取材

1年間世界を旅した僕が「伝統工芸」で起業する理由


世界一周というと贅沢な道楽のようですが、僕はそれで終わりにしたくありませんでした。しっかり自分のキャリアに結びつけ、ひとつでも学びのある旅をして日本に帰国したかった。これは、当時25歳だった僕が、退職、世界一周、そして起業を決意するに至った357日の旅の全記録です。

こんにちは!世界新聞特命記者の清谷啓仁です。2013年3月17日に始まった僕の旅も終わりを迎え、ただいま神戸の実家に戻ってきています。僕の連載はこれが最終回ということで、357日に及ぶ旅をダイジェストで振り返ってみたいと思います。

旅の全行程です。東回りで世界一周するつもりでしたが、結果的には中南米とアジアがメインで一周にはなりませんでした。

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60Lのバックパックと28Lのサブバックを前後に抱えて旅をしていました。


旅の途中で増えたり減ったりしていますが、基本的な荷物はこんな感じでした。


◆原体験こそが自らを奮い立たせる
「原体験こそが自らを奮い立たせ、人を動かすことができる」と僕は思っています。ただ目の前のことをガムシャラにこなしていくより、「◯◯な経験をしたから、△△に挑戦したい」という方が自分の価値観にもしっくりきました。

2年半勤めた前職では、正直、自分は何のために・誰のために働いているのかよくわからなくなっていました。「どう考えてもいま自分は会社のために、社長のためにしか働けていないな……」と考えだすと、それ以上は仕事を続けることができませんでした。HOLSTEEのManifestoにある“THIS IS YOUR LIFE”というメッセージに、強く背中を押してもらったように思います。

by Manifesto - HOLSTEE

要するに、自分の経験に伴って、かつ心の底から「やってみたい」と思えるようなビジネスチャンスを見つけたくて、僕は旅に出ることを決断しました。せっかくの人生、コマで終わるのはもったいないですから。

それでも、普通に旅をしているだけではそれは到底見つかるとは思えず、旅をしながらフリーライターとして取材活動をするというスタイルをとるに至ります。


僕が主な取材対象としていたのは起業家・国際協力機関・NGO・NPOなどなのですが、取材活動をしていてよかったと思えるのは、第一線で働くスペシャリストの意見を生で聞くことができたこと。さらに、自分の興味、関心以外のことに触れる機会が多くなるので、その度に価値観が揺さぶられるようでした。

第一線の情熱に触れることで「じゃあ自分だったらどんなことがしてみたいか」と事あるごとに考えていました。フリーライターとしての活動が、僕の旅の可能性を何倍にも広げてくれたことは間違いありません。

とはいえ、僕はライター未経験だったので取材先の決定から記事の執筆まですべてが手探りでした。それを海外という慣れない環境で、しかも旅をしながら進めていくというのはなかなか骨が折れました。最初の頃は時間が足りずにホテルにいることが多くなってしまい、現地でできた旅仲間にも「お前はバックパッカーじゃない!」というお言葉を何度もいただきました(笑)

◆手探りだった中米
メキシコ・グアテマラ・ホンジュラス・ニカラグア・コスタリカ・パナマ(2013.3.18~7.22)

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旅のはじまりはメキシコから!これから自分はどうなっていくんだろうという、期待と不安が入り混じった微妙な心境でした。


本場のタコスの味は、今でも忘れられません。カリカリに焼いた肉に、新鮮な野菜、アボカドペーストにサクッと絞ったライム……中米各国でもタコスは食べることができましたが、メキシコを超えるものはありませんでした。


当時はスペイン語が全く理解できず、屋台のお兄ちゃんとのやり取りでさえ苦労する始末で……


スペイン語の勉強をするために慌ててグアテマラへ。グアテマラは格安でスペイン語を勉強できることで有名です。たった1ヶ月だけでしたが、その後の半年に及ぶ中南米の旅をカバーできるだけの最低限の語学力は身に付きました。


