タンザニア、マラウイと全てのアフリカで出会った純粋に生きる子どもたち


遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。自転車世界一周の周藤卓也@チャリダーマンです。年末も年始もタンザニア南部を走り、そして新年早々にマラウイに入国しました。東部アフリカの旅の区切りもついて、南部アフリカに突入しました。アフリカの旅もあと一息といったところです。

タンザニア、マラウイでは自転車で走っていると、子どもたちに大人気でいつも手を振っていました。走っている姿を見つけると飛びだしてきます。振り返ってみると、アフリカはどこでもそうでした。何も疑うことなく純粋に生きるその姿は、何度も自分を幸せにしてくれました。これがアフリカの魅力だったりします。

マラウイ湖のあるマラウイはこちら

大きな地図で見る

ゾウさん、キリンさんに遭遇したミクミ国立公園を抜けて、タンザニア南部を進んで行きます。この広大なタンザニアには結局約1ヶ月滞在して、約1850kmを走りました。十分です。

お猿さんが横断中。


チョコレートのような色をした川。


深い緑しかない景色。


山がちな合間にある街。


鬼のツノのような植物の棘が落ちていてパンクが増えました。


広大なタンザニアを大型バスが繋ぎます。そのためのバスステーション。


トラックが行く。


この大型バスとトラックがビュンビュンと走っているので、タンザニアの走行は危険を伴います。大型車同士がすれ違う際には路肩に降りないと巻き込まれかねません。この路肩も舗装されていなくて困ったものですが、それでも命を落とすよりはましだと割り切りました。ダウンヒルの際に大型車に追い越されたら風圧で転倒しかねませんし、対向車の追い越しも突っ込むかのように迫ってくるのでビクビクしながら走っていました。ケニアでミラーを新調していたから良かったものの、無かったらと考えるとゾッとします。

ごつごつとした岩山。


タンザニア南部の主要都市Iringa(イリンガ)にたどり着きました。この街は丘の上にあるので、主要道から離れて上らないといけません。ここは標高もあるため過ごしやすく、少しの間滞在しました。

Iringaへ上る最中。蛇行する河が一望できます。


こちらが進行方向。


市内で見かけた、雲が近い西洋建築物。


またまたマンゴーの季節。西アフリカでもよく食べていました。


マーケット。


歳末セールなのか、賑わっていた一日。


クリスマスディナー。食堂を後にしてからクリスマスにチキンを食べていたことに気付きました。


タンザニア名物のフライドポテトの卵とじ。


Iringa名物のヨーグルト。マンゴー、パッション、チョコ、パイン、ラズベリーの5種類を発見しました。500シリング(約25円)と安かったので毎日二つは食べていました。


年末年始も例年と同様に走っていました。通常12月31日を「走り納め」、1月1日を「初日の出暴走」としてテンションをあげるのですが、今年は疲れてしまって、ぐっすり眠っていました。テンションが上がりません……歳ですね。

ちなみに旅を始めてから

2006年元旦 京都 テント
2007年元旦 オーストラリア テント
2008年元旦 タイ 宿
2009年元旦 福岡 実家
2010年元旦 アルメニア テント
2011年元旦 スペイン(→スペインで新年最初に開くお店はなんでしょう?スペイン流の大晦日と新年の祝い方)

とこのように過ごしています。来年の元旦はどこになるのでしょう。今年も何事もなく無事に走りきれることを祈るばかりです。

元旦にたどりついた集落。


そして1月4日、74カ国目のマラウイに入りました。マラウイは南北約900kmの国土を持ちながら、東西では最短で約90km、最長で約160kmと細長い国家です。この南北約900kmのうち、約560kmがマラウイ湖に接しています。このマラウイ湖はマラウイの国土面積の約20%を占めるほどです。旧イギリス領の関係から、公用語は英語です。このマラウイはスワヒリ語しか通じなかったタンザニアと違って、道でマンゴーを売っているおばちゃんですら英語で数字を言ってくれるので助かります。マラウイにもチェワ語という現地語はありますよ。通貨の単位はマラウイクワッチャ。このマラウイクワッチャ…………

