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「低身長症の治療薬」が登場するも当事者からは賛否両論な理由とは?

by pxhere

アメリカの製薬会社BioMarin Pharmaceuticalが、低身長症の治療につながる可能性が高い新薬を開発しました。この新薬をめぐり、アメリカでは低身長症の当事者の間で活発な議論が交わされています。

A controversial new treatment promises to make little people taller
https://www.statnews.com/2019/11/18/a-new-treatment-promises-to-make-little-people-taller-is-it-an-insult-to-dwarf-pride/

低身長症の最も一般的な原因である軟骨無形成症は、成長軟骨と呼ばれる部分の異常により低身長や四肢の短さ、指の短さが引き起こされる遺伝子疾患です。

by Sakibomb222

京都大学の研究者らにより、「C型ナトリウム利尿ペプチド(CNP)というたんぱく質を合成する遺伝子を欠くことが軟骨無形成症の原因となっている」ことが突き止められていますが、CNPは体内で1分と経たずに失効してしまうため、医薬品として投与しても効果が見込めませんでした。そこで、BioMarinの研究者らはCNPと同様の働きをする上に失効するまでの時間が長いCNP39というたんぱく質を開発。CNP39から作られた新薬のボソリチドは、5~14歳の軟骨無形成症の子ども35人を対象とした臨床試験により、身長が伸びる速度が一般的な子どもとほとんど同じになるという目覚ましい効果を示しました。

BioMarinの主張によると、ボソリチドは低身長症の治療を目的とした薬ではなく、脊椎の異常や睡眠時無呼吸、難聴など、あくまで「軟骨無形成症に伴う合併症の予防」を目的としたものだとのこと。しかし、ボソリチドが生涯にわたる障害の合併症に効果があることを証明するには、何十年間もかかります。そこで、BioMarinは軟骨無形成症の子どもを対象とした臨床試験で身長が正常に伸びることを確認し、医薬品としてのボソリチドの効果を証明する方法をとっています。


これに反発しているのが、長年にわたり低身長症に対する差別や偏見の払拭に尽力してきた非営利団体「Little People of America(LPA)」のメンバーを中心とした一部の当事者です。「Dwarf pride」をスローガンに掲げるLPAは、軟骨無形成症に伴う低身長を「治療を要する障害ではなく、尊重されるべき個性」と捉えており、そのアイデンティティを治療の対象とするという考えは受け入れがたいものでした。

講演活動などを行っている軟骨無形成症の当事者ベッキー・カラン・ケクラ氏は、ボソリチドの開発について「低身長症のコミュニティを排除するための試みだと、人々は感じています。これが何かの役に立つと言う人もいますが、誰にそれが分かるんでしょうか?」と話しています。

ケクラ氏をはじめとする低身長症の当事者らが持つBioMarinへの拒否感を決定的なものとしたのが、BioMarinが2019年からLPAのスポンサーとなり、13万ドル(約1415万円)をLPAに寄付した時のことです。LPAの理事会がこのことを発表すると、LPAのFacebookページには非難の声が多数寄せられました。これを受けて、LPAが2019年7月にサンフランシスコで緊急会議を開催した時も、開場となったホテルのホールはLPAメンバーらの怒りの声で埋め尽くされたとのこと。

LPAメンバーのモニーク・コンリー氏はその時のことを振り返って、「LPAのパンフレットのスポンサー欄にBioMarinのロゴを見つけた時は、平手打ちされたような衝撃を受けました。LPAは貧困者のための慈善団体ではありません。ですから、BioMarinからのお金など必要ありませんでした」と話しました。

by Nadine Shaabana

こうした声に対し、LPAの代表者として会議に出席したマーク・ポヴィネッリ氏は「すぐに軟骨無形成症の子どもがボソリチドを使用できるようになる世界がやってきます。その時のために、LPAのメンバーにはどんなに不愉快でもボソリチドについて知る機会を持ってもらう必要があります」と涙ながらに訴えたとのことです。

