生き物

「一度死んだペット」のクローンを作成するクローン犬ビジネスの最先端

by İrem Türkkan

韓国の研究所では複数の医者が、資産家や著名人のために「一度死んだペット」のクローンを作成しています。そんなクローンビジネスが盛んな「クローン犬」に関する最先端の情報について、海外メディアのVanity Fairがビジネスの中心にいる外科医のファン・ウソク氏へのインタビューと合わせてまとめています。

Inside the Very Big, Very Controversial Business of Dog Cloning | Vanity Fair
https://www.vanityfair.com/style/2018/08/dog-cloning-animal-sooam-hwang

韓国・ソウルのある外科医チームは、ガラス張りのオペ室で学生たちに見守られながら、妊娠した犬のお腹を切開して赤ん坊を取り出すという、まるで興行師のようなオペを行っているそうです。そして驚くべき点は、お腹から取りだした赤ん坊犬がクローンであるという点です。オペを担当しているファン・ウソク氏は、世界で初めてクローン犬を誕生させたことで知られる人物で、秀岩生命工学研究所というクローン犬の作成をビジネスとしている企業の所長を務めています。

ウソク氏がオペで母親のお腹から取り出したクローン犬


世界で初めて哺乳類の体細胞クローン羊であるドリーが誕生し、世界中を驚かせたのは既に20年以上も昔の話。当時、メディアは生物の遺伝的レプリカを作成することは暗黙の恐怖に飛び込むことだとはやし立てましたが、今では人工知能ゲノム編集キメラなど、より驚くべき技術が登場しており、クローンに対する恐怖はもはや小さなものになりつつあります。

2017年3月には海外セレブのバーブラ・ストライサンド氏が死んでしまった愛犬・サマンサのクローン犬を2匹飼っていることを明かしているように、クローンに対する抵抗感が薄れてきているというのは明らか。なお、ストライサンド氏はアメリカ・テキサス州のペットクローン会社・ViaGen Petsで愛犬サマンサの口と胃から採取した細胞をもとにクローン犬を作成したとのこと。

しかし、ストライサンド氏がクローン犬を飼っていることを明かしたあと、動物愛護団体などから抗議の声があがりました。それでもストライサンド氏は意に介していない様子で、「私は14年間も共に歩んできた愛するサマンサを失ってひどく落ち込みました。そして何かしらの形で彼女と共にありたいと考えていたのです。サマンサのDNAの一部があれば彼女の分身とこれからも共に生きられることを知ったあとは、私にとって簡単な決断でした」とクローンを生み出す決断は簡単なものだったと話しています。なお、クローン犬の作成費用は5万ドル(約550万円)だそうです。

Barbra Streisand Cloned Her Dog. For $50,000, You Can Clone Yours. - The New York Times


倫理学者たちは長らくクローン動物の道徳性について議論してきました。人間に生き物のコピーを作り出す権利があるのか、また、クローンプロセスにより生じる苦痛を本当に考慮しているのか、など多くの観点からクローンについての議論が行われています。既存のクローン技術では、「1匹の健康なクローン犬」を生産するには12個以上の胚が必要となります。これは、クローンを身ごもる代理母が時間の経過と共に命の危険が増していくというリスクを抱えており、また、12個の胚があってもほとんどが流産などで死んでしまうためです。それでも、2005年にウソク氏が初めて作ったクローン犬は100匹以上の代理母に1000個以上の胚を移植して誕生したものであり、当時と比べるとクローン犬の作成技術は格段に進歩しているといえます。

1匹のクローン犬を生み出すにも多くの犠牲が伴ってしまうわけですが、秀岩生命工学研究所では過去10年間でなんと1000匹以上のクローン犬を作り出しています。なお、秀岩生命工学研究所では愛犬の死後5日以内に生きたDNAが採取できれば素早くクローンの作成が可能になるとのこと。同研究所で働くクローン犬研究者のジェ・ウォン・ワン氏は、「死んだ犬の細胞が損なわれていなければ5カ月以内にクローン犬を飼うことができます」と説明しています。ここでクローン犬を作ってもらう場合、費用は10万ドル(約1100万円)です。


そんなクローン犬ビジネスの中心にいるのは間違いなくウソク氏です。ウソク氏は2004年にソウル大学の教授を務めながら科学誌のサイエンス上で、ヒトの胚性幹細胞(ES細胞)を作成することに成功したと発表。その後、2005年には世界初のクローン犬・スナッピーの作成にも成功しています。しかし、2004年に公表したES細胞論文で不正を働いていたことが明らかになり、ウソク氏の名声は地に落ちます。

それでもクローンについて研究を続けるために、ウソク氏は秀岩生命工学研究所を設立。設立当初は豚や牛のクローンについての研究に専念していたのですが、2007年にフェニックス大学の創設社であるジョン・スペリング氏からひとつの連絡を受けたことで、企業全体の方向性がシフトすることとなります。スペリング氏には長年連れ添った愛犬・ミシーがいたのですが、その犬は数年前に死亡してしまったそうです。スペリング氏は「ミシーにもう一度会いたい」と考え、ウソク氏にクローン犬を作ることができないかと相談してきたというわけ。ウソク氏は2009年にミシーのクローンを作成し、そこから秀岩生命工学研究所はクローン犬の作成をビジネスとして展開するようになったそうです。

