取材

「フィクションと現実は混ぜなきゃダメ」、フリーライター廣田恵介が「俺の艦長」から「ガンヘッド」まで熱く語る


フリーライターの廣田恵介さんがアニメに登場する艦長たちと居酒屋でサシのトークをする対談形式の書籍「俺の艦長(仮)」が11月下旬に発売となります。マチ★アソビ vol.9ではこれを記念して、廣田さんと担当編集者の一迅社小此木さんによるトークイベントが行われました。内容は書籍の内容に触れた部分から、作家とライターと「自己実現」、現実とフィクション、そして「ガンヘッド」まで、幅広く深く濃く繰り広げられました。

トークイベントが行われたのは眉山山頂のパゴダ広場という、メインステージからはちょっと離れた場所。近藤プロデューサーも姿を見せました。


廣田恵介(以下、廣田):
それじゃあそろそろ時間だから始めましょうか。


観客:
ガイドブックで、このイベントのことが書いてあるページの向かいに時間が重なっている「ヤマトーク」を載せるのはひどいですよ!

ユーフォーテーブル近藤光プロデューサー:
あ、ホントだね。

廣田:
フライヤーには昨日(10月7日)もやると書いてあって、そちらに行ったという人もいて、そういう点では損をしているなと。このあと近藤さんとヤマカン監督がゲームをやると急に言い出して、ふざけるなですよ(笑)

近藤:
言い出すわけないじゃない(笑) 業界関係者トークイベントでそういう流れがあって、気付いたら企画になってたの。

廣田:
俺たち、30分しか喋れないじゃない。

近藤:
別にしゃべってもらってて大丈夫よ、僕らここらへんでゲームやるから。

一迅社ポストメディア編集部 小此木哲郎(以下、小此木):
ここでですか?

廣田:
そんなわけで、今日のゲスト、一迅社の小此木哲郎さんです。役職は?

小此木:
会社の役職でいうと係長とかですけど。

廣田:
キャラ☆メル Febriの。

小此木:
はい、キャラ☆メル Febriという雑誌をやらせていただいていて、編集長がいないのに編集長代理をやっています。


廣田:
代理っていうと「艦長代理」みたいでいいよな。編集長より編集長代理の方がカッコいいよね。他には?

小此木:
一迅社では基本的にマンガを出版していて、女の子向けだと峰倉かずや先生や高河ゆん先生が連載している「コミックZERO-SUM」ですとか、最近までアニメをやっていた「ゆるゆり」が連載されている「コミック百合姫」とか、“オトコの娘”をフィーチャーした「わぁい!」とか、普通の萌え系とは違って何でもありです。

私が所属しているのは本を作るところで、新房昭之監督の「新房語」とかアニメのムック本とかをやっています。そんな一迅社から、廣田さんが著者の「俺の艦長」という、古今のアニメ作品から戦艦の艦長を集めてその人生観から学ぼうという本を出版することになり、こういう席をいただけることになりました。

廣田:
いただけるというか僕がやるぞと決めて、じゃあ誰を呼ぼうかなと言うことで、担当編集が横にいればいろんな裏話が聞けていいかなと思ったんだ。僕もいろいろ知らなくて、たしか昨日の飲み会の時に表紙が誰に決まったとか言ってたよね。

小此木:
実は表紙のイラストは麻宮騎亜先生にお願いしていまして。忙しいから無理かなと思ったら二つ返事で。

廣田:
そんなの俺聞いてないよ、飲み会の席で言うなよって(笑) 表紙麻宮騎亜、これでバリューがちょっと出ましたかね。

小此木:
まだ打ち合わせもしてないのに、まさかこんなところで発表することになろうとは。

廣田:
打ち合わせどころか、だいたい僕は契約してないんだよ、契約書を交わしていないから印税がいくらかも知らないんだよ。

小此木:
だいたいいつも終盤に契約書を作られることが多いですね。

廣田:
今日はそういう僕の経験談、失敗談とかをお話しできれば。「スーパーロボットコンプレックス」っていうこの本、1000円で売って印税が80万円入るはずだったんですよ。10年ぐらい前の本ですけど、25日に出るって決まっていて、はっきり覚えてるんです。その本が出るっていう25日に出版社が倒産して、ゼロ円ですよ丸一冊書き下ろして。そういう罠も出版社にはあるので、そういうことも話して行ければと。


