インタビュー

ついに公開されるアニメ映画「虐殺器官」の山本プロデューサーにマングローブ倒産騒動のあれこれインタビュー


夭折の作家・伊藤計劃の3部作をアニメ映画化するプロジェクト「Project Itoh」から公開された「ハーモニー」「屍者の帝国」に続いて、2017年2月3日(金)から「虐殺器官」が公開となります。虐殺器官はもともと、制作にあたっていた制作会社・マングローブが自己破産申請を行なったことで公開が危ぶまれていた作品だったのですが、新たに設立された「ジェノスタジオ」が制作を引き継ぎ、ようやく映画が完成する運びとなりました。そんなジェノスタジオを立ち上げた山本幸治氏に、「虐殺器官」が完成するまでの紆余曲折について語ってもらいました。

「Project Itoh」
http://project-itoh.com/


Q:
「虐殺器官」がジェノスタジオで制作され、ついに公開が近づいていますが、今回の制作における山本さんの役割について教えてください。

・ジェノスタジオ 代表取締役 山本幸治:(以下、山本)
もともとはフジテレビのプロデューサーとしてこのプロジェクトに参加していまして、フジテレビを離れ、ツインエンジンという企画会社を起業したのちもビジネス側のプロデューサーとして「虐殺器官」の制作に携わっていました。マングローブが破たんし、今はジェノスタジオとして納品をしないといけない立場に変わっていますね。本当に変わった経験でした。

Q:
「虐殺器官」の制作を担当していたマングローブが経営破綻して、山本さんがジェノスタジオを立ち上げてその制作を引き継ぐという、大変なプロジェクトだったと思います。具体的にはどのような経緯だったのでしょうか。

山本:
本当に複雑な話なので、シンプルには言えないんですが、僕はずっと制作をやりたかったので「制作に踏み込めて良かった」という思いは個人的にすごくあります。これまでは制作現場に発注する立場だったので、制作現場の問題点がわかっていても、余計な手出しはできませんし、良かれと思ってやったことが良くない結果につながる、ということが日常的にあったんです。それが我が身のことになったので、「制作している」というリアリティを感じるようになりました。

新たにスタジオを立ち上げて頓挫していたプロジェクトを引き継ぐなんて、普通だったらやらないことですよね。やることは山積しているので、毎日楽しいわけではないんですけど(笑)。ただ、自分で自分の後始末ができるようになったので、今回の巡り合わせで制作に踏み込めたことは「良かったな」と思っていますね。

Q:
いろいろ大変だったと思いますが、「やめたい」と思ったことはありましたか?

山本:
経済的な視点で言えば、フジテレビに在籍していたからこそ、あそこで止めたらフジテレビの全損になるので「それだけは避けねば」っていうのはありましたね。さすがに何億円という規模の損額は経験がなかったので。ただ、再開するためのハードルはすごく高かったですね。見えている道を慎重に行くという感覚ではなく、解決困難な状況下で、無理目な選択肢が3つくらいしかなく、その1つがウルトラC的に決まったというような。ダイナミックかつスピーディに制作を再開できたのは幸いでしたが、普通の投資案件みたいに、「じっくり行くべきか行かないべきか」ってやってたら逆に決まらなかったと思いますね。もうやるしかないっていう覚悟を持って、相当アクロバティックなスキームを見込まないとやれなかったんです。

Q:
その少ない選択肢の中から選んだひとつが、「スタジオを立ち上げる」ということですか?