数年にわたる試行錯誤の中で、クローン犬作成のプロセスは微調整されています。クローン犬の作成ではまずドナー犬の卵子に高性能顕微鏡を用いて微細孔をあけ、DNAが収納されている核を除去します。続いて、クローンする犬の細胞(通常は皮膚や頬の内側から採取)から核を取り出し、ドナー犬の卵子の中に核を配置。そうして出来上がったハイブリッド卵子を細胞と融合させて細胞分裂させ、胚となったら代理母となる犬の子宮の中に移します。あとは代理母となる犬が通常と同じようにクローン犬を体内で成長させてくれ、うまくいけば胚を移植して約60日後にクローン犬が誕生するとのこと。

by Charles Deluvio

ウソク氏にインタビューする機会を得たというVanity Fairが「なぜ多くの人々が犬をクローンしたいと考えるのでしょうか?」と質問したところ、ウソク氏は「主な理由は彼らが愛する犬は家族のようなものであり、できるだけ長くその関係を続けたいと考えているからです」と回答。クローン犬はオリジナルの犬とよく似た見た目になることも多いですが、あくまでも「正確なレプリカ」であり、元の犬の記憶は持っていません。ウソク氏はクローン犬を「あとから生まれてきた双子のようなもの」と表現しています。

クローンにかかる費用が高いことについては、「犬の卵母細胞を試験管の中で成熟させるのに有効な方法がないから」と説明しています。

さらに、倫理面について尋ねると、ウソク氏は「動物クローン倫理と人間クローン倫理は全く異なる価値観を持っています。秀岩生命工学研究所でもヒトのクローンは行っていませんが、動物のクローンは我々に利益をもたらし、社会貢献にも役立つものであると信じています」と回答したそうです。


秀岩生命工学研究所側が作成したクローンの中には、「ミラクルミリー」として知られる世界一小さなチワワのクローンもいます。秀岩生命工学研究所側はなんと49体ものミラクルミリーのクローンを作成しており、その様子は以下のムービーで見ることができます。

World's smallest living dog, Miracle Milly, cloned 49 times in South Korea - YouTube


ウソク氏はクローン技術が多くの利益をもたらすと主張しています。例えば幹細胞や胚の研究は動物の細胞発達プロセスをより良く理解する手助けとなります。また、ウソク氏はクローン研究から得た知見から、アルツハイマー病や糖尿病といった病気を効果的に治療するための科学論文をこれまでに数十個以上も発表してきました。また、秀岩生命工学研究所ではシベリアで発見された何前年も前のマンモスの生きた細胞をもとに、マンモスを復活させるための研究も行われています。


秀岩生命工学研究所は自分たちのクローン技術が倫理的なものであると主張していますが、同時により効率的にすることも熱望しています。秀岩生命工学研究所で生物工学研究の責任者を務めているヨンウ・ジェオン氏は、「クローン犬で難しいのは、新鮮な卵子を得ることです」と語っています。ジェオン氏は他の動物から卵子を外科的に抽出するために時間と費用をつかうのではなく、幹細胞技術を使って研究室内で卵子を育てられるようになることを望んでいるそうです。

2005年に世界初のクローン犬・スナッピーが生まれて以来、クローン犬の作成プロセスは劇的に改善されています。秀岩生命工学研究所は排卵を誘発するホルモンを代理母となる犬に注入することはないと主張しており、妊娠初期にほとんどの胚が死ぬことなく生き残るとも語っています。スナッピーを誕生させるには100匹以上の代理母犬と1000個以上の胚が必要でしたが、2018年時点の技術ならば3匹の代理母と数十個の胚があればクローン犬を作ることができるとしており、「研究を通して犬へのストレスを最小限に抑えることに成功したのです」とジェオン氏は語っています。

しかし、研究者の中には秀岩生命工学研究所側の主張を批判している人もいます。ボストンのホワイトヘッド研究所で幹細胞とクローン技術の研究を行っているルドルフ・ジャネイシュ氏は、「3匹の代理母で1匹のクローンが生み出せるとは思いません。クローン技術は非効率で、多くのクローンを失うこととなります。何匹かは着床の段階で死ぬだろうし、異常なエピジェネティックスを得ることになる」と話しています。

また、代理母となる犬にはしばしば胚を受け入れさせるためにホルモン注射が行われていると評論家は指摘しており、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の生殖幹細胞研究室を指揮するCheMyong Jay Ko氏は、「体外受精を経てヒトに使われるのと同じホルモンを注射されますが、犬にとっては何度も何度も繰り返し行われることとなり、効果が得られづらくなることもあります」と指摘。

そもそも、現代ではただクローンを作るだけの研究を科学者たちは良しとしていません。例えばヒトのクローンを作成するにしても、遺伝子を書き換えることで病気をより良く治療したり、優れた能力を持つように改良したりすることが求められているとのこと。ハーバードの遺伝学者であるジョージ・チャーチ氏は、「ヒトをコピーするだけではあまり意味がありません。ガンを治療するためにDNAを改良するなど、改良版を作ることにこそ意味がある」とコメント。まさに恐怖の対象が「恐竜を生み出すジュラシックパーク的なクローン技術」から「レプリカントを生み出すブレードランナー的なゲノム編集技術」に移っているため、クローン犬を作成するというビジネスが現代になって受け入れられるようになってきているのかもしれません。

by Patrick Hendry

政府が禁止しているにもかかわらず、ヒトのクローンを作成しようという試みはこれまでいくつも存在していました。実際、スタンフォード大学のハンク・グリーリー氏は、「赤ん坊を失って悲しみにふける親は、ヒトのクローンを提供する企業を億万長者にしてくれるでしょう」とコメント。愛犬を亡くした著名人がこぞってクローン犬を作成しているように、もしもヒトのクローンが合法であるならば、子どもを亡くした親がこぞってクローンを作成しようとするだろう、とグリーリー氏は指摘しています。

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in サイエンス,   生き物, Posted by logu_ii

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