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火炎瓶が飛び交い街が炎に包まれた、ウクライナで発生したデモの画像74枚


2014年1月22日ウクライナの首都キエフで、ヤヌコーヴィチ政権の退陣を求めるデモ隊と治安部隊が大きな衝突を繰り広げ、デモの参加者からは死者も出てしまいました。その壮絶なデモの様子を収めた画像をIlya Varlamovさんが公開しています。

zyalt: Revolution in Kiev, Ukraine
http://zyalt.livejournal.com/984735.html

デモ隊の基地となったキエフのヨーロッパ広場。


Mihaila Grushevskogo通りでデモ隊がバリケードを張っています。


デモ隊と治安部隊が衝突している場所から100メートル離れた場所にあるバリケードが炎上している様子。


デモ隊と治安部隊の戦いを見守る人々。


炎が燃えたぎる中をデモ隊の1人が歩いています。


石を投げるデモ隊。


炎にくべるタイヤを持って走っていく人。


日常とはかけはなれた光景。


右側にいるマスクをかぶった人は、デモ隊に近況を報告する役割とのこと。


木製の盾を左手に持っている人が最新の戦況を伝えるべく動き回っています。


治安部隊が水を使ってデモ隊に対抗しているところ


バリケードに隠れて、火炎瓶を投げるタイミングをうかがっています。


まさに地獄絵図。


キエフの中心地では花火が飛び交っています。


打ち上げた花火で士気を高めるデモ隊。


戦いに備えて待機する人々。


デモ隊が投石機をセットしています。


3人で力を合わせて投石開始。


投石機は壊れることなく作動したそうです。


火炎瓶を作っているところ。


デモ隊の1人が火炎瓶を投げようとした瞬間、ガソリンがもれて腕に炎が燃え移ってしまいました。


火炎瓶を投げるデモ隊。


デモ隊を見守る人々は、レーザーを使って治安部隊をかく乱。


ボランティアの人はデモ隊にブーツを配布。


左側の女性は飲み物をデモ隊に配っています。


バリケードの裏でたき火に集まる人々。


火の中で立って何かを見つめている人


デモ隊の中にはマンホールの中から、治安部隊に供給される水をストップしようとする人もいたとのこと。


長い戦いの夜が明けました。


朝になっても炎はまだ燃えています。


金属製のシールドで治安部隊の攻撃を防ぐ人々。


標識でさえ防具の1つになります。


自作のミサイルを発射しているところ。


大量のタイヤが燃やされたバリケード付近では、灰が1メートルも溜まったとのことです。


戦いは朝になっても終わりませんでした。


タイヤが燃えて発生した煙は、治安部隊の目をくらますのにとても有効的だったそうです。


人が集まっている場所は、昨晩まで子供服を販売していたお店があったところでした。


デモ隊は朝になっても投石機を使って石を投げ続けています。


デモ隊の人数は夜にくらべて少し減ったそうです。


火炎瓶を供給するデモ隊。


戦いの間にも消火活動は続けられています。


火が鎮火した後も戦いに備えるデモ隊。


最前線に向かう人々。


治安部隊はシールドを手に前進していきます。


ゆっくりですが、着実にデモ隊との距離を縮める治安部隊。


つららのできた銅像からは、現地の寒さがこちらにも伝わってきます。


たき火を囲むデモ隊。


こちらの人々は最前線の様子を見守りながら、攻撃態勢を整えているとのこと。


デモ隊はカチューシャロケットランチャーも使用していました。


火炎瓶作成所。


火炎瓶に使用される瓶と石。


男性だけではなく女性も火炎瓶を作っています。


女性が持っている木の棒は、敵が攻めてきた時に叩き合わせて音を発生させ、仲間に敵襲を知らせるために使われるとのこと。


ショーウィンドウを接着剤で強化する男性。


女性がバリケード用の土嚢袋に土や雪を詰めています。


投石用の石を集めているところ。


土嚢を使ってバリケードが作られています。


土嚢を運ぶ男性。


冷え切った体をたき火で温めている人々。


壁に何かメッセージを書いている人もいます。


アルメニア・ディアスポラが殺された同胞の情報に賞金を与えることを告知するポスター。後に、デマであることが確認されています。


車イスの人もデモ隊に参加していました。


ジャーナリストも完全防備。


こちらの女性は笑顔でカメラに応えます。


火炎瓶を手にする男性。戦いが再び始まろうとしています。


ウクライナの国旗を身にまとう年老いた女性。


トラックは完全に凍結。


こちらの女性は朝から食料を配布していました。


2004年にもウクライナでは大統領選挙の結果に対して抗議行動が起こり、抗議行動を行った野党支持者がオレンジをシンボルカラーとしていたことからオレンジ革命と呼ばれるようになりました。今回のデモはオレンジ革命以来の大規模なもので、ウクライナはEU側につくかロシア側につくかで長年板挟みの状態だったのですが、2013年末に大統領がEUとの貿易協定の締結を拒否し、ロシアから支援を受け取ったことを発端に抗議デモが発生。1月16日にデモ規制法が施行されたため抗議行動が激化し、31日に反政権側から批判されていたデモ規制法の撤回を発表しましたが、反政権側はバリケードから動くことを拒否しており、事態は膠着状態に陥りつつあります。

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in メモ, Posted by darkhorse_log