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古代遺跡テオティワカンの巨大地下トンネルの謎が考古学者たちによって解き明かされつつある

by LWYang

テオティワカンはテオティワカン文明の中心地となった巨大宗教都市の遺跡であり、メキシコシティから北に約50キロメートルほど行った場所にあります。西暦100年には少なくとも8万人の人口があり、西暦200年~750年の間は一時15万人以上もの住人がいたというテオティワカンは、当時の中国や中東の大都市にも匹敵するほどの規模を誇りました。そんなテオティワカンを研究する考古学者たちの努力と研究成果が、NAUTILUSで紹介されています。

Rediscovering the Pyramid of the Sun
http://nautil.us/issue/57/communities/the-city-at-the-center-of-the-cosmos

考古学者たちの継続的な調査により、テオティワカンの壮大な風景は霊的な世界を象徴したものであるとわかってきました。テオティワカンの建造物は600のピラミッド、500の工房、2000の集合住宅、巨大な複数の広場などが確認されています。テオティワカンは建造された当初から全ての構成を決められていたわけではなく、ある時点で都市の再編が行われたとのこと。その際に居住区は壁で仕切られて固められ、職人たちの住居、軍人たちの住居、オアハカ渓谷やメキシコ湾沿岸部からやってきた外国人たちの住居など、住む場所が階級によって定められていたようです。

道路は全て直角に交わっており、南北方向にテオティワカンを縦断する巨大な道は「死者の大通り」として、スペインに征服された当初から知られていました。死者の大通りの北側にある「太陽のピラミッド」と「月のピラミッド」は、まるでテオティワカンの都市全体を支配するかのようにそびえ立っていますが、これは西暦150年から350年の間に為政者により改装工事が行われたとのこと。その際に死者の道を南へ1マイル(約1.6キロメートル)ほど伸ばし、新たに政治と宗教の中心である「シウダデラ」と呼ばれる地区を建設しました。

by Sharron McClellan

シウダデラについては「ケツァルコアトルの神殿」が位置していることの他、近年までよく知られていませんでした。しかし、2003年からメキシコ人類学歴史研究所の本格的な調査と保存が開始され、シウダデラが巨大な壁を持った広場のような構造をしていたことが判明。また、周囲が青く塗られ貝殻で装飾されたケツァルコアトルの神殿は、「穏やかな海=宇宙」を表しているのではないかと推測されています。

メキシコ人類学歴史研究所がシウダデラの調査を開始した時点では、シウダデラ周辺は雨や観光客による影響で非常に傷んでいました。そのため、まずはシウダデラ及びケツァルコアトルの神殿を保護する必要があったとのこと。シウダデラの広場は、元々200以上の巨大な宗教建造物が建ち並んでいたそうですが、シウダデラを建設したテオティワカンの建築者は元々の建造物を破壊し、巨大な広場に作り替えました。この広場は水がたまるように設計されており、雨水がたまると巨大な鏡のようになって、ケツァルコアトルの神殿や空を反射したと考えられています。

この巨大な水鏡構造は、テオティワカンの人々が考えた世界と人間の創造以前の段階、静かな海の存在を表していると思われます。シウダデラは世界を創造する神話に基づき、神話物語の象徴として建造されたとの見方が強まっているとのこと。

by Daniel Mennerich

2003年、テオティワカン周辺に降った大雨により、ケツァルコアトル神殿の地下に巨大なくぼみと空間の存在が明らかになりました。何年も慎重に計画を練った後、考古学者のセルジオ・ゴメス・チャベス氏がロープを使って神殿地下の空間を探索。地面から14メートルも下に空間の床はあり、そこでチャベス氏は東西に巨大なトンネルが延びていることを発見。なんとテオティワカンには地上の巨大都市だけでなく、地下にも巨大な遺構が広がっていたのです。

地下道の探索にはさらに慎重になる必要があるという判断から、まずはレーダーで地上から地下のトンネルをスキャンし、構造を把握することになりました。レーダーによるスキャンの結果、トンネルの全長はおよそ100~120メートルほどで、東の端がケツァルコアトル神殿の中心部に位置していることが判明。また、トンネルの中央部と東端には巨大な部屋があることもわかりました。

by Dimitri dF

これらの情報から、考古学者たちはテオティワカンと地下空間に対する仮説を立てました。まず、テオティワカンは当時の人々が持っていた宇宙を象徴した施設であり、天・地上・地下の3つのレベルに分けられていると考えられます。テオティワカンの東西南北の端は、すなわちこの世の端を意味するものだというのです。次に、ケツァルコアトルの神殿は創世の海から最初に誕生した聖なる山を表しており、世界の中心であるということ。そして神殿の地下に広がる空間は、宇宙と神々を維持する力を空間自体が宿す、暗黒の世界を表しているということ。最後に、当時の権力者たちは地下空間で宗教的な力を得るための儀式をしており、儀式のいけにえとなった人々の遺体や、もしかすると宗教者たちの遺体もあるかもしれないということです。

地下空間に入るための通路には、石やブロックなどの障害物が散乱しており、人が入っての調査は困難を極めました。トンネル内は古代アステカの人々が残していった多数の奉納物で埋め尽くされており、チャベス氏と同僚の考古学者たちはトンネル内の奉納物や障害物を少しずつ取り除かなければなりませんでした。

by Darren and Brad

2013年にはトンネルの掘削が65メートルにまで達し、新たに2つの部屋が発見されました。部屋の内部の壁と天井は、金属から作られたパウダーでコーティングされ、暗いトンネルの中でまるで星空のように光り輝いていたとのこと。片方の部屋には400個以上の金属製の球が納められているのも見つかりましたが、この大量の金属球が何の意味を持っているのかは、現時点では全くの不明だそうです。

その後もトンネル掘削は進み、記事作成時点ではケツァルコアトルの神殿中心部の地下にある、東端までの掘削が完了したとのこと。トンネルの全長は103メートルにも及び、深さは地上から約17メートル。東端には事前のレーザースキャンで予想されていたとおり、3つの部屋が発見されました。調査の結果ヒスイ蛇紋石トルコ石黒曜石、水銀などの宝石や鉱物を含む7万5000以上の奉納物が発見されました。中にはゴムボールや粘土製の船、貝殻、そして人間の皮膚などもあったとのこと。

by Oscar Palma

チャベス氏らはシウダデラが神聖な宇宙の構造と神々の行いを再創造したものであり、原初の神聖な山を模したケツァルコアトルの神殿の地下に広がる空間では、支配者が超自然的な力を得ていたと考えています。テオティワカンの住人がまるごと収容できる巨大な広場の中にそのような地下空間を作ったのは、儀式の最中に支配者が地下空間へと消え、「支配者は未知の世界を訪れることができる」とアピールできるからだとのこと。また、広場が宇宙を意味する巨大な水鏡になることで、その下の地下空間は常に神聖な水で守られている構図になっていたと思われます。

シウダデラの調査は非常に慎重に、地下空間や広場が作られた宗教的な意味を確認しつつ進められました。テオティワカンにはシウダデラ以外にも多くの遺構が手つかずで残されていますが、あまりにも巨大な遺跡であるため、慎重な調査で全容を解明するにはまだまだ長い時間がかかるとのこと。今後チャベス氏らは、新たに太陽のピラミッドと月のピラミッド間にある地下トンネルを調査する予定とのことで、テオティワカンの巨大地下遺跡の謎が解明されるのが非常に楽しみです。

by Sharron McClellan

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in メモ, Posted by log1h_ik

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