そもそも「俺の艦長」はFebriがリニューアルするときに連載企画として出した1つなんです。ヤマトであれば沖田十三、古代進、ガンダムでいえばブライト・ノアとか、艦長を1人ずつ飲み屋に呼び出して「冥王星会戦ってどうだったのよ?」「ブライトさん、ぶっちゃけアムロってどう?」とか、そういう会話で進めるという連載だったらできなくないかなと出してみたら、気がついたら単行本になっていて、これどういう経緯で?

小此木:
我々、企画会議で、たいそうなものではなく編集部員がアイデアを持ち寄ってこういうのがいいんじゃないかというのを話し合った流れの中で、オタクの人も10代からアニメ・ゲームにハマって、最近はオタクを卒業しなくてもいい時代になり30代、40代でもオタクを続けている人が多くなっていると思うんです。そういう人たちが、若いときは主人公とかバリバリやっているキャラに共感していたと思うんですが、年を取ってくると、自分と同じように苦労している中間管理職、艦長に共感するようになるのではないかというところで、ちょうど廣田さんから企画が上がってきて、艦長ではなくてもオヤジにスポットを当てたネタを、とFebriで連載してもらっています。

廣田:
第6回はFate/Zeroのライダーなんですよ。一迅社さんは毎回、書きやすいように作品のシナリオを送ってくれるんですが、本編とセリフが違うことがあって、作品は毎回見直しています。そこで、名場面とかキャラクターのポイントとかキーワードとか書き出していくわけですよ。ライダーを書いた時点ではまだ完結してなかったので、僕はシナリオを読んで泣いて、泣きながら映像をイメージしておそらくこうなるだろうというのを妄想しながら書いたらネタバレで……

小此木:
「ちょっと書きすぎちゃってネタバレになるんで」と。

廣田:
「ライダーが死ぬ」というのは書いてはいけないと言われてしまって、でも原作が出てるんでしょ?もう出てるなら別にいいんじゃないと書いたら、最後1ページまるまる書き直しですよ。


小此木:
その際はほんとうにすみません。

廣田:
こうやってオヤジネタは僕の所に来るという。他でもない、僕がオヤジだから。

小此木:
いえいえ、うっかりするとギャルネタばかりになってしまうので、たまには男キャラもいいよねというコーナーを作りたいなと思ったら、女性読者ばっかりが喜んで「あれ?」みたいな。

廣田:
え?このページが?今初めて聞きました。そういうのは全部言ってくれないと。

小此木:
言いました言いました。

廣田:
なんでオヤジなのかと考えたら、僕は45歳でフリーライターを14年ぐらいやっているんですが、たぶん、切羽詰まってるんじゃないかなと。仕事は来るには来るんですが、これは来るように僕がコントロールしているんです。でも周りを見ると、40代過ぎてもう編プロに入るしかないとか、仕事ない?と相談されたりとか。俺じゃなくても書けるなというような作品紹介やレビューは他の人に回せるけれど、「これはオッサンじゃないと書けないよ」というものもあるんですよ。「艦長」もそうで、ある程度の体験がないと、若い人にいきなり「艦長の生き方に学べ」というのは難しいのかなというのはあるので、僕ら世代の人が読んでためになるように、工夫して書いたつもりです。艦長カタログにはしない、名台詞も文章の中には書いてあって、ブライトさんだったら「弾幕薄いぞ」とかあるけど、そこに行ってしまったら面白くないので、僕にしか書けないこと、言いたいことを艦長の生き方を借りて書いたつもりです。

