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放射性物質を使ってのスパイ暗殺疑惑と事件の背景とは

By Andrestand

2006年11月、ロンドンに住んでいた1人の男性の死に端を発した事件は、2つの国家を巻き込む大きな疑惑へと発展しました。ロシアの元諜報部員の暗殺疑惑から見えてきた水面下での激しい争いと、いまや人ごととは言えなくなりつつある状況が事件からは浮き彫りになってきます。

How radioactive poison became the assassin’s weapon of choice — Matter — Medium
https://medium.com/matter/6cfeae2f4b53/

◆3名のロシア人
リトビネンコ氏が「毒を盛られた」のは、2006年11月1日、ロンドンのミレニアムホテルにある「パイン・バー」でのこと。バーテンダーの記憶によると、来店した3人のロシア人のうちスパイ風に見える2人がジンを注文、もう1人が緑茶を注文し、なにやらイギリスの政策について話し込んでいたそうです。注文の飲み物をテーブルに運んだところ、1人が邪魔するように立ちはだかったため、バーテンダーは戸惑いつつティーポットの脇に飲み物を置いて退散しました。

By kaottic97

3人が帰ったのち、後片付けをしていたバーテンダーは、コップに残っていた緑茶を流しに捨てるたときに不自然なぐらいにドロッとしていたことに違和感を抱きました。このとき彼は知るよしもありませんが、緑茶を飲んでいたのはロシアの元諜報部員であるアレクサンドル・リトビネンコ氏で、緑茶は極めて強い放射能を帯びたものでした。

パイン・バーを後にしたリトビネンコ氏は、19時ごろに帰宅。服を着替え、妻のマリーナさんが作ってくれたチキンをディナーに食べ、インターネットでロシアのニュースをしばら見た後にベッドで眠りにつきました。ほどなくしてリトビネンコ氏は目を覚まし、激しく嘔吐。その様子にマリーナさんはパニックに陥りましたが、慌てて冷たいタオルを用意し、彼にマグネシウム錠を飲ませました。しかし、よい効果は得られず、リトビネンコ氏は体温が低下しているにも関わらず窓を開けるようマリーナさんに頼みました。

◆「毒を盛られた」
翌日、リトビネンコ氏は病院に運ばれましたが、医師は「胃の感染症だろう」と判断して自宅に帰らせました。しかし2日後、病状は悪化。自宅近くのバーネット病院に運ばれたリトビネンコ氏が「ロシアの工作員に毒を盛られた」と主張したところ、医師たちは精神科への連絡をほのめかしたそうです。

By Tor Paulin

結局、医師は食中毒だと判断して抗生物質の投与を行いましたが症状は改善せず、リトビネンコ氏は髪が抜け落ちるようになりました。それでもなお、医師は「毒物のせいだ」という彼の言葉を無視して、AIDSや肝炎の検査を実施。これにしびれを切らせたのか、11月11日、リトビネンコ氏はBBCの取材を受け、自分が毒を盛られた可能性があること、バーで一緒に寿司を食べたイタリア人マリオ・スカラメッラ氏が事件に関与していることを示唆しました。

11月12日の朝、リトビネンコ氏の新たな検査結果が出ました。放射線被曝こそ否定されたものの、彼の体内に何らかの化学物質が取り込まれ、毒として血中に存在していることが明らかになり、医師団はその特定に取りかかることになりました。

◆毒の正体
11月14日、リトビネンコ氏の友人であり政治活動をともにするアレックス・ゴールドファーブ氏が見舞いに来たときには、保護手袋をエプロンを着け、リトビネンコ氏の体には触れないように看護師から注意を受けました。その頃のリトビネンコ氏は、点滴によってなんとか命を保っている状態になっていました。医師団は、何か強いものが体の中で作用し、彼の骨髄を破壊し続けていることを感知していましたが、「率直に言って、途方にくれている」と語るように原因の追究は進んでいない状況でした。

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保護服に身を包んだゴールドファーブ氏は、BBCのインタビューで語った「スカラメッラ氏」の関与についてリトビネンコ氏に尋ねました。リトビネンコ氏は「彼は無実だ」と述べ、その発言が意図的なものであったことを語りました。リトビネンコ氏によると、スカラメッラ氏に疑いの目が向けることで、真犯人である工作員に「安全な状況」と誤認させ、任務を続けさせるためのトリックだったというのです。水面下で繰り広げられる激しい戦いを示すエピソードですが、リトビネンコ氏にはまだそれに立ち向かうだけの強さが残されていました。

