取材

まさにプロジェクトX、これがはやぶさ搭載「イオンエンジン」開発と激闘の記録


限られた予算の中、ロケットを大型化するのではなく、エンジンを高性能化していくというアプローチで研究・開発されてきたイオンエンジン。その約20年にわたる歴史はまさに血と汗と根性の記録となっており、たび重なる難局を切り抜けるための新技術と工夫の結晶がそこには隠されていました。

これは、日本最大のゲーム開発者向けカンファレンス「CEDEC2011」にて「未踏宇宙を拓く「はやぶさ」探査機搭載イオンエンジン」というタイトルで、はやぶさのマイクロ波放電式イオンエンジンの開発・運用を担当した國中均氏の講演をまとめなおしたものです。


國中:
今日はお時間をいただきまして誠にありがとうございます。小惑星探査機はやぶさの運用、特に私が担当してまいりましたイオンエンジンについてお話しをさせていただければと思っております。


いくつかコンテンツを用意させていただきましたけれども、全部をお話しできそうにありませんので、いくつかこの中から選んでご紹介したいと思います。イオンエンジンという名前でご紹介させていただきましたが、もっと広い意味では電気ロケットという技術です。いったいこの電気ロケットというものがどういったものを目指して研究開発されきたのかということをまず冒頭にご紹介したいと思うところです。


幼稚なマンガなんですけど、ここで子どもがいてジャンプをすると尻もちをつきますが、上手に飛ぶとぐるっと回ることができるという感じです。これは慣性飛行という飛び方です。


人工衛星が飛んでいる飛び方を言いますが、本当はあまり正しくはなくて「落ち続けている」「慣性飛行をしている」という言い方をします。地球を回っている人工衛星のほとんどは慣性飛行をしています。しかしもっと遠くへ行こう、つまり太陽を回りながら、その先端に行こうということを考えますと、慣性飛行で行くという方法もあります。しかしもう一つ別の方法もありまして、これはタケコプターですが、前者と後者の違いは、プロペラがついてるので、後者の方がパワーを得ている動力飛行であるということです。今の話を宇宙技術に焼き直ししますと、これはロケットですね。ロケットは明らかにジェットを噴射しながら、上昇していきますから、これは動力飛行です。動力飛行をするロケットの先端には人工衛星が乗せてあります。人工衛星というのはロケットによって初速度を与えられて、それ以降は慣性飛行をする乗り物です。ですから、人工衛星は地球の周りをぐるぐる回っているということになります。


このもう1つ別の方法である動力飛行には日本の技術的な境界条件がある、ということが大きな制約になります。たとえば米ソであると有人ミッションということをやってまいりました。したがって彼らはたいへん大きなロケットを持っているわけですね。ところが日本は有人ミッションをやっておりませんので、ロケットが米ソに比べると非力であるということになります。小型のロケットしかありませんから、小型のロケットでもさらに遠くに人工衛星のリーチを伸ばしたい、長距離遠距離飛行を達成したい。そのためには人工衛星に搭載する推進装置をたいへん高性能化し、そしてリーチを伸ばしてきたわけです。そのためにロケットを大型化するのではなく、人工衛星に搭載するエンジンを高性能化して、よりリーチを伸ばしていくというのが我々の目指しているところであった、ということになります。

「では高性能エンジンとは何ですか。どういうものが高性能エンジンなんですか」ということの説明です。これは運動量保存式です。ここで申し上げたいことは、推進剤の質量と推進ジェットの速さの積。これが注目すべきパラメーターです。たくさん燃料を積むことはできませんから、人工衛星に乗せられる重さは限られていて、そこに乗せられる燃料の総量にも当然制限があるわけです。ですから燃料は少しにしたいわけです。燃料を少しにするとこの式は小さくなってしまうわけですけれど、燃料を少しにする代わりにジェットのスピードを速くすれば、この公式は保存され、数字は同じになるわけです。ジェットを速くすること、これが私が先ほど申し上げた高性能エンジンの極意になるわけです。


化学ロケットの場合、ジェット噴射の速度というのは秒速3キロくらい、別のエンジンですと秒速5キロくらいまで保つことができます。さらにもっと速くししようとするには電気ロケットという技術を使わないとその上に到達することはできません。電気ロケット、たとえばイオンエンジンというような技術を使いますと、秒速30キロというようなロケットは比較的簡単に作ることはできます。つまり化学ロケットが秒速3キロに対して電気ロケットは秒速30キロですから、10倍速いわけです。だから、燃料は10分の1で済むという結論になります。


電気ロケットの一種のイオンエンジンは静電気を使ってジェットを作り出します。静電気といってもプラズマを作っていくわけです。プラスの電気を帯びた粒子に着目していただきますと、マイナスの電気に引かれる偶力、静電力を使って高速ジェットを作りだそうというシステムです。ガスにはキセノンという物質を使います。幼稚な絵でたいへん恐縮ですけども、我々の身の回りにある三態、固体・液体・気体、つまり、だんだん温めていくと氷が水になり、水が水蒸気になり、さらに温めていくとプラズマになります。プラズマというのは我々の身の回りにある三態にある第4の物質の状態という言い方もします。


プラズマはたいへん高温なんですね。高温というところが大きな障害になります。これはアメリカが研究を進める型式のイオンエンジンです。先ほど説明した加速する部分、これがグリッドです。静電グリッド、エレクトロ・スタティック・グリッドシステムというような言い方をしますけれども、その手前の部分、放電室と呼ぶ部分で先ほどのキセノンをプラズマにします。