この間、マチ★アソビの前夜祭に呼ばれてメールが来てたんですが肩書が「廣田恵介(作家)」になっていて、作家として出て行くのはやだなと。作家とライターはやっぱり違うんです。作家は自分の言いたいこと、表現したいことがあってそれを上手く商業本にフィットさせながらやっていく人。ライターはもっと役割がハッキリしていて、たとえば「アニメザテレビジョン」に「劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 前編・後編」について解説を書いているんですけど、試写会なんてやってないから見てないわけですよ。だから、テレビから引用しての解説でいいからということで、何文字×何文字を埋めてくれと。そこに僕の視点はなくて、ページを埋めることが目的。まどマギを知らない人に向けてわかりやすい書いてくださいと、編集側の要請が強いのがライターです。作家というのはまた別だと思うんです。

小此木:
文章を書くお仕事にもいろいろあって、今回「俺の艦長」のトークショーなので廣田さんは著者なんですが、作家と呼ぶと嫌がられるので作家という言葉を使わずに話を進めますと(笑)、作家さんといえば本の著者、漫画家さんも広く言えば作家さんですが、本を出したけれど新房監督が作家かというと映像作家ではあるけれど紙の作家ではない。身近なところでいえば小説、ライトノベルを書いているのは作家さんですが、アニメ誌やゲーム誌で文章を書くのが仕事という人もたくさんいて、その人たちは作家とは本人たちも言わないでくれという人の方がほとんどでしょうし、「物書き」とか「ライター」とかそういう言い方をする人がほとんどじゃないでしょうか。

廣田:
「作家」は表現したい人という意味で言ったんですが、同人誌でもできるんですよ。僕、2009年に同人誌を200冊出して完売したんですが、小説も書いているから作家的でもあり……でも他には「プラモデルのパンツの歴史」、80年代に調子をこいてパンツをモールドしたことがあるんですが、その歴史とか、アニメの絵本とか誰も研究していなかったので、けっこう有名なアニメーターさんが描いているんですが調べたり、自主制作映画の女優さんにインタビューとか好き勝手に、自己満足でやりました。これはオーダーがあったのではなく好きでやったもので、たまたまグラフィックをやっている人だとか、デザイナーとかが装丁とかやってくれたり、そういう意味でメリットはあったにせよ、自分の好きなことをやりたいということでオーダーはなかった。

今回、「俺の艦長」は一迅社からオーダーがあったから書いたのであって、もしオーダーがなかったら書かなかったですよ。だって、キツイもん(笑) 普段のライター業で食っているということは仕事があるということです。Febriとかに書いて毎月稼ぎながらご飯食べて税金払ってキャバクラも行ってなおも貯金するという人はなかなかいないんです。副業ライターはいるけれど、ライター業だけでキャバクラまで行く人は……

小此木:
キャバクラ、大事なポイントですか(笑)

廣田:
大事ですよ!(笑) キャバクラに一晩居たら10万円ぐらい使っちゃいますからね。次の日さすがに精神的には使いすぎたと思いますけど、毎月なんとかなっていて14年やってきているので、やっぱりノウハウとかあるんですよ。3つ仕事が重なったときにどう調節するか。すごく重たい仕事がある中でも「今日中にコレお願いします」ってあるんですけど、これを断っていたら食えないんですよ。じゃあ受けて、どうやってクオリティを落とさずにやっていくか。サバイバルのノウハウは山のように転がっているんですが、これは誰も聞きたがらないなって。

というのは、今の若いライターって「1回書ければいい」んですよ。誤解だったら怒ってもらっていいですが、オトナアニメとかに1回だけ書いて「ライター」って奥付に出たら満足なんじゃないかとしか思えない、ライターとして生き残ろうと思っていない。否定的に言っているのではなくて、その人が満足ならそれでもいいんです。どこに満足点を置くか。作家とライターの話で、「俺はライターじゃなく作家だ」という人もいるわけです。その人はライターやりながら、潜在的にいつか作家になりたいと思っている。実際、書いて単行本を出している人もいる。どこに満足点を置くかです。

