サイエンス

遺伝子編集によって誕生した子どもには「遺伝子的プライバシーがない」という懸念

by Emily Cline

2018年11月、「中国の科学者がDNA配列を編集する技術『CRISPR-Cas9』を使用して遺伝子操作を行い、HIV耐性を持った双子の赤ちゃんを生み出した」と報じられ、世界中に衝撃を与えました。研究そのものに対する疑念や倫理的な問題が議論されている中、「遺伝子編集によって誕生した子どもには『遺伝子的プライバシー』がない」という懸念の声を挙げる研究者もいます。

Why the Gene-Edited Babies Will Never Have Genetic Privacy
https://www.livescience.com/64182-gene-edited-babies-genetic-privacy.html

生命倫理学者であるKelly Hills氏は、「人々は遺伝子編集されて誕生した赤ちゃんを見たいと思うでしょう」と語り、生まれてきた子どもが好奇の対象となることを懸念しています。研究者らは子どものプライバシーを守るため、本名を隠した状態で発表することができますが、問題となるのは「遺伝子編集された赤ちゃんの遺伝子情報」だとのこと。


発表を注意深く見守っている遺伝子編集分野の研究者らは、「いったいどのような遺伝子編集が行われ、どのような遺伝子で生まれてきたのか?」という点に注目しています。遺伝子編集技術が実際に行われたという証明のためにも、子どもたちの遺伝情報が共有される可能性が高くなると考えられますが、単なる遺伝情報だけでも個人を特定するには十分かもしれないとHills氏は述べています。

「本名などと結びつけられていない遺伝情報だけでも、個人の特定につながる」という例証となるのが、1970年代から80年代にかけてカリフォルニアで発生した連続殺人事件「ゴールデン・ステート・キラー」に関する捜査です。ゴールデン・ステート・キラー事件では犯人が数多くの殺人やレイプを行っており、現場には犯人のDNAも残されていたものの、警察のデータベースに保存されていた他の事件で逮捕された犯人たちのDNAとは一致しませんでした。

しかし、近年になって民間のDNA分析企業が現れたことによって警察の捜査が進展。GEDmatchと呼ばれるDNA分析企業はユーザーが自分自身のDNA情報を入手し、登録されたデータベースと照合することで家系図の欠けた部分を埋めることができるというサービスを運営しています。警察はこのGEDmatchに犯人の遺伝子情報をアップロードすることで「犯人の遠い親戚」であると思われる人物を特定し、そこを手がかりに犯人の可能性がある家系図を構築、さらに犯人になり得る人物を絞り込みました。その結果、2018年4月に72歳のJoseph James DeAngeloという人物をゴールデン・ステート・キラー事件の犯人として逮捕することができたとのこと。

未解決事件の犯人をDNA解析サービスで絞り込み12人を殺害し50人以上をレイプした犯人が40年の時を経て逮捕へ - GIGAZINE


この事件では科学技術捜査の進展による未解決事件の劇的な解決が注目された一方で、「ウェブサイト上にアップロードされた遺伝子情報のプライバシーはどうなっているのか?」という議論をも引き起こしました。たとえばDeAngelo容疑者自身はDNA検査を受けたことはありませんが、遠い親戚がDNA情報をアップロードしたことで芋づる式に本人が特定されてしまったのです。2018年10月には研究者たちが「ヨーロッパ系アメリカ人の60%はオープンソースのDNA情報と近しい親戚関係にある」と発表し、多くの人々がDeAngelo容疑者のように親戚のDNA情報から自身が特定される可能性を持っていることが明らかになっています。

ペンシルベニア大学の准教授であるKiran Musunuru氏は、「通常通りに科学的な実証プロセスが行われた場合、子どもたちの遺伝子情報の大部分が開示される可能性が高いでしょう」と語っています。双子の遺伝子がどれほど公開されるのかについては判明していませんが、遺伝子編集が正常に行われて双子が誕生したという事実を示さなくてはならない場合、子どもたちだけでなく両親のDNA情報も発表されるだろうとMusunuru氏は考えているとのこと。

「科学者たちは子どもたちや両親の遺伝子情報を知りたがるでしょう」とMusunuru氏は述べ、たとえ遺伝子的プライバシーに配慮する科学者のみDNA情報にアクセスできたとしても、長期的に見ればDNA情報を用いて双子の個人情報を特定する人物が現れるかもしれないとしています。

by merrycallie

Hills氏はこのような遺伝子的プライバシーの問題は、いまだに生命倫理学者や科学者らが解決していない問題だとしています。双子のDNA情報は一部の限られた研究者のみに開示され、多くの情報を非公開にするという提案もなされているとHills氏は述べました。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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