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NASAはなぜSpaceXの低コストなロケットを使わずに「SLS」の独自開発に莫大な費用を投じるのか?

By imamhussain83

かつてはNASAやESA、JAXAといった国家レベルの組織に限られていた宇宙開発の分野に、近年はイーロン・マスク氏の「SpaceX」や、ジェフ・ベゾス氏の「Blue Origin」などの民間企業が入るようになり、しかも画期的な結果を残すに至っています。民間企業のロケットは非常に高いコスト効率が特長で、性能も十分に優れているにもかかわらず、NASAは並行して独自のロケット「Space Launch System」(SLS)の開発を継続しています。一説によると「SLSの年間開発費用でFalcon 9が17基から27基買える」ともいわれるほどの金食い虫なSLSですが、なぜNASAはSpaceXとの全面協力の道を選ばず、内容が重複してそうな巨大ロケットを独自で開発するのかについて、NASAの首脳が解説しています。

NASA chief explains why agency won’t buy a bunch of Falcon Heavy rockets | Ars Technica
https://arstechnica.com/science/2018/03/nasa-chief-explains-why-agency-wont-buy-a-bunch-of-falcon-heavy-rockets/

この疑問に答えたのは、NASAで有人探査部門のトップを務めるウィリアム・ゲルステンマイヤー氏。2018年3月26日に開かれたNASAの顧問委員会の中でSLSに関するプレゼンテーションを行った際にゲルステンマイヤー氏は、元スペースシャトル計画部長のウェイン・ヘイル氏から民間技術の活用について尋ねられました。


ヘイル氏から、「すでにFalcon Heavyが打ち上げに成功し、運用コストが格段に低いことが示されています。このような状況では、『Falcon Heavyを4~6基ほど購入して月を周回する宇宙ステーションの建設に利用すればいいのでは?』という声が挙がっています」と尋ねられたゲルステンマイヤー氏は、「SLSでなければならない理由」は、そのパワフルな打ち上げ能力にあると説明したそうです。

ロケットの打ち上げ能力の一つに、「目的とする軌道に投入できる物資の重量」というものがあります。地球を周回する軌道には「低軌道(LEO)」から「中軌道(MEO)」そして「高軌道(HEO)」があり、それぞれの軌道に打ち上げ可能な重量は「LEOペイロード」「MEOペイロード」「HEOペイロード」と呼ばれます。軌道高度が高くなるほどロケットには大きなパワーが求められるのですが、さらに地球を周回する軌道を離れ、月へと向かう「月遷移軌道」へ投入するTLI(Trans Lunar Injection:月遷移軌道投入)に貨物を投入するためには非常にパワフルな能力が必要となります。この打ち上げ能力「TLIペイロード」の高さが、今後の宇宙開発を行う上で重要な要素となってきます。

By Rrakanishu

ゲルステンマイヤー氏がSLSの能力の高さとして挙げているのが、このTLIペイロードの高さです。予定されているSLSの開発計画のうち、もっとも小型の「ブロック1」でもTLIペイロードは26トン。最終的な「ブロック2」の貨物型「ブロック2カーゴ」になるとTLIペイロードは45トンにもなります。ちなみにこの数値は、「世界最強ロケット」とされた「サターンVロケット」の47トンに匹敵するものとなっています。


これに対し、SpaceXはのFalcon HeavyロケットのTLIペイロードを公表していませんが、その数値は18トンから22トン程度になると見積もられています。そのため、今後予定されているNASAの探査計画において、SLSが持つ高い打ち上げ能力が必要であるとのこと。これについてゲルステンマイヤー氏は「巨大で分割不可能な一体物の構造物を打ち上げるためには、SLSの打ち上げ能力が不可欠です。その後の貨物輸送や人員輸送においては、比較的小型のOrionロケットやFalcon Heavyロケットがその役割を担うでしょう。ベゾス氏が開発しているロケットもこれにあてはまります」と述べています。


「なるほど」と説得力のあるゲルステンマイヤー氏の説明ですが、実際には少し苦しい部分もあります。それは、「NASAにはまだ、SLSでしか打ち上げられないほど大きな一体型の構造物を作る予定がない」という点。2020年代に予定されている「月の向こう」へ人類を送り届ける探査計画では、まず月を周回する新たな宇宙ステーション「深宇宙探査ゲートウェイ」を建設して探査の拠点とすることが計画されていますが、その最初の段階として打ち上げられる電力・推進力モジュールは民間のロケットで打ち上げられる予定になっています。


また、その後に打ち上げて運ばれる居住モジュールなどのメインコンポーネントも、基本的にはFalcon Heavyロケットを中心とする民間ロケットの輸送能力に合わせて設計が進められているとのこと。まだしばらくの間はSLSが本領を発揮できる機会は訪れそうにありませんが、それまでの段階を民間に委託することで、「その先」の段階の開発にNASAは専念できるというメリットはあるようです。

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in ハードウェア,   サイエンス, Posted by darkhorse_log

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