【訃報】任天堂の岩田聡代表取締役社長が死去


ゲームメーカー・任天堂の代表取締役社長であり、「星のカービィ」「大乱闘スマッシュブラザーズ」などの人気作品を世に送り出した岩田聡(いわたさとる)氏が、胆管腫瘍のため亡くなりました。55歳でした。

代表取締役社長の逝去および異動に関するお知らせ(訃報)
(PDFファイル)http://www.nintendo.co.jp/ir/pdf/2015/150713.pdf

時事ドットコム:任天堂の岩田社長が死去
http://www.jiji.com/jc/c?k=2015071300079

任天堂、岩田社長が死去 胆管腫瘍のため 「後任は未定」  :日本経済新聞
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFL13H61_T10C15A7000000/

岩田氏は1959年生まれ。高校の時からプログラミングに親しみ、東京工業大学工学部情報工学科在学中に「株式会社ハル研究所」(HAL研究所)の立ち上げに関与。ファミコン時代の任天堂のゲームソフト開発にも携わり、「ゴルフ」「ピンボール」「バルーンファイト」などのプログラミングを担当しました。

1992年にHAL研究所の経営再建にあたっては代表取締役に就任。これは任天堂の山内溥社長(当時)の指名もあったと言われています。HAL研究所はこのあと「星のカービィ」シリーズや「大乱闘スマッシュブラザーズ」シリーズを生み出して復活を遂げることになります。

その後、2000年に任天堂に入社し、2002年、山内社長から指名を受けて任天堂の代表取締役社長に就任。岩田体制のもと、任天堂は「ニンテンドーDS」シリーズ、「ニンテンドー3DS」シリーズ、「Wii」・「Wii U」シリーズなどを世に送り出しました。「いわっち」「電脳部長」などの愛称で親しまれた岩田氏は、自ら前面に立って、任天堂公式サイトでゲームハード・ソフトの開発者にインタビューを実施する「社長が訊く」や、製品プロモーションを行うネット配信ムービー「Nintendo Direct」などの積極的なPR活動を行いました。

2014年6月には、胆管に腫瘍が見つかり、手術を行ったことを報告し、一時静養。2014年10月には公の場に復帰しましたが、2015年6月に開催された「E3 2015」にはその姿はありませんでした。

岩田社長の死去に伴い、任天堂の代表取締役は専務の竹田玄洋氏、宮本茂氏の2名になるとのこと。

・2015/07/13 13:20
岩田氏と縁の深い「ほぼ日刊イトイ新聞」では、岩田氏が登場したコンテンツのうち代表的なものをまとめた特設ページが作られました。

"岩田聡さんのコンテンツ。 - ほぼ日刊イトイ新聞"
http://www.1101.com/iwata20150711/index.html

・2015/07/13 18:45
海外の「PlayStation」公式Twitterアカウントも、岩田氏への感謝の言葉をツイートしています。


ちなみに、ライターの藤本健さんはかつて岩田氏とともにDTMソフト・ハードを開発したことがあるとのことで、2011年1月12日にそのことを記事にしています。

任天堂社長・岩田さんの新入社員時代にいっしょに作ったDTMソフト : 藤本健の“DTMステーション”
http://www.dtmstation.com/archives/51664335.html

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