数週間後に出された調査結果では、放射性物質であるタリウムの疑いが強いという報告が出されました。それを受け、リトビネンコ氏は警察による厳重な警備のもとユニバーシティ・カレッジ病院に移送され、厳重に管理された区域内での治療が始まりました。

By Greater Manchester Police

タリウムは無味無臭で検知が難しいという、毒物としては「理想的」な特性を持つ物質ですが、原因が解明されると解毒剤による治療が可能になります。しかし、調査に関わった毒物学者のジョン・ヘンリー医師はリトビネンコ氏の状態を目にした時に違和感を覚えたと言います。タリウムによる症状の特徴である筋力低下が見られないことがその理由でした。ヘンリー医師が調査を進めたところ、原因となる物質はタリウムではなく、ポロニウム210であったことが判明したのです。その後の11月23日、リトビネンコ氏は44歳でこの世を去りました。

◆アレクサンドル・リトビネンコ氏とロシア政府のつながり
リトビネンコ氏は、17歳で当時のソビエト連邦の軍に入隊しました。後に諜報機関のKGBに勤務し、ロシア連邦保安庁(FSB)に所属していました。スパイとしての任務を担当し、場合によっては暗殺にも関与していたとされる同氏ですが、1998年11月に記者会見を行い「知人の暗殺指示を受けたが、それを拒否した」という衝撃の告白を行います。当時のFSBでは、本来の政治的目的とは異なる個人的な利益のために暗殺や犯罪行為が横行しており、これをあるべき姿に「浄化し、強化する」というのがリトビネンコ氏の願いでした。ちなみにその時のFSB長官は、現ロシア連邦大統領のウラジーミル・プーチン、その人です。

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それ以降、リトビネンコ氏の身にはFSBによる圧力が忍び寄り始めます。2度の不当逮捕・投獄に身の危険を感じたリトビネンコ氏は、2000年11月にトルコ経由でイギリスに亡命、それ以降はプーチンによる政権とチェチェン政策にきわめて批判的な立場を取るようになります。リトビネンコ氏は英国情報機関の一つであるMI6とも関与があったことが明らかになっています。

◆ポロニウム210
ポロニウム210は水溶性が非常に高いため、人体への投与が容易という特徴を持っています。11月1日にリトビネンコ氏が毒入りの緑茶を口にした瞬間から、ポロニウムは彼の体を徹底的に破壊し始めました。まず胃の内壁が攻撃を受け、数分で細胞が死滅して崩壊が始まります。次に腸や喉、口などの粘膜にも同様の症状が現れることになります。ポロニウムは胃の粘膜から血中に溶け込み、体中へと運ばれてあらゆる臓器や骨髄、リンパ系を破壊し続けます。

By ibikempls

強力な放射性物質であるポロニウム210からはアルファ線が放出され、生物の体内に取り込まれると体の内部から内臓を破壊していきます。パレスチナ自治府の元大統領ヤーセル・アラファート氏が2004年に死亡した際にもポロニウムが暗殺道具として用いられたという説が根強く語られています。ポロニウムの生成には特殊な設備が必要であるために、暗殺の道具として用いることができるのは極めて限られた一部の者であるということが、リトビネンコ氏の殺害には国家組織の関与が疑われる原因ともなっています。

現在、ポロニウムを生成できるのはイスラエル、アメリカ、そしてロシアの3か国のみと言われており、そのうちの97パーセントはクレムリンから約700キロ離れたロシア国内にある厳重に管理された施設で作り出されていると言われています。極めて少量で致死量に達し、およそ140日という半減期の短さのために検出が極めて困難というポロニウムが持つ性質から、暗殺の手段として用いられると言われています。

By Simon Hucko

米露による冷戦が1989年のソビエト連邦崩壊で終結を迎えて25年を経てもなお、水面下で繰り広げられる国家間の見えない争いというのは存在し続けていることを如実に物語るリトビネンコ暗殺事件ですが、特定秘密保護法が成立してアメリカなどとの情報活動が本格化するといわれている日本も同じ土俵に上がったと言えるのかもしれません。

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in メモ, Posted by darkhorse_log

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