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バットマンはなぜ人を殺さない不殺主義を貫くのか?

by Serge Kutuzov

映画「バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生」のザック・スナイダー監督が、映画の中でバットマンが殺人を犯した理由についてまくしたてる様子がムービーで公開され話題となっています。スナイダー監督はスーパーヒーローだろうと残虐な行為を一切行わないということはない、とFワード連発でバットマンが殺人を犯した理由を解説しているのですが、原作となるDCコミックス版の「バットマン」は1940年以降殺人を犯しておらず、一貫して不殺主義を貫いています。

Why doesn’t Batman just kill people? - Polygon
https://www.polygon.com/2019/4/2/18292128/batman-no-killing-rule-zack-snyder

1939年、のちのDCコミックスとなるナショナル・アライドが出版した「Detective Comics #27」に初登場したのがバットマンの始まりでした。それから1年足らずで、DCコミックスはバットマンが殺人を犯してしまうような力や重火器を使用することを禁止するためのルールを設定しています。なぜバットマンに不殺のルールが設定されることになったのかというと謎を、海外ゲームメディアのPolygonがまとめています。バットマンの不殺主義の背後には、バットマンの生みの親のひとりである作家のビル・フィンガーによる熱心なサポートがあります。

by Cassidy James Blaede

漫画やテレビの世界では、初出時にはキャラクターが固まっておらず、その後、何年にもわたって作品が展開されていく中で、多くのクリエイターによってキャラクターが「改変され続ける」ということが往々にしてあるものです。アメリカン・コミックスの黄金期、出版社が物語において長期的な視点を持っていなかった時期には、こういったキャラクターの「ブレ」が顕著でした。

例えばスーパーマンの飛行能力は、ラジオやアニメのためにあとから「付け足された能力」で、原作のアメコミ版スーパーマンではデビューから3年が経過するまで飛行能力が登場することはありませんでした。同じように、バットマンがボブ・ケインとフィンガーにより生み出された際、バットマンの設定は完全に固まっているわけではありませんでした。当初、ケインがコウモリのような羽根でかざられたマスクとスーツを身につけたキャラクターを考え、フィンガーがバットマンのストーリーを書き、キャラクターの個性をはっきりとさせ、バットマンに「ブルース・ウェイン」という名前をつけていきました。そのあと、バットマンのためによりよい衣装がデザインされ、ゴッサムシティと名付けた町で繰り広げられる物語が構想され、敵対する巨大な敵、装備、仲間といったその他もろもろが生み出されていきます。このようにバットマンにおける多くのアイデアを生み出したのがフィンガーであるため、彼の死後も作品にはフィンガーの名前がクレジットされているわけです。

当初、ケインはバットマンを「影のような男」と説明しており、犯罪者を探しそれを撃ち殺すことを使命としているようなキャラクターと考えていました。実際、初期のバットマン(1939年5月のDetective Comics #27に登場するバットマン)は、そんなバットマンの影の側面が見られる物語となっているそうです。一方、フィンガーの考えるブルース・ウェインは、科学と犯罪探知に精通したファイターではあるものの、ケインの考えた血に飢えた「影のような男」としてのバットマンではありませんでした。フィンガーのブルース・ウェインは犯罪者の死を防ぐことも嘆くこともせず、必要な場合にはテロリストを殺害することもあったそうですが、むやみに銃を使用して殺人を犯すことはありませんでした。

実際、アメコミとなったバットマンで「人を殺す描写」があるのは、1939年5月から1940年5月までの1年間で出版された16の物語のうち、わずか1つのみ。銃が描かれたエピソードも5つしか存在しません。バットマンが初めて銃を使用したのは「Detective Comics #32」でした。この中でバットマンは銀の弾丸を用いて2人の吸血鬼を倒します。そのほかのエピソードでもバットマンが銃を使う描写こそあるものの、犯罪者と戦う際にこれを使用することはほとんどありません。

by TK Hammonds

バットマンが銃で人を殺したのは、1940年3月に発行された「Batman #1」の中の「The Giants of Hugo Strange」というエピソードのみです。物語の中で、悪の科学者であるヒューゴ・ストレンジが精神病患者を「Monster Men」というモンスターに変えてしまいます。ストレンジは人間の部下に命令し、Monster Menをトラックに載せて人口密集地帯まで運ばせようとするのですが、バットマンは無実の人々が傷つくことを止めるため、やむを得ずトラックの運転手を射殺します。その際、バットマンは「人の命を奪いたくはないが、今はそれが必要な時だ」と語っています。

バットマンが人を射殺する描写が存在する唯一のコミックスである「Batman #1」がリリースされた直後、当時のDCコミックスの編集長であったウィットニー・エルスワースは、ケインとフィンガーにバットマンが人を殺すことに反対の立場であることを伝え、「二度とバットマンに銃を持たせてはいけない」と語ったそうです。

