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サイエンス

1万時間練習せずとも遺伝子が優れていれば一流になれるのか?

By woodleywonderworks

何かしらの分野で「一流」であるとか「天才」と呼ばれるような人達はセンスや才能に関係なく凡人をはるかにしのぐ練習量をこなしているという事実を基に、1万時間の真摯な練習によって誰でも一流のスキルを身につけられるという考えが「1万時間の法則」です。「努力は必ず報われる」という言葉を体現するかのような法則ですが、この法則と「遺伝子」の関係をSlateが明かしています。

Malcolm Gladwell’s 10,000 Hour Rule for deliberate practice is wrong: Genes for music, IQ, drawing ability, and other skills.
http://www.slate.com/articles/health_and_science/science/2014/09/malcolm_gladwell_s_10_000_hour_rule_for_deliberate_practice_is_wrong_genes.single.html


10年前、当時13歳だったマグヌス・カールセン氏は元世界チャンピオンであるアナトリー・カルポフ氏にチェストーナメントで勝利し、チェス界にセンセーションを巻き起こしました。さらに、元チャンピオンを倒した翌日には当時のトッププレイヤーで地球のチェス史上最高のプレイヤーと考えられていたガルリ・カスパロフ氏と引き分けてもいます。

カールセン氏はその後、2004年にグランドマスターの称号を得、2010年には史上最も若くしてチェスの世界ランキングで一位となり、2012年には歴史上最もレーティングの高いチェスの打ち手にもなりました。このカールセン氏の素晴らしい成績は「長時間の練習」によりもたらされたものなのか、それとも彼が生まれつき持ち合わせていた「才能」によるものなのでしょうか。

By Intel Free Press

「音楽」「ゲーム」「スポーツ」「ビジネス」「科学」など、さまざまな分野のトップに立つために必要なものとは一体何なのか、これは古くから多くの科学者や研究者によって考えられてきました。そして1993年、スウェーデンの心理学者K・アンダース・エリクソン氏と同僚により発表された論文により、一流のスキルを身につけるために必要なものが明らかになります。この論文によると、音楽やチェスなどの分野では「真摯に練習」した時間の差がパフォーマンスの向上に大きく影響する、とのことです。

この仮定を証明すべく、エリクソン氏はベルリン音楽学校に通うバイオリニストの卵を集めて各自に「これまでバイオリンの練習をどのくらいの時間行ってきたか」質問します。この調査の結果、バイオリンの腕前とそれまでに練習に費やしてきた時間の間には明白な関係性が存在することが明らかとなっています。

例えばバイオリンのエリートとして将来を嘱望されているバイオリニストたちの累計練習時間は平均して1万時間以上でしたが、これに対して平凡なレベルと評価されるバイオリニストのグループは平均5000時間の練習しかこなしてきていなかった、とのこと。また、別の研究ではピアニストにこれまでの練習時間を尋ねており、優秀なピアニストは平均1万時間以上の練習をこなしているのに対し、アマチュアピアニストの平均練習時間はわずか2000時間程度であったことも明らかになっています。

By Danny.

これらの調査結果を基に、エリクソン氏はプロとアマチュアの間にある差は「生まれつきの才能」ではなく「継続して行われる真摯な練習」である、と主張しました。そしてこの考えは、マルコム・グラッドウェル氏の著書で「1万時間の法則」として有名になります。

さらに、Slateのライターが9000の関連研究や書籍を調査したところ、わずかな例外を除いてほとんどの研究が多くの練習とスキルの間には明確な関係性があることを示していたそうです。

しかし、「練習」と「スキル」との間にある相関性は完璧なものではありません。例えばプリンストン大学のブルック・マクナメーラ博士らによる研究によると、真摯な練習が一流・天才と呼ばれる人たちの能力開花に与えている影響度合いは平均12%に過ぎないことが判明しています。詳細に内訳を見てみると、1万時間ルールの寄与度は、チェスのようなゲームに関しては26%、音楽に関しては21%、スポーツに関しては18%、教育に関しては4%、知的専門職に関してはわずか1%に過ぎない、とのこと。これはつまり、1万時間真摯な練習を続けることで必ずエキスパートになれる、というわけではないことを表しています。

By woodleywonderworks

他にも「遺伝子」が一流のスキルを身につけるために重要な役割を果たすことも明らかになっています。キングス・カレッジ・ロンドンの心理学者Robert Plomin氏によるイギリスの1万5000組を超える双子を対象としたテストやアンケートを使った調査によると、二卵性双生児よりも一卵性双生児の方が絵を描く能力が似通うことが判明しています。これは言い換えれば一卵性双生児の片方が絵を描くのが上手なら、そのきょうだいもまた絵を描くのが上手である、ということを表しています。

一卵性双生児は100%同じ遺伝子を持ち、二卵性双生児の場合はこの同じ遺伝子の割合が平均50%にまで下がることを踏まえると、絵を描く能力のような「芸術に関する能力」の差は遺伝子により大きく差が出てくるのではということを示唆しており、イギリスで行われた別の研究でも、エキスパートとスキルの足りない人との間には遺伝子的な違いがみられる、という結果が出ています。

また、スウェーデンのカロリンスカ研究所のMiriam Mosing氏率いる研究チームによる研究では、1万組以上の双子に、これまで音楽の練習を行ってきた時間をおおよそで推測してもらい、「2つのメロディが同じメロディかどうか判断する」のような音楽に関する簡単なテストを行ってもらったそうです。驚くべきことに、「音楽に関する能力は遺伝子から38%も影響を受けており、練習に影響を受けるという証拠は何もない」ということが判明しており、より音楽の練習をこなしてきた一卵性双生児が、あまり練習をこなしていない双子よりも音楽能力のテストで悪い成績をおさめてしまった、ということも往々にしてあったそうです。

By Abby Bischoff

それでは、「音楽家になりたい場合は特に練習する必要はないのか?」というとそういうわけでもありません。なぜなら、音楽家になりたいならば「楽器を演奏する」などの多くの練習により上達するスキルも確実に必要になってくるからです。

アメリカ独立宣言には「われわれは、自明の真理として、すべての人は平等に造られ、造物主によって、一定の奪いがたい天賦の権利を付与され、そのなかに生命、自由および幸福の追求の含まれることを信じる」と記されていますが、そもそも人間の能力はまったく同等ではないので、個々や人種、性別による遺伝子的な能力の差が生じるのは自然なことです。過去何十年の研究により人間のIQの約半分は遺伝子に依存する、ということも明らかにされていますが、これと同じようにさまざまなスキルにおいて遺伝子的な向き不向きは存在するのです。

「どれだけ頑張ってもピアニストになれない!」という場合はもしかすると芸術的な才能の部分で遺伝子的に向いていなかった、ということはあり得ますが、例えば「医者になるために必要なスキル」というものは特にないので、「医者になれない」という場合は学校や家での勉強が他よりも足りない、というだけのことかもしれません。

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in サイエンス, Posted by logu_ii