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「ジャン!」の華やかな音色で誰もが知っている音「オーケストラヒット」誕生の秘密

By Jiuguang Wang

マイケル・ジャクソンの「BAD」の冒頭部分やイエスの「ロンリー・ハート」のイントロ部分など、「オーケストラヒット」の音色は多くの楽曲で印象的に活用されており、少しでも音楽を聴いたことがある人であれば、まず間違いなく一度は耳にしたことがあるはず。今や1万円を切る低価格シンセサイザーにも内蔵されているオーケストラヒットの音が登場したのは1980年代のことで、ある電子楽器の登場とともに人々に衝撃を与えました。

The sound that connects Stravinsky to Bruno Mars - YouTube


オーケストラヒットは、文字どおりオーケストラがクラシック楽曲を演奏する一部を取り出したサウンドです。その元祖となっているのが、ロシアの作曲家イーゴリ・ストラヴィンスキーが1910年に発表した火の鳥です。


元祖「オーケストラヒット」の音ネタとして用いられているのは、組曲「火の鳥」の一構成である「魔王カスチェイの凶悪な踊り」の冒頭部分。3つの装飾音に続いてフォルテが3つついた「フォルティッシッシモ」の音をオーケストラがトゥッティ(全体)で非常に力強く演奏する部分です。


ではいったいどのようにしてクラッシックの名曲の1フレーズがヒップホップやポップなど幅広い音楽に取り入れられるようになったのでしょうか。その謎の鍵は、オーストラリアにあります。


オーケストラヒットを世に知らしめたのは、オーストラリアのフェアライト社が1980年に発売したシンセサイザー「フェアライトCMI」でした。


フェアライトCMIは、デジタル技術が音楽制作に入り始めた頃に発表された機材で、1台で「デジタル・シンセサイザー」「デジタル・オーディオ・ワークステーション」「デジタル・サンプラー」の三役をこなすことが可能。ニューイングランドデジタル社が開発した「シンクラヴィア」と並んで当時の最新鋭の機材として知られており、現代のDTM(デスク・トップ・ミュージック)の源流ともいえるものです。


フェアライトCMIは、現代では当たり前ともいえる「コンピューターの画面と演奏の内容が一致する」という特徴を備えており、音楽制作の方法を大きく変化させることになりました。


また、デジタルサンプラーを搭載することで、いわゆる「生音」をシンセサイザーの音色の一つとして再利用することを可能にしました。


フェアライトCMIでは、ライトペンをモニター画面に当てて望みの位置に音符を書き込むことが可能でした。従来はテンキーを使って数値を打ち込んでいた「打ち込み」の音楽制作が、直観的な操作で行えるようになりました。


これは「ページR」と呼ばれる簡易シーケンサー機能でした。当時このフェアライトCMIを手に入れていたハービー・ハンコックが、音楽プロデューサーのクインシー・ジョーンズに使い方を説明している映像が残されています。


この、ブラウン管モニターの画面を直接タッチしている操作が後に……


iPhoneの画面を指でタッチして音符を打ち込む操作へとつながるというわけです。


このインターフェース革命は、多くのミュージシャンに支持されました。スティービー・ワンダーはフェアライトCMIを最も最初に手に入れたミュージシャンの一人で……


イギリスのピーター・ゲイブリエル(ガブリエル)もその一人。


また、同じくイギリスのケイト・ブッシュや……


レッド・ツェッペリンなども次々にフェアライトCMIを手に入れていきました。ちなみに当時のフェアライトCMIの価格は1200万円で、2018年の価値に換算すると約1550万。約1億円と言われたシンクラヴィアよりは安かったものの、楽器としては破格の値付けとなっていました。


しかし、その後の音楽を変えた最も大きな機能はデジタル・サンプラーであるといえます。


フェアライトCMI本体にマイクをつなぎ、音を録音して再利用することもできましたが、8インチフロッピーディスクを介してデジタルデータとしてサンプリングデータをやり取りできるということが、音楽制作におけるパラダイムシフトとなりました。


現代ではネット越しに瞬時にデータをやり取りすることができます。しかし1980年代はデータを入れたフロッピーディスクを郵送して「これが僕の作った音だ」と知人に聞かせるのが精いっぱい。それでもなお、この環境は人々に音楽制作の未来を目の当たりにさせるものでした。


実際の音楽制作にもデジタル・サンプラーは広く使われるようになります。ピーター・ゲイブリエルは廃材置き場に捨てられたブラウン管テレビのガラスを割る音をサンプリングし……


ケイト・ブッシュの楽曲「バブーシュカ」の一部として利用しています。以下のムービーの2分21秒あたりで実際の音を聴くことができます。

Kate Bush - Babooshka - Official Music Video - YouTube


そんなデジタル・サンプラーの素材の一つとして提供されていたのがオーケストラヒットのサウンドでした。フェアライトCMIを発明した人物の一人、ピーター・ヴォーゲル氏によるとオーケストラヒットのサウンドは偶然誕生したものだったとのこと。たまたまストラヴィンスキーの「火の鳥」のレコードを所有していて……


冒頭の「ジャン!」がクールに聞こえたことから、サンプル音として取り込むことにしたそうです。


ヴォーゲル氏はこのサウンドに「ORCH2.VC」というファイル名を付け、その他多くの素材の一つとして8インチフロッピーディスクに収録して公開しました。


すると、多くのミュージシャンが「ORCH2.VC」に目をつけ、楽曲内で使うようになりました。最初に有名になったのは、ヒップホップの創始者アフリカ・バンバータの楽曲「プラネット・ロック」で、冒頭の部分やサビにあたる部分で印象的にフィーチャーされています。

Afrika Bambaataa - Planet Rock - YouTube


その後、「オーケストラヒット」は数々のシンセサイザーの定番音源の一つとなり、1台に1つ必ず収録されている音色となりました。また、楽曲内での使われ方も洗練されていき、当初の「いかにもオーケストラヒット」といった丸出し感のある音使いから、より自然で楽曲に溶け込んだ音色やアレンジが施されるようになってきました。


しかし「オーケストラヒット」といえば、どこか80年代をほうふつとさせるレトロ感を醸し出すものでもあります。そんな雰囲気をうまく活用しているのが、レトロ感をスタイルにうまく取り入れているブルーノ・マーズで、楽曲の中ではあえて「ORCH2.VC」を感じさせる音色を使っています。

Bruno Mars - Finesse (Remix) [Feat. Cardi B] [Official Video] - YouTube


まさに一世を風靡した「オーケストラヒット」は、1台の高性能デジタルシンセサイザーから誕生して人々に愛されるようになりました。ムービーの最後でヴォーゲル氏は、実際のサンプリングに使ったストラヴィンスキー「火の鳥」のレコードを見せてくれているのですが……


そこにはなんと6.99オーストラリアドル(約600円)という値札が貼られたまま。中古で手に入れたレコードから、その後の世の中を変えるほど衝撃的な音色はこのようにして生まれたというわけです。

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