プラズマにする1つの方法は電極を使って、電極間でアーク放電を起こし、プラズマを作るというのが従前の方法です。つまりプラズマを作るためには電極が必要で、電極をプラズマの中に挿入しなければならないということです。高温のプラズマの中に固体電極を挿入しておくと、どうしても溶けていくという現象が起きます。具体的にはスパッタリングというような現象なんですけれども、だんだん電極が消耗していくんですね。消耗してなくなってしまうと当然ながらシステムとしては検討外、寿命が尽きるということになります。もしくはこのまま消耗してなくなってしまえばいいんですけれど、なかなかそうはいかなくて、たくさんの金属の粉ができます。粉がこの放電室にたまってしまうと、電圧的なショートが起きますので、電圧が掛からない。こういった故障モードもあります。

我々が研究を始めましたのは、1980年代後半です。明らかに米ソと比べれば後発なわけです。後発というのは遅れているわけですから、劣勢なわけです。別の言い方をすると、新しい技術を投入するチャンスでもあると思います。なので、我々は米ソとは違う型式のイオンエンジンの開発を目指しました。寿命とか信頼性というものに対しては非常にナーバスな部分であるわけですけど、じゃあこういったトラブルがないようなシステムはできないでしょうか、と。

ここで壊れやすい部品(摩耗しやすい電極のこと)が見事になくなってしまえば、寿命とか、信頼性とか、そういった心配の要素がまったくなくなってしまうということに気がつきました。夢のような機械になるということです。では電極を入れていない代わりにどうやってプラズマを作るのかというと、マイクロ波を入れて電波と磁石を使ってプラズマを作るという技術です。ECRという言い方をします。エレクトロン・サイクロトロン・レゾナンス(エレクトロンサイクロトロン共鳴)という方法でプラズマを作ろうじゃないか、ということです。


一番最初に作りましたのは1989年に作りましたY1号機というものです。もちろん立派に動くには動かすことはできました。実験室の中ですけれどもプラズマを生成し、静電加速で秒速40キロという速度のイオンジェットを作り出すこと見事に成功しております。ただ、性能ということに関していいますと、とても宇宙で使えるような代物ではありませんでした。

このチャートはイオン源、プラズマ源の性能を表す図になっております。縦軸は作動させるに必要な電力を表すパラメーターです。電力は少なければ少ないほどいいという風に言います。横軸は推進剤をどれだけ効率的に利用したかというパラメーターです。100%に近いほどよいことになります。ですからこのチャートの中では右下が高性能ということになります。最初に作ったモデルはとても性能が悪いものでした。これは縦軸を見ていただきますとログになっているところがミソです。100、1000、10000、なので使いものになるレベルと比べると、2桁くらい性能が悪いというようなものでした。


しかしめげずに研究開発を進めていきますと、90年、91年、92年と格段に性能が向上してまいりまして、はやぶさに乗せましたμ10(ミューテン)イオンエンジンになりますと、200ボルト、80%というところまで到達することができました。この領域に達しますと米ソの機械と比べましても性能的には遜色ないレベルまで到達できたということです。ただ見ていただきますと、1989年から2001年とここにいたるまでには10年以上の期間を要してしまっているということです。着想から実証性能達成には10年に匹敵するような時間が掛かるということです。技術ですから一朝一夕にはできません。

イオンエンジンの研究開発とともにシステムの研究開発というものも必要になります。エンジンをどういう電源で、どういうロジックで動かしていくか。電源の開発、ロジックの開発、そういったものが平行して行われていきます。90年代前半になりますと、実験室の身の回りにあるものを集めてきて、実験室でイオンエンジンが作動を始めます。当時は潤沢に費用がありませんでしたので、マイクロ波アンプ……これはたいへん高価なものなのですが、ジャンク屋さんとたいへん親しくなりまして「いい出物はありませんか」というような感じでジャンクを集めてきて、イオンエンジンの運転をしていた記憶があります。


こちらにあるのは懐かしいPC-98ですけれども(上記写真の右下)、こんなやつにGPIBバスを繋げて、自分でソフトウェアを作って、動かしていくというようなことをしていました。今のコンピューターからすると、マシンを組んで、ハードウェアに近いようなコマンドも作るようなこともできましたので、大変そういう意味ではおもしろい、楽しい研究をしていたように記憶しております。

ここまでは私の研究者、エンジニアとしての研究努力の一環といったことになります。もうひとつは組織、私の所属しております宇宙科学研究所、もしくはJAXAというところですけども、この組織も組織なりにどういったことをやりたいかということを粛々と考えているわけです。


先ほど人工衛星のお話をしました。宇宙には2つあるとお考え下さい。地球を回る宇宙と太陽を回る宇宙ということです。日本が地球を回る宇宙に飛び出していったのは70年代前半のことですけれども、太陽を回る宇宙にデビューしたのは1985年の頃です。その頃は国際的なハレー彗星の観測船団(これはハレー艦隊と呼ばれたもののこと)が各国から打ち上げられて、船団を組んでハレー彗星の観測を行いました。NASAはICE(アイス)という探査機ですね、390キログラムです。これはヨーロッパのジオット、これは580キログラムです。ソ連のベガは1号、2号と2機ありますけども、これにいたっては5トンというたいへん大きな探査機です。ベガにいたってはたいへん手が込んでおりまして、ハレー彗星にいく前に金星に立ち寄って、この上の部分を落として、これは金星気球(バルーン探査機)になっております。金星に立ち寄ったあとに、ハレー彗星に向かって観測するというたいへん手の込んだことをやってきております。


