脳は体を「支配」しているのではなく「調整」している

by Rhett Wesley

「脳は体を支配している」という考え方は長い間支配的でしたが、近年になって胃腸が「第2の脳」と呼ばれるなど、人間の体は脳だけによって動かされているのではないことがわかってきています。脳神経科学者のアントニオ・ダマシオ氏も「脳は体を支配するのではなく、調整している」という考えを持っている一人であり、「脳の偉大さ」を誇張する風潮とは異なる考えを示しています。

The Evolution of Pleasure and Pain
http://nautil.us/issue/56/perspective/antonio-damasio-tells-us-why-pain-is-necessary

ダマシオ氏は「情動」の研究者として世界で名をはせている人物。現代では、「脳は体においてコンピューターのように作用し、支配的な位置で体の他の部分に指令を送っている」という考え方、すなわち「脳中心」の考え方を持っている人も少なくありません。しかし、ダマシオ氏は「体が脳や心に影響を与えるのと同じように、脳は体に影響を与える」として、脳と体が相互作用している分離不可能なものであること、そして脳と体による有機体は「環境」と強く相互作用していることを主張しています。

そんなダマシオ氏の新刊「The Strange Order of Things: Life, Feeling, and the Making of Cultures」は「感情」そして「生物的進化はどうして人間を種として繁栄させたのか」ということに焦点を当てたもの。なぜ人が科学に拍車をかけ、薬や宗教、芸術を作り出せたのかに迫っています。

科学者のフランシス・クリックは「人間の考えや感情精神などは全てニューロンに他ならない」という考え方を持っていましたが、クリックと友人であったダマシオ氏は「人間の行動や精神はニューロンだけでは成立しない」という全く反対の考え方を持っています。神経系は体のそのほかの部分と絶えず協力し相互作用を行うことで機能しており、これは神経系が組織体のアシストを第一に行っていることからも明らかであるとのこと。

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進化の過程で有機体は内分泌系・免疫系を手に入れ、代謝を行うようになりました。すると、このような活動を同時に行えるよう調整する役割が必要になり、神経系がその役割を担ったのです。このことから、脳は体を「支配」しているのではなく、全体の流れがスムーズになるよう「調整」しているのだというのがダマシオ氏の考え方。

そして何百万年もの間でプロセスが発達していき、神経系は体内の調整だけでなく、「外側の世界」と「内側の世界」の調整を行うようになります。「これが『大脳皮質』という名の神経系が行うことです」とダマシオ氏は語っており、人間が認識・記憶・推理・操作・翻訳などさまざまなことが可能になったわけです。

ダマシオ氏は「The Strange Order of Things」全編を通してホメオスタシスの重要さを説いています。ホメオスタシスは「恒常性」とも呼ばれ、「均衡」と同じものとして考えられることもありますが、ダマシオ氏によれば、これは誤りとのこと。なぜなら、「死」もまた均衡の取れた状態であるからです。ホメオスタシスは未来へと続こうとするポジティブなエネルギーバランスであるとダマシオ氏は説明。人間の体の中で行われる「調整」も、外側の世界と内側の世界の「調整」も、生命を維持し続けようとするホメオスタシスによるものだというわけです。

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また、「頭の中にある物理的な組織がどのようにして実態のない感覚を生み出しているのか?」という問いには、ダマシオ氏は「脳だけなく、有機体全体で考える必要があります。そして、進化という条件の中で考える必要もあります」と説明。意識は主観的なものであり、スピーチを聞いている最中であっても、人はスピーチの言葉だけでなく周囲で何が起こっているかについてや、自分自身の存在、「観測者」としての自分を認識し続けています。そして「外の世界の認識」と「内なる世界で生まれる感情」を重ねることで「意識」が作り出されるとのこと。

このようなダマシオ氏の考えは、「知性は感情によって統制される」という考えにもつながります。しかし、ダマシオ氏は「事実は相対的である」という考え方ではなく、「主観は『一人称視点』という意味であり、事実や真実と互換性のあるもの」としています。感情は知識や理由を使うモチベーションとなっても、それらの真実性を下げるものではなく、単純に「アクションを呼び出すもの」だとのこと。

人間のホメオスタシスがポジティブなエネルギーバランスであるため、ダマシオ氏は「人間は快楽を求め苦痛を避ける」フロイトの快楽原則を肯定しています。そして人類が「文化」を形成してきたことにも、感情や感覚、そして快楽原則が関わってきたことをダマシオ氏は示しています。歴史的に見ても、文化的な道具や文化的な慣習が生み出された背景には苦しみを減らし、発明者のみならずコミュニティ全体の幸福を最大化しようとする試みが存在しました。道徳システムや統治制度は個人のために発明されるのではなく、コミュニティーを必要とすることからも、そのことがわかります。

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では、なぜ苦しみを減らすための文化が戦争を起こすのか?というと、これもまた苦しみを減らすためと言えます。カール・マルクスらは19世紀という時代について「富を持ちすぎた人と苦しみが大きすぎる人が存在する平等でない『社会的取り決め』と対面し修正する時代」と語っています。生物進化の中でも、制御に失敗するメカニズムは「病気を促進する」ということから排除されます。これと同じことが文化レベルで起こっているわけです。宗教についても同じことが言え、「善行の教え」が必ずしもよい結果を生み出すわけではない、という事実はホメオスタシスに沿ったことなのです。

一方で、コンピューターのアルゴリズムと人間の神経系は調和するものではない、ともダマシオ氏は主張。脳がコンピューターと比較されるのはニューロンに「アクティブ」と「非アクティブ」の状態があるからです。これは有機体が行う複雑で正確さが求められるオペレーションを行うための優れたアイデアで、人工知能(AI)はこのアイデアによりめざましい発展を見せています。しかしAIは「有機的な生命」を基礎としたシステムではありません。人間の動機付けには「感情」が存在しますが、感情や興奮を制御するシステムは、ゼロかイチかのシナプス信号ではない部分で調整されるため、コンピューターには適応できないという考えのようです。

また、コンピューター機器は人間の体にあるような脆さ(もろさ)を持ちません。ホメオタシスがゆらぐ危険性も、病や死の危険性もないのです。忘れがちなことですが人間は弱い生き物であり、その弱さゆえに、有機体の生存システムが生命を維持すべくオペレーションを行っています。コンピューターには生存システムの鍵となる多くの特性が欠けているとダマシオ氏は述べています。

人々がヒューマニズムを身につけるためには、もっと謙虚になるべきであるとダマシオ氏は述べています。生物によっては脳を持たず単純な仕組みしかないものも存在しますが、これらの生物を解析すれば、その地味さに関わらず複雑さと豊かさを備えていることがわかるはず。複雑さや豊かさは「偉大なる人間の賢さ」のような高度な行動をもたらすと考えられることも多いのですが、有機体の細胞1つについても文化的・個人的な行動は見られます。生物学の知識を理解すれば、「我々は何者であるか」「地球という歴史のどの位置に立っているのか」という大局がわかってくるとダマシオ氏は主張しました。

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in サイエンス, Posted by logq_fa