犠牲者がいずれも頭を2発以上撃たれて殺害された「アルプス山脈殺人事件」とは?

By Nic Taylor

警察の捜査技術の発展に伴い、DNAの分析やスマートフォンの履歴などから犯罪・事件の解決が容易になりつつありますが、そんな現代でも解決されていない完全犯罪が発生しています。2012年にフランスを旅行していたイギリス人一家が、付近に潜んでいたと見られるスナイパーによって射殺されるという事件が起き、数々の進展があったものの、2015年現在も解決に至っていません。そんな不可解な未解決殺人事件について、当時の状況やその後の捜査の動向がまとめられています。

How To Get Away With (The Perfect) Murder | GQ
http://www.gq.com/story/alps-murder-chevaline


◆アルプス山脈殺人事件(Murder In the Alps)とは?

By onnobos

2012年9月6日の午後、イギリスから自動車でフランスに旅行に来ていたサアド・アル=ヒリ氏ら3人と、通りすがりとみられるフランス人サイクリストの4人が射殺されるという事件が発生しました。事件は、路面に残されたタイヤ痕から、別のサイクリストがサアド氏の乗っていたBMWに気付いたことで発覚しました。

調べによると、事件発生時、サアド氏は7歳の娘・ザイナブさんとともに車を降り、サイクリストのシルバン・モリエ氏に話しかけていたとみられます。犯人はサアド氏に気づかれることなく、森の中から発砲。銃声を聞いて、サアド氏はザイナブさんに車に乗るよう呼びかけて、自らも運転席に飛び乗り、車をバックさせました。このとき、ザイナブさんは硬直してしまい、車には乗っていませんでした。

サアド氏が弧を描くように車をバックさせる間に、犯人は森を出てきて弧の中心点に立ち、車に向かって20発以上銃弾を撃ち込みました。サアド氏は4発の銃弾を受け、うち2発が頭に命中し死亡。後部座席には妻のイクバルさんと、イクバルさんの母・スハイラさんが乗っていましたが、イクバルさんは体に2発・頭に2発、スハイラさんは体に1発・頭に2発を受けて亡くなっていました。サアド氏はアクセルを踏み続けていたため、モリエ氏は車に巻き込まれる形となり、血痕が残っていたそうですが、犯人はモリエ氏にも5度発砲し、2発が頭に命中していました。また、ザイナブさんは肩に1発の銃弾を受けたほか頭を銃床で殴られて重傷を負い、4歳の娘・ジーナさんは通報から8時間後に警察が到着したのち、後部座席の遺体の下から無傷で見つかりました。

なお、射撃のほとんどが移動中の車に対してのものでしたが、車のドアやフェンダーなどの部位に当たったものは一発もなかったことから、当初からプロによる犯行であると報道されました。

事件が起きた地域は比較的治安が良いリゾート地であり、「山の上で海外旅行者を含む4人がプロの殺し屋により射殺される」という事件は、フランス国外のメディアでも大きく報道されました。サアド氏の兄弟であるザイード・アル=ヒリ氏はテレビの報道で事件のことを知り、詳細を求めてイギリスの地元警察を訪れましたが、まだイギリス警察に情報がわたっておらず、サアド氏の死亡を伝えられたのは翌日になってのことだったそうです。事件翌日になり、公式的にイギリス警察からサアドさんの死亡がザイード氏に伝えられたとのこと。

◆イラクとの関係による陰謀論


死亡したサアド氏はイラク生まれの移民で、衛星システムのエンジニアとしてイギリスで勤務していました。タブロイド紙などでは、「サアド氏が職業上知り得た秘密を封じるために殺害された」という陰謀論や、サアド氏・ザイード氏らが、100万ドル(約1億2000万円)以上が預けられたスイスの銀行の口座や、ロンドンおよびスペインに所有していた家屋などの所有権について議論中であったことから、「兄弟間の不和によりザイード氏が暗殺者に殺害を依頼した」などの臆測が飛び交っていました。