日本も85年に太陽を回る深宇宙にデビューをしたのですが、その時に上げたのはたった140キロしかないたいへんスリムな人工衛星しか上げる能力がなかったということです。これは冒頭に申し上げたように、米ソに比べてロケットが非力であるというところが大きな障害になっていたということになります。たった140キロしか深宇宙に投入する技術的能力がなかった当時の日本、1985年にです。小惑星サンプルリターン小研究会という集まりが同じ1985年の頃に催されております。これはプロパガンダですけどもアストロノーツ(宇宙飛行士)が小惑星に取り付いて、削岩機で表面に穴を開けて、サンプルを取り出して地球に持って帰ってこようということを将来、やってみようじゃないか、日本でやってみようじゃないか、ということを85年には考え始めていたということです。こんな難しいことは今でもできないわけですけども、これはプロパガンダとして、こういった人工衛星で小惑星に行って帰ってこようということをもう考え始めていたということです。


1993年になりますと具体的に小惑星サンプルリターンミッションというものをみんなで考えてみましょう、と。90日間で設計をしてみましょうというような打ち合わせがもたれました。


これはこの時に提案された書類で、プロジェクトマネージャーの川口が出した書類ですね。これには技術的な案件が書かれています。この一番下には「ランデブー、離脱には大きな速度増が必要。おそらく電気推進を用いざるを得ない」。ここで電気推進を用いて、小惑星探査、往復探査をやろうではないかというような検討が具体的に始まるのが、93年のことです。


いよいよ96年からシステムの開発、探査機の開発が始まります。このチャートは日本とアメリカの開発規模の差というものです。米国の宇宙技術のレベルにはたいへん高いものがあります。やはり宇宙開発にかけるモチベーションなり、原動力というのは日本と比べるとたいへん大きな違いがあります。技術はたいへん高いレベルまで開発されています。人工衛星といいましてもいろんな技術の集合体です。たとえば推進装置、通信装置、それからコンピューターであるとか熱設計、構造設計、いろんな技術の集合体なわけです。そういった技術を人工衛星を作る前に個別に開発を進めております。その結果としてTRL(Technology Readiness Level、技術成熟度レベル)、技術準備状況というものは非常に高い状態にあるわけです。つまり、すでに完成に近いような技術がすでに棚の上に並んでいるという言い方をします。たとえば特定のミッション、水星に行こう、木星に行こうということが決まった途端に、すでに棚の上に並んでいる技術を集めてきて、それをガチャガチャと組み合わせて人工衛星を作ってしまう。こんな作り方をしております。したがって衛星開発期間というものが非常に短く、3年くらいで衛星を組み立ててしまいます。


日本はTRLが低いものですから、人工衛星のシステム開発から、コンポーネント開発というものを平行して行わざるを得ません。コンポーネントの洗練化、システムの研究というものを平行して行わなければならない。従って、どうしても期間が長くなってしまうということになります。たとえばコンポーネント開発というものは「イオンエンジンをここまで開発しておくか」というようなことを意味しています。私の場合ですと開発費というものは当時、年間何百万円の規模で開発・研究をしているわけです。

次に人工衛星に搭載するような機械を作ろうと思うと、やはり年間何億円という規模がどうしても必要になってしまうわけです。これには2桁のギャップがあるわけですね。これももう少し、2~3回に分けてくれれば、もう少し楽な研究開発ができたかもしれないですが、当時としてはこんなスキームで宇宙開発というものをやっておりました。私としては先ほど申し上げたように米ソとは違う方式のイオンエンジンを実現させるべく、自分たちのいろんなアイデアを出して、作ってきたわけです。次のステップとしては実験室という温室を離れて、宇宙に出かけていって、イオンエンジンを動かしてみたいという大層な望みを希望するようになりました。


そのためには何とかしてこの規模の費用を手に入れて技術開発をしなければならないわけです。ただ私にそれができるかどうか。私にも初めてのことなので、そこを完成させられるかどうかというのは、私としても、何もないわけですね。研究所としては不安になるわけです。「君の技術を5年後に完成させることはできるのか」と聞かれるわけですが「私もやったことがないので分かりません」と言うと、「君の技術を使うのはやめておくよ」と言われてしまうかもしれないので、「大丈夫です、できます」と言う。そうでもしないと次のステップには進めないです。ある時にははったりやブラフも必要ではないか、と思うところです。

そのぐらいの費用をかけて、我々がやらなくてはならないのはイオンエンジンの耐久試験です。さきほど電極を使わないので長寿命ですよ、ということを言いましたが、これは定性的に長寿命だといっているだけで、定量的に長寿命だと証明したわけではないです。だから、打ち上げ前に長寿命を地上で証明しなくてはいけないわけです。我々が要求された寿命は宇宙で積算作動時間、1万4000時間をまっとうすることということです。1万4000時間を2万時間の耐久時間でもって証明しようという風に我々は考えました。一年間365日×24時間というのは9000時間にも達しません。2万時間を実証するには2年半掛かるわけですね。加速試験というものはまだできないので、実時間で証明せざるを得ません。ですから2年半の試験を2回やっております。実は耐久試験だけで5年間、時間を費やしております。これは2000年の4月から始めて、この赤い線が作動積算時間です。


2002年の年末にようやく1万8000時間を到達して、2回目の試験を完了しております。打ち上げは2003年の5月ですから、ほとんど打ち上げぎりぎりまで試験はずっと行っておりました。


