取材

たった8日で2000万円を集めたアニメ映画「この世界の片隅に」は一体何がすごいのか?


「戦争」と「広島」をテーマに、独特の雰囲気とやさしいタッチでハードな時代を淡々と生きるひとりの女性を描いた漫画が「この世界の片隅に」です。この作品を「BLACK LAGOON」や「マイマイ新子と千年の魔法」などの片渕須直監督がアニメ映画化するという企画が現在進行中で、クラウドファンディングサイトのMakuakeにて出資を募っており、記事執筆中の段階で既に約2700万円もの資金が集まるという大盛況っぷりをみせています。

劇場用アニメ映画「この世界の片隅に」は一体どんな映画になるのか、制作側は資金を集めて一体何をしようとしているのか、そんな部分が垣間見える片渕須直監督によるトークイベントがマチ★アソビにて開催されました。

劇場用アニメ映画 -この世界の片隅に- 制作支援メンバーズサイト
http://www.konosekai.jp/

ありがとう!クラウドファンディング目標額達成『この世界の片隅に』――作品の魅力を最新資料でご紹介 - マチ★アソビ
http://www.machiasobi.com/events/konosekai.html

自らのアイデアをインターネット上で紹介し、それに対する賛同者と資金を同時に集められるのがクラウドファンディングです。アニメ映画「この世界の片隅に」は、準備作業に4年以上を費やし、シナリオ・絵コンテが完成したところでこのクラウドファンディングを使って資金の一部を集めています。集まった資金で作品を制作するためのスタッフを確保したりパイロットフィルムの制作をスタートさせたりする予定となっていたのですが、目標額に設定されていた2000万円はなんとプロジェクトスタートからわずか8日間で集まったと話題になりました。

その後も支援者は増え続けており、記事執筆中の段階では総勢2387人から2741万9000円の出資金が集まっています。


漫画は昭和9年(1934)~昭和19年(1944)の広島県が舞台となっており、前述にある「準備作業4年」の期間、片渕監督はとにかく当時の広島や日本についてこと細かに調査を行ったそうです。その徹底した調査ぶりは現地の人から見ても驚愕のレベルで「そんな現地調査の末に一体何ができあがることになるのか?」が、イベント内では明かされることになるわけ。

イベントの開始時間にはこの映画に元から興味のある人や、マチ★アソビ会場で初めてこのイベントについて知った人たちが集まり、会場は満席に。


会場に登場したのは、左から司会進行を務めるまつもとあつしさん、ジェンコ代表取締役で本アニメ映画のプロデューサーを務める真木太郎さん、そして片渕須直監督の3人。今回のイベントはこれまで片渕監督が行ってきたトークイベントとは異なり、「原作を読んでいない人」にも分かるよう、映画制作でどのようなことをしてきたかが語られました。


原作者であるこうの史代さんの祖母は広島県・呉市出身で、彼女と2人で暮らしていた時期に住んでいた土地を描きたくて「この世界の片隅に」が完成したそうです。原爆の落とされた広島市は「この世界の片隅に」の舞台となる呉市と20キロの距離。片渕監督は「この世界の片隅に」の映画化を決めた際、過去に1度だけ広島に行ったことがある程度だったそうですが、呉市から見えたであろうキノコ雲のサイズを計算することも含め、詳細な実地調査が開始されることになったのです。

例えば漫画の1コマ目、正方形のコマに幼少期のすずが立っているだけというシーンなのですが、映画の画面は正方形ではなく、1:1.85などの長方形。映像化するには描かれていない左右の風景を追加で描く必要性が出てきます。こういった部分を限りなく当時の広島や呉の風景に近しくするため、片渕監督は何度も何度も広島に足を運び徹底的に調査を行っています。


しかも、片渕監督はこういった調査を原作のこうのさんと顔合わせする前の段階でほとんど済ませており、初めて映画の打ち合わせを行った際には、調査を重ねてもどうしてもどの場所なのか分からなかった部分のみを聞いたそうです。「夜行バスで広島まで0泊の強行日程で出向くなど、地道な調査を行った結果、ようやくただの四角いコマからアニメ用の背景を再現できるようになったんです」と片渕監督は誇らしげに語ります。

江波の港の資料だけでもかなり大量。これだけ多くの資料を集めて……


当時の風景を知る人にヒアリングなどを重ねることでアニメの背景が完成。しかも、ほとんどすべてのコマに対してこのような作業を繰り返しているというのだから本当に驚き。


「この世界の片隅に」の主人公・すずには、大正14年生まれという設定があるので、おつかいで街に海苔を届けに行くという漫画の第1話(昭和9年1月)では、すずの年齢は8歳ということになります。すずが親からもらったお駄賃で何を買おうか迷うシーンのコマをよく見ると、欲しいものの中に「ヨーヨー」が描かれていることに気づきます。


何と無しに描かれたもののようにも見えますが、片渕監督はこのような些細に見えることについても細かく調査しています。調べてみると、このシーンで描いた昭和9年頃、日本では空前のヨーヨーブームが巻き起こっていたことが分かったそうです。