今回、「俺の艦長」では「週に1艦長」って言われて。

小此木:
週に1人ずつ書いてくださいというオーダーで。

廣田:
それを、土日をなんとか空けて書くわけですよ。書けないときは次の週に2人書こうと調節しながらやっていくのはすごくきつくて、だってそのことではお金は出ませんから。書いても、前の本の話みたいに80万円踏み倒されるというのもあって、それで生き残らなければ行けないのは相当キツイですよね。でも、中には「本を出すのが目的」という人もいるんです。僕の知り合いで、家族旅行のために400万円貯めて、ぜんぶ自費出版につぎ込んだバカ者がいるんですよ。僕より年上の人で、その人にとっては小説を出すというのが人生の課題だったんだと思う。

小此木:
世の中には「お金を出したらおまえのための本を出版してやるぞ」という出版社がございまして。たびたび問題になるんですが、たしか100万円か200万円ぐらい出すとまず話を受けてくれて、そこからまた出版のためにいくら必要になった、という話になるので、わりとたくさんのお金が必要になります。

廣田:
読者を想定しているのではなく、著者相手に商売している。著者も、「俺の本を出してくれるなら、いくらでも積むよ」という人がいる。その人が満足しているならそれでいいんじゃない?という感じかな。

小此木:
団塊の世代の方々で、退職されたときに自分史を作りたいという人がすごく多くて、そういう企画出版社は定年退職金をふんだくるべく営業をかける、というひどいことになっていたわけです。

廣田:
同人誌でもいいじゃん、って僕は思うんですよ。同人誌じゃなくても、いまボーカロイドで曲を作ってるような人がCDを100万枚売りたいと思っているかというとそうじゃない。彼らは金儲けをしたいなんて思っていない。彼らはニコニコ動画で50万再生いったり、コメントがたくさんついた方が嬉しいわけでしょう。それが今ちょっと新しい満足の仕方、自己実現の仕方だと僕は思っていて、pixivで絵を1枚描いたらいくらというのではないので、商売っ気がないほうが自己実現はしやすくなっているんじゃないかな。


ブラック★ロックシューター」なんて美しい成立の仕方をしていて、hukeさんが絵を描いて、そこにryoさんが曲をつけて、でもお金のやりとりがあったわけじゃないし、二人して「お金を儲けようぜ」とやったわけでもないですよね。でも、あんなに支持されて、最終的にアニメにはなったけれど、アニメにしようとしてやっていたわけじゃない。僕はすごく純度が高いというか、自己表現としては純粋じゃないかと思います。そこを考えないと罠が待っている気がする。僕みたいに中年になると道が狭まっていくので、切羽詰まっちゃう。他にやる道がない、本を出すしかないと。本当はそんなことないのに。

若い人はもっと柔軟だからニコニコ動画で再生されたらいいよね、みんなに聞いてもらえたらいいよね、聞いて欲しいよねとかですよ。そんな、おじいさんの自分史とか誰に見せるんですか……。そうじゃないでしょ、世の中の人たちに対して還元するのが物作りの目的じゃないのかと。自分に還元してどうするんだと思うわけです。

「俺の艦長」でも、なるべく読んだ人のためになるようにと思っています。なんでかって、オッサンって、新房さんみたいにアニメを作っていたり、富野さんみたいに世の中の役に立つものを作っている人は別ですけど、だんだん男って生きる価値がなくなっていくんですよ。どこに生きる価値を見いだすかはテーマになってくる。自分のために生きるというのは最悪ですよね。自分のためじゃなく、自分より若い人、続く世代のために何をするかですよ、生きる価値があるとしたら。艦長っていうのは部下より年上で、年上の部下ばかりの艦長っていないんですよ。艦長は若い者を生かすわけです。そういう艦長をできるだけ肯定的に取り上げてあげる。作品の意図はどうでもいいんですよ。中には若い艦長もいる、その若い艦長は今を楽しめ、艦長であるという立場を楽しんで欲しい。それは、僕は若い人には楽しんで欲しいと思っているから。20代は自分のために生きていいんですよ。40代、しかも40代半ば過ぎたら自分のために生きちゃダメですよ、そういう人が多いけれど。若い人を生かす、若い人のためになる。僕が本を出すのも、世の中の人に役に立って欲しいから出す。自分が本を出したいから出すというのじゃないんです。

