サイエンス

脂肪に含まれる多分化能細胞「ASC」には心臓細胞再生の可能性がある

By Tripp

iPS細胞ES細胞あるいはSTAP細胞など、いろいろな細胞に変化(分化)できる分化万能性を持つ細胞がさらなる医学発展のために研究されています。そんな中、「ダイエットの敵」のごとく嫌われてきた「皮下脂肪」の中にも多分化能を持つ細胞「ASC」があることが発見され、脂肪から心筋・心臓血管を作る研究が進められています。

How human fat can heal our hearts and joints – Jalees Rehman – Aeon
http://aeon.co/magazine/being-human/human-fat-cells-can-be-used-to-heal-hearts-and-joints/

イリノイ大学のジャレス・レーマン准教授は、脂肪に含まれる「adipose derived stromal cells(ASC)」という、骨・軟骨に変化し得る細胞を、さらに進んで心筋や血管の細胞に変化させる研究を行っています。そのレーマン准教授が、これまでの自身のASCに関する研究をaeon MAGAZINEで振り返っています。

2001年、レーマン博士はポスドクとしてインディアナ大学のキース・マーチ教授の研究室に加わりました。マーチ教授は血管などの管腔を内部から広げるステントと呼ばれる医療機具の研究を行っていたところ、最高品質のステントを使用したとしても心臓発作によって損傷した心臓組織の治療法がなかったため、レーマン研究員は、当時、最先端の研究として注目されていた幹細胞を使って心臓細胞の再生を試みようと考えました。

器官や組織再生に使えるヒト幹細胞には、胚性幹細胞(ES細胞)成体幹細胞の2つが注目を集めていましたが、ES細胞は受精卵を壊すという製法上の都合から倫理的な問題を抱えており、2001年、ブッシュ大統領が公的研究費を受給する研究でのES細胞の使用を禁止する方針を打ち出すなどES細胞の研究には逆風が吹いていたとのこと。

ES細胞の生みの親、マーティン・エヴァンズ博士。


これに対して成体幹細胞は、ES細胞と違って細胞が無限に増殖することはないものの、倫理上の問題はなく自らの人体にある細胞を使えるため拒絶反応のリスクが小さいというメリットもありました。もっとも、ES細胞よりも細胞自体の成熟が進んでいるため、成体幹細胞は他の細胞に分化する能力が制限されているというデメリットがあります。

幹細胞ブームに沸く中、マーチ教授はレーマン研究員に幹細胞を「脂肪」から作るというアイデアを持ちかけました。もちろん脂肪から幹細胞を作り出すことには倫理上の問題は一切ないものの、突拍子もないアイデアにレーマン研究員は何かのジョークだと最初は思ったそうです。しかし、マーチ教授は、2001年カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のマーク・ヘンドリック博士の率いる研究チームによって出された最新の論文を見せて、脂肪由来の幹細胞が夢物語でないことを説明します。その論文では、脂肪吸引によって得られた脂肪細胞を分析した結果、成体幹細胞が豊富に含まれることが明らかにされていました。

By UCI UC Irvine

UCLAの研究チームは患者から吸引した脂肪を水に浮かべて脂肪細胞を取り出し、成熟している脂肪細胞を除去した後のprocessed lipoaspirate(PLA)細胞と名付けられた細胞に焦点を当てたところ、その中には未成熟脂肪細胞や血管や皮膚を形成する内皮細胞や瘢痕細胞などさまざまな細胞が含まれていたとのこと。そして、この中には幹細胞が隠されているはずとの仮説が示されていました。

さっそくUCLAチームが開発した方法で大量のPLA細胞を培養したレーマン研究員は、血管や心筋を増殖・再生できる幹細胞への変換を目標に定めます。その頃の様子についてレーマン准教授は、「ES細胞や成体幹細胞から心筋細胞や内皮細胞を生成することに成功した手法を研究しつつ、PLA細胞から幹細胞を生み出す手法の開発に明け暮れ、2002年も過ぎようとするころには焦りが募っていた」と述懐しています。2002年末、レーマン研究員は脂肪から心臓の細胞のようにリズミカルに収縮する細胞の生成に成功し、これをマウスの心臓細胞に導入したところ、心臓細胞と同期して脂肪由来細胞も収縮する様子が確認でき、心臓細胞生成への可能性に光が射しました。

By Jetske

2003年春に、ヒト内皮細胞が細いチューブ上に自己組織化する速度が、PLAを投入することで何倍にも成長速度が高まることを確認します。次の作業はこの驚異的な成長促進を生じさせた因子(原因)の発見でした。この因子は成長速度を高めるだけでなく、内皮細胞のストレス耐性も高めることを発見し、「間質細胞(stromal cell)」のような機能を果たしているということを強調するために、PLA細胞を「adipose derived stromal cells(ASC)」と呼び方を変えることにしたとのこと。

2004年1月頃、レーマン研究員とマーチ教授による「脂肪から心臓細胞を作り出す」という可能性が論文で公開されると、好奇心旺盛な新聞やインターネットメディアがこぞってこの研究を取り上げ大きな騒動が巻き起こります。レーマン研究員は、「脂肪吸引手術を受けるべきですか?」「ダイエットはやらない方が良い?」「あんたが噂の科学者だね?」などの電話攻勢を夜間にも受けるようになったとのこと。そのたびにASCを用いた臨床試験の前に、やるべきことがたくさんあると説明したそうです。

レーマン准教授は、脂肪細胞内に幹細胞として骨や軟骨に転換できるASCを発見したことは、慢性関節痛を煩う人に念願の救済を与える可能性があり、さらに、脂肪を血管や心筋に転換できれば多くの患者を救うことにつながるため、大きな期待が寄せられているのは自覚しつつも、そのような大きな夢の実現を急ぐことは、臨床研究という美名の元で患者を犠牲にする危険があると危惧しているとのこと。それと同時に、研究者・患者がともに大きな夢を持ち続けることで、医療は進化を続けたことも事実であるとして、脂肪で心臓疾患をケアできる未来に向けて研究を続けていくと述べています。

この記事のタイトルとURLをコピーする

・関連記事
ぽっちゃりウエストが命を救う?おなか周りの脂肪が心筋梗塞の特効薬となる可能性 - GIGAZINE

75歳の男性の肌からDNAを採取しクローン細胞を作ることに成功 - GIGAZINE

脂肪がダイエットの大敵というのは大いなる誤解でむしろ健康に良い - GIGAZINE

高コレステロールで体重の半分が脂肪という状態でもホッキョクグマが生きていられるのはなぜか - GIGAZINE

若い血の中のたんぱく質には老化した細胞を復活させる力があることが判明 - GIGAZINE

60歳の高齢者が20歳の若者に戻ることに匹敵する「若返り」がネズミによる実験で成功 - GIGAZINE

in サイエンス, Posted by darkhorse_log

You can read the machine translated English article here.