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香港名物「道路にせり出したネオンサイン」は静かに姿を消そうとしている

By familyft

テレビや映画などでも見かけることがある香港の象徴的な風景の1つ「建物から道路に突き出してピカピカ光るネオンサイン」が存続の危機を迎えようとしています。中国への返還・取り込みが進む中、香港らしさを最も印象的に伝えてきた風景は今後、失われてしまうかもしれません。

Feeling nostalgic for Hong Kong’s neon | 1843
https://www.1843magazine.com/dispatches/feeling-nostalgic-for-hong-kongs-neon

道路にせり出したネオンの看板は、鉛筆のように細長いビル「ペンシルビル」や、竹でできた工事用の足場と並んで香港の中心地でよく見かける風景の1つです。近年の常識ではおよそ考えられないような細い鉄骨で建物から道路にせり出す様子は、世界広しといえど香港でしか見られない光景です。

By Mike Carney

夜になると、こんなふうにネオンがきらびやかに光って多くの人々を引き寄せていました。

By TZA

しかしこのような光景が大きく変化しようとしています。以下のムービーでは、30年以上にわたってネオンサインを作ってきた職人がその現状を語っています。

Meet Hong Kong's neon sign maker - YouTube


香港のネオンサインの現状を語るのは、50歳のネオン職人であるWu Chi-Kaiさん。


最初はネオンサインに興味がなかったというWuさんでしたが、17歳の時にこの世界に入ったといいます。


1970年代から80年代にかけ、イギリス統治下だった香港は経済成長のピークを迎えました。


お金の動きが大きくなるのに合わせるように、街中のネオンサインも巨大化が進みました。香港の中心街を貫く「ネイザンロード」には、建物から伸びたネオンサインが道路に覆いかぶさるように次々と設置されました。


当時、看板の世界で最もポピュラーだったのが、きらびやかに光るネオンサインでした。


Wuさんが携わったのは広告用のネオンサインだけではないとのこと。


2004年に完成した複合商業施設「ランガムプレイス」の頂上部分に設置された天球の電飾を担当したのもWuさんだそうです。


また、香港島で一番目をひく建物「バンク・オブ・チャイナ」の壁面に設置されたトライアングル状の電飾も、Wuさんがネオン管で作ったものです。


しかし時代が進むにつれ、従来のネオンサインは行き場を失おうとしています。行政府の方針により、ビルからせり出した巨大な看板は規制が進み、古くなったものは次々に撤去されています。


かつてネイザンロードを彩った道路上の看板はすっかり大人しくなってしまいました。


その影響で、香港のネオンサイン職人も減少の一途をたどっているとのこと。全盛期でも20人程度だったというネオンサイン職人は、わずか10人あまりを数えるまでになっています。


しかしそれでもWuさんは楽観的な見方を変えずにいるとのこと。街中の看板は減ってきているとはいえ、まだまだそれを必要としてくれる人がいる限り、ネオンサイン職人の仕事はなくならないと捉えているそうです。

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