そういう本になっていますでしょうか。

小此木:
廣田さんの仰ったとおり、年を取って自分にこだわりすぎて、自分のために生きる生き方はちょっと……という、廣田さんの若い人への、中間管理職にある人へのメッセージが入っていると思いますよ。

廣田:
いま同じ年ぐらいのヤツを見ていると、若い人に説教するのが当たり前になっていて、若い人だったら問答無用で呼び捨てとか、たとえば小此木さん相手だったら初対面なのに「小此木くん」とか、すごく見苦しいですよ。年食ったというだけで偉いなんて、そんなバカな話は絶対にない。年を食えば食うほど人間って愚かになるんです。愚かにならないためにどうするかというのを真面目に考えないといけない。

何の話をしているんだかちょっとわかんないですけど(笑)、本を書くよりもこうやってしゃべった方が早いんじゃないかって思い始めていて。

小此木:
あれ?(笑)

廣田:
それで最近、トークショーをやたらやって、今年いくつやったかな?覚えてないけど、このあいだワンダーフェスティバルでも司会をやって、最後に自分の考えをバンバンしゃべっちゃって「司会じゃないじゃん」って(笑) でも、こうやって話した方が、目の前に人がいるし、リアクションも見えるし……本ってちょっと回りくどいかなって。持ち運べるとか、何度も読めるとかですかね。

小此木:
保存できるというのが本の機能のメインですからね。

廣田:
だから自分としては、本を出すのがゴールではないし、目的でもなかったので、「俺の艦長」が出て嬉しいですかと聞かれると、読んだ人が喜んでくれれば嬉しいけれど、出ること自体は別に嬉しくない。売れなかったらって考えると……多くの人が見て面白かったと言ってくれる瞬間が、自己実現じゃないですかね。

小此木:
売れなかったらという話がありますが、印税には大きく分けて2通りの契約があります。1つは刷り部数に対しての印税、1000冊作って、1部しか売れなくても1000部売れても同じ印税をお支払いするものと、逆に、売れた分だけお支払いする実売印税というのがありまして。

廣田:
なるほど、僕、何も聞いてない。

小此木:
普通に刷り部数印税です、印税の話はだいぶ前にこれこれこうですよって話をしましたよ(笑)。ちなみに、「艦長」みたいに版権作品、ガンダムやマクロス、ヤマトを扱ったものだと、素材をお借りしてそちらにお支払いしなければいけないこともあるので、その場合は折半になったり、全体的にロイヤリティのパーセンテージを変えたりとか、やり方があります。たとえばうちはアンソロジーを出したりするんですが、スーパーロボット大戦系のアンソロジーを出したときは大変で、20何社で割ってくださいみたいな。

廣田:
えー

小此木:
だって、CMをやったら画面の下半分がマルシー表記ですよ。なので、そこは音頭を取って下さっているたぶんバンプレストさんとかに丸振りして、割ってもらうことになっています。

廣田:
「俺の艦長」はヤマト、ガンダム、マクロスが基本で、僕がどうしても入れたいということで青の6号トップをねらえ!、あと銀河漂流バイファムという、ちょっと変則的な部分もあるんだけれど、自分が本当にいいという艦長しか入れていないので。「どうして機動戦艦ナデシコは艦長が思いっきり主役なのになぜ入っていないんですか」「あと、無責任艦長タイラーはないの?」って、俺がグッて来なかったからです。