エルスワースは自警団として活動していたバットマンが、本物のスーパーヒーローになることを望みました。この頃、ケインとフィンガーは物語の中に「ロビン」ことディック・グレイソンを登場させていたため、バットマンの偉大な精神を若い読者に伝えるための役割をロビンに与えるというアイデアが採用されます。その結果、バットマンがはじめて銃を使ってからわずか数か月後に出版された「Batman #4」の中で、バットマンはロビンに「覚えておけ!我々はいついかなる時であっても、武器を使った殺しは行わない!」と語っています。このように少し無理やりすぎる流れの中で、バットマンの不殺主義が誕生します。

by Marcin Lukasik

しかし、生みの親であるケインは何年にもわたってバットマンの不殺主義に異論を唱えており、自伝の「Batman and Me」の中でも、「バットマンはあらゆる検閲の結果、もはやダークナイトではなくなっていた」と不満を述べています。しかし、別のインタビューの中では、「バットマンが新しいアイデア(不殺主義)に適応する一方で、初期のダークな面が注目を集めなかったため作品は成功できた」と、不殺主義にシフトしたことがバットマン成功のきっかけとなったとも語っています。

対して、生みの親のひとりであるフィンガーは初めからエルスワースのアイデアに同意しており、バットマンがジョーカーやドクター・デス、ヒューゴ・ストレンジなどの悪人と戦った際に、相手を殺さずにおくための道徳的根拠が必要になると考えたそうです。悪党はしばしば「より大きな目的のために殺した」と主張しますが、不殺主義のバットマンが同じ言い訳を使うことはできないため、バットマンを漫画の主人公ではなくヒーローにする必要がありました。

アーティストのジャック・バーンリーとの対談の中で、フィンガーは「ケインともっと早い段階で、銃やそれ以外のもっと多くのことについて話し合うべきだった」と語っており、初期にバットマンが殺人を犯してしまったことを後悔していることを明かしています。

by ActionVance

その後、フィンガーはバットマンが誕生するきっかけとなる、若き日のブルース・ウェインの物語を作っています。ストーリーは、武装した強盗によりブルース・ウェインが両親を失うというもの。フィンガーは「突然起きた殺人により、ブルース・ウェインは犯罪者を憎むようになるわけだが、それと同時に、同じくらい人の命を大切にし尊重するようになった」と語っており、このエピソードがきっかけでブルース・ウェインは不殺主義を貫くようになると説明しています。

さらに、1948年に出版された「Batman #47」に収録されている「The Origin of Batman」というエピソードの中で、バットマンは両親の仇であるギャングのジョー・チルに出会います。作中でジョー・チルはバットマン以外のキャラクターに銃殺されるのですが、バットマンはその死に喜びを感じておらず、警察に逮捕されることを望んでいました。このように複数のエピソードにまたがってバットマンが不殺主義を貫く姿をフィンガーは描写しています。

by Mel Poole

アニメや映画など、さまざまなメディアでケインとフィンガーの手を離れて派生を続けているバットマンが、不殺のルールを破ることは幾度もありました。しかし、フランク・ミラーによる「バットマン: ダークナイト・リターンズ」のように、生みの親である2人のバットマンと同じく、銃を使わず人を殺さない、というオーソドックスなバットマンを描く作品もあります。だからといって、「人を殺さないバットマンだけが真のバットマンである」と主張するのは難しいものです。なぜなら、ケインとフィンガーの手を離れたバットマン関連作品から、バットシグナルやバットケイブといった現代のバットマンになくてはならないものや、アルフレッドやハーレイ・クインといった魅力的なキャラクターが生まれたからです。観客がどちらのバットマンを好むかは個人の自由ですが、「ブルースが人を殺さないことを好む人を馬鹿にしてはいけません。なぜなら、生みの親であるビル・フィンガーがそのひとりだからです」とPolygonは記しています。

また、Polygonは「犯罪者を殺すことが単に『より現実的である』と思う人は、そのリアリズムをスーパーヒーローものに要求することが何を意味するか考えるべきです。感情面でのリアリズムがキャラクターに適用されることは良いことかもしれませんが、そういった種類のリアリズムが植物を操る女性や体が粘土の男性が存在する世界に当てはめられればどうなるでしょうか?」と、そもそも超常現象が起こりまくるフィクションの世界でリアリズムを求めることがナンセンスだとしています。

バットマンにとっての不殺主義が現実的なものではないことは明らかで、これが問題を引き起こすこともあります。しかし、別の言い方をすれば、このルールがドラマの大きな源にもなっているとのこと。読者が物語の中のヒーローと考えを同じくする必要は一切なく、ブルース・ウェイン自身も自分の信念が完全なものではないことをよく知っています。その証拠として自分の中の道徳と両親が殺害されたという現実のはざまで、ブルース・ウェインは苦悩し続けています。おそらくバットマンの不殺主義は「夢のお話」の一種ですが、「そういった世界にスーパーヒーローが住んでいることを忘れてはいけない」とPolygonは記しています。

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in 映画,   マンガ, Posted by logu_ii

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