山本:
おおまかに言うとスタジオを作ることです。あんまり表に出ていない話なんですが、マングローブが起こしてしまった外注費の未払いを解消するスキームを組めたっていうことでもあります。当時のマングローブは「虐殺器官」を制作してから「GANGSTA.」というアニメを制作する予定だったんですが、「GANGSTA.」の制作が先に始まった上、「虐殺器官」の制作が「GANGSTA.の支払いができない」ということで停止してしまったんです。

例えば「虐殺器官」のカットを担当している原画さんは、「GANGSTA.」のカットも担当している人が多い。彼らはマングローブからの仕事を引き受けたのにお金を払ってもらっていないということだから、「虐殺器官」のカット制作を続ける理由がないわけです。カットもちりぢりにばらまいてしまっていたし。「マングローブのバカヤロー!」ってカットをビリっと破られてもおかしくない状況ですよ。そこで別のお金が必要だったんですが、ジェノスタジオ設立に合わせてお金の問題も解消できたんで、巡り合わせが良かったと思います。

Q:
スタジオの名前を「ジェノスタジオ」にした理由はなんですか?

山本:
こういう事故案件は、どこの制作会社も絶対請けてくれないのはわかっていたので、他のスタジオに頼む手は最初からなかったんです。やるなら自分でスタジオ作ってやろうと思っていたんですが、新スタジオの名前が決まる前から、内部的には「虐殺スタジオ」って呼んでいたんです(笑)。正式に「虐殺スタジオ」のまま行こうとしたら周囲から反対を受けまして、改めて「ジェノスタジオ」ということになりました。


Q:
TIFFアニ!!のステージで、「ここで頑張って作りきれば目立つと思って作りました」など、制作の意気込みを語っていましたが、「虐殺器官」の制作に踏み切るにあたって、山本プロデューサーが背負っていたものとは何だったんでしょうか?

山本:
基本的なことだけど、自分の仕事の主義として約束したことをちゃんと守るようにしているんです。約束してしまったからということで損することもありますが……。これまでにも、自分が携わった作品が立ち上げ時点でお蔵入りしたことは、正直いくつもあるんですけど、今回のように制作途中でこけたことはなかったんです。これだけの規模の損失を出すことは、フジテレビ出身者として絶対やってはいけない、という思いが一番大きかったですね。

Q:
何億円という話はとても想像がつかない世界なんですが、それが我が身として降りかかった瞬間はどういう心境でしたか?

山本:
「虐殺器官」は何度もリスケして、公開を延ばして……、もうこれ以上延ばせないところまで来ていたので、このままだとひどいクオリティーで完成してしまうのがわかっていたんです。お客さんに対しても、原作側に対しても示しがつかない状態だったんですね。制作を引き継ぐのが大変だということは95%くらいわかっていたんですけど、このまま悲惨な状態で作品を公開するよりは、「ここで頑張れば作品は良いものになる」っていう思いが、5%くらいありました(笑)。実際のところ、もしマングローブが経営破綻しなかったら、悲惨な状態でも完成させないといけないので、納品させていたかもしれません。結果として、納得のいく状態で世に送り出せるのが唯一の救いですね。

Q:
当初の「Project Itoh」は、原作としても「虐殺器官」から始まり、「ハーモニー」「屍者の帝国」という時系列になっています。今回のマングローブの件で、公開のタイミングと作品の時系列が入れ替わったわけですが、「虐殺器官」のストーリーに何か影響はありましたか?

山本:
物語的には順番はあまり関係ないですが、「ハーモニー」「屍者の帝国」の2つは、「虐殺器官」を見てから見てもらいたい位置づけなので、作品の外側的な意義においてある種のロスが起こったと思います。前の2つに関しては申し訳ない気持ちですが、すでにロスが起きた後なので、「虐殺器官」のストーリーに影響はなかったですね。

Q:
今回の騒動があって、数カ月のブランクを経て制作が再開されたわけですが、村瀬監督のモチベーションに影響はありましたか?