小此木:
そのあたりは著者ならではのワガママが反映されているなと。

廣田:
カタログにはしたくなかった、艦長カタログだったら誰かがやればいいので。

小此木:
それもまさにさっきから廣田さんが言っているような、自分しかできないことをやりたいという自己実現ですよね。

廣田:
そう。たとえば、ブライト艦長を書くときにガンダムUCまで入れたいと思ったんですよ。なんでかというと、ファーストガンダムしか見ていない世代に向けての懐かしものにしたくないからです。最新話を映画館まで見に行って、セリフをメモしてきてやりましたからね。結局、全部の作品を見直すことになったんですよ、うろ覚えで書くのは誠意じゃないから。「弾幕張れって、確か言ってたよね」って、とても読者に失礼なのでZZとかも見直したんですよ。ZZは作品的にはいろいろあるんですが、ブライトさんを見ていたら、エマリー・オンスっていう女性艦長が勝手にブライトさんを好きになってしまって、それがまたかわいいんですよ。当時はどうでもよくて、エマリー・オンスなんて、なんでこんなキャラクターを出すんだ、女性艦長で何がしたいんだと思ったけれど、すごくかわいくて、じゃあエマリーさん入れようよと。

小此木:
入れるかどうか、瀬戸際の所でしたね。

廣田:
エマリーさんはドック艦ラビアンローズの艦長代理ですが、僕の中では「クラブ・ラビアンローズ」です。ブライトさんが戦闘に疲れるとラビアンローズに戻って疲れを癒やすという感じかなと。「クラブ・ラビアンローズ」は書く寸前まで行ったんだけれど。

小此木:
思いとどまったとメールに書いてありました(笑)

廣田:
もうちょっとで書いてたね。でも、「クラブ・ラビアンローズ」って書きたい気持ちが走るんですよ。どの艦長を書いていても気持ちが走って、その時の文章はノッてるはずなんです。ラブシーンじゃないけどブライトさんに抱きついたりするシーンがあって、作画はよくはないけど、俺の頭の中ではこうだと。ブライトさんの体温が伝わってくる、軍服越しに伝わってくるというのを書いたとき、もうエマリーさんが俺の中に憑依するというか……そういう瞬間がないと、書いちゃダメなんだよ。あるとき、俺は沖田十三になった。沖田十三になって沖田艦と呼ばれているフネのブリッジに立ってどういう気持ちだったかと考えて、「ブリッジの床は冷たい」と書いたわけです。冷たかったかどうかは分からないですよ、でも冷たかったであろうと思いながら書くわけです。それぐらい入り込まないと書けなかったし、書いちゃいけないんです。人の作った宇宙戦艦ヤマトを利用して俺の人生を語っている不思議な本になっていると思います。

でも、みんなそういう風に見るべきであって、「いやいや廣田さん、フィクションと現実を混同しちゃいけません」ってブログに書かれたことがあるけど、ふざけんじゃねえやと。じゃあ、何のためにアニメ見てるんだよって。アニメと自分の人生混ぜなきゃ面白くないんですよ、なぜ分けるんだよと。僕はむしろ、フィクションと現実を分けようとする考えの方がわからない。みんなそうしてるの?フィクションと現実は混ぜなきゃダメでしょ、アニメの中に自分を見なきゃダメでしょ。そうしないと面白くないはずなんだけれど、おかしいなぁと思って。俺がおかしいんですかね?アニメーション見るときに、もっとアニメを見ながら泣くとか、キャラクターと一緒になって怒るとか、そういう感情があるからアニメを見るんじゃないのかなと思って。

