新型コロナウイルス研究所流出説はどこへ消えてしまったのか？

世界中で猛威を振るう新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の発生起源について、中国・武漢の研究所で流出したのではないかと考えられる説が以前から議論されています。この「研究所流出説」について深く掘り下げた書籍「Viral: The Search for the Origin of Covid-19」の著者であるマット・リドリー氏とアリナ・チャン氏が、「メディアや科学者たちが、ウイルスの発生原因を解明しようとする現実的かつ緊急の関心を失ってしまった」と指摘し、持論を展開しています。

What happened to the lab-leak hypothesis? - UnHerd
https://unherd.com/2022/06/what-happened-to-the-lab-leak-hypothesis/

リドリー氏らは「核ミサイルの偶発的発射で2100万人の死者が出たとしたらと想像してください。世界が肩をすくめて、『どうしてそんなことが起こったのか、わざわざ調べる必要はない』と言うとは考えにくいです。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは、それほどの数の死者を出し、何十億もの人々の生活を破壊しました。このようなことは1世紀以上起こっておらず、1940年代以降最大の苦難を世界中の人に味わわせました。しかし、その原因はまだわかっておらず、世界の多くの人々がそれを知ろうとしません」と主張します。

リドリー氏らは前述の共著において、推測を避け、証明できることにこだわり、証拠を深く掘り下げ、中国南部や東南アジアのウイルスと2019年末の武漢での発生を結びつける糸を見つけたとしています。その結果、まだ断定はできないものの、市場で動物から人に波及した説と、実験室や研究所の見学中の事故という2つの説が有力であると結論づけたとのこと。

リドリー氏らは「私たちの主張は、アメリカ政府、G7、世界保健機関(WHO)、一般市民の主張と合致しています。また、2022年6月に発表されたWHOの報告書も、『実験室での事故を通じてSARS-CoV-2がヒト集団に持ち込まれた可能性を評価することが重要である』としています。これは大きなニュースです。核ミサイルがニューヨークを破壊するのと同じ規模で、人為的なミスによる事故が起こったかもしれないということです」と述べました。

リドリー氏らの著した書籍は上級科学者、政治家、ビジネスマン、ジャーナリストなどから称賛されたとのことですが、多くのマスコミは正反対の反応だったとのこと。CNNはこの本について議論するためにリドリー氏らを招待したものの、医療・健康分野を専門に担当するCNN記者から強い反対を受け、直前になってCNN側がキャンセルを申し出たそうです。アメリカやイギリスの主なメディアはこの本を完全に無視し、イギリスの公共放送局であるBBCも例外ではなかったとリドリー氏らは指摘。また、研究所流出説という話題は主流メディアの多くでタブー視されているとのこと

リドリー氏らは「なぜ私たちが脅威と思われているのかは明らかです。私たちは研究所流出説の過激派ではなく、むしろそういった過激派から攻撃されたこともあります。しかし、科学界の批評家たちは、私たち穏健派に意見をさせないことで問題を偏向させ、研究所流出説を「反科学や無知なグループが支持する説」だと決めつけています」と述べました。

一方で、中国当局は研究所流出説を完全に否定しています。中国は研究所流出説の可能性に関するいかなる議論も、外国人に対するいじめのようなものであると明言しているとのこと。中国外務省の報道官は2022年6月10日、「研究所流出説は、反中国勢力が政治的な目的で作り上げたまったくの嘘であり、科学とは何の関係もない」と述べました。リドリー氏らは、中国政府のこうした姿勢は、中国の資金などへ依存している大学や科学雑誌を窮地に陥れると指摘。また、2022年1月には「中国への配慮などから研究所流出説が黙殺された」とする関係文書が明らかになっています。

新型コロナの「武漢研究所流出説」が中国への忖度で握りつぶされていたことが政府の文書により判明 - GIGAZINE

リドリー氏らは「このパンデミックは、報道の自由がなく、科学者が発言する自由がほとんどなく、全体主義的独裁者によって情報が一元管理されている、強力かつ影響力のある国で発生したため、調査を行うのが非常に困難であることは確かです」としつつ、研究所流出説を否定する証拠は十分にないため、さらなる調査が必要だと指摘。将来同様のパンデミックが発生したときの戦略を打ち立てるためにも、引き続き議論が必要だと強調しました。