サイエンス

アリの行動に学ぶ、より多くの脱出を可能にする非常出口の設計手法とは


多くの人が集まったり一定の広さを持つ部屋には、万が一の事態にも安全に脱出できる非常出口の設置が法律で定められています。効率的な避難路を確保するために非常口の周辺には障害となる物を置かないことが必要とされていますが、アリを使って特定の条件下で行われた一連の実験の結果では、非常出口の前に障害物を置いたほうが、脱出のスピードが速くなるという意外とも言える結果が明らかになりました。

Want to Get Out Alive? Follow the Ants - Issue 13: Symmetry - Nautilus
http://nautil.us/issue/13/symmetry/want-to-get-out-alive-follow-the-ants

これらの実験の対象となったのは、アリ科の中でも大型に分類されるキューバアリで、その生態を観察することで検証が進められました。実験を行ったハバナ大学のエルネスト・アルシュラー教授は「人間とアリは大きく異なる生き物です」としながらも、「人間でもパニック状態におちいった場合には、本能に近いごく基本的な反応を示すことが分かっており、その様子はアリの動きと関連を持たせることが可能です」と実験の妥当性について語っています。

◆実験その1:パニック時に見られる集中行動
ベースとなる実験は2005年にアルシュラー教授によって実施されたもので、壁面に脱出口を設けた実験用のシャーレを用いて検証が行われました。左右対称の2箇所に脱出口を設けたシャーレの中にアリを入れておき、上からアリが嫌う液体を落とすことでパニック状態に陥らせ、その行動パターンが観察されました。

実験の様子がこちらのムービーで確認できます。出口は左右2カ所に設けられていますが、右の出口からは最初に数匹が脱出しただけで、残りの多くは左側へと集まりながら続々と脱出していく様子が収められています。


この実験では、確率的には同じであるはずの2つの出口が存在していても、アリにはより多くの個体が集まっているどちらか一方の出口に集中するという習性があることが確認されました。これは、アリのような群れを形成する生物が持っている習性で、身の危険を感じた場合に互いの身を寄せ合うことで集団が生存する可能性を高めるという本能にもとづいたものと考えられています。

◆実験その2:障害物による整流効果
この実験をベースに、オーストラリア・メルボルンのモナシュ大学で集団力学を研究するナラヤン・シワコティ氏は、さらなる実験を行いました。脱出を試みてパニック状態に陥っている集団が見せる挙動を調べるものなのですが、実験の際にはあえて1箇所しかない脱出口の近くに障害物を配置することで、集団の動きにどのような影響が及ぶのかを検証します。

その際の映像がこちら。アリが密集しているシャーレに液体を入れることで、集団はパニック状態に陥って1箇所しかない出口めがけて脱出を試みます。習性に従って出口には多くのアリが集中しますが、障害物に遮られているにもかかわらず、出口からは非常にスムーズにアリが出ていく様子を確認することができます。


出口が限定された環境でパニックを発生させると、密集度が急激に上がって身動きが取れなくなることも予想されましたが、この実験からは、脱出口の近くに置かれた障害物はパニックに陥った集団の流れを阻害するどころか、逆に整流することでスムーズな流れを実現させる効果がある可能性が確認されました。

◆脱出口の位置による違い
さらにシワコティ氏は、前回までの丸形とは異なる四角形のシャーレを用いることで、脱出口の位置と障害物の有無の関係を検証しました。まず、直線の壁面の中央に脱出口を設けたシャーレで検証したところ、50匹のアリが全て脱出するのに要した時間は18秒という結果が出ました。そして、その脱出口の前に障害物を配置した場合の脱出時間は14秒と、邪魔になるものがない状態よりも要する時間は短くなることが実証されました。

次に、四角形の角に当たる部分に脱出口を設け、その前に障害物を配置した場合の脱出時間は11秒とさらに短縮されるという結果に。しかし、この検証の中で最も速い時間を記録したのは、角の部分に脱出口を設け、その前には障害物を配置しなかった場合の9.5秒というものでした。

この結果についてシワコティ氏は「壁面の中央に脱出口を設けた場合だと、脱出を試みるアリが壁の左右、そして直線方向の3方向から集中して押し寄せる状態になります」と語り、そのような場合には出口部分が過密状態となり、脱出口が処理可能な流量の容量を超えてしまうことに。そのため、アリの流れが大きく阻害されて18秒という最も悪い結果を記録することになったと指摘します。


一方、障害物が置かれている場合には、押し寄せるアリの波は壁の左右からの流れに整流されるために脱出口付近の流量が制限され、スムーズな流れを実現するのにふさわしい空間が確保されることで効率的な脱出が可能になり、18秒→14秒という結果につながりました。


「角の脱出口+障害物なし」のケースが最も良い結果を収めたのも、基本的には同様の理由によるものとなっています。90度の壁で囲まれた空間は自然に流量が制限されること、そして純粋に流れを阻害する障害物が存在しないことから、最も効率的な流れを生んで9.5秒というタイムを記録。その状態で障害物を置くことで脱出時間が9.5秒→11秒に増えたのは、もともと適正だった流量が単純に阻害されたためと言うことができます。


これらの結果は、基本的に人間の行動にも同じ傾向が当てはめられると考えられています。それは、今回のアリと人間のように、集団で行動する習慣を持つ動物には、危険が訪れた際に群れを作ることでリスクを軽減するという習性が共通して備わっているためです。

たとえば、小さな動物の群れに肉食の動物が食糧を求めて襲いかかってきた際に、小動物は群れを作って身を寄せ合って生存の確率を高めようとします。これは、捕獲者が一つの対象物に襲いかかっている時にはその周辺の対象物を狙うことができないという性質を利用したもので、対象物が多くなるほど捕食者の意識は「認知的過負荷」の状態になり、混乱状態に陥ってしまうという「捕食者混乱効果(predator confusion effect)」を引き起こすために本能的に取る行動と言われています。この本能は、理性が大きく発達した生き物である私たち人間においても備わっており、特に理性のコントロールが弱くなるパニック時にはその傾向が強くなることが明らかにされています。

これまでにも、脱出を試みる人が集中することで動きが取れなくなるという、いわばグリッドロックにも似た状況が発生することは知られていましたが、一連の実験結果ではそれが生物の本能に由来することが明らかにされました。あえて障害物を設置するという手法は安易に実施されるべきものではありませんが、さらに効果的な非常脱出手段の確立につながる可能性を示すものとなっています。

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in サイエンス,   動画, Posted by darkhorse_log

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