「チェスの世界王者」という肩書きが実は無意味な理由


「チャンピオン(王者)」と言えば、ボクシングやクイズなどの選手権を勝ち抜いた人に与えられる称号であり、その分野で最も優れた人のことだと考えられています。しかし、ことチェスに関して言えば、どうやら世界王者イコール世界最強ではないようです。

The World Chess Championship is an embarrassing anachronism. It’s time to end it forever.
http://www.slate.com/articles/sports/sports_nut/2013/11/the_world_chess_championship_is_an_embarrassing_anachronism_it_s_time_to.single.html

◆チェス世界王者とFIDEレート
チェスの「世界王者」は毎年開催される世界チェス選手権で決定され、国際チェス連盟(FIDE)によって認定されます。世界チェス選手権2013は、現世界王者ヴィスワナータン・アーナンドに、ノルウェーが誇る若き天才マグヌス・カールセンが挑む闘いが行われている真っ最中です。

しかし、世界王者の称号以外にもチェスの強さを測る「FIDEレート」というポイントが存在し、FIDEレートの世界1位は挑戦者のカールセンで2870ポイント。これに対してチャンピオン・アーナンドのFIDEレートは2775でこれは世界ランク8位に位置しています。ちなみに、カールセンは、チェス史上最高のプレイヤーと称されるガルリ・カスパロフの持っていたFIDEレート記録2851を更新し、人類にとって未知の領域2900台に届くのではないかと期待されているチェス界に久々に現れた大物プレイヤーと目されています。

オンライン上で世界中からのチャレンジを受けた「RAWワールド・チェス・チャレンジ」を征したカールセン。

By Frans Peeters

「チェス世界王者とFIDEレート世界一はどちらが強いのか?」という素朴な疑問は、世界中のチェス愛好家たちに共有されたテーマであると言えます。この素朴な疑問に対して、クロスワードパズル作家のマット・ガフニー氏は、諸悪の根源はチェスの世界王者を認定しつつもレーティングポイントを発行しているFIDEの存在にあるとして、FIDEを解体し新たな制度へ移行するべきだとする見解を明らかにしています。

◆チェスの世界王者
チェスの世界王者の歴史は非常に古く、1560年に王者となったスペイン王国の司教ルイ・ロペス・デ・セグラが最初と言われています。1886年、世界初の公式世界選手権が行われオーストリア帝国のヴィルヘルム・シュタイニッツが優勝し、誰もが認める世界王者の称号を勝ち取りました。ガフニー氏は、シュタイニッツが登場する前のチェスは、相手のキングを追い詰めるために箱一杯の駒を犠牲にする美しくロマンチックなゲームであったが、彼の登場と共に、平静かつ合理的なディフェンスでプレーするスタイルに変化したと評価しています。

シュタイニッツが王者になった後の60年間は、馬鹿げたルールのオンパレードであったとガフニー氏は語ります。世界選手権のルールは度々変更され、王者は引き分けでも王座を防衛できるだけでなく、たとえ負けても再試合が保証され、さらに王者には挑戦者の指名権まで与えられていた時期もあるとのこと。このため、アレクサンダー・アレヒンは、1920年代から40年代にかけて確実に勝てる相手だけを選んで20年以上にわたってタイトルを防衛し続けることに成功しています。

1933年には世界ツアーの一環として来日、目かくしでの同時対局を帝国ホテルで行ない全勝したアレヒン。


◆国際チェス連盟(FIDE)の誕生
1924年、世界で初めてチェスの国際組織であるFIDEがパリで設立されます。しかし、アレヒンを輩出したチェス大国のソ連が政治的理由からFIDEへの加盟を拒否したため、FIDEの権威はそれほど大きなものではありませんでした。ところが、1946年に世界王者でありチェス界の重鎮であったアレヒンが急死すると、FIDEは、チェスの世界王者を決定する新たな世界選手権の開催を発表し、この大会にソ連も参加した結果、FIDEの権威が高まりそれ以降チェスの世界王者を認定する団体となります。

◆迷走するFIDE
FIDEが主催する世界選手権は、当初、3年に一度行われることになりましたが、あまりにもサイクルが長すぎると不評でした。1972年に、長年世界王座を独占し続けるソ連からタイトルを奪い取り「米国の英雄」とよばれたボビー・フィッシャーは猛烈にFIDEの制度を非難しています。そのため世界選手権の開催は、2年に一度となりますが、批判は収まらずついに毎年開催することに。

FIDEの迷走は世界選手権の開催サイクルだけにとどまりません。FIDEは、チェスの強さを測る指標として新たにレーティング分析を導入したため、一体誰が最強なのかがさっぱり分からなくなります。例えば、1963年から1969年まで世界王者であったティグラン・ペトロジャンは、FIDEレートのトップにいた期間は1年に満たず、たいていは10位くらいをさまようというありさまでした。

1993年からはさらにカオスな展開に。当時、FIDEの公式規約では、世界選手権決勝試合の開催地はFIDE・世界チャンピオン・挑戦者の三者の合議で決定することとなっていたにもかかわらず、FIDE会長のフロレンシオ・カンポマネスは独断と偏見によりマンチェスターでの開催を決定。これに反旗を翻した当時の世界王者ガルリ・カスパロフと挑戦者ナイジェル・ショートが、新団体プロチェス協会(PCA)を設立し、独自に世界タイトルマッチの開催を決定します。当然FIDEはPCAの存在を認めず、カスパロフから王者の称号を剥奪し、こちらも世界タイトルマッチの開催を宣言。ついに、チェスの世界王者は2人存在することに。ますます世界最強のチェスプレイヤーが誰であるか分からなくなります。

カスパロフは、"人類代表"としてIBMのコンピューター「ディープ・ブルー」と対戦したことでも有名。

By European Parliament

結局、PCAは1996年にメインスポンサーであったインテルの離反により自然消滅し、再びチェス界の盟主の座はFIDEが確保します。しかし、PCAが開催したクラシカル世界選手権はPCAの消滅後も引き続き開催され、世界王者が2人の状態は続きます。2006年に、FIDE公式王者とクラシカル王者によるタイトル統一戦が開催され、ウラジミール・クラムニクが統一王者となりようやく世界王者は一人になります。とはいえ、あいかわらずFIDEレートの存在により誰が最強なのかははっきりしません。

◆ガフニー氏の提言
チェスの世界最強のプレイヤーが誰なのかはっきりしない現状を嘆いて、ガフニー氏は新たな制度への変革を強く求めています。ガフニー氏によると、チェスが目指すべきなのは、ボクシングではなくテニスであるとのこと。つまり、「チェスの世界王者」という称号をこの世から抹殺し、すべてのチェスプレイヤーが目指すべき4大トーナメントいわゆるグランドスラムを開催するべきだと主張しています。ガフニー案では、グランドスラムの開催地は、ロシアのモスクワ・オランダのアムステルダム・スペインのリナレスというチェス大国の主要都市で行い、残りの1つは毎年世界中の都市で持ち回り開催するべきとしています。

ガフニー氏は、チェスのグランドスラムを実現するために、世界チェス選手権2013は22歳の若き天才カールセンが制するべきだと考えています。そして、世界王者となったカールセンは、王者の肩書きを抹殺し、FIDEに働きかけることでチェスのグランドスラムトーナメントの開催をぶち上げるべきであると熱く持論を展開しています。

世界チェス選手権2013は11月28日まで行われる予定ですが、果たして歴史は新たな局面を迎えることになるのでしょうか?

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