このあいだ、マクロス ザ・ミュージカルチャーというのがあって行ったんですが、すんごい面白かったんです。トークショー終わってからでも間に合ったら見に行きたいぐらい、すごく残念に思うぐらいに面白くて、なぜかというとキャラクターの気持ちになれるんです。「こんなセリフあったよね」って友達と語ってたら、言ってることはすごく陳腐なんです。ストーリーも、ミュージカルってすごく陳腐で、敵と味方が対立しているけれど最後は歌を歌って「歌っていいよね」という感じで終わるんです。ライオンキングでもそう。そのパターンにはまっている……パターンじゃないんだよな、それがいいと思っているから、演出家の人はそういう話にしたんだろう。セリフもすごく恥ずかしい。「もう1回、あなたに歌って欲しいんだ」とか「元気良く踊って欲しいんだ」とか、それだけシンプルなことを言える演劇ってすごいなと。アニメで言ったら「なんだこのクサいセリフは」となるし、実写だともっとひどくなる。でも、その主人公は私はあなたを助けたいから来たんだと説明すると陳腐になってしまうけれど、好きだとストレートに言える人間がそこに居るというのがライブの魅力ですよね。何十回も聞いたようなセリフでも、俳優さんがそこで言ってくれると響くんです。それって、現実とフィクションを混同してますよね、だって同じ空気を吸っているんだもの。それは、伝えたいよね。ミュージカルチャー、舞台装置はお金がかかっていなくて、かかっていないから歌とダンスで勝負するんですよ。舞台なんて2段で、2段目は観音開きになる仕組みで人力なのが見えてるんです。だから若い子たちのダンスと歌で勝負するしかないんです。途中からは拍手喝采で、一緒に踊ろうかと思ったぐらい。演劇が本来持っている力、マクロスの続編は本当は演劇だったんだという結論に至ったんですけれどね。マクロスFはCGじゃなくてもよかったんだ、生身は伝わりやすいなと。


小此木:
でも、生身じゃない本で勝負している我々としては……(笑)

廣田:
結局、本なんて言ってしまえば文字の羅列、インクのしみじゃないですか。でも、こいつの言っていること、気持ちが、熱気が伝わってきたぜみたいなことを言ってもらえると嬉しいですよ。

このあいだ、コトブキヤガンヘッドっていうもう全くウケなかった、ボロボロだった作品のプラモデルを出すという話があって、そのボロボロだった部分も含めて僕は大好きなんです。ボロボロだったよね、どうしようもなかったよねということをモデルグラフィックスに書いたらみんな共感してくれて「よくぞ書いてくれた」と。で、ライバル誌があるんですがガンヘッドが名作だと書かれていて、「ウソつけ」と。名作じゃねーだろ!名作じゃないから好きになったんじゃないのかと、僕は正直に心の赴くままに書いたんです。文章に書く意味って、そういうことですよ。

コトブキヤ GUNHED 1/35スケール ガンヘッド



今月号の宣伝をしておくと、主演の高嶋政宏さんにインタビューをしているんですが、独占インタビューだからと言ったら後ろにライバルが待機しているんですよ。ふざけんなよ、これじゃ独占じゃないだろって(笑) どうやらメーカーさんが呼んだらしくて、でも「勝てる」と思ったんです。だって、「僕はガンヘッドは受けなかった。受けなかったけれどもすばらしい」という視点で聞いたんです。高嶋さんは言ってくれました、「ガンヘッドはあの年の東宝の最下位だったんですよ」って(会場笑)

第1位は花の降る午後で、「第1位と最下位、両方に出たのは僕だけだ」と言ってくれて、その通り原稿に書いたんです。普通はチェックで消えるんですが、残りましたからね。これで「勝ったぜ」と。たぶん勝ったと思います。ライバルを読んでいないのでわかんないですけど。

結局、そういう新しい製品が出ますとか、新しい作品が出ますというときに、褒めないといけない強迫観念がある人が多いのかな?