この耐久試験をいかに早く終わらせるか。それは連続で運転するのが一番いいわけです。24時間盆暮れ正月なくずっと運転する。そしてその試験装置の前にずっと人間が張り付いているわけにもいきませんので、当時やっと発達し始めたインターネットにシステムを接続して、リモート監視だとかリモートコントロールというようなことを始めました。このシステムを作り始めたのが96年で、運転を始めたのは97年ですから、まだインターネットの環境が充実していなかったのですけど、当時は電話の回線、モデムでして、何か困ったことがあると電話をかけてくるわけです。次はポケットベルでした。ポケットベルに緊急の連絡が入ってくるわけです。ポケットベルも次第にすたれてしまって、携帯電話になって、それからモバイルコンピューターで接続してエンジンの運転の様子を見るとか、外から制御して、オンオフを制御するとか、そんなようなシステムを作って、こういうことをやっておりましたような記憶があります。


これがウェブ上に出していた運転の状況です。みなさま懐かしいと思える方、ネットスケープのスナップショットですね。これはちょうど1万8000時間をクリアした瞬間のスナップショットです。ここに1万8000時間と書いてありますね。こういったウェブで情報を公開しながら、耐久試験をしておりました。


やはりそうしていると結構「NASA」からアクセスがあって、我々の活動にたいへん興味があったようです。耐久試験としては粛々と進んでいくわけですね。特に大きな問題もないこともありませんでしたけど、粛々と進んでいきました。

ここで楽しみというとこれしかなくて、これはミッションパッチ……撃墜マークですね。1000時間ごとにこういったステッカーを真空タンクに貼っていくんですけれど、18枚ないし20枚になると耐久試験を完了したということになります。これは宇宙戦艦ヤマトですね。波動砲エンジンの代わりにマイクロ波動砲エンジンの写真が。改造した宇宙戦艦ヤマトですけど。


これは9000時間に到達した時のステッカーです。これは加速グリッドの形状なんですけれども、これは実験をする前、これは1万8000時間後ですが、直径が少し大きくなっていますが、これでも十分まだまだ使えます。十分耐久性を証明することができました。


他にも平行していろんな技術開発を行っております。いよいよ開発した小惑星探査機に仕上げて、打ち上げに入るわけです。これが我々が作りました小惑星探査機はやぶさでございます。二翼の太陽電池、これはトリプルジャンクションセルという効率27%の大変高性能な太陽電池で構成されております。これで約2.6キロワットの電力を発生することができます。


これは通信用のパラボラアンテナで、側面にはイオンエンジンが搭載されています。イオンエンジンとしては4台のイオンエンジンをはやぶさには提供しており、1台は8ミリニュートン、3台同時運転することができますので、24ミリニュートンという推力を出すことができます。1グラムの一円玉は地球の重力に引っ張られる力が10ミリニュートンという大きさになります。24ミリニュートンといいますと、非常に小さな力しかありませんが、宇宙というのは空気抵抗というものがありませんので、時間は掛かりますけども毎日少しずつ加速していって、1年後、2年後にはたいへん速いスピードまで到達するというシステムになります。


はやぶさ探査機は総重量500キロです。2003年に打ち上げまして、一度地球に舞い戻って、スイングバイをして、この間、ずっとイオンエンジンで加速をしながら、小惑星に2005年に到着をする。小惑星イトカワに到着して、近接観測それから着陸、離陸、サンプル採取を行って、2007年に地球に帰ってくるという計画でしたけども、いろいろなトラブルがあった関係で2010年に地球に帰還を果たしたというプログラムです。


そしていよいよ2003年5月9日に、M-Vロケット5号機で打ち上げてまいります。


打ち上げますといよいよ、イオンエンジンの出番ですね。実はロケットフェイズというのは人工衛星屋さんは何もやることがないのでただひたすら我慢しているだけです。宇宙に投入された暁にはようやく、衛星技術の出番になるわけです。ここからがイオンエンジンの勝負所です。二年間のたいへんきついノルマが課せられていて、ほとんど停止する暇がありません。これは2004年の7月の約1ヶ月間の航海ですね。赤、緑、青が各エンジンの噴射燃料を表しております。


これは3週間ですけども、毎週火曜日がお休みになっておりまして、この日にコマンドの書き換え、データのダウンリンクを行って、それから予定の計画を書き込んで、残りの6日間は連続噴射をずっとしてまいります。そういったサイクルをずっと2年間粛々と続けていきます。そしてようやく小惑星イトカワに到達することができました。これが軌道図になっておりまして、ここが太陽、ここが地球です。メロス小惑星とかはここにおります。この黒い実線がはやぶさのとった軌跡になっておりまして、最初の1年間は地球のそばに滞在しまして、わざと地球のそばに滞在して、なるべく太陽の近い場所ところにいて、太陽の電気を使って、イオンエンジンでフルスロットルで全力加速をして、速度をためていきます。たまった速度を地球の重力を使って曲げて、小惑星の方向に変えていきます。遷移軌道というところに乗って、この間もイオンエンジンで噴射しながら小惑星に2年半かけてようやく到着したということでございます。

この間、太陽に一番近いところは0.86天文単位。一番太陽に遠いところからは1.7天文単位。もうほとんど金星のすぐそばまで、火星の向こう側まで到達しているということになります。


これが2年間の運用プロファイルです。これが2003年の5月、それから到着した2005年の9月。最初、太陽に近い場所におりますので、電力は十分にありますが、三体同時運転、24ミリニュートンの推力を出しております。太陽から遠く離れていきますと太陽電池の出力が下がっていきますので、推力を下げて消費電力を下げていきます。最小出力は4ミリニュートンまで下げていきます。太陽の電磁線を通過して、太陽に近づくにつれて推力を上げていって、ようやく小惑星まで到着した。こんなプロファイルになっています。


