サイエンス

驚異の記憶力で過去の出来事を細部まで思い出せる「ハイパーサイメシア(超記憶症候群)」の人々の頭の中で起こっていることとは?

by Victoria Nevland

「今までに至るまでの人生の出来事を、日付や曜日を指定して、まるで映画のワンシーンを見ているかのように事細かに描写することができる」という能力を持つ「ハイパーサイメシア(超記憶症候群)」の人々が、少数ながら世界には存在します。驚異的な記憶力が脳に秘められた能力の解明に役立つ可能性があるとして、多くの研究者の注目を集めているハイパーサイメシアですが、頭の中は一体どうなっているのか、2016年現在までに行われている研究をニュースメディアBBCが解説しています。

BBC - Future - The blessing and curse of the people who never forget
http://www.bbc.com/future/story/20160125-the-blessing-and-curse-of-the-people-who-never-forget

自分の人生に起こったことをこと細かに記憶する「ハイパーサイメシア」という人々が注目されだしたのは2000年に入ってからのこと。Jill Priceという女性が「自分は12歳の時から起こったことを毎日記憶しているのだが、科学的に説明できることなのか?」とカリフォルニア大学の神経科学者Jim McGaugh教授に尋ねたことがきっかけでした。

Priceさんの話に興味をそそられたMcGaugh教授は彼女をラボに呼び、「指定した日に世界で起こったニュース」と「指定した日に彼女の身に起こった個人的な出来事」を話してもらいました。そして、実際のニュースやPriceさんのつけていた日記と照合したところ、日付と出来事が全て合致していることが判明。また、調査を開始してから数年が経過してから「これまでにラボを訪れた日を教えてください」と質問したところ、Priceさんが答えた日付はすべて記録と合致していたそうです。

「完全記憶能力」を持つPriceさんについて、メディアもすぐに注目しはじめます。そして雑誌や映画で特集されるようになった結果、Priceさんのような能力を持った人々がカリフォルニア大学の研究チームにコンタクトをとってくるようになりました。

Nima Veisehさんもハイパーサイメシアの1人。もともと記憶力のよかったVeisehさんですが、2000年12月15日に開かれた友人の誕生日会で初めてのガールフレンドに出会った時から、全ての記憶をビデオテープのように再生できるようになったとのこと。それこそ、その日の天気や着ていた服、旅の最中に乗った電車でどの席に座っていたのか、ということまで、あらゆることを思い出せるそうです。

by Kit

興味深いのは、ハイパーサイメシアとされる人が細部まで記憶しているのは「自叙伝的な」出来事であり、個人的でない物事に関しては、箇条書き程度にしか覚えていないことです。また、人によっては「5分前に何が起こったのかは忘れるけれど、2008年1月22日については事細かに思い出せる」というケースや、客観的な出来事について間違った記憶を抱いていることもあり、「完全記憶能力」といっても「全てを完璧に記憶している」ということではないこともわかってきています。

では、我々と同じ脳を持ちながら、彼らはどのようにして多くのことを記憶しているのでしょうか。この点について、カリフォルニア大学のCraig Stark教授はハイパーサイメシアの被験者を対象に、ある出来事について1週間後、1カ月後、1年後と間を置いて質問し、彼らの記憶がどのように変化しているのかを観測しました。その結果、出来事が起こってから1カ月後、彼ら自身とあまり関連のない記憶は曖昧になっていることが分かりましたが、一方で、彼ら自身の身に起こったことは曖昧にならず、鮮明なまま保たれていることが分かりました。「我々が行っているのと別の方法で彼らは記憶を保っている」とStark教授は語っています。

なお、脳スキャンを使った研究も行われていますが、現時点で、ハイパーサイメシアの解明に脳スキャンは役だっていない模様。前頭葉と海馬のつながりに特徴があることは判明していますが、これらは彼らの記憶能力がもたらした結果であり、原因ではないと考えられています。

by Christian Weidinger

一方で、ハイパーサイメシアの被験者20人をプロファイリングしたところ、白昼夢を見たり想像を膨らませたりする資質である「空想傾向性」とアクティビティに夢中になる「没頭」のスコアが非常に高いことが判明しています。「没頭」の資質が物事を細かい部分まで記憶するのに役立ち、空想傾向性によって何か月たっても記憶を蘇らせることができるという仕組みになっているわけです。そして、何度もリプレイすることで、記憶はより強固になっていくと見られています。

ただし、空想傾向性が完全記憶能力を目覚めさせる、とは必ずしも言えません。南ミシシッピ大学のLawrence Patihis教授によると、完全記憶能力を持つ人はトリガーとして「過去の出来事を振り返る」経験を持っていることが多く、Veisehさんについて言えば、それが初めてのガールフレンドと出会ったパーティーだったわけです。

近年の研究で、人は出来事が起こったすぐ後に頭の中で出来事の内容を数秒間振り返ることで、後に多くの記憶を思い出すことができると判明しています。研究者の中にはハイパーサイメシアのように物事を記憶できるようにするアプリを作っている人もおり、これから研究が進んでいけば、トレーニングによって私たちが完全記憶能力を持てるようになる日が来るかもしれません。

しかし、多くのことを記憶していることが必ずしも優れた能力となるとは言えない様子。「学校で教師がいつ何を言ったのか、教科書はどんなものだったのかを鮮明に思い出せる」と語り、能力を生かして教師になった人がいる一方で、学校が嫌いだったPriceさんは勉強に興味が無かったがゆえに、勉強の記憶が「個人的なもの」ではなくなり、明確に思い出すことができないそうです。

また、普通の人であれば少しずつ忘れていける恥ずかしい記憶も、昨日のことのように鮮明に思い出せてしまうのも、完全記憶能力の欠点。いくら忘れようとしても忘れられない、ひどい記憶のことを「開いたままの傷が体の一部になっているかのよう」と語る人もいます。一方で、フラッシュバックのように忘れたい過去の記憶が襲ってくるというBillさんは、自分の能力を「同じ過ちを繰り返さないための手段」として考えるようになったとのこと。

初めてのガールフレンドと出会ってから全てのことを記憶しているというVeisehさんは、「『許して忘れよ』という言葉がありますが、忘れることができない私は、許す方法を学ぶ必要がありました。他人に対してだけではなく、自分に対しても」といい、完全記憶能力が自分を寛容で親切な人間にしたと語っています。

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in サイエンス, Posted by logq_fa