ボソリチドの開発に反発する当事者がいる一方で、「自分が子どものころにボソリチドがあれば」と歓迎する声もあります。軟骨無形成症のチャンドラー・クルー氏は、16歳で骨延長術を受けました。鎮痛剤では抑えることができない痛みや、将来何らかの問題が発生して再度手術をしなければならないリスクはありましたが、クルー氏は手術を後悔していないとのこと。2度の手術で腕と脚を伸ばしたクルー氏は、5フィート(約152cm)という身長を手に入れ、自分の手を頭に伸ばしてシャンプーをしたり、延長ペダルを使わずに自動車を運転したりできるようになりました。しかし、手術前は考えてもいなかったメリットとして、「人を下から見上げるのではなく、目線を合わせて会話できる」という利点を感じているとのことです。

クルー氏は医療情報を中心としたニュースサイトSTATのインタビューに対し「私は『Dwarf pride』を持っていません。たまに『あなたは障害者ではなく、ただ背が低いだけです』と言われることがありますが、そういう時は『それでは、私が頻繁に病院に行かなければならないのはなぜですか?』と聞き返しています」と話しています。

ヴァンダービルト大学の小児遺伝学者で、長年にわたり軟骨無形成症の治療に携わっている医師のジョン・フィリップス氏は「一部の人々が、ボソリチドを美容整形用の薬だと思っていることを懸念しています。軟骨無形成症の患者が亡くなるのを見る度に、軟骨無形成症は命に関わる深刻なものだと思い知らされます」と述べています。フィリップス氏自身も、軟骨無形成症の友人を持っていましたが、少し前に亡くなってしまったとのこと。直接の死因は、身長に対して高すぎるトイレを使っていた際に転落してしまったことですが、フィリップス氏の友人は軟骨無形成症が原因で、下肢のしびれや痛みを伴う脊柱管狭窄症を患っていました。フィリップス氏は、もしボソリチドがあれば友人の脊柱管狭窄症を予防でき、友人が亡くなることもなかったはずだと考えているとのことです。

軟骨無形成症の子どもを持つ親からも、ボソリチドを望む声が挙がっています。軟骨無形成症の研究を支援する非営利団体Growing Strongerの設立者であるアメール・ハイダー氏とムニラ・シャミム氏の夫婦には3人の子どもがいますが、そのうちの1人であるアーミン・ハイダー君は軟骨無形成症です。

ハイダー氏とシャミム氏夫婦と3人の子どもの写真。一番右がアーミン・ハイダー君。


ハイダー氏はGrowing Strongerの設立にあたり、資金集めのためにLPAの会合を訪れましたが、その時「あなたのやっていることは虐殺のようなものだ」と言われたことがあるとのこと。ハイダー氏はその時のことを「軟骨形成不全のコミュニティには、自己アイデンティティに関わる大きな要素があるのだと、後で気がつきました。そこにやって来て『あなたのアイデンティティを奪う研究をしたいのでお金をください』と言えば、激しい反応を受けるのは当然ですよね」と話しています。

しかし、ハイダー氏の考えに賛同するLPAメンバーも少なくなく、ハイダー氏の元には50万ドル(約5447万円)もの寄付金が集まりました。ハイダー氏はその資金を元手に、世界中で軟骨無形成症の研究を支援し、軟骨無形成症コミュニティに無料で医療情報を提供する活動を行っています。

また、ハイダー氏は軟骨無形成症を持つ息子のアーミン君を、BioMarinが2018年1月に実施したボソリチドの治験に参加させています。治験でアーミン君が投与された薬がボソリチドだったのか、対照実験用のプラセボ薬だったのかハイダー氏には分かりませんが、治験後にはアーミン君の身長はぐんぐん伸びて運動も得意になり、夏のキャンプでは1マイル(約1.6km)も泳げるようになったとのこと。

アーミン君の母親であるシャミム氏は「あの子が遊び場で直面したいじめや、なぜこんなに身長が低いのかと言われた回数を考えると、心が痛みます」と話しました。また、アーミン君を治験に参加させる際の夫婦の話し合いでは、「アーミン君の身長が伸びることで、身長が低いという苦労により培われたアイデンティティが失われるのではないか」という問題については話題にも上がらなかったとのこと。シャミム氏は「私たちにとっては、身長が低い事を個性として尊重することと、ボソリチドで治療することは、相いれないことではありません」と話しました。

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in メモ, Posted by log1l_ks

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