グアテマラでは今でも日常的に民族衣装に身を包んだ人たちを見ることができます。穏やかでシャイな人柄が、どことなく日本人の感覚と似ていました。


抜群の青さだったセムクチャンペイ湖。石灰岩で堰き止められた川が何段も続いていて、自然にできた棚田のようでした。


グアテマラでは、オンラインスペイン語会話スパニッシモ有村拓朗さんと吉川恭平さんを取材させていただきました。


「スペイン語を学ぶならグアテマラで」と言われるほど、この国は語学学校産業が盛んです。けれど、それは観光に依存している部分が多くあって、この国の語学学校に通う人のほとんどが旅人となっています。観光シーズンには需要が高まりますが、逆も然りで閑散期になると先生たちは副業を余儀なくされる、あるいは失業してしまうという状況があったようです。スパニッシモの両氏も、かつて世界一周中にグアテマラでスペイン語を学び、「自分たちがお世話になったスペイン語の先生たちに恩返しをする方法はないか」という個人的な想いからサービスをスタートさせます。

有村さんと吉川さんの情熱や行動力は計り知れませんが、「スパニッシモにかける想いは、今でも身を焦がすほど熱い」と語る彼らの背中からビジネスの原点を教えていただいたように思います。誰かのために、誰かと一緒に。そうした強い想いがあるからこそ、周りの人たちを巻き込み、大きなうねりを生み出していけるのでしょう。

振り返れば、僕の費やした一年間は「想い」を見つけるための旅でした。

治安最悪との悪名高いホンジュラスのテグシガルパも、実際に訪れてみると意外と普通でした。ネットやTV、人づてに手に入れる情報も必要ですが、やはり自分の目で確かめることが何よりも大切なんだと実感させられます。


そんなホンジュラスには似つかない楽園のようなカリブ海。


ウティラ島で、ダイビングライセンスを格安の2万5000円で取得した記事はこちら


ニカラグアはビザの関係でほとんど滞在できませんでした。2013年にはニューヨーク・タイムズのトラベル特集で「訪れたい46の場所」にも選ばれ、政府も積極的に観光客を誘致しようとしているようです。もう一度訪れたい国のひとつ。


自然大国の名は伊達じゃない、コスタリカの密林。


変なカエルにも出会えました。


偶然にも「KAMEN(仮面)」という一大アニメイベントに遭遇し突撃取材しました。


初音ミクがかわいすぎる!


僕たちの想像以上に、日本のカルチャーは世界各国で受け入れられています。アニメや漫画に興味を持って、日本語の勉強を始める人たちもいるほどです。ただ、ほとんどの場合は日本はコンテンツを持っていかれているだけで、主導権を持っているのは現地や中国・韓国の人たちでした。日本食レストランに行っても、アニメショップのような場所に行っても、日本人の姿を目にすることはほとんどありませんでしたし、こうした現状には恐怖すら覚えますね……。

コンテンツに限って言えばおそらく原因は2つあって、1つは間違いなくデジタルデータの普及。日本のアニメも漫画も即時翻訳され、ネット上にアップされています。合法かどうかはひとまず抜きにして、こうしたデジタルデータの拡散力は圧倒的です。もう1つは、そもそも日本人がアニメや漫画のことを歴史や社会背景を含めて深くは知らないということ。知らないから手に負えなくなり、いつの間にか日本人のコントロールを離れてコンテンツが独り歩きする。世界各国で日本のカルチャーが普及することは好ましいことですが、やはり日本人の手によって広まっていくべきだと感じました。

1999年にパナマ運河がアメリカから完全返還されてから、パナマは年率10%近い経済成長率を誇っています。マンハッタンとは言わないまでも、国の勢いを感じました。


そこら中で行われている工事。


パナマ運河を通過する巨大商船は圧巻の一言でした。何千トンか何万トンか忘れましたが、こうして巨大商船が運河を通過する度にパナマの懐は温かくなっていくようです。


◆ヒントが見えてきた南米
エクアドル・コロンビア・ブラジル(2013.7.22~11.3)

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南米は、赤道の国エクアドルからスタート!


