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オカルトにはまり過ぎて歴史から抹消された「宇宙開発の真の父」の生涯とは?


ロバート・ゴダードコンスタンチン・ツィオルコフスキーヴェルナー・フォン・ブラウンは、ロケット・ミサイル開発など宇宙航空技術史を語る上で外せない人物としてよく語られます。しかし、現代のロケット推進技術にもつながる重要な技術や組織を築いたにもかかわらず、オカルティズムに心酔するあまりに破滅して科学史から抹消されたロケット技術者も存在します。そんな「忘れられた宇宙開発の真の父」であるジャック・パーソンズの波乱万丈すぎる生涯を、Space Safety Magazineが紹介しています。

Jack Parsons: Occultism, Magic and the Birth of NASA JPL
http://www.spacesafetymagazine.com/aerospace-engineering/rocketry/jack-parsons-occult-roots-jpl/


1914年にカリフォルニア州パサデナで生まれたジャック・パーソンズは「SFの父」と呼ばれるジュール・ヴェルヌのSF小説に夢中になり、小学生の頃から生涯の友となるエドワード・フォアマンと共に、家の庭で花火を飛ばして遊んでいました。この遊びはやがて科学実験へと発展し、1928年になると2人は固体燃料ロケットの製作に本気で取り組むようになっていました。

高校の頃には、パーソンズは同じくロケット研究家であったゴダードやツィオルコフスキー、フォン・ブラウンらと文通を交わしていたそうです。特に、パーソンズとほぼ同年代だったフォン・ブラウンとは毎日電話で何時間も議論を重ねる仲だったといわれています。

地元大学を中退して就職していたパーソンズとフォアマンは、ある日カリフォルニア工科大学の講義に出席し、そこで当時機械工学を学んでいたフランク・マリナと出会いました。3人はロケットの開発についてカリフォルニア工科大学のキャンパスで熱心に話し合いましたが、当時はまだロケットが空想小説の産物だと見なされていたこともあり、チャンスに恵まれませんでした。


そんな時、当時カリフォルニア工科大学のグッゲンハイム航空研究所に勤務していたセオドア・フォン・カルマンがパーソンズら3人の計画を耳にします。フォン・カルマンは「液体燃料と固体燃料でロケットを大気圏上空に飛ばす」という計画内容に興味を持ち、マリナの博士号研究という名目で3人の計画を承認しました。

しかし、パーソンズたちの研究は失敗の連続。大学内でボヤ騒ぎを起こしたり爆発事故を起こしたりとキャンパスの悩みの種で、危険過ぎるあまりに研究グループは「決死隊」と学内で揶揄(やゆ)されていたそうです。その上、固形燃料ロケットエンジンはすさまじい騒音を出すため、最終的にキャンパス内の実験を禁止されてしまいますが、それでも研究グループは固体燃料ロケットエンジンの開発を続けました。以下の写真の一番右にいるのがパーソンズです。


パーソンズの研究グループが発見した大きな業績の1つに、ロケット用固形燃料の成分混合比やJATO(ジェット補助推進離陸)システムを開発したというものがあります。1926年にゴダードが打ち上げたロケットは液体燃料でしたが、当時液体燃料は取り扱いが非常に困難でした。パーソンズらが開発した固形燃料は、その後のミサイル・ロケット技術には欠かせないものとなりました。特にパーソンズが開発した過塩素酸アンモニウムと合成ゴムを混練した推進薬は、スペースシャトルで使われたことでも知られています。

研究グループは、アメリカ軍の援助を受けてミサイルロケットの開発を行うようになり、やがてジェット推進研究所(JPL)に発展しました。第二次世界大戦が始まると、JPLはドイツの開発したV2ロケットの分析を元に弾道ミサイル戦術地対地ミサイルなどの兵器開発を精力的に行いました。また、パーソンズはフォン・カルマンやマリナらとロケット推進機器メーカーのエアロジェットを設立します。このJPLとエアロジェットは後にNASAの宇宙開発計画に大きく携わるようになります。


一方で、1939年にパーソンズはイギリスのオカルティストであるアレイスター・クロウリーと出会います。クロウリーは当時「世界で最も邪悪な男」と呼ばれ、西洋魔術を下敷きにした神秘主義と快楽主義をうたう新興宗教を創設していました。幼少からオカルトにも興味があったパーソンズはこのクロウリーに取りつかれたように魅入られ、クロウリーの新興宗教に改宗。


さらに、ほぼ同時期にパーソンズは、後に新興宗教サイエントロジーの教祖となるSF作家のL・ロン・ハバードと出会いました。ハバードは大きな資産を持つパーソンズに巧みな話術ですり寄り、「ババロンの働き」と呼ぶセックス儀式を行い、同じくクロウリーの信者であったマージョリー・キャメロンをパーソンズと引き合わせています。


1940年頃には、パーソンズはJPLやエアロジェットの一員としてよりもクロウリーの神秘主義に魅入られたオカルトマニアとしての活動に重きを置くようになっており、テストロケットの打ち上げ前に必ずクロウリーの「"Hymn to Pan」を唱えて踊るという奇行を見せたり、乱交儀式に同僚を招いたりと、生活態度が急激に悪化。パーソンズは最終的にJPLとエアロジェットから追放されてしまいます。

快楽主義に溺れた生活を続けるパーソンズは、JPLとエアロジェットで築いたばく大な資産をみるみるうちに失いました。そして、ハバードはパーソンズの妻サラと共にパーソンズの資産を持ち逃げ。パーソンズは泥沼の裁判の末にハバードから資産は取り返したものの、愛する妻と世間からの信用を同時に失ってしまいました。


その後、パーソンズはキャメロンと再婚し、洗濯機の修理や映画で使う火薬の調剤などで生計をつなぎました。追い出されたとはいえ、軍の秘密兵器開発に携わっていたパーソンズがカルトのリーダーだったクロウリーや詐欺師のハバードとつながっていた事実を危険視したアメリカ軍は、パーソンズを常に監視していたそうです。

1952年、パーソンズはわずか37歳で、爆発事故によってこの世を去ります。あまりにも突然のことだったため、現代でもパーソンズの死に陰謀論を唱える者もいます。パーソンズの論文や名前はカリフォルニア工科大学に保管されている学術論文から組織的に除外され、時間が経つにつれて存在も忘れられていきました。それでもパーソンズの残した功績は大きく、アメリカ宇宙開発の父と呼ばれるフォン・ブラウンは「パーソンズこそアメリカ宇宙開発の真の父である」と評価していたそうです。近年では文献の研究により再評価も行われつつあり、アメリカではまさに奇人であったパーソンズを題材としたドラマも放映されています。

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in メモ,   サイエンス, Posted by log1i_yk

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