推力を可変できる電気ロケット、イオンエンジンというのはたいへん珍しいといいますか技術としてはたいへん高いレベルにあります。通常は地球の周りには、こういったスロットリング運転というものはする必要はないんですけれど、深宇宙探査機の場合には太陽の距離が非常にありますので、それに応じて電力がかわって発生電力も変わる。それを有効に推力変換・軌道変換すためにこういったスロットリングという機能を備えております。宇宙運用に変わりましてもイオンエンジンを1000時間動かした、10000時間動かしたといったときにはこうした、撃墜マークを追加して、管制室の窓にシールをたくさん貼っていきます。最初はこれで全部埋めてやろうと思ったんですけど、それは苦情が出るので、最初は100時間、それから1000時間、10000時間という切れ目にして、ミッションの成果の数を減らすようにしました。これは1000時間目で動いた時のミッションパッチです。やはりこれは宇宙戦艦ヤマトになっておりまして、さきほどのイオンエンジンがEPLモデルなんですがこれはプロトタイプモデルに変更されています。ジェットの色も少し変わっております。


ようやく2005年の8月にイオンエンジンを停止しました。それ以降は2週間は慣性飛行で小惑星に近づいていきます。最初は点でしたが、翌日になるとだんだん大きくなって、またその翌日になるとさらに大きくなって、表面に陰影が見えてきて「あれがクレーターなのかな」と見ていると、実は大きな岩のかけらだったりということを経験いたしました。実はこの2週間、私にとっては至福の2週間だったと記憶しております。つまり私の仕事は半分が終わったわけです。地球から出かけていって小惑星に到着するのがイオンエンジンに課せられた仕事の半分なんです。その半分が終わって、小惑星がだんだん見えてくる。技術革新によって、行けなかったところに到達できるようになる。見えなかったものが見えるようになる。これはまさにそれが具現化した瞬間だったな、と記憶しております。


毎日毎日が楽しい2週間でした。これは間近に到着して、小惑星のつぶさな状態を撮った写真を連ねたムービーです。


私としては「どうしてこんなに、表面がぶつぶつで、変な格好して、不思議な格好をしているのかな」というのを見て毎日飽きないわけで、大変喜んでいるのですが、キャッキャと喜んでいる私を尻目に、横にいる別のエンジニアがこの映像を見てがく然としました。いたるところが岩だらけで着陸するところが見当たらないからです。そのエンジニアはなんとか着陸しなければいけないというタスクを背負っていました。よく見ると平らなところがあります。こういうところやこのあたりです。平らなところはあるのですが、平らなところはくぼ地になっているのがお分かりかと思います。くぼ地に着陸するのは難しいわけですね。


いよいよ着陸を行います。窪地に着陸をするのに不用意に接近すると、相手は回っていますからこのようにぶつかってしまいます。着陸する場所は「ミューゼスシー」、ミューゼスの海です。ここに着陸するのですが、まずは遠巻きに見ておいて、着陸点が見えてくると、急速降下をする。こういう方法でしか着陸はできません。これは実際に着陸した時にはやぶさが撮った映像をつなぎ合わせたムービーです。これはCGではなくてリアルなものです。この黒い点ははやぶさ自身の影です。つまり太陽と小惑星の軸線上によく位置取りができているということです。ミューゼスシーが見えてまいりました。ここから急速降下に入ります。


ここで映像が途切れます。といいますのは、接近フェイズはハイゲインアンテナ(高利得アンテナ)とパラボラアンテナを地球の方向に向けながら、通信をしながら接近しますが、いざ着陸する段階になりますと、地表の傾きに合わせて姿勢をアラインします。そうするとハイゲインアンテナの方向が変わって電波のレベル下がり、通信ができなくなります。以降は地上からリモートコントロールができないので、探査機が自分で考えて、自動着陸、自動離陸を行います。


当然はやぶさは太陽の向こう側の2天文単位先におります。ですから、電波の往復遅延時間が32分もあって、とても地上からのリモートコントロールはできない環境です。これは最接近した時のスナップショットです。見事にはやぶさの影が写っています。これははやぶさの下方についているカメラで小惑星の地表と自分の影を撮ったものです。ここに事前に接近した時に落としておいたターゲットマーカーが写っております。


首尾よく、着陸、離陸はできましたが、原因はなかなか特定されておりませんが、直後に燃料漏洩が起きます。燃料がローカルな場所から漏洩を始めて、全体がスピンして姿勢制御を失って、高速スピンに入ってしまいます。いろいろと助け出す算段をしたのですがうまくいかず、通信をロストしてしまいます。そして行方不明になります。もちろん太陽の向こう側の2天文単位、3億キロ彼方で行方不明になると、通常は復旧はしないのですが、川口ががんばってあきらめずにいろんな策を編み出しました。どう考えたかというと「やはりここに燃料が漏れて、高速スピンに入った。スピン軸が太陽の方向を向かないで、明後日の方向向いて高速スピンになっている。したがって太陽電池には光が当たらないので電力を失って、全機能を喪失したであろう」と。

「慣性空間固定でスピン軸がぐるぐる回るので、この位置から、この位置に季節が変わると太陽の光が太陽電池に当たるタイミングがあるかもしれない。運が悪いと当たりませんが、運がそれほど悪くなければ、いつか太陽電池に太陽が当たる」と。「そうすれば電力が回復する。電力が回復すれば、自動的に受信機にスイッチが入るので、その受信機に向かって、正常に探査機が生き返るようなコマンド列を送り続けろ」と。