でかい。こんなでかい紙幣見たことありません。この500クワッチャ(約250円)が最高額紙幣になります。


財布に入れるとはみ出て端がくしゃくしゃ。なんだか悲しくなります。


マラウイ湖を見渡して。


入国してからは湖沿いの道路を走っていたのですが、150kmを過ぎたChiweta(チウェタ)という街からは内陸の高原に入ります。湖沿いは標高約500mですが、内陸の高原は標高1200mを越えます。下界には湖があるというのに、この高原に緩やかな川が流れていたりして、とても違和感を感じました。

高原の緩やかに流れる川にかかる橋。


100年以上前から使われている手作りの橋です。


実際に人が渡っています。


食堂で頼んだ魚を前に「これ、マラウイ湖で採れるの」と尋ねると「そうだよ」と。マラウイ湖のあるマラウイでは魚料理がよく食べられています。また、アフリカ各地で食べていた練り練りの主食シリーズ、ベナンでいう「アカサ」、ケニアでいう「ウガリ」、マラウイには「シマ」がありました。この「シマ」は食べやすくてなかなかいけます。

シマ&ミート。


ライス&フィッシュ。


高原地帯をマラウイ北部の拠点MであるMzuzu(ムズズ)まで走った後に、Nkahata Bay(ンカタベイ)と呼ばれるマラウイ湖畔の街へと降りました。ここはツーリスティックな場所でドミトリーのあるバックパッカー宿もあります。マラウイに入ってからはツーリストが増えました。今まで会ったことのない「南アフリカから来た」という白人がいて驚いてます。他にもマラウイにはツーリスト向けのキャンプ場があります。バックパッカー宿にしてもキャンプ場にしても観光客が相手ですので、快適で綺麗に作られていて過ごしやすいです。値段もテントを張れば高くはありません。

Nkahata Bayで泊まっていたBIG BLUE STAR BACKPACKERS。


併設されているバー。


自分はテントを張っています。


すぐそこにマラウイ湖。聞こえる波の音が爽やかです。


誰が残していったのか、宿に一冊だけ「ジョジョ」を発見。


このNkahata Bayは湖に面した低地に中心街が広がっています。限られたスペースにぎっしりと家が詰まっている光景は、日本の港町のようでした。ここも魚が取れる港を中心に栄えているのです。

Nkahata Bayの港。


Nkahata Bayの中心街。


タンザニア、マラウイと子どもたちにモテモテで参りました。タンザニアでは「ムズング」と元気に手を振ってくれます。よちよち歩く子のたどたどしし「ムジュングゥ」はもうたまりません。マラウイに入ると「アズング」に変わりました。遠くらみつけると「アズング、アズング、アズング」と連呼しながら飛び出してきます。「ムズング」「アズング」いずれも「外人」の意味です。「外人」と呼ぶのは失礼だと日本ではいいますが、ここまで元気で明るいとかえって気持ちがいいほどです

ブーンして飛び出してきます。


このときの動画はこちら。

マラウイで「アズング」と言いながら駆け寄ってくる子どもたち - YouTube


男の子たち。


左端に注目。


惹かれてしまって、思わず立ち止まりました。


ポーズをとって。


お嬢ちゃんたち。


「ハイ、ハイ、ココ」と集まってくれた子どもたち。


決まっていたり、はにかんだり、怪しんだり。


いい顔している少年たち。


観察している子どもたちをこっそり。


真ん中はキメ顔?端の二人の笑顔もイイ。


学校から飛び出してきました。


自転車と子ども。


椅子に座っていた子どもたち。


横一列に並んで。


集落で休憩したときに出会った子どもたち。


マラウイでは学校の教室を借りてテントを張りました。


そこに書かれていた英語の授業の様子。未来は君たちのものだから、しっかり勉強して欲しいです。


マラウイの子どもたち。

チャリダーマンが出会ったマラウイの子どもたち - YouTube

※ムービーの途中が飛んでいるのは仕様です

西アフリカのどこかでは、二人の少女がひらひらしているスカートを裾を掴んでお辞儀をしながら「ボンジュールムッシュー」「ボンジュールムッシュー」と繰り返してくれました。流れてくる音楽と一緒にプニプニの体をクネクネしながら踊る男の子。すましているけれど、通り過ぎる瞬間にはにかんでしまう笑顔。テクテクと歩きながら握手を求めてきた小さな手。裸で体を洗われているときに石鹸が入らないように目を閉じるその仕草。3歳か4歳にもかかわらず赤ん坊を腰で背負う女の子。近寄っていくと親の服を掴んで後ろに周る動作。前にいる母のまねをして頭に何か乗っけようとして、でも落としてしまう可愛らしさ。