もちろん、原作者のこうのさんは昭和9年にはまだ生まれていません。そのため「この世界の片隅に」を描く際、当時の流行などを細かい部分まで調べ上げた年表を自作してさまざまな情報を盛り込めるようにしたそうです。「原作者がこれほどまでのこだわりを持って作った『この世界の片隅に』なので、劇場用アニメ版でも同じ志で作品を仕上げます」と片渕監督。


こうした細かな時代背景を知れば、何気なく描かれている「すずがヨーヨーを買おうか迷っているひとコマ」からでも、漫画の中で一切語られていないすずの生活環境などを推し量れるようになります。

さらに、片渕監督は原作漫画では出てこない部分までアニメに出したいと考え、広島市にどんな建物があったのか文字で書かれた復元地図のようなものから「外観の分からない建物を再現する」という荒技にも挑戦しています。現在では跡形もなくなってしまった建物たちを復元するため、さまざまな資料を調査してすずが実際に広島市を訪れた年代の風景に落とし込んでいきます。


当時広島市で暮らしていた子どもたちの中には、広島市以外の場所に学童疎開していた人もたくさんおり、そのおかげで原爆を逃れられた人も複数いました。そこで、周囲の風景の中で分からない部分についてはまずは調べられる範囲で描き、わからない細部は考えつく限りいろいろな形を総当たり式に描き……


当時の街の風景を知る人たちにヒアリングしつつその絵を見てもらって、近い形のものを選んでもらうことで当時の風景をできる限り再現して画面化。このような膨大な調査に基づき、「実際に自分が見たことがない風景でもこのレベルにまで再現できたのです」と片渕監督。


時代は流れ、主人公のすずが呉に嫁いだエピソード。扉絵には「19年4月」と書いてあり、軍港に戦艦大和が入港してくる場面が描かれています。これを見て片渕監督が気になったのは「昭和19年4月に大和が入港した記録はあるの?」という点。


そこで片渕監督はまた調査を開始します。「4月に戦艦大和が呉に入港しただろうか?入港したのならそれはいつだろうか?」。その綿密な調査の記録がよく分かるのが以下のシート。調査の結果、4月17日に戦艦大和が呉の軍港に入港したことが判明しました。


すずたちが戦艦大和の入港を眺めているこのシーンが、昭和19年4月17日ということが分かっても、映像化するため次に気になるのは天気の状況。その記録も片渕監督は調査し、この日は「くもりで温度は16~17度、20キロ先まで視認できる澄んだ空気」だったことを突き止め、こういった情報も映像化の際に落としこんでいきます。


さらに、改造工事情報も追跡し、4月17日に入港してきた戦艦大和の状態を忠実に再現。マニアックかつきれいに描きすぎてCGと勘違いされてしまうのが「残念なので描き直すつもり」だそうです。

その他、野草を調理して食べるシーンがあればそれを実際に再現したり、呉で戦災にあった人が書いた本に「砲撃は色とりどりであった」とあれば、米軍の技術情報資料などを読み漁るなど、こうのさんが懸けた情熱と同じくらいの熱量を、映画制作に傾けていることが傍目からも分かるようなトークと資料を片渕監督は披露してくれました。

「『この世界の片隅に』の『片隅』にすずさんがいたわけだけど、調査では『世界』の部分に目を向けてみました。しかし、世界がどんなだったのかをよく知らないと、すずさんのいる片隅から見えたのがどんなものだったか分からないと思いませんか?」と片渕監督は語ります。

なお、トークイベントの冒頭に映し出された大量の本は、監督が4年の調査期間で「自費」で集めたという「この世界の片隅に」映像化に必要な資料。


こうした資料の助けもあって、既にかなり細部にまでこだわり抜いたものになっていますが、「作り上げた映画がそれを必要とする人たちのところまでちゃんと届くようにするためにはまだまだ支援が必要」と片渕監督。制作側としては自分たちが作っているものをできる限りたくさんの人に見てもらうのが1番とのことで、映画が出来る前からできることは何でもやりたいと考えて行動している、と語っています。

また、クラウドファンディングには別の側面もあると言います。こうのさんは、以前に広島と戦争をテーマにした「夕凪の街 桜の国」という漫画を描きましたが、「この世界の片隅に」が同地域・同時代を扱っているように見えるため、「二番煎じ狙ったのかな」という声が聞こえてきてしまうこともあったとか。しかし、クラウドファンディングで2000を超える人たちの支援が一気に集まり、作品を肯定的に捉えてくれている「ファン」が多くいることが分かり、こうのさんとしては得るものが非常に大きかったそうです。

なお、劇場用アニメ映画「この世界の片隅に」は2016年の公開に向けて制作中で、クラウドファンディングによる出資も5月いっぱいまで募っています。

片渕須直監督による『この世界の片隅に』(原作:こうの史代)のアニメ映画化を応援 | クラウドファンディング - Makuake(マクアケ)
https://www.makuake.com/project/konosekai/

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in 取材,   映画,   アニメ, Posted by logu_ii

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