山本:
村瀬さんにはマングローブが倒産したその日に、経緯を話さずにですが「スケジュールを埋めないでもらいたい」と伝えていました。その時は目処が立つかもわからなかったけど、「『やりたいのにやれない』っていう状況にはしないでほしい」と、しばらくは密に連絡を取っていました。当時は村瀬さんの仕事のスケジュールにも影響が出たと思うんですけど、村瀬さんの作品に対する意気込みは強かったので、「再開するならやらざるを得ない」と考えていたと思います。むしろ再開後の期間は、引き取ったカットの整理をしたらエラーが次々出てくるというような、マングローブ騒動のバタバタが続いていたので、村瀬さんのせいではなく、制作状況は最悪だったと思うんです。そんなプロダクションの温度がまだ上がらない時期に来られたので、「再開して良かったんだろうか」という葛藤があったんじゃないかって想像はしています。


Q:
マングローブと同じように制作途中で会社が倒産した別の映画の話で、引き上げてきたカットを全部チェックするのは相当大変だと聞きました。

山本:
カットの整理もそうですが、スケジュールを変更した時点で、先方にはもう次の仕事が入っているから、意思がどうであれ無理にでも引き継がなければいけないんです。同じ制作メンバーなら整理もやりやすいだろうけど、制作メンバーも変わっているので、何人もの手が入っている複雑なカットを見ても、どれが正しいのかわからないとかいうことがあります。そういうことに時間をとられてる時に、村瀬さんもいろいろな思いがあっただろうなと思っていました。

Q:
山本さんはノイタミナで「メジャー原作」と「社会派オリジナル」という風にジャンルをくくっていましたが、今回はどれに当たりますか?

山本:
そんなこと言っていた時期もあった気がしますね(笑)。「虐殺器官」は9.11テロをほうふつとさせるような内容や、近代的セキュリティの仕組みが出てくるので、「社会派」に当たるんじゃないでしょうか。

Q:
「虐殺器官」を今この時期に公開する意味や、込めている思いはあるんでしょうか。

山本:
今までは、企画側の目線なんで宣伝とかテーマとか映画制作の外側のことを考えていました。今は制作の内側になって、「あと何カット」みたいに考えてばかりです(笑)。もともと伊藤計劃さんの予言的な原作というのがあって、9.11テロが起きたことで、ものすごくリアリティが上がったと思います。現代でも電子マネーやETCの記録で、どこに行って何を買ったかわかるのって恐ろしいと思うんですが、どこに行くにもセキュリティの目がついて回る「虐殺器官」の世界に通じるものがありますよね。

9.11のテロを経て、伊藤計劃さんの描いていた予言が現実になりつつあるような気がするんです。高度なセキュリティによって守られているものと、代わりに失われているものがあって、日々の中では気付かないけど恐ろしいものを感じられるという。それより今はまだ完成していない残りカットの方が恐ろしいですけど(笑)


Q:
映画公開にあたって、意味や実感は完成した後にやってくるものなんでしょうか?

山本:
完成後にどういう気持ちになるのかは想像もつかないですね。大体普通のタイトルは後悔が来るんですよ。それはこれまで制作に深く関わってないからだと思うんです。これまでは打ち上げで監督に会っても「ご無沙汰してます」って言われることが多いんですよ。だから、制作に対する想いは熱くても、「一番熱いところ」を共有していないような感覚でした。スタジオ立ち上げ後は、スタジオの制作スタッフたちと毎日顔を合わせるわけではないですが、制作スタッフとこれまでになかった感覚を共有できるようになったと思います。

Q:
「虐殺器官」はジェノスタジオとしての初作品になるわけですが、こだわりや押し出したい部分はありますか?

山本:
村瀬さんのこだわりが半端ないので、それをちょっとでも押し出すことができればと。村瀬さんの高いレベルの要求に完全に応えるのは至難の業ですが、そこにちょっとでも応えていくのが使命だと思っています。

Q:
「虐殺器官」の映像を少し見せてもらったんですが、衝撃的なシーンを含め、伊藤計劃の「虐殺器官」の世界観が限りなく表現されていると感じました。

山本:
村瀬監督は原作の全体の意味合いもしっかり考えて作っているので、ただやみくもに残虐にしているわけではなく、とても難解な感情調整を行われている兵士の悲哀がちゃんと描かれていますよね。


Q:
「虐殺器官」を村瀬監督に決めた理由はなんだったのでしょうか?