小此木:
そうですね……出版社の側って、作品紹介記事を作るときは基本的に「借りてやらせてもらっている」というところが大きいんですよね。ある程度踏み込んだことを書くのとけなすのとは違うことで、廣田さんのやっていることは踏み込んで書くということなんですよね。でも、アニメ誌とかよりたぶんもっと厳しいのがマテリアルな家電製品とかカメラとかで、「ここが弱い」というのは絶対に書いたらいけないみたいなのがあって、製品を褒める記事ばっかりになってしまう。アニメは突っ込んで「ここはこうだったけれど、でも好きだ」と書けるけれど、家電製品に「俺は好きだ」と書けないじゃないですか。「ここのフォルムが」とか「この機能、使えないけれど愛している」とか書ける人もいるかもしれないけれど。何かを伝えるために作られているアニメの方がいいやすいですよね。

廣田:
そうですよね。なんかね、ほんとにつまんないなと思うんですよ。根拠もなく褒めるんですよ、いいと思っているならいくら褒めたっていいけれど、根拠もなく褒める精神構造が僕には分からない。

小此木:
確かに、「あの名作が」といきなり書き始められてもとは思いますね。

廣田:
「待望の」とかね。待望じゃねえだろって。ガンヘッドのプラモデルが出るのはおかしいですよ、どうかしてますよ(笑) だったら、その「どうかしている」という部分を誰かが言わないと。「待望の」とか「ようやく発売」とか……「ようやくというか、いきなりですよ」って書かないと。でないと、その製品が出た価値を言ったことにはならないんですよ。テンプレ的にそうやって言うと言葉がやせ細っていくんです。「待望の」という言葉が空疎化してるじゃないですか。

小此木:
飾り言葉以上ではないですね。そこに文字が置いてあるだけ。「待望の」という意味になっていない。

廣田:
「待望の」なんて言葉では言い表せないんです。ガンヘッドが出るのはおかしいし、どうかしてるんです。あんなに当たらなかったし、僕はサンライズにアニメ版やりませんかと企画書を持っていったら、「これを持ってくる廣田君の神経が分からないよ」と怒られましたから(笑) それだけのタイトルなんです。ガンヘッドのプロデューサーとは個人的に仲が良くて、酒を飲んでいるときならいいだろうと、「そろそろガンヘッドの話を聞かせて下さいよ」と聞いてみたら、「いや廣田、そのタイトルだけは出さないでくれ」と(会場笑) それほどの作品のプラモデルが出る、というのがもうおかしいんです、明らかに。それを「待望の」なんて言葉で言っちゃいけないんですよ。それはウソを言っている。言葉に対する良心がないですよ。言葉の魔術と言われますが、それは姑息すぎる、意味がないです。「なぜか」と書かないと(笑)。「なぜかプラモデル化」。そういうことが文化の面白さだと思うんです。

「待望の」とか「みんなが待っていた」というものが、もし出続けるとしたら、それは面白くない。なぜこれがいまアニメ化するんだとか、なぜコレを今プラモデル化するんだよ、誰が買うんだよというものがないと、文化はやせ細ってしまう。みんなが欲しがっているものばかりやっていてもつまんないじゃないですか。人気のあるマンガだけアニメ化され続けてもつまんないじゃないですか。予想もしなかったことが起きるから文化は豊かになるのであって、これは売れるとわかっているものばかり作っていく、けいおん!が売れたからけいおん!の本を出しましょうという人は出版の世界にもいるけれど、それだったら面白くないですよ。買う方からみても「ああ、今けいおん!が売れているから表紙にしたんだな」ってわかっちゃうでしょ。見え透いているじゃないですか。見え見えですよ、面白くない、何やってんだって。「なぜ今これを?」みたいなものの方が面白い。

「なぜ今、艦長か?」ってマチ★アソビのフライヤーに書いてあるんですけれど、俺にもわかんないですよね。今、艦長が流行ってるかというと、艦長が出ているアニメが1本もないじゃないか、むしろ出てない。その方が面白いかな。今だったらまどか☆マギカの劇場版がありますが、「じゃあ、まどか☆マギカで書いてください」っていうのは僕じゃなくてもいいわけですからね。

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