「田辺農園のバナナ」で有名な田邊正裕さんに取材させていただきました。普通に旅をしていたら、バナナ農園を訪れることは……まず、なかったでしょうね。


田辺農園の使命は、より安心・安全な食べ物を世の中に提供すること。「自然な形で作るバナナ」にこだわって日本向けに出荷していますが、日本のスーパーに並ぶのは「色・形・大きさ」の揃った均一化されたバナナ。もちろんバナナにも個体差がありますが、”均一”から外れたものは出荷前の段階で廃棄されることが多いようです(田辺農園では、バナナを廃棄せずに肥料として有効活用しています)。

自然に育ったバナナをよく観察すると、茎の上の方のバナナは太くて長く、逆に下の方は細くて小さいということが分かります。人間がそれぞれ違うように、バナナにも個体差があるのは当然のことなんだということを改めて実感させられます。バナナだけに限らずあらゆる食物に均一性を求めるのは、人間で例えるなら「靴は26cmしか生産しません、靴に合わせて足のサイズをそれ以上大きくしないでください」と言っているようなものです。食べ物と人間では話が違うかもしれませんが、そんな無理な状況を僕たち消費者が生産者に対して求めているのが現状です。消費者の厳しい目が日本の産業を世界トップレベルまで押し上げたことは紛れもない事実ですが、20世紀型の大量消費社会はもう終わりました。21世紀はエコが一つのキーワードになっていますが、時代の変化に合わせてそろそろ消費者も変わっていかなければならないように感じています。

田邊さんに「エクアドルは治安悪いから気をつけるようにね」と忠告された3日後に、バス車内でサブバックを切られてiPhoneを盗られました……


赤茶けたレンガが、いかにもコロンビアらしい。


中南米ではどこの国に行っても壁の落書きが定番ですが、コロンビアは完全にアートの域でした。


ブラジルにはアマゾン川を下って入国


支流まで入ってピラニアを釣りました!子どもの頃にした冒険ってこんな感じだったなーと、終始ワクワクしていました。


マイケル・ジャクソンの"They Don't Care About Us"のPVの舞台となったサルヴァドールへ。


ブラジルとアルゼンチンにまたがる滝幅4000mのイグアスの滝。遠くからでも水量の凄まじさがわかるほど大きな音を立てていました。


リオデジャネイロは楽しかったんですが、ここでは2人組の強盗にナイフを突き付けられて襲われて……ちょっと苦い思い出が残っています……。


エクアドルで盗難、ブラジルで強盗という2度の災難が降りかかってきましたが、幸いにも怪我や命の危険に晒されるようなことはありませんでした。とはいえ、一歩間違えば……です。このときほど「人生何があるかわからん、やりたいことをやろう」と思ったことはありませんでした。こうした事件事故は例外的かもしれませんが、働いていても同じ。良い方向ならまだしも、他人に振り回されて、しかもそれが悪い方向に進むような人生はまっぴらごめんです。自分一人では生きられませんが、自分の人生に対して主導権を持つことは大切だと痛感しました。

南半球一のメガシティ、サンパウロは想像以上の巨大な都市でした。


サンパウロの友人と一緒に。このラテンのノリがたまらなく好きなんです。


ちょうどこの頃、取材候補先を探している過程で、ある酒屋さんの記事に目が留まりました。なんでも、日系人が多く生活するサンパウロで日本酒を広めたいそうで。驚くことにお客さんの8割以上は非日系人で、日系人や日本人は日本酒にあまり興味を持っていないらしいです。非日系人は日本酒を好み、日系人や日本人はビールやカクテル、ワインを好む。「隣の芝生は青い」と言いますが、どうして日本人は日本酒を買ってくれないのだろうかと、店主は嘆いているようでした。(酒造 ADEGA DE SAKE ホームページより)

偶然目にした記事ですが、「隣の芝生が青く見えるのは日本酒だけに限らず、日本の消費社会全般に言えることだよな……」と感じるようになります。

◆やりたいことが決まったアジア
インド・シンガポール・カンボジア・タイ(2013.11.15~2014.3.20)

