取材

再訪したいと素直に思った東アジアと南アジアが交差するネパールという国が面白い


インドからやって来ると、クラクションが控えめなそこは安らぎの国でした。国境を越えるだけでここまで世界が変わるなんて思いもしません。中国とインドの文化がぶつかり、混ざり合うネパールという地。餃子もカレーも食べることができます。

こんにちは、自転車世界一周の周藤卓也@チャリダーマンです。2週間と短い期間でしたが、ネパールを旅行してきました。ずっと髭がモジャモジャで、濃い顔をしたインド系の人たちが暮らす国の一つと思っていたのですが、実際に訪れてみると、私たちにも近い東洋系の顔をした人たちも、生活しているから不思議です。それなのに、挨拶は「ナマステ」だったり……。

◆緑と水の中を走る
久しぶりに山を見ました。インドでは山というよりは高原で、乾燥していたので景色も寂しげ、ネパールのような緑も見ていません。緑と水のすがすがしい景色の中を、自転車で駆け抜けていく喜び。そう、ネパールはチャリダーにはたまらない峠越えが楽しめる国でした。バラトプル(Bharatpur)→カトマンズ(Kathmandu)→ヘトウラ(Hetauda)というルートで山道を走ります。

インドから入国して、すぐのブトワル(Butwal)という町の向こうに広がる山岳地帯。


交通の要所でもあるバラトプルから、川に沿ってゆっくりと標高を上げていきます。


川の向こうへ行き来するための、人力ロープウェイが稼働中。


分岐点となるムグリン(Mugling)という町で、ちょっとひと息。東に行けば首都カトマンズ、西に行けば第二の都市ポカラ(Pokhara)と、左右に道が分かれていました。


斜面を利用して造られた段々畑。


すくすくと育つ田んぼの緑。


標高900mを越えると、川から離れて本格的な峠道に突入します。約1500mまで登り切ると、カトマンズまでは下り坂。


峠を越えた先に広がっていた首都カトマンズの盆地。あれだけ山しかない場所を走った後に、これほどまでの平地が広がっているのですから、目の前の視界が開けると、思わず声もこぼれます。


◆険しすぎた山道
カトマンズには5泊しました。

脱出も、突入と同様に峠は1つだけと都合のいい解釈をしていました。この門を抜けたら、下り坂のはずでしたが……


「おかしい、こんなはずでは」と嘆いたガタガタ道。門を抜けて少し下った後に、再び上る必要があります。


サイクリングというよりは、トレッキングをしているような世界。


道も細くて未舗装も多いことから、メインの交通手段が、TATA製の乗り合い4WDという区間です。


目的の町であるヘトウラの遥か手前で、川の底まで下りてしまい、再び上る必要がありました。そうは言っも、日が暮れるのも迫っていたので、峠を越えることはできなそう。この日は勾配が急な場所も多く、乗るのを諦めて押す事も多かったので、あまり進みませんでした。体もクタクタで動けません。何度も車に乗せてもらおうと思いましたが、ちょうどいいタイミングで安宿を見つけたので1泊。行程を2日に分けます。

山あいの食堂に併設された1泊500ルピー(約625円)の宿泊施設。


翌朝に、カトマンズから3本目となる約1900mの峠を上り切ります。


峠のてっぺんから谷間まで一直線。


下り坂もダイナミックで、つづら折りの連続でした。


ダウンヒルだというのに自転車を止めたくなった、谷間に広がる美しい景色。


ヘトウラまで下りきり、ビルガンジ(Birgunj)の国境から、再びインドへ戻りました。けっこう苦労しているにも関わらず、ネパール走行の難易度からすると、中級といった所でしょうか。初級ならインドと国境に近い南部の平野地帯、上級ならカトマンズより、もっとヒマラヤ山脈に近いルートだと思います。

◆タメル地区
首都カトマンズのタメル地区は、タイのバンコクならカオサン通り、ベトナムのホーチミンならファングーラオ通り、インドネシアのジャカルタならジャラン・ジャクサのように、安宿、食堂、おみやげ屋が揃った旅行者の集まる場所です。

チベット文化の祈祷旗であるタルチョーがたなびく小道。


地図やガイドブックを扱う本屋。


おみやげ物屋が軒を連ねます。


幾つもの通貨を扱う両替店。


エベレストやアンナプルナといったヒマラヤ山脈へ、トレッキングにでかける人たちも多いことから、アウトドアグッズを扱う店もたくさん在ります。一時帰国時に手に入れた防水のダッフルバッグと、同じようなものは半分以下という値段。ただし、ほとんどがノースフェイス、ジャックウルフスキン、ミレー、マムートといった一流メーカーの偽物なのが難点。少数ですが、ネパールのブランドも置いてあります。また、ほとんどの商品に値札がついていないので、購入の際には値段交渉が必要でした。

タメル地区は、このようなアウトドアショップばかり。


インドの後に訪れる予定のボルネオ島は、雨が多くなるだろうと予想して、防水カバーを200ルピー(約250円)で購入しました。写真のデイパック用と、自転車のパニアバッグ用と、合計で3枚も確保したものの、手作り感が漂う商品から、防水性能には若干不安。


210ルピー(約260円)と破格の値段だったので、とりあえず買ってみた防水ケース。


どこかになくしてしまった衣服用のスタッフバッグも見つかりました。きっちり収まらない代用品に、ずっとモヤモヤしていたのも解決。


◆ネパールでの食事
モモと呼ばれるネパール風の餃子は、ピリッと辛いソースと一緒に。モチモチとした皮が破けると、閉じ込められていた熱々の肉汁が、ジワーっと口の中に広がります。具材も、鶏だったり羊だったり、形も、日本と同じようなものから、小さな肉まんのようなものまで。一皿10個前後で、100ルピー(約125円)からとお手頃な一品です。