どんなスピンレートで回っているか分からないので、どのタイミングでアンテナで地球に向くか分かりませんから、いろいろなタイミングでコマンドを送ります。どんな回転数で回っていてもいつかコマンドを受け付けるように、いろいろな組み合わせでコマンドを送り続けていきます。「そういうミッションをきっと1年くらいやるんだろうな、それでもきっと見つからないだろうな」とは実は思っていたのですが、たいへん幸運なことに1か月半後、1月23日にビーコン電波を再捕捉することに成功しました。これは本当に奇跡です。奇跡としか言いようがありません。


ですが、この電波はですね、ひじょうに微かにしか来ていなくて、電波が来ていることは分かるのですが、情報が何も取り出せないのです。そこで考えたのは、これがビーコン電波がオン状態、これがオフ状態ですが、オンオフオンオフという作業をさせます。たとえば「ある場所の温度が0度よりも高いですか、高くないですか。高ければビーコンのオンオフをしなさい」と、高くなければ何もするなという設問を与えて、今ビーコン電波をオンオフしましたので、「この場所の温度は0度よりも高い」ということが分かります。次にこれを10度に変えて、同じ質問をして変化がなければ0度~10度の間だなというデータが分かるわけです。このようにのろし通信のようなことをして、ひとつひとつデータを蓄積して、だいたい大丈夫な状態であると確認しました。

ところがそれではとても地球に帰ってくる状態ではありません。何とか姿勢制御を取り戻さないとどうにもなりません。この時点で姿勢制御用の化学推進機の燃料がすべて漏洩してしまっているので、とても姿勢制御はできない。姿勢制御する方法はまったくないわけです。ここで万事休すということになったんですが、まあ「こんなこともあろうかと」……


中和器というのを実は傾けて取り付けてありました。中和器は推力自体は小さいのですが、トルクアームが重心からかなり距離があるため、ガスを出すと回転力はそこそこ出ることが想像できました。これを使えば姿勢制御ができるかもしれない、とやってみたところこれがたいへんうまくいって、キセノンガスジェットで姿勢制御を取り戻すことができました。これが2006年のことです。そしていろんな地球帰還に向けての算段を2006年中はやっており、2007年になって地球に帰ってこようとイオンエンジン、先ほどのキセノンのコールドガスジェットではなく、プラズマジェットを噴射して地球に帰るということを始めました。


当初は2007年に帰ってくる予定でしたが、軌道計画を変えて2010年をターゲットに軌道変換を始めます。リアクションホイール3台のうち、2台が壊れていましたが、残っている1台を温存して大事に使いながら、イオンエンジンを噴射して、微妙に方向を変えることで姿勢制御をする。本来のスコープではありませんが「こんなこともイオンエンジンでできるぞ」ということを示すことができたと思っております。そして2007年、2008年、2009年とイオンエンジンの運用を続けてきました。


とはいえ、これもただの機械ですから、大変長寿命の機械を提供したつもりなのですが、使っていれば性能は段々降下していきます。これはスラスターBの宇宙での様子ですが、0から1万時間、約1年数か月分です。この部分は比推力というデータですけども、下がっていっています。


機械なので、しょうがないことです。そしてあと7ヶ月ほどで地球に帰ってくるというところでエンジンが故障してしまいます。この時はスラスターCとスラスターBを組み合わせて何とか地球に帰ってこようと思っておりました。


2009年11月4日、夜中に電話が掛かってきまして「エンジンが止まっています」と言われました。「困ったな」と思って、まだ終電があったので相模原に駆けつけたところ、スラスターBがウンともスンとも動かない状況になっていました。この時、スラスターAとスラスターBは故障して、運転を停止しておりました。そしてスラスターCも性能が少し落ちていたものですから、虎の子のスラスターBが動かないと、地球には届かないという状況でした。ここで万事休すか、と思ったのですが、「こんなこともあろうかと」ということで、別の準備もしていました。


スラスターAが故障をした話をしましたが、原因はイオン源Aが壊れたということです。一方、スラスターBの故障の原因は中和器Bが壊れたということでした。中和器Aとイオン源Bは健全であると確信しておりましたので、これらをうまくバイパス回路でつなげることができれば、急ごしらえの新たなエンジンシステムとして運転させることができます。実はこのようなバイパス回路を私は事前に仕込んでおきました。というのも、「これを動作させればきっとこういう運転ができるだろう」ということはずっと考えていて、私のエンジニア魂としては「よいチャンスが来たな、あの技術を世に示す機会が来たな」と30%くらいはやってみたいという意味でわくわくしておりました。70%は「困ったことになったな」と思っておりました。とにかく、この方法で推力を回復することができ、残りの7ヶ月間の運用も無事にこなすことができました。

最後は実はたいへん難しい局面となります。イオンエンジンは推力が小さいので、アバウトに小惑星に向かっていって、アバウトに地球に戻ってくるために使うエンジンです。精密な軌道誘導はスコープにはしておりませんでした。ですが最後にオーストラリアのウーメラの砂漠にピンポイントで落とさなければならないんです。当然これは他国のご了解を得て、使わせてもらうものですから、ほんの少しでも危険なことがあってはとても受け入れてもらえません。狙う場所はウーメラなのですが、そこ自体は砂漠で特に何の差し障りもありませんが、たとえばこれがシドニーに落ちたとなると、とてもオーストラリア政府としても認めることができないわけです。


