世界中の物理学者を悩ませる「ブラックホール情報パラドックス」とは?


ブラックホールに吸い込まれた物がもつ物理的な情報が消失することで生じる「ブラックホール情報パラドックス」と呼ばれる難問を解消するため、ブラックホールや情報についてどのように考えれば良いかというアプローチについてムービー「Why Black Holes Could Delete The Universe – The Information Paradox」がアニメーションで簡単に説明しています。

Why Black Holes Could Delete The Universe – The Information Paradox - YouTube


ブラックホールは宇宙最強の存在で、すべての星を原子レベルにバラバラに分解できるほどのパワーを持っています。これだけでも十分、恐ろしいブラックホールですが、宇宙そのものを消し去ってしまうような恐ろしい側面があると考えられています。


ブラックホールは小空間に大量の物質が集中することで現れます。ブラックホールの中心の重力は無限大で、近づきすぎた物はすべて素粒子に分解されてしまいます。ブラックホールに飛び込むと、光さえ脱出不能なので、私たちはブラックホールを黒い球として認識しています。


しかし、ブラックホールに落ちたとしても「事象の地平面」と呼ばれる境界を越えるまでは悪いことは何も起こりません。


これは、滝壺に落ちていく川で泳ぐようなもの。


滝が近づくにつれて流れは速くなりますが、取り返しのつかない地点までは安全に泳ぐことが可能です。


しかし、ひとたび境界を越えたらどんなに速く泳いだとしても、滝に流されて帰らぬ人になります。


近づきすぎてブラックホールに飲み込まれたものは、どんなものであれ逃れることはできません。


この境界によって、ブラックホールは外界と完全に切り離されているとみることもできます。二度と戻らないという覚悟なしには、ブラックホールにたどり着くことはできないということです。そのため、ブラックホール内部で何が起こっているのかは、はっきりわかっていません。


しかし、境界ギリギリで起こっていることは少しだけわかっています。それは、沸騰する湯から水蒸気が蒸発しているようなものに例えられています。


これが「ホーキング放射」と呼ばれるものです。


ブラックホールは常に質量を失い続けています。このペースは信じられないほど遅く、太陽と同じ質量のブラックホールが0.0000001%の質量を失うのにかかる時間は100阿僧祇(10の58乗)年です。


この現象は絶えず起こっており、ペースはどんどん速くなっていきます。宇宙空間で最後の星が死んでから数兆年たった未来に、ブラックホールは蒸発して消えてしまうのです。


しかし、ブラックホールが消滅する過程ですべての事象の根源である「情報」が消えてしまう可能性があることは大問題だと考えられます。


ここでいう「情報」とは何なのでしょうか?


情報とは物理的に形のあるものではなく、粒子の並び方の状態だとされています。例えば炭素原子の集まりを例に考えてみると……


ある特定の配置で集まると、グラファイト(黒鉛)になりますが……


別の配置で集まるとダイヤモンドにもなります。


原子自体は同じなのに物質が異なるのは、情報のおかげだというわけです。


複数の原子を集めると、あるものはバナナになり……


あるものはリスになるでしょう。


宇宙のすべての物の基(素粒子)は同じです。


それがコーヒーを形作るものなのか、鳥を形作るものなのかは情報次第であり、素粒子に取ってみればあずかり知らないことなのです。極論を言えば、宇宙から情報が消え失せれば、すべての物は同質のものになるとも言えます。


ところが、量子力学によると情報は不滅のはず。形は変わっても情報が失われることはありません。


紙を燃やせば……


灰になってしまいます。この灰が再び紙に戻ることはありません。


しかし、もし灰の中から一つ残らず炭素原子を集めて炎からの煙と熱の正確な性質を測定できれば、理論的には元の紙を再現することは可能です。つまり、紙の情報は失われたわけではなく、あいかわらず宇宙に存在しているということです。ただ、わかりにくくなっただけです。


もしも、宇宙空間のすべての個々の原子や熱放射を測定できたとすれば、すべての情報を取得して追跡することができるはずです。つまり、仮説の上ではビッグバンから起こったすべての事象を見ることができます。


しかし問題となるのがブラックホールです。


情報からは物同士が互いにどう異なっているのか、何が何だったのかを知ることができます。


ブラックホールはこれとは真逆で、すべてのものを同じ均質なものにしてしまいます。


つまり、ブラックホールは情報を破壊してしまうのです。


これによって、「情報パラドックス」が発生してしまい深刻な問題になります。


情報パラドックスとは?


「情報は決して失われない」というのが物理法則の基礎です。情報がなければ、すべてのものが「絶対」の存在ではなくなってしまいます。現実を理解するには基準となる「絶対」が必要なのです。では、このパラドックスをどうやって解決すればよいのでしょうか?