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一時帰国を挟み、次なる地はインド!アジアの喧騒に揉まれながら、具体的に何をしたいのかを考え悩む日々がはじまります。気がついたことをメモしては、自分のやりたいことと照らし合わせていました。これぐらいの時期から、旅をしている感覚は一段と減ってきました(笑)


この強烈な人の多さがインドです。たまに逃げ出したくなるときもありましたが(笑)


岩を掘って生み出された驚愕のエローラ石窟寺院。岩山を奥行81m、幅47m、高さ33mにわたって切り開いてできたこの石窟は、完成までに100年の歳月を必要としたそうです。まさに人類の偉業を目の前にしているようでした。


幻想的な風景が広がるハンピ。5m級の岩がそこら辺にゴロゴロ転がっていますが、どうしてこうなったのかはよくわかりません。


インド最南端のカニャークマリにて。早朝から祈りを捧げる人たちが集まっていました。


シンガポールのマリーナベイサンズは文句なしの綺麗さ。次に訪れるときは屋上のテラスで優雅に食事でもしたいものです……。


カンボジアでは遺跡を堪能。アンコールワットが聖池に映り込む姿は圧巻でした。


強烈な存在感があるバイヨン寺院の観世音菩薩四面塔。全部で50以上の四面塔があり、表情もそれぞれ微妙に違うので見ていて飽きません。


廃墟感漂うベンメリア遺跡。発見当時の姿のまま遺跡が保存されていることで有名でしたが、徐々に知名度も上がってきて整備が進んでいるようです。廃墟萌えしたい方はお早めに!


タイのバンコクにあるバックパッカーの聖地、カオサンロード。数年前と比べると少し落ち着いた雰囲気になっていましたが、それでもバックパッカーたちの活気は健在でした。


1782年のバンコク遷都に合わせて建立された、タイで最も格式の高い王室寺院。200年以上経っていますが、かなりお金をかけて整備されているので、いつ訪れても綺麗です。


デモ隊による首都封鎖の名残がところどころに。


バンコクといえばニューハーフショー!有名なカリプソキャバレーに行ってきました。


この一年間で痛感したのは「自分は日本のことをあまりにも知らない」ということ。自分の国のことが話題になっても、胸を張って意見を交わせたかというとなかなかそのレベルには及びませんでした。例えば、世界中で人気沸騰中のアニメですが、その歴史背景や発展の過程まで詳細に知っている人は少ないと思います。世界に誇るべき日本の文化なのにです。日本人が知らないものが世界で広まるということは、ある種の危険性を秘めています。コントロールを失いますし、何より間違って伝わってしまう可能性が高いからです。

モノについても同じです。日本人の海外ブランド志向の高さは有名な話ですが、いまこそ自分たちの国のモノに目を向けなければならないのではないでしょうか。ブラジルの酒屋さんの話で出ましたが、隣の芝が青く見えているようではこれからのグローバル社会では生き残れません。グローバル社会において大切なことは海外に出て行くことではなく、よりその国の人間らしくあることだと思うんです。

いよいよ日本へ帰ります!


◆これからのこと
結論から言うと、僕は伝統工芸の分野で起業します。戦後の日本の成長を牽引してきたのは「モノづくり」に他なりませんし、僕たちのDNAにもそれは深く刻まれています。それを長年支えてきたのが日本の伝統工芸ですが、特に僕たち若い世代にとってはあまり馴染みのないものになってしまっているように感じます。

一番大切なことは日本人である僕たち自身が日本の「モノづくり」に興味を持って、もっと日常的に接することだと思っています。具体的なことはまだまだ構想段階ですが、日本の伝統工芸を盛り上げるべく、僕自身も学びながらいろいろなことに挑戦していきます!


旅と取材活動は、僕にたくさんのことを気付かせてくれました。応援してくださった方々には感謝の気持ちでいっぱいです。これから新しいステージへと挑戦していきますが、今後も温かく見守っていただけると幸いです。

一年間ありがとうございました!!

文・取材:清谷啓仁
http://kiyotani.com

監修:世界新聞
http://sekaishinbun.net

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in 取材, Posted by logc_nt