サイエンス

優れた知見を引き出すためには「匿名での論文審査」を取り入れるべきだという議論


社会をよくするために世界中の研究者がさまざまな課題に取り組んでいますが、研究を進めて実体化するために避けては通れないのが、研究費用の補助金「リサーチグラント」を得るためのグラントレビューと呼ばれる審査です。しかしこの制度には、論文を作成した研究者が誰であるのか、その人物の過去の経歴などが判断に関わることで、審査の結果にバイアスが存在するという見方があります。この問題を解消するために、論文の審査はその中身だけに基づくべきだという意見を、かつて審査に携わっていた人物が表明しています。

Fund ideas, not pedigree, to find fresh insight
https://www.nature.com/articles/d41586-018-02743-2

デンマークのオールボー大学教授で、コペンハーゲンにある民間基金Lundbeck Foundationで役員を務めるThomas Sinkjær氏は、2013年頃にDanish National Research Foundation(デンマーク国立研究基金)にディレクターとして携わっていた経験から、研究者の経歴や背景に基づかないグラントレビューの必要性を唱えています。

デンマーク国立研究基金に携わっていた頃、Sinkjær氏は博士研究員(ポスドク)や研究職の初期段階にある研究者に対して、資金援助者がいかに彼らの研究にとって重要であるかを尋ねる会合を持ったとのこと。すると若い研究者からは、本当に研究したい内容のための申請書を作成するのではなく、「補助金を得やすそうな内容」で申請を行っているという実態が述べられたそうです。また、その段階では真に革新的なアイデアを記さずに隠していることも多いということが明らかにされています。


この理由についてSinkjær氏は、グラントレビューには「確実に実現できることが確認されている内容」ばかりが選ばれるバイアスがかかっていることを挙げています。画期的な新しい方法を取り入れるためには、これまでは存在しなかった新しいアイデアを評価する必要もあるはずなのですが、審査の段階ではどうしても保守的な内容に評価が偏る傾向にあるという問題点です。

査読(ピアレビュー)によって、優れた内容と程度の低い内容がふるいにかけられていることを示す結果を見ることはできますが、必ずしもそれが「最も優れた内容を見つけ出す」ということには生かされていないという実態が存在しています。この問題を解決するためにSinkjær氏は、「資金援助者は全く新しいスキームを試し、個々の経験を共有すべき」だと述べています。Sinkjær氏は、ここで、デンマークの慈善事業団体であるVillum Fondenの方法を紹介することで、新しい方法を提案しています。

Villum Fondenは工業分野および自然科学の分野に援助を行う団体で、税金が投入されるこの手の団体に比べて比較的余裕のある財政状態にあるとのこと。2016年にこの団体でディレクター職にあったSinkjær氏は、かつてない方法で応募者を評価することで革新的なアイデアを見つけ出す手法を試しました。そこでは、研究提案に関する調査書は情報が伏せられ、3ページ分の説明によって評価されるようになっているとのことで、評価者側には応募者のバックグラウンドや過去の論文などの情報がわからないようになっています。偶然にも、同じ時期にドイツの「フォルクスワーゲン財団」も同様の取り組みを行っており、両者はともにこの手法を「実験」として取り入れていたとのこと。


2017年、Villum Fondenは、国籍や年齢に関係なく研究者に開かれた研究プログラムである「VILLUM Experiment」の中で、「science so risky that applicants would not normally consider putting forward the project for funding」(応募者が資金を得るためにプロジェクトを提案しようと考えないほど科学はリスキーである)という問題に取り組むための取り組みを行いました。財団では予算の15%をこの分野の研究に充てることを決め、それにふさわしい評価担当者を雇い入れました。担当者は、目を通した応募内容をそれぞれ評価すると同時に、他の評価者からの判断に関係なく自分が良いと思った応募に独自で予算を充てることができる「ゴールデンチケット」を1枚与えられています。

この取り組みに対して寄せられた論文に対して、予算が認められた比率は10%を超える程度だったとのこと。認定された応募者の中にはポスドクや学部の長を務める人物が含まれ、3分の1は年齢が40歳以下の人物だったことも明らかになっています。Villum Foundationはこれまでに39の論文に対して最大で2年間の研究予算を援助してきました。一方のフォルクスワーゲン財団は、96の論文に対して最大で18カ月の予算を認めてきたとのこと。また、それぞれの援助額は12万ユーロから25万ユーロ(約1600万円~3300万円)の規模だったことも明らかにされています。

そして、Villum Foundationの場合は全体の31%が「ゴールデンチケット」によるものだったとのこと。ゴールデンチケットで選ばれた応募内容は、その他のものよりも総じて高いスコアを得ていましたが、その半数は従来のバイアスがかかった選考方法では選ばれていなかった可能性があるとのこと。また、フォルクスワーゲン財団の場合は11%がゴールデンチケットによって選ばれており、その全てが従来の方法では選ばれていなかったことも明らかにされました。


その後の調査で、応募者の多くは審査が匿名で行われず、過去の経歴などをもとにしていたとしたら資金援助を受けられなかっただろうと語っているとのこと。また、評価者からは応募者について情報がない状態で行う審査を良いと判断する声が挙がっているそうです。

一方で、この取り組みには課題も残されています。評価者の数名は、若い研究者のリスキーなアイデアがうまく行かなかった場合、本来は援助を受けられていたはずの「手堅い」研究者のアイデアも共倒れになってしまうという悪影響について懸念を抱いているとのこと。また別の研究者からは、認定者の中には実際に研究を進めるだけの体制が整っていないケースもあることを危惧する声も挙がっています。

さまざまな課題はある中で、Sinkjær氏らの取り組みは「画期的な考えをすくい上げる」という意味で注目されるべき取り組みであるといえそうです。Sinkjær氏はこの取り組みを継続してどのような結果を生むことになるか、評価を行う方針です。

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in サイエンス, Posted by darkhorse_log

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