サイエンス

「超高精度な原子時計を実験室の外に持ち出して地面の標高差を測定する」という実験が行われている

by barnyz

時計は時間の長さを計測するために存在しているのであり、それ以外の用途があるとはあまり考えられていません。しかし、ストロンチウム原子を使用した超高精度な「光格子」原子時計を使用すると、山の高さなどの標高を測定することができるそうです。

Geodesy and metrology with a transportable optical clock | Nature Physics
https://www.nature.com/articles/s41567-017-0042-3

Scientists take an atomic clock on the road and use it to measure the height of a mountain
http://www.latimes.com/science/sciencenow/la-sci-sn-atomic-clock-gravity-20180212-story.html

ハノーファー大学のクリスチャン・リスダット教授らの研究グループは、光格子原子時計を研究所の外に持ち運べるように改良し、屋外で標高を測定するというプロジェクトに挑んでいます。アインシュタインの相対性理論によれば、時間の流れは重力の大きさによって変化します。重力の大きい場所では時間がゆっくり流れ、逆に重力の小さい場所では時間が速く流れるため、例えば地球の表面で流れる時間と宇宙の軌道上を回る人工衛星とでは時間の流れが微妙にズレています。大気圏外まで離れなくても、ほんのわずかな標高差であっても重力には違いが現れます。山の上に住む人と海岸のすぐそばに住む人とでは、重力の小さい山の上の方が時間の流れるスピードが速いため、厳密には山の上に住んでいる人のほうが速く老化が進むというわけ。

スクリップス海洋研究所の地球物理学者ダンカン・アグニュー氏は、「原子時計によって標高を測定するというアイデアは、古くから考えられてきました。今回の研究は長年のアイデアを、実際に実行に移したのです」と述べています。

アグニュー氏によると、2つの時計を標高差1000メートルの場所に置いておくと、10年後には2つの時計の間に3100万分の1秒のズレが生じるとのこと。普通の時計では決して観測できないレベルの誤差ですが、非常に精度の高い光格子原子時計を使用すると、この誤差を検出できるそうです。「時計という呼び方をしていますが、実際には目盛りや針を読む作業を行うわけではなく、標高差のある2つの地点で原子の周波数を測定するのです」とアグニュー氏は説明します。

by halfrain

原子時計は振り子時計でいう振り子の代わりに原子固有の周波数を用い、時間を高精度で測定します。原子が発する周波数は非常に基本的な性質であり、宇宙のどこでも一定です。ストロンチウム原子を利用した光格子原子時計では、レーザー光線で張り巡らせた格子の中にストロンチウム原子を閉じ込め、その周波数を計測することにより、90億分の1秒単位で時間を測定することが可能。これほどの精度を持つ時計を2つ用意すれば、原理的には標高の違う2地点の重力差による時間のズレを計測することで、標高差を割り出すことができます。

しかし、問題は高精度の光格子限度形は通常、実験室の中でしか維持できないという点です。真空状態の部屋でストロンチウム原子を絶対零度に近い状態で保ち、なおかつレーザー光で作り出した格子の中に閉じ込めておくには、安定した環境が不可欠。移動させると光格子原子時計の状態を維持できず、時計が狂ってしまいます。リスダット教授は「持ち運び可能な光格子原子時計を作る」ということを決め、今回のプロジェクトをスタートしました。

最終的にリスダット教授のグループは、馬を2頭乗せられるほどのトレーラーの中に、持ち運び可能な光格子原子時計を格納することに成功。「持ち運び可能な実験室のようなものです」とリスダット教授は述べています。


リスダット教授たちのグループは持ち運び可能にした光原子時計を、フランスのアルプスに建設された実験室に運び入れました。そこから光ファイバーで、約55マイル(約90km)離れたイタリアのトリノにあるもう1つの光格子原子時計と接続し、原子時計のズレを計測することにしたとのこと。リスダット教授は「かなりの標高差があるため、実験は成功すると思っていました」と語っています。

ところが、付近でトンネル工事をしていた影響で、予想外の振動が発生して観測に影響を及ぼしました。また、時計を一定の温度に保つことが予想以上に困難を極めるなど、実験は難航。それでも持ち運んだ光格子原子時計は、トリノにある光格子原子時計よりも標高が1000m高いところに設置されていることを示したそうです。


「うまくいかないこともありましたが、その分多くのことを学べましたし、光格子原子時計による標高計測の一歩を踏み出せました」とリスダット教授は述べています。研究チームは持ち運び可能な光格子時計の精度を向上させ、将来的には1cmの標高差も測定できるようになるとみています。これを応用すれば、より高性能なナビゲーションシステムの構築などに役立てるとのこと。

人類は、かつては持ち運びができなかった時計を小型化させ、懐中時計や腕時計のようにして持ち運び可能にしました。同様のことが原子時計のフィールドでも実現しつつあるのです。

by Jon Newman

この記事のタイトルとURLをコピーする

・関連記事
「時の支配者」と呼ばれる男性の仕事とは? - GIGAZINE

時を刻む機械「時計」を手に入れたことで一変した人々の生活の様子とは? - GIGAZINE

ホワイトボードにマーカーで時刻を書き続ける「Whiteboard Clock」 - GIGAZINE

GPSを使った距離測定が誤差から逃れられない理由が数式で証明される - GIGAZINE

周期表の元素が何に使われているのかをイラストで示した「The Periodic Table of the Elements, in Pictures and Words」 - GIGAZINE

in サイエンス, Posted by log1h_ik

You can read the machine translated English article here.