野菜もたっぷり入って、あっさりとしていたトゥクパというチベット料理のちゃんぽん。


漢字で表現できそうなチョウメンという焼きそば。ファストフード的な存在で、どこでもさっさと作ってくれました。ピリッと辛い味付け。


ダルバートというネパールの大衆料理。ダル(豆スープ)、バート(ご飯)と、おかずという組み合わせ。スープをご飯にかけて頂きます。


セクワという名前のネパール風の焼き肉。お肉は香辛料でしっかりと味付けされています。付け合せの炒ったお米は、甘くないポンポン菓子。


カトマンズのタメル地区は、リーズナブルな値段で、美味しい日本食がありつけると旅行者の間で有名。南米でチャリダーの友人に聞いて以来、私もずっと楽しみにしていました。ダルバートやチョウメンなら一食100円程度で済むこの国で、一食400円前後しましたが、この値段で日本食というのも、海外にはそうないでしょう。日本を離れて6ヶ月ほどでしたが、ここぞとばかりに日本食レストランへ通います。

「ふる里」というお店の入口に、掲げられた日本食の写真。


店内には日本の雰囲気が、漂っています。


カツ丼を頼んでみました。出汁が効いた薄っすら甘い味が、ご飯、タマゴ、玉ねぎ、トンカツと合わさって、箸がどんどん進みます。ボリュームもあって申し分ないカツ丼でしたが、玉ねぎはうっすら火が通った程度で、シャキシャキとしていたのは微妙。


「ロータス」というお店では、日本の家庭で作るライスが出てきます。インドでもカレーには困りませんが、このトロッとした日本風のカレーは別物。モッチリとしたご飯も重要です。カツカレーを頼んだのですが、トンカツの衣もパリっと揚がっていました。


「ちゃちゃカフェ」は、日本風の洋食レストラン。トマトとチーズのハンバーグは、盛り付けもオシャレです。


「桃太郎」の野菜たっぷりのラーメン。コッテリとしたスープは、いつレンゲを置けばいいか困るほど。麺がクターッとしていたのは残念。


◆ネパールの景色
普通に、バスの上に乗って移動するネパールの人たち。振り落とされないのか心配です。


このヘルメットの写真で驚くことは2つ。盗難の心配もなく無造作に置かれていることと、インドとは違って着用の義務があること。


街中を走るサイクルリキシャと呼ばれる自転車タクシー。インドではみかけない、運転席の頭上に付いた傘が、ちょっとお洒落に見えました。


日本やオーストラリアといった海外への留学がブームのようで、各地で語学学校が開かれています。


ミャンマーやスリランカにもあったパゴダ(仏塔)と呼ばれる仏塔。土台から伸びる塔に装飾が施されているのは、他の国とは違っています。こちらを見つめるように、目が描かれているのも奇妙。


ガルーダ、ナーガ、アシュラといった神様たちが勢揃い。


道端で販売されていた手製の籠に入った鶏や鴨。


ネパールの人たちが、よく座っていた手作りの椅子。


女性用のカラフルな衣服をまとったマネキンたちは、首を吊っている姿にも見えて少し怖い。


田舎の小道で豚が歩くのどかな光景。


生活感が漂う地元の市場。


安宿の500ルピー(約625円)の部屋。ネパールではWi-Fi付の安宿が簡単に見つかり、インドのように宿泊を断られることも無いので助かりました。


◆ネパールの人たち
インド人に雇わているような形で働く中国人に首を傾げます。だって、彼らは海外では自分の店を開いているのが普通ですから。「どこの国の人?」と訊いて疑問は解決。中国人に見えた彼はネパール人でした。ずっと南アジアの国々には、インド系の顔をした人たちが、暮らしていると思っていたのですが、ネパールには私たちと同じモンゴロイド系の人たちもいます。そういうことから、旅の最中はインド人に「お前はネパール人か?」とよく言われていました。東洋人の顔をしているのに「ナマステ~」だから戸惑います。南アジアと共通して、女性はサリーを纏い、鼻ピアスでおしゃれもしていますし。

遊びまわって日焼けした、日本の夏休み明けの小学生のような少年。


元気の良かった子どもたちは、インドに近い顔つき。


握手しようとしたら、指を握ってくれた赤ん坊。


あやしてくれるお父さんに、ご機嫌だったお嬢ちゃん。


東洋系だけでなく、インド系の顔をした人たちもネパールにはいました。東アジアと南アジアが交差するネパールという国を実感させてくれます。

◆またいつの日か
今回のネパールは平野部と山岳地帯を少し走っただけなので、ヒマラヤ山脈の山々は見てもいません。トレッキングが有名とは知っていましたが、短い期間だったので、最初から諦めていました。ただ、タメル地区にある本屋さんを見ていると、またネパールに来たいという気にさせられます。山の写真ばかり使われているので、店内がくっきりとした青い空であふれていました。高地特有の深い青。もし次の機会があるのなら、あの青い空の下を、歩いてみたいものです。

忘れないように、ポストカードだけ購入。


ネパールはインドに比べると、人と人との間で距離も保ってくれるので、旅もやりやすかったです。体感的には、英語もインドより通じていました。スリランカと同様に、お釣りを返すときに手を添える優しいマナーも存在。狂ったようにクラクションを鳴らす人もいません。インドに疲れた私としては、心やすらぐ穏やかな国でした。

(文・写真:周藤卓也@チャリダーマン
自転車世界一周取材中 http://shuutak.com
Twitter @shuutak
)

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in 取材,   , Posted by logc_nt

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