世界で初めてゲノム編集が白血病の少女の命を救う


従来の遺伝子組み替え技術よりも格段に高い精度で遺伝子の取捨選択が可能になるという、「人が神の領域に踏み込んでしまった」とも言われる最新の技術が「ゲノム編集」です。動植物への応用が急速に広まっているゲノム編集ですが、人間への応用についてはまだまだルールが決まり切っていない状況で、慎重な議論が繰り返されている段階。しかし、このゲノム編集を用いた治療が白血病の少女の命を救った事例がイギリスから報告されています。

Gene editing saves girl dying from leukaemia in world first | New Scientist
https://www.newscientist.com/article/dn28454-gene-editing-saves-life-of-girl-dying-from-leukaemia-in-world-first/


イギリスのある病院で、生後3か月の幼児であったレイラさんは急性リンパ性白血病であると診断されました。

急性リンパ性白血病は血液ガンの一種で、小児に多く見られる疾病とのこと。骨髄の中には「造血幹細胞」と呼ばれる血液細胞の種となる細胞から様々な血球が造られているのですが、これがリンパ球へ分化する途中で異常が起こり、細胞が成長をやめて骨髄中で増殖、骨髄を占拠して正常な血液細胞が造られなくなる、というのが急性リンパ性白血病です。

症状が発覚した後、レイラさんはすぐにロンドンにある「Great Ormond Street Hospital(GOSH)」に運ばれ、標準的な化学療法を受けました。この「標準的な化学療法」というのは、骨髄移植で免疫系を正常に戻す、という治療法でした。「レイラさんよりも年長の子どもの場合、骨髄移植の成功率は高まる」と言うのは、GOSHで白血病の専門医として勤務し、レイラさんの主治医でもあるSujith Samarasinghe氏。しかし、レイラさんのように生後間もない幼児の場合、治癒率はわずか25%程になってしまうそうで、不運なことに、骨髄移植を行ったにも関わらずレイラさんの白血病は治りませんでした。


一度骨髄移植による治療に失敗したにも関わらず、GOSHはすぐさま2度目の骨髄移植手術に挑戦します。2度目の手術は、ドナーから得た免疫細胞をレイラさんの骨髄に移植し、免疫細胞にガン細胞を攻撃して除去してもらう、というものでした。しかし、術後2か月で再び白血病が再発し、2度目の治療も失敗に終わります。「通常はここまで来ると絶望的な状況です」と語るのは、GOSHの骨髄移植手術チームの主任であるPaul Veys氏。「しかし、私たちは娘の命を諦めることができませんでした。そこで、医者に何でも試してくれとすがりついたんです」と語るのは、レイラさんの母親であるリサさん。

そこで、骨髄移植手術チームはユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンで遺伝子治療の研究を行っているWaseem Qasim's Research Groupにメールで何か治療法がないか問い合わせます。

もし、免疫細胞の一種である「T細胞」を他の患者に注入して完全に調和しなかった場合、T細胞は患者の体内の細胞を敵とみなして攻撃を加えます。この反応さえ抑えることが可能ならば、T細胞は白血病などの免疫系に異常をきたした患者を救う素晴らしい手段になるしれない、ということでQasimでは「ゲノム編集」と呼ばれる遺伝子操作技術を用い、ドナーからもらったT細胞の「他の細胞を敵と認識する遺伝子」のみを削除する研究を行っていました。

従来の遺伝子組み替え技術では遺伝子をDNAに加えることしかできませんでしたが、「ゲノム編集」ではより高い精度で遺伝子を操作できるようになっています。「ゲノム編集」がどのような技術なのかは、以下の記事を読めば分かります。

遺伝子を自在に設計して生物の特性を変えられる神の領域の技術「ゲノム編集」とは? - GIGAZINE


QasimチームがGOSHの骨髄移植チームから連絡をもらった際、QasimはアメリカのCellectisと共同で開発したゲノム編集されたT細胞「UCART19」のマウス実験を行った段階だったそうです。「UCART19を用いた治療はまだ人間に対して行われていなかったので、とても不安でした。しかし、我々はその治療法を試して欲しかったし、疑問は持っていませんでした。なぜなら、レイラは病気でひどく苦しんでおり、何かしてあげる必要性があったからです」とレイラさんの父親であるアシュレーさんは語っています。

こうした経緯を経て、レイラさんはゲノム編集で作り出されたT細胞「UCART19」を骨髄に移植する手術を受けました。この手術はゲノム編集された細胞が使用された2回目の事例だそうで、1回目の事例ではHIV患者にゲノム編集したT細胞を移植したとのこと。

手術後、1か月以内にT細胞がレイラさんの骨髄内から全てのガン細胞を除去したことが確認されました。さらに術後3か月が経過したのち、免疫系を回復させるために2度目の骨髄移植が行われます。この移植ではレイラさんの体内に健康な免疫細胞を投入し、1度目の手術で体内に入ったUCART19を除去したそうです。なので、現在レイラさんの体内には遺伝子組み換え細胞は一切存在しません。ただし、完治したと断言できるようになるのは手術から1、2年が経過してもガン細胞が検知されなかった場合なので、それまでは定期的に検査が繰り返されることになります。

「治療に成功」と言い切るにはまだ時期尚早ですが、レイラさんは順調に回復しているようです。


なお、Cellectisは2016年からUCART19を用いた治療法の臨床試験をスタート予定。Qasimは2015年12月にフロリダで開催予定のAmerican Society of Hematologyで研究成果を発表予定としています。

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in サイエンス, Posted by logu_ii