毎日何かしらドキッとさせられます。大人になるに連れて陰りが増えていくばかりですが、無邪気な子どもたちはそれを打ち消してくれるようでした。アフリカの子どもたちはとても魅力的です。彼らの純粋な姿は何度も自分を幸せにしてくれました。

(文・写真:周藤卓也@チャリダーマン
自転車世界一周取材中 http://shuutak.com
)

・関連記事
タンザニアでサバンナを歩くゾウやキリン、思い描いていたアフリカに到達 - GIGAZINE

ルワンダの新しい国づくり、「ジェノサイドの悲劇」から「アフリカの奇跡」へ - GIGAZINE

電気も値札もないウガンダでアフリカがいつまで経っても貧しい理由を理解 - GIGAZINE

西アフリカのどんな国より旅しやすい東アフリカのケニアの魅力について - GIGAZINE

南スーダンでも誤解を受けていた日本の「トイレバイク」 - GIGAZINE

コンゴでマラリアと腸チフスを併発したチャリダーマン、ビザが取れず立ち往生 - GIGAZINE

オムレツスパゲッティ、ブッシュミート、キャッサバ、焼き魚……カメルーンの食は豊かで美味しすぎました - GIGAZINE

日本では考えられない格安携帯「Nokia1280」をアフリカで手に入れました - GIGAZINE

アフリカの携帯電話事情まとめ、街中に携帯の充電屋さんや修理屋さんも - GIGAZINE

主要道すら泥まみれになる英語圏カメルーン道路網の貧弱さと南カメルーン連邦共和国の独立運動 - GIGAZINE

NEXT11として経済発展が期待されるナイジェリアの現況とこれからの可能性 - GIGAZINE

旅人としては勧めたい、純粋で優しい人々に囲まれたナイジェリア旅行記 - GIGAZINE

トーゴ、ベナン、ナイジェリアとギニア湾岸にある魅力の国々と人々の笑顔 - GIGAZINE

どこにでもあるアイスが証明、西アフリカで一番経済発展が進むガーナ - GIGAZINE

激安2000円台のエコツアー、ガーナの大自然の川で野生のカバを見てきました - GIGAZINE

特大マンゴー1個10円、ギニアとマリはマンゴーパラダイスでした - GIGAZINE

巨大樹とオカダがある西アフリカのシエラレオネ、内戦からの復興中のこの国で明るい未来への可能性をみました - GIGAZINE

ケボからボケまで、ギニアビサウとギニアの未舗装の小さな国境ルートはびっくりするほどアフリカでした - GIGAZINE

旧イギリス領と旧フランス領の違い、セネガルに囲まれた小国ガンビアが紳士の国だった不思議について - GIGAZINE

セネガルの首都ダカールで黒人奴隷の歴史が残る負の世界遺産ゴレ島に行って来ました - GIGAZINE

黒人国家のセネガルから始まるアフリカらしいアフリカ、フランス風の街なみが残る世界遺産サン=ルイ島を訪れました - GIGAZINE

砂がすべてを支配するモーリタニアの首都ヌアクショットの日常と、日本を感じるご飯料理 - GIGAZINE

誰も寄せ付けないサハラ砂漠が広がる西サハラで営まれている大自然の美しさとそこで働く男達 - GIGAZINE

モロッコ南部、西サハラのどこまでも広がる果てないサハラ砂漠の美しさと道路を横切る野生のらくだ達 - GIGAZINE

美味しいモロッコ料理とたくさんの旅行客が訪れるマラケシュの賑わい、そしてサハラ砂漠を目指す旅人達について - GIGAZINE

スペインで新年最初に開くお店はなんでしょう?スペイン流の大晦日と新年の祝い方 - GIGAZINE

日本から自転車でユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬へ辿り着いて想う事 - GIGAZINE

ピレネー山脈の小国アンドラ公国で深い雪に覆われた標高2408mの峠を自転車で越えたら、ホームステイとテレビインタビューが待ってました - GIGAZINE

目標100カ国100,000kmの自転車世界一周、これまでの52カ国65,000kmで撮影した美麗な光景の写真集 - GIGAZINE

21

in 取材,  動画, Posted by logc_nt