サイエンス

微生物を「物理攻撃」で99%死滅させるナノコーティング素材が登場、薬剤耐性菌も殺せるのに人体には無害


医療ではなく工業の分野で脚光を浴びてきた素材の薄膜をコーティングすることで、病原体となるバクテリアや真菌の細胞を破壊することができる技術が開発されました。このナノコーティング技術は、抗生物質が効かない薬剤耐性菌(スーパーバグ)にも有効な上に人体には無害なため、傷口に貼る創傷被覆材や医療用器材を体内に埋め込むインプラントの素材として有望視されています。

Broad-Spectrum Solvent-free Layered Black Phosphorus as a Rapid Action Antimicrobial | ACS Applied Materials & Interfaces
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsami.1c01739

Superbug Killer: New Nanotech Destroys Bacteria and Fungal Cells, While Leaving Human Cells Unharmed
https://scitechdaily.com/superbug-killer-new-nanotech-destroys-bacteria-and-fungal-cells-while-leaving-human-cells-unharmed/

New Nanothin Coating Kills Superbugs, Fungi, Bacteria: Here's How It Works | Science Times
https://www.sciencetimes.com/articles/30657/20210414/new-nanothin-coating-kills-superbugs-fungi-bacteria-heres-works.htm

ペニシリンを始めとする抗生物質は、実用化されて以来多くの人命を救ってきたことから、しばしば「20世紀の偉大な発見」の1つに数えられます。しかし、近年に入り抗生物質が効かない薬剤耐性菌が出現していることから、医療の現場では大きな問題となっています。世界保健機関(WHO)の調査によると、2019年には薬剤耐性菌により年間70万人が死亡しており、このまま新たな治療法が開発されない場合には、死者数が2050年までに年間1000万人に増加し、経済への打撃は世界金融危機に匹敵する額に上ると試算されているとのこと。


そこで、オーストラリア・ロイヤルメルボルン工科大学のアーロン・エルボーン博士らの研究チームは、リンの同素体である黒リンに注目しました。黒リンの単層膜であるフォスフォレンは、シリコンに代わるトランジスタやバッテリー、太陽電池の素材として注目を集めていますが、酸素に触れると急速に分解されてしまうため、扱いが非常に難しい材料とされています。

この「酸素に触れると急速に分解される」という性質に着目した研究チームは、分解により発生する活性酸素が殺菌に応用できると考えて、黒リンをナノメートル単位の厚さの膜にしてその抗菌効果を確かめる実験を行いました。その結果、大腸菌やメチシリン耐性黄色ブドウ球菌を含む細菌5種類と、複数の抗真菌薬に耐性を示すカンジダ・オーリスを含む5種類の真菌が、わずか2時間で99%破壊されることが確かめられました。

以下は、実験前後の大腸菌を比較した顕微鏡写真です。黒リンのナノコーティングにさらされる前の大腸菌(左)はきれいな円筒形をしていますが、さらされた後の大腸菌(右)はいびつな形状になっており、細胞の中身が飛び出しているのが分かります。


細胞を破壊する黒リンの効果は、カンジダ・オーリスでも同様でした。


黒リンのコーティングは、細菌と真菌の両方に対して高い効果を示した一方で、マウスやヒトの培養細胞には全く影響を与えなかったとのこと。また、実験開始から24時間で完全に分解されてしまったため、人体や環境への長期的な影響もほとんどないと、研究チームは考えています。

論文の共著者であるサミート・ワリア氏は「黒リンは酸素があると分解されてしまいます。これは、私たちのような精密工学の技術者には頭の痛い問題でしたが、微生物を殺す上では理想的な性質だと分かりました。つまり、課題が解決策へと早変わりしてしまったわけです」とコメントしました。

また、研究チームを率いたエルボーン氏は、「私たちが開発したナノ単位の厚さのコーティングは、細菌や真菌の細胞を引き裂くことで効果を発揮するため、微生物にとっては対抗手段がありません。このような致命的な物理的攻撃に対する防御策が、自然な進化により獲得されるには、何百万年もかかることでしょう」と話しました。

エルボーン氏らの研究チームは、これまでにもさまざまな殺菌用素材の開発に取り組んでおり、2020年には菌を物理的に引き裂いて破壊する微小な液体金属も発表しています。

抗生物質が効かない「スーパーバグ」を液体金属で「物理的に引き裂いて破壊する」技術が発表される - GIGAZINE

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in サイエンス, Posted by log1l_ks

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