サイエンス

脳にとって社会的なつながりを失う心の痛みは肉体的な痛みと同じ

By David Tan

近年「きずな」の大切さがあらためて注目されていますが、人間の脳は、進化の過程で「社会的なつながり」を欲するようになってきました。社会的つながりを喪失することは、脳にとっては「苦痛」であるようです。

Social Connection Makes a Better Brain - Emily Esfahani Smith - The Atlantic
http://www.theatlantic.com/health/archive/2013/10/social-connection-makes-a-better-brain/280934/

心理学・脳神経学研究者のマシュー・リーバーマン博士は先月、「Social: Why Our Brains Are Wired to Connect」を出版しました。その本の中で、人間の脳が社会的なつながりを求める性質を生来的に持っていることを明らかにしています。

動物の脳のサイズは、身体のサイズに比例した大きさを持ちます。しかし、人間はこの脳-身体サイズ比から逸脱した例外であり、身体のサイズに比べて大きすぎる脳を持っていることが分かっています。科学者たちは人間の脳がなぜこれほどまでに大きく進化したのかを研究してきましたが、はっきりとした答えは見つかっていません。しかし、人類学者ロビン・ダンバーの「約60万年~70万年前にアフリカに住んでいた非常に大きな脳を持つホモ・ハイデルベルゲンシスが、労働を分担したり集落をつくったり死者を埋葬したりした最初のヒト属である」という研究成果は、この人間の大きすぎる脳の謎を解き明かす鍵になるかもしれません。すなわち、「社会性」のために人の脳は大きく進化してきたのかもしれません(以下では、社会性がある状態のことを「社会的」と表現します)。


これまで、脳科学者は人間の脳を研究する場合、たいてい脳が活動的なときの状態をモニターしてきました。例えば、数学の問題を解いているときとか、ボールを扱うときなどアクティブなタスクを与えられた場合に人間の脳はどのように活動するのかが研究されていきました。しかし、最近、科学者たちは、脳が活動的でない落ち着いているときにどのような状態であるかについて注意深く観察したところ、「デフォルトネットワーク」という状態をとることが分かりました。数学の問題を解くときのほんの短い休憩時間でも、脳はアクティブな状態から、このデフォルトネットワーク状態に変化することが分かっています。

リーバーマン博士の研究によると、驚くことに、このデフォルトネットワーク状態とは、人が他人のことを心配するなどの社会的な考察をしているときの脳の状態とほとんど同じであることが分かりました。つまり、脳は、休憩の合間にも自然と社会的な状態に移行するということです。リーバーマン博士は、「脳にとって空き時間は次に来るかもしれない社会的な時間に備えることが最も良い事であると判断され進化してきたのではないでしょうか」と話します。

人に限らず動物が進化するのは価値があることに限られます。この点、人間にとって社会的であることには大きな価値があります。自給自足ができない人間は、社会的つながりによって生きながらえるからです。

By Michael Heiss

ある研究では、人が欲求が満たされたと感じるときに活性化する「報酬系」は、10ドル(約980円)受け取ったときよりも10ドル寄付したときの方がより活発であることが判明しています。また、別の研究では、苦境にある誰かを慰めることが報酬系を活性化する方法であることも分かっています。男女のカップルによる実験では、女性が男性の手を握っているときに報酬系が活性化すること、さらにそれは男性が電気ショックのような痛みを与えられている場合により活性化することが明らかになっています。相手が愛情を必要としていることが分かる場合に、人間の脳はより活性化するのです。

リーバーマン博士と彼の妻ナオミ・アイゼンベルガー氏による共同研究は、社会性を失うこと、社会から拒絶されることは、想像以上に痛みを伴うものであることを示しています。この研究では、被験者にサイバーボールというインターネットゲームをプレイさせ、その後、脳の状態をモニターしました。実験の内容は、ゲームの中の2人のキャラクターとともに被験者はボールを順番にトスしていきますが、ある時点から、被験者だけが"仲間はずれ"にされボールが回されなくなるというものでした。この仲間はずれはゲームの世界での話であり、現実世界では何の損失もないのですが、被験者は傷つけられ、脳は痛みを感じることが分かりました。さらに、脳が痛みを感じる部位は、肉体的な苦痛を感じた場合にこの痛みを処理するために活性化する部位と同じであることが判明しました。このことから、脳が感じる社会的な痛みは肉体的な痛みと非常に似ていることが明らかになりました。被験者は、実験後にゲーム中で仲間はずれにされたことでどれだけ傷ついたかについての感想を尋ねられましたが、その疎外感が強ければ強いほど脳の肉体的苦痛を処理する部位はより活動的になっていたということです。

By Shandi-lee Cox

このフォローアップ実験として、リーバーマン博士は、今度は被験者を2つのグループに分け、あるグループには実験の前、三週間、毎日タイレノール(鎮痛剤の一種)を飲んでもらい、もう一つのグループにはプラシーボ(偽薬)を飲んでもらいました。結果は、プラシーボグループは、前の実験と同様の結果であったのに対して、タイレノールグループでは拒絶による社会的な痛みはみられなかったということです。リーバーマン博士は著書に「脳は、社会的な痛みを肉体的な痛みのように感じます。心を傷つけられることは足を折られることと同じなのです」と記しています。

そもそも、痛みとは、身体の何かがおかしいことを知らせるサインです。社会的な痛みは、私たちがみな傷つけられやすいことと、私たちを多くの脅威から保護してくれる新たな人間関係を構築したり古くからある関係を再確認したりすることが必要であるということを知らせる脳のシグナルなのです。

社会的なつながりは、人間の生存と繁栄にとって、食料・安全・住まいと同じように大切です。しかし、過去50年間で社会が発展し個人主義がすすむにつれて、社会的なつながりはなくなってしまいました。現代人は、社会奉仕をする機会が減り、友達を家に招待することも減り、結婚する人や子ども・生活を密に共有する友人の数も減りました。

By Kristina Alexanderson

リーバーマンは、今夏に純粋な報酬100万ドル(約9800万円)を含む学術研究費300万ドル(約2億9600万円)の支給対象研究者に選ばれました。これは、心理学研究者の彼にとっては驚くほど魅力的な大金でしたが、それには共同研究への参加のために8ヶ月間、家族と離れることが条件であったそうです。悩んだ末に、彼が出した結論は、研究費の受け取りを辞退することでした。彼は、「それはたった8ヶ月です。けれどその時間(妻と息子との時間)は取り戻せないでしょう」と話したとのことです。

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in サイエンス, Posted by darkhorse_log

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