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量子コンピューターに関する論文が続々と撤回されている理由を「マヨラナ粒子」の研究者が解説


量子ビットを用いて計算を行う量子コンピューターの実用化に向けて、多くの研究が行われています。そんな量子コンピューターの実用化のカギの1つである「マヨラナ粒子」を観測したという報告は、多くの研究チームによって提出されてきましたが、その大部分が撤回・反証されています。マヨラナ粒子を観測する研究に長く携わっているピッツバーグ大学セルゲイ・フロロフ准教授は、「マヨラナ粒子を観測した」という不正確な報告が続出している原因について解説しています。

Quantum computing’s reproducibility crisis: Majorana fermions
https://www.nature.com/articles/d41586-021-00954-8


マヨラナ粒子は、エットーレ・マヨラナによって1937年に存在を予測された粒子で、量子コンピューターの開発に役立つとして、マヨラナ粒子の生成・観測を目指す研究が数多く行われてきました。

フロロフ氏によると、記事作成時点までに、100以上の研究グループがマヨラナ粒子の生成に挑戦し、フロロフ氏が参加した研究グループを含む約20のグループからマヨラナ粒子を生成したという報告が提出されてきたとのこと。しかし2020年には、2017年に発表されていたマヨラナ粒子の研究報告が誤りであるという検証結果が発表されており、フロロフ氏の研究グループも2018年に発表された研究報告反証論文を2021年1月に公開しています。

Microsoftの量子コンピューター構築のカギだった「マヨラナ粒子」を観測したという論文が撤回される - GIGAZINE


上記のようにマヨラナ粒子の研究報告が次々に反証・撤回されていることで、「マヨラナ粒子に関する研究の信頼性が損なわれている」とフロロフ氏は指摘。フロロフ氏は「学生からマヨラナ粒子に関する研究を続けるのか尋ねられたり、助成金審査官から、研究内容に懐疑的な態度を取られたりしました」と述べています。

フロロフ氏によると、マヨラナ粒子の生成・検出実験では、膨大な量のデータが得られるとのこと。このデータの中から、仮説の立証に役立たないデータを「外れ値」として除外し、役立ちそうなデータだけを抽出して論文に用いていることが、誤った研究報告が多発する原因だとフロロフ氏は主張しています。


また、マヨラナ粒子に関する研究がナノテクノロジーや超電導、材料工学、デバイスエンジニアリングといった幅広い研究分野を組み合わせた研究であることも、誤った研究報告が多発する原因だと、フロロフ氏は指摘しています。

通常、論文は学術雑誌に掲載される前に専門家による審査を受けます。しかし、「理論物理学の専門家は『計算の評価』には慣れているが、『実験プロセスの評価』には慣れていない」といったように、審査を担当する専門家によって知識の偏りがあるとのこと。マヨラナ粒子に関する研究論文は幅広い研究分野の事柄を含んでいるため、専門家による適切な審査を受けづらいとフロロフ氏は述べています。


フロロフ氏は、誤った研究報告を減らし、マヨラナ粒子に関する研究の信頼を回復するには、コミュニティの行動規範を改める必要があると主張し、マヨラナ粒子に関する実験データや実験方法を公開することを提案。データを公開することで、「研究の信頼性が向上し、研究グループ同士のコラボレーションが促進され、研究がスピードアップします。また、データを公開することで、研究報告の正確な審査が可能になります」と主張しています。

また、フロロフ氏は「単にデータを共有するだけでは、研究室で行われている全てのことを把握できるわけではない」という、実験に関する「秘伝のたれ」のようなものがあるとする意見を紹介。この意見に対して、「堅固で有用な科学は、信頼性の高いプロセスに基づいているため、必要に応じて何度でも再検討できます」と反論し、データを公開することの有用性を強調しています。

さらに、フロロフ氏は論文の審査過程を改善するために、論文の審査を担当する専門家に対して、「結果が真実なのか」「十分なデータは提示されているか」「他の考え方は考慮されているのか」といったチェックを一貫して行うことを求めています。

加えて、「ほとんどの学術雑誌には、誤った主張に関して独自の調査を行う仕組みがない」という現状を解決するために、学術雑誌の編集部と研究コミュニティが協力して調査体勢を構築することも提案しています。


フロロフ氏は、「これらの改善が成されて初めて、マヨラナ粒子を用いた量子コンピューターを開発する準備が整います」と締めくくっています。

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in ハードウェア,   サイエンス, Posted by log1o_hf

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