1つの可能性は「情報は永久に失われる」というもの。


情報が失われると、すべての物理法則が台無しになり、これまでの法則を捨てて最初からやり直し、ということになります。


新しく誕生する物理法則がどんなものなのか、何を意味するのかなどは誰にもわかりません。ちょっと変な感じもしますが、ワクワクしてしまうものです。


2つめの可能性は、「情報は隠れている」というもの。


もしかするとブラックホールは分裂して「生まれたての宇宙」(赤ちゃん宇宙)を作るかもしれません。


情報は、私たちが見たり触れることができないこの新しい宇宙に転送されており、厳密には失われていないことになります。


例えて言うと、写真や音楽などの記録が入った壊れたハードディスクのようなもの。


情報自体は存在しても、アクセスできないことから意味をなさない状態です。


しかし、3つめの可能性として「情報は安全に保存されている」という説が考えられています。これは、情報は消えてもいなければ隠れてもいないという説です。


これまで、ブラックホールが情報を捕まえて消し去ってしまうかもしれないと理解していましたが、その間に情報をどうするのかについては考えていませんでした。ではブラックホールはどこに情報を保持しているのでしょうか?


これをイメージするために「宇宙の家事」というたとえ話を考えてみます。


汚れ物でブラックホールを作ることを想像してみます。


洗濯物をかごに詰め、このかごで部屋を埋めていきます。当然ながら、洗濯物が多いほど、かごもたくさん必要です。


いつかは部屋が洗濯かごで埋め尽くされてパンパンになり、靴下ひとつ入らないという状態になります。


それにもかかわらず、莫大なエネルギーを使って靴下を詰め込もうとすれば……


部屋はそれ自体が崩壊してブラックホールになります。


とはいえ、キャパシティは変わっていないので靴下は依然として入りません。


しかし、なおも大量の靴下を詰め込もうとすればどうなってしまうでしょうか?


新たな情報のための場所を作るために、部屋全体が少し大きくなるはず。


じつは、ブラックホールに情報が投げられると……


表面が少し大きくなります。


つまり、情報が多いほど表面が大きくなるということです。


情報は、「池に石を投げ込んだときのよう」だと表現されます。


石が沈むともう見えません。しかし、池の表面が波立っていることから何かが池に入ったことはわかります。


最も小さなブラックホールでも、表面に人類史上のすべての情報よりも多くの情報を保存することが可能。信じられないほど小さな領域に、情報を保存できることになります。ブラックホールは究極のハードディスクのようなものです。


これは、紙の本を電子書籍にするのに似ています。


電子書籍と本は、まったく違う物に見えますが、中身となる情報は同じ。つまり、情報が違う形で符号化されて記録されているということです。


ブラックホールが星を飲み込んでいく様子は、図書館の書籍を次々と電子書籍化するためにスキャナで読み込んでいるようなもの、と言えるかもしれません。


この仮説は「ホログラフィック原理」と呼ばれています。


もしもこの説が正しいならば……


私たちがとらえていた宇宙観は完全に間違っていたということになります。


「宇宙はホログラムのようなものである」かもしれません。


もしもブラックホールが情報を境界の表面に保存しているならば、ホーキング放射には、情報が符号化されたり運ばれたりするのを知るチャンスがあります。


つまりブラックホールが消えていったとしても情報が失われることはないので、物理法則がやり直しになることはなく、情報パラドックスは解消されるということになります。


とはいえ、そうなると私たちの「現実」の理解は根本的に変更を余儀なくされます。


ブラックホールに吸い込まれたすべての事象の情報が表面に保存されている場合……


基本的には3次元のものが平面上に符号化されていることを意味します。


これはホログラムと同じ。


ホログラムは3次元イメージを符号化して、平らなプラスチックに置き換えるものです。


翻ってブラックホールは、内部のすべての事象を表面上に符号化しているので、ホログラムのようなものだと言えます。


ブラックホール内部の人も普通の3次元世界を体験します。


しかし、ブラックホールの外部にいる私たちにとっては、表面の平らな画像ということになります。


このような結論は直感に反しているかもしれません。


ブラックホールはとても極端な物体ですが、他の自然界のものと同じルールに縛られています。


2次元と3次元にまたがるブラックホールの二重性を許容するならば、わたしたちがいる宇宙全体が成り立ち得るのです。


ブラックホールの中の人が2次元に符号化されているのに気付かないように、私たちも宇宙の果てで平面に符号化されているかもしれません。


この理論の背後にある科学は非常に複雑怪奇で、正しく理解しようと思うとヒモ理論などの理解が不可欠です。


結局、わたしたちの宇宙は複雑で、正しく理解するにはさまざまな物理学の理解が必要だということです。


ブラックホールは「現実」の本質を理解するための重要なキーになるのかもしれません。

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