サイエンス

「痛み」とは何なのか?を神経学の見地から考える

by Finizio

誰もが感じる「痛み」ですが、そのメカニズムは科学的には解明されていないそうです。知覚の一種であることは間違いない痛みについて、脳神経学者が脳に起こる現象などを通じて解明しようとしています。

The Neuroscience of Pain | The New Yorker
https://www.newyorker.com/magazine/2018/07/02/the-neuroscience-of-pain

「痛み」は呼吸や消化などと同じく生理学的なプロセスですが、あまりにも「主観的」で、他の人に正確に内容を伝えることは難しいものです。説明しづらい「痛み」の取り扱いがやっかいなのは、痛みを感じる人だけでなく医療従事者も同じ。患者の説明する痛みを正確に理解できないことは、治療の難しさにもつながっており、もどかしい思いをしています。


痛みを定量化する試みは古くから行われています。19世紀のフランスの医師マルク・イゼーレは、苦痛による叫び声のリズムから痛みの度合いを評価しようとしました。1940年代のコーネル大学の研究者が痛みの単位「Dol」を導入しましたが定着せず、2017年にはMITの研究者が痛みにゆがむ顔の表情から痛みを数値化する「DeepFaceLIFT」というアルゴリズムを開発して数値化に挑戦しています。

さまざまな痛みの定量化方法の中で、最も広く使われているのは、痛みを訴える人の主観的な報告を頼りにするものです。1960年代にカナダの心理学者ロナルド・メルザックが、幻肢の痛みに苦しむ70代の女性が持つ痛みに対する感情表現の豊富さに感銘を受けて分類した約80の語彙リストは、いまだに痛みをチェックするアンケートに利用されています。そして、1948年にイギリスの心臓病研究者ケネス・ケールによって考案された、与えた痛みを数値で表現させるという手法も、今なお利用されています。これまでに多くの科学者が挑戦してきた痛みの定量化ですが、完全に成功した人はまだいません。

by winnifredxoxo

神経学の分野で研究を進めるオックスフォード大学のアイリーン・トレーシー博士は、痛みを解明する研究分野の最前線に立つ研究者の一人です。トレーシー博士は、被験者に痛みを与えたときの脳波をfMRIで観察することで、痛みの仕組みを脳神経学として解明しようとしています。「触覚、味覚、視覚、嗅覚、聴覚といった基本的な知覚は、脳の特定の領域にたどり着きます。しかし、脳が痛みをどのように構築しているのかは不明です。誰もが確かに知っている痛みは、まったくわからないものとして"痛感"できるのです」とトレーシー博士が述べる通り、脳や神経から痛みを理解できる明確な方法はないそうです。

トレーシー博士は1998年にアイスホッケー選手を対象に痛みに関する脳分析の実験を行っています。この実験では、被験者の前に赤・緑・青色のライトを照らしながら手に熱を加えるという内容で、熱の強度と明かりには相関関係が与えられていました。実験を進めるうちに、特定のライトの点灯で火傷に近い不快な痛みが与えられることを理解した被験者たちは、痛みを「予想」できるようになったとのこと。実際に痛みを与えられていないにもかかわらず「痛みが来る」と被験者が身構えるとき時の脳の状態を調べると、前頭前野などの特定の領域への血流が増えているのが確認できました。痛みの体験は、実際の感覚ではなく「予想」として部分的に作り出せるということがわかったそうです。


痛みが精神的な要素と関係していることは、一般論としてよく知られています。例えば、痛みを恐れて注射を怖がる子どもに医師が「10数えると、終わっているよ」と告げて、注意をそらすことで痛みの感覚を緩和するのは良い例です。

トレーシー博士は痛みが精神状態と関係していることを示す、興味深い実験も行っています。「宗教的な信仰が痛みを和らげる」という経験則を確認するために、敬虔なカトリック教徒と無神論者を集めたそれぞれのグループに対して、絵を見せながら痛みを与えて痛みを数値化してもらいました。すると、レオナルド・ダ・ヴィンチの世俗的な絵画を見せた場合には両グループが同じ反応を示したのに対して、聖母マリアが描かれたサッソフェラートの「祈りの聖母」を見せたときにはカトリック教徒のグループの痛みのスコアが下がったそうです。


なお、トレーシー博士は「良い痛み」と「悪い痛み」の異なる種類の痛みがあると考えています。一般的に、痛みは体内に起こった異変を知らせて危険を予測するシグナルとしての役目を持つと考えられています。珍しい遺伝的変異のため痛みを感じることのない患者を研究するデイビッド・ベネット博士によると、これらの患者は自分の舌を噛んで傷つけたり、耳の感染症に気づかず難聴になってしまったり、無意識に熱いものに触れてしまったりする結果、若くして命を落とすことが多いとのこと。不快な感情を引き起こす痛みは、将来的に体が傷つけられるリスクを減らすという点で、「良い痛み」として意味があるということです。

これに対して、「慢性的な痛み」と言われるものは「悪い痛み」に位置づけられます。慢性的な痛みは「痛み」に分類されていますがトレーシー博士に言わせると、それは痛みという「症状」ではなく、むしろ「病気」に分類すべきものだとのこと。これまで、「正常な」痛みの延長上にあると考えられてきた慢性的な痛みは、MRIを使った脳の詳細なイメージデータから、まったく別の問題であることが次第にわかってきているそうです。

慢性的な痛みに悩まされる患者の中には、喜怒哀楽の感情が起こらない症状に悩まされる人もいるとのこと。これは、脳の報酬システムの形態が変わってしまうことが原因だと考えられています。哲学者ジェレミー・ベンサムの言葉に「自然は『痛み』と『喜び』という2つの支配者の統治下に人類を置いてきた」というものがありますが、トレーシー博士は痛みについて研究するうちに、痛みと喜びはコインの裏表のような関係にあると感じるようになっているそうです。

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in サイエンス, Posted by darkhorse_log

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