なので、はやぶさの機能が少し失われているけれども、イオンエンジンで精密に軌道誘導をできることを証明しなければいけないわけです。これまでいろんなオペレーションをしてイオンエンジンを使いこなしているので、たぶん大丈夫だろうと。「こんなこともあろうかと」いろいろな計算を積んできたので、イオンエンジンで精密軌道誘導を計画し、かつ首尾よくそれを実行できております。


いよいよ、カプセルのリエントリーです。探査機は第2宇宙速度という大変速い速度、秒速12kmで地球に突入します。カプセルは地球に帰さなければいけないので、高速で大気にぶつかって発熱しても、内部が守られるように表面はカーボンでできた耐熱シールドで覆われています。中には貴重なサンプルが入っているはずなので、内部を高温にしないようにして守る設計になっています。ただ探査機はほぼアルミでできているので、大気に突入すると全部溶けてしまいます。従来の考え方では、カプセルを分離したあと化学推進機を噴射して軌道を変えて、地球に落ちないような軌道に乗り換える計画だったのですが、さすがにイオンエンジンではそんな芸当はできませんので、我々の決断として、探査機を丸ごと地球へ落とすことにしました。


いよいよ地球帰還です。これは私を含めて70人ほどのJAXAのスタッフが現地でカプセルを回収しましたが、その時に撮ったムービーです。


これです。これは母船が光っています。高速で突入してくるので、とても耐えられる設計にはなっていません。


今、内部が爆発した模様です。探査機自体は木っ端みじんに大気中で全部溶けてなくなっています。ここにある輝点はカプセルです。たいへん安定な飛行を続けて、大気で減速をして高度5000mでパラシュートを展開して、安全に着陸をなし遂げております。
Hayabusa Re-entry over Australia - YouTube


心配していましたが、はやぶさのここまでのオペレーションは、本当にいろんな故障やエラーや艱難辛苦の山だったのですが、カプセルは非常によく機能しまして、我々が考えていた以上の最高のオペレーションをしてくれました。


ビーコン電波は予定通り出ました。それを頼りに着地点を特定できて、ヘリコプターで飛んでいって、1時間後には目視で着陸したカプセルを確認しています。翌日にはヘリコプターで現地に出かけていき、カプセルの回収に成功しています。ここにいるのが私です。17日にはチャーター機で、ウーメラ飛行場から直接羽田飛行場にカプセルを届けております。大変首尾よくいきました。


またミッションパッチが出てくるのですが、私は基本的にミッションパッチを作るのが大好きで、ことあるごとに作っています。始まる時はミッションパッチはありませんでしたが、最後の時にはパッチを作ろうよということで、はやぶさのミッションの全パラメーターをこの中に閉じ込めました。内之浦からV5ロケット5号機で打ち上げて、小惑星イトカワに着いて、ターゲットマーカーを落として、それからミネルバ分離ロボットも落として来ました。そして地球までイオンエンジンを使って往復ミッションをして、最後、カプセルを地球のウーメラに落としました、という全部のキーをこの中に凝縮したものです。


やはりミッションパッチがあるとそのプロジェクト、たくさんの人が共同で活動していますので、そういった人たちの一体感を調整するのにいいグッズだと思います。これは日本だけの話ではなくて、ヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアの方々とも共同で活動をしなければいけないので、インターナショナルなチームを作って、みんなで強力してひとつの作業をなすという意味では、チームの一体醸成感を作るのに有効に機能したと思っております。

ここまでが前半で、後半は小惑星探査をしてどのようなことが分かったのか、ということです。


私は科学者ではなくてエンジニアなので、サイエンティフィックなことについては深くお話しできませんけども。これは「Science」の表紙で、到着した時の小惑星の写真です。こちらが今月号、2011年の8月号の表紙で、取ってきたサンプルの顕微鏡写真が表紙を飾っています。


これはアメリカのNASAが出してきた写真です。NASAも果敢に探査を進めております。ちょうど数ヶ月前にドーンという探査機が小惑星ベスタに到着しました。彼らが撮ってきた、ドーンが撮ってきた写真です。ベスタというのはたいへん大きな小惑星なのですが、アメリカは大きなものが大好きなので、大きな小惑星に行ってきたぞという写真です。比較としていろんな小惑星が並べてあって、上から順にルテシア、マチルダ、アイダ/ダクティル、エロス、ガスプラ、いろんな探査機が撮ってきた写真です。日本が行ってきたイトカワは一番下の線の先にある点なんです。日本が行ってきたイトカワはこの線の先にある点なんです。このサイズだと写っていません。ここにありますがほとんど分かりません。イトカワはこんな小さくて、俺たちはこっちに行ってきたよということを言いたいのかもしれません。


でも、この絵はたいへん政治的な意味合いがあります。実はマチルダ、アイダ、エロス、ガスプラはアメリカの探査機が撮ってきたものです。このルテシアとステインは今ヨーロッパが運用している、ロゼッタという探査機が撮ってきた写真です。そしてこれは日本です。それから、エロスはアメリカは着陸まではやっております。日本は着陸、サンプルリターン、地球帰還を果たしましたが、そういう意味では、世界各国が競争して技術の宣伝から、宇宙探査を行っているんだという縮図でもあると思います。もう1つ、イトカワの大きさをみなさんに体感していただきたいと思って、写真を持ってまいりました。これは我々がいる場所です。これパシフィコ横浜で、これが桜木町で、この辺りが横浜です。ここにイトカワの写真を重ね合わせると、こんな大きさになります。端から端までで500mくらいです。我々からするととても大きな岩のかけらですが、広い宇宙の中からこのたった500mの岩のかけらを見失わなわずに接近して、かつ着陸をする。それからもう一回帰ってくるというのは結構大変なことなんだなということをご理解いただければと思います。