山本:
最初村瀬さんに「ハーモニー」をやってもらう予定だったんですが、マイケル・アリアス監督から「僕はハーモニーがやりたい」という話があって、最終的に逆になったんです。

Q:
「虐殺器官」という原作を映画にするにあたって、村瀬監督とはどんな話し合いがありましたか?

山本:
村瀬さんとは初期の初期に原作の話をしただけなんです。「虐殺器官」には「自分たちで決めていない」というアメリカ人特有の特殊な心情を描くテーマがあるじゃないですか。映画化するにあたってこの部分は掘っていかないと観客がわからないんじゃないかっていう話はしていました。話していく上で、村瀬さんが「どこを切るべきか」っていう悩んでいるポイントがわかったので、原作のあるテーマについては「カットでいいじゃないですか」という風になりました。あとは、伊藤計劃さんの文章を全部入れるのは難しいから、予言的なところは活かそうとかも話していましたが、主人公とジョン・ポールとの理念がぶつかる部分って、1本の映画で表わすには非常に難解なテーマなので、原作の切るところと取り入れるところをうまくとって、繊細な原作の印象を再現するっていうところに落ち着いたと思いますね。

Q:
公開まで秒読みですが、試写を見た人も含めて、周りからの反応はどうでしたか?また、その声を聞いてどう思いましたか?

山本:
一般向けには、先日冒頭の15分を流したのが初めてだったんですが、今のところいい評判しかないですね。ただ、15分の上映は現段階で一番よくできている部分を見せているので、全編を見るとどうなるのか、やっぱり怖いという気持ちもあります。もともと届けたかった人にはちゃんと届くと思っていますが、あとはどれだけ広がるかっていうのは時の運ですよね。

Q:
先日の15分のカットを見て「届けたかった人にはちゃんと届く」と思うんですが、それ以外の人にも届ける必要があると思います。プロデューサーとして、初めて「虐殺器官」に触れる人にはどんな手を尽くそうと思っていますか?

山本:
映画にしろ映像にしろ、第1ターゲットがあって、そこからどうやって広げるかを考えていくんですが、内容が濃ければ濃いほど広がりにくいんですよね。「ガールズ&パンツァー」は一部の人にヒットして、「君の名は。」とは違うというか。何も知らない人がテロや戦争をテーマにした「虐殺器官」を見に行くのは難しいと思うので、まずはもともとファンだった人たちが応援してくれるかどうかがポイントになると思っています。「クズの本懐」の原作者の横槍メンゴさんが「虐殺器官が楽しみすぎて転げまわる」って言って下さっていたのもうれしかったですね。

一方で「この世界の片隅に」も戦争アニメ映画だけどヒットしているので、どう転ぶのかはわからないですね。「君の名は。」みたいにクチコミで広がっていくことがないとも限らないので、皆さんのいい記事に期待します(笑)

Q:
以前にも山本さんにはノイタミナ2011年新作のスタッフ座談会でGIGAZINEの記事に登場してもらっているのですが、最後にGIGAZINE読者に向けて一言お願いします。

山本:
GIGAZINEさんはアニメ専門媒体じゃないですが、アニメに興味がない人でも、マングローブの倒産事件があったことから「虐殺器官」が公開されるという経緯も含めて、応援してもらえたらと思います。

G:
本日はありがとうございました。


なお、「虐殺器官」の映像はこれまでに3本がYouTubeで公開済み。気になる人は本編公開となる2017年2月3日(金)の前にチェックしてみてください。

「虐殺器官」制作ストーリー 特別映像 - YouTube


「虐殺器官」新PV - YouTube


「虐殺器官」新特報 第2弾 - YouTube

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