ただし、サアド氏はフリーランスの機械技師であり、暗号化技術に関係していなかったことから、重大な秘密を持っていたとは可能性はなかったとのこと。また、単にサアド氏の殺害が目的であれば、わざわざ彼の海外旅行中にアルプス山脈で殺害するメリットが説明できません。救出された娘2人が事件について何も見ていなかったため、捜査は難航しました。犯人の目星がつかないまま2カ月がたったころ、サアド氏宅の捜査などから自宅のカギを最近交換していたこと、違法な出力のテーザー銃を持っていたことが判明し、サアド氏が何らかの危険に備えていたことがわかりました。

事件解明につながる直接的な証拠が出なかったものの、フランス・イギリス・ドイツの新聞が、スイスの銀行の口座のお金は、サアド・ザイード両氏の父親であるカディム氏がサダム・フセインのためにイラクから送金したものである、と報じました。新たにイラク政府による暗殺の可能性が浮上したわけですが、カディム氏とフセイン氏との間には「イラク人である」ということくらいしか関連がなく、カディム氏は独裁政権下のイラクから財産を保護するためにイギリスへ移民したと考えられています。しかし、当時は依然としてザイード氏が遺族であり容疑者でもあるという微妙な立場に立たされていました。

◆通りすがりのフランス人サイクリスト

By knehcsg (looking for a Rokkor-X 35 f/1.8)

サアド氏一家の傍らで死亡していたフランス人サイクリスト、シルバン・モリエ氏は、当初は通りがけに事件に巻き込まれたと見られていました。しかし、モリエ氏が死亡当日に3年間の休職を申し出ていたことや、被害者の中で被弾数が最も多かったこと、胴体をあとで撃たれていたことなどから、「偶然現場に居合わせたわけではない」とも報じられていました。

いくつかのメディアで、モリエ氏が冶金学者、または原子力発電用燃料被管を製造するセザス社のマネージャーだったと報じられ、イラン・イラク・イスラエルなどとの核機密取引についても指摘が行われましたが、その実、モリエ氏は核機密に触れることのない溶接工であることが判明しており、モリエ氏とサアド氏が連絡をとっていた形跡も見つからず、モリエ氏と事件との関係性は低い、と推測されています。

◆兄弟の逮捕と真相について

By stavos

さまざまな臆測が飛び交う中、2人の森林作業員が事件当日、現場周辺でオートバイに乗った男を目撃していたことがわかりました。この道は自動車やバイクの通行が禁止されているので、作業員らは男に声をかけ、バイクを引き返させたのですが、その引き返した道は事件現場を通るもので、道路に残ったタイヤ痕や、銃撃を受けて亡くなったサアド氏らを乗せてエンジンがかかったままだった自動車の横を素通りしたことになるため、重要参考人として手配されました。作業員らは男にはヤギのようなヒゲがあり、暗い灰色のヘルメットを被っていたという人相をよく覚えていて、似顔絵が作成されましたが、新聞やテレビで大々的に公表されることはなく、該当する人物の特定は難航しました。

一方で、事件発生から1年ほどはイギリス警察からの取り調べ要請に応じていたザイード氏ですが、2013年6月6日、フランス警察からの取り調べ要請を「信頼できない」と拒否。ザイード氏は、イギリスの裁判所命令がなければ、フランス警察が取り調べのための呼び出しを強制できないことを知っていたほか、取り調べ時にフランス警察によってDNAを採取されることを恐れていたとも言われています。

取り調べ要請から3週間、フランス警察からの連絡は何もありませんでしたが、ザイード氏は「兄夫婦や姪の殺害を共謀した」という「殺人共謀罪」の疑いでイギリス警察に拘束されることに。しかし、事情聴取の末、翌朝には釈放されることになりました。

この他には、元フランス外人部隊で空挺兵だったという経歴を持つPatrice Menegaldo氏が容疑者として事情聴取を受け、その2カ月後に「殺人事件の容疑者として扱われることに耐えられない」という遺書を残して自殺しています。また、他にも何人か容疑者の名前は挙がりましたが、いずれも事件との関係は見つからず、事件は迷宮入りしています。

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