表面は、冒頭でもお話ししたようにラフなところもあればスムーズなところもあります。こんな小さな小惑星にこんなに二面性があるというのは驚きでした。


こうした写真を元に、いろんな研究が進められています。1つは、たくさん写真を撮ってきているので、こういった写真が3枚ここには並んでいて、この部分は重なっているので、立体視することができます。


これを立体視するとたいへんフラットなのがお分かりだろうと思います。「どうしてこんなフラットな地形ができるのか」というのも宇宙地理学のようなものに発展するかもしれません。


よく考えてみると小さいなりにも重力の分布があって、山岳地帯から重力の低いところに向かって砂や石が流れ落ちているということが理解されています。これは重力のプロファイルを撮ったものです。


それとさきほどの写真を並べてみると重力の向いている方向と砂の流れる方向が一致してるというようなことが分析されております。


その他にもたくさんの科学が進歩しておりますが、やはりなんと言っても、サンプルリターンをしてカプセルの中から小惑星起源の粒子を発見しています。10ミクロンから100ミクロンの大変小さい粒ですが、小惑星起源であるということが特定されており、新聞やニュース等で聞き及びのことかと思いますが、つい最近科学的な成果の一部が発表されたところです。


私はエンジニアなので、技術的な観点からこの成果を紹介します。我々が出かけていく前、小惑星イトカワというものを知っておりました。これは望遠鏡で撮ったイトカワの写真です。この緑の丸で囲った黒い点がイトカワです。この赤い線から上がはやぶさの前で、下がはやぶさでなされたことという意味です。ランデブーをした時の写真、着陸をした時の写真。サンプルリターンをした時の粒子の顕微鏡写真です。この黒い点は針の先でつまみ上げた粒子です。

この赤い丸と緑の丸は写真のレベルにするとまったく同じですが、実際の大きさはまったく違うとことがお分かりになるかと思います。これは天文単位という分解能しかありませんが、これは顕微鏡写真ですからミクロンの分解能があります。我々はマテリアルを手に入れているので、現在は分子・原子レベルでの分析を行っております。つまりオングストロームまで分解能が到達したと言えると思います。10の12乗から、10のマイナス10乗まで、22桁の技術革新がなされたと言っても差し支えないと思います。これはまさに技術革新によっていけなかったところに到達できる。見えなかったものが見えるようになるという、まさにその一例ではないかと思います。


私のイオンエンジンに関する雑感ですが、これについては新しいコンセプトのもと、耐信頼性かつ長寿命のものができたなあと思っております。


地上においては20000時間の耐久試験を2回実施しました。宇宙搭載では3台で往復をできるところを予備1台を加え、全4台を搭載したシステムを構築しています。さらにバイパス回路というもので、システムの健全性を確保するアプローチをとりました。地上取り扱い性がたいへん簡便だということも備えています。またイオンエンジンの本来のスコープではありませんでしたが、キセノンガスジェットによる姿勢制御だとか、プラズマジェットの方向制御による姿勢制御、地球への精密誘導までこなすことができました。


こうして4万時間に至る宇宙作動を達成したことは、全体的にこのイオンエンジンがたいへんバーサタイルだったということだと思います。ただそれを使いこなせるように地上側のエンジニアが非常にがんばったというのも1つ言えると思います。人工衛星を一度宇宙に投入すると当然直すことができません。誰かが行って、修理できればいいのですが、今のところそうした技術レベルではありません。どんどん機能が失われてモードとしては縮退しますが、もう1つ我々が取れる手段として、地上のコンピューターをパワーアップしてチューニングする。新しいソフトウェアを作ることができます。探査機の機能はどんどん縮退していきますが、地球のコンピューター、それを扱うエンジニアのスキルを向上させてバックアップしてきたというのが本当の実態だと思います。そういったことをぜひ、みなさんに赤裸々な真実としてお伝えしたいなと思うところです。

イオンエンジンについては、80~90年代後半に研究を着手して、研究に7年間、システム開発に7年間、宇宙運用にあたっても7年間。トータル20年強のライフサイクルをこなしてきました。宇宙技術の開発は、どれも比較的10年や20年といった大変長いサイクルで行っております。決してこの20年間が順風満帆ではありませんでした。思った通りにいかなかった、機械が壊れたことがたくさんありました。ただ、そういった中でもモチベーションを切らさずにこの20年間をこなしてこれたのはありがたいことだと思います。これは私の諸先輩、先生方に与えてもらった環境およびモチベーションのおかげだと思っています。


いろいろな社会への貢献のしかたはあると思います。広く、かつ薄くいろんな知識を持っているジェネラリストもいるでしょうし、非常に狭くて、その代わりにそれについては何でも知っているスペシャリスト、まあ専門バカですね、こういった人もいると思います。余談ですが、私の先生のクリフ氏は「スペシャリスト、専門バカになれ。ジェネラリストなんて後からでもなれるよ」と言いました。

はやぶさのミッションのひとつの特徴は「いろいろなミッションがシリーズにつながっている」ことです。M-V5ロケットが正常に動かなければ探査機は運用できませんし、イオンエンジンが首尾よく動かなければ小惑星には到着しません。着陸ができなければ……帰ってきてもしょうがないです。はやぶさが着陸・離陸ができただけではなくて、そのあとイオンエンジンが動いて、やっと地球に帰ってこれたからこそ、先ほど申し上げたような科学的な成果が生まれたわけです。