイスを脳に移植して失われた記憶力を補完する研究が進行中 - GIGAZINE

ついに薬を使って記憶を消し去ることが可能に - GIGAZINE

脳に光をあてることで誤った記憶を作り出すことに利根川進と理研のチームが世界で初めて成功 - GIGAZINE

なぜ赤ちゃんや幼い頃に体験した記憶を人は忘れてしまうのか? - GIGAZINE

記憶力にいくら自信のある人でも記憶は簡単にねじ曲げられることが判明 - GIGAZINE

30文字のパスワードを脳の無意識領域下の記憶内に保存する技術が登場 - GIGAZINE

in メモ, Posted by darkhorse_log

You can read the machine translated English article here.