脳にチップを埋め込んで四肢麻痺の人が腕を動かすことに成功した「神経バイパス」とは?


事故などで脊髄に損傷を負って四肢への神経伝達に障害が残ると、手足に運動能力や痛覚などの麻痺が起こることがあります。手足が全く動かないため、生活のあらゆる場面で誰かの手助けが必要になってしまうわけですが、脳にチップを埋め込むことで、脊髄を介さずに脳の信号をバイパスして、右腕のコントロールを復活させることに成功した例が、総合科学ジャーナル・Nature誌に報告されています。

Restoring cortical control of functional movement in a human with quadriplegia : Nature : Nature Publishing Group
http://www.nature.com/nature/journal/vaop/ncurrent/full/nature17435.html

Chip, Implanted in Brain, Helps Paralyzed Man Regain Control of Hand - The New York Times
http://www.nytimes.com/2016/04/14/health/paralysis-limb-reanimation-brain-chip.html

神経をバイパスする脳インプラントの被験者となっているのは、18歳のころに事故で四肢麻痺になってしまったイアン・バークハートさん。彼は海へ飛び込んだ際に頸部を損傷してしまい、手足が動かせなくなっています。バークハートさんは2年前にオハイオ州立大学の医者から、脳にチップを埋め込むという実験的治療の申し出を受けました。バークハートさんは「ぜひ参加したい」と医者に伝えましたが、本来必要のない手術を行うことに、バークハートさんの家族は反対したとのこと。

最終的に実験的治療に参加したバークハートさんは、今では右腕を使って「飲み物をコップに注ぐ」「ストローをつかんで飲み物をかき混ぜる」といった行動が可能となり、ギター型コントローラーを操作してゲームをプレイできるようになっています。バークハートさんは「感覚のない麻痺した手を動かすのは非常に奇妙な感覚です。手を動かしているとき、手のひらを握っているか、開いているかは、目で見るまでわからないのです」と話しています。

現在、バークハートさんは研究所の設備下でのみ、腕を動かすことができます。バークハートさんの脳に埋め込まれているのは、96個の「フィラメント(極小電極)」を搭載したチップで、個々のニューロン発火を記録することができます。ニューロンの発火パターンはチップから発信され、後頭部に接続されたケーブルを通じて外部へ出力されるようになっています。出力された脳の信号は直接右腕に伝達され、バークハートさんが考えた運動を行うことができるとのこと。

実際にバークハートさんが腕を動かしている様子は、以下のムービーから見ることができます。

The nerve bypass: how to move a paralysed hand - YouTube


事故で四肢麻痺になったバークハートさん。下半身は完全に麻痺していますが、肩と二頭筋の運動は少しだけできる「C5」レベルの麻痺患者です。


バークハートさんの右腕に信号を伝えるコードが巻かれていきます。


すると、以下のように手首をグイッと持ち上げることに成功。


ギターゲームをプレイできています。


脳に埋め込まれたチップには、こんな感じで機器が接続されています。チップが埋め込まれている位置は、脳の運動野と呼ばれる領域。正確な場所を発見するまでに、今回の研究期間の半分を費やしたとのこと。


バークハートさんは脊髄を損傷したため、脳からの信号が四肢に伝わらない状態です。そこで脳信号を外部に出力し、機器を介して信号を直接腕に送ることで、脊髄伝達を回避して運動を可能にしているわけです。


脳の信号をデコードしているのは、研究に参加しているバテル記念研究所が開発した特殊なソフトウェア。バークハートさんは毎週にわたって、このソフトウェアに手を動かすニューロンの発火パターンを入力する作業を続けました。


その結果、バークハートさんは複雑な動きを右腕で行えるようになりました。以下はグラスをつかんで、別のコップに中身を移し替えているところ。


ストローを指でつまんで……


別のコップの中身をぐるぐるかき混ぜることもできました。


サイフからカードを抜き取って……


リーダーで読み取る、といった行動も可能です。なお、これらの設備は今のところバークハートさんしか使えず、汎用(はんよう)性はありません。さらに研究所でしか使えない状態ですが、研究チームは、どこでも使えるように「設備のモバイル化」を目指すとのこと。今回の研究は初めて四肢麻痺の人が運動機能を回復できた成功例として、同様の障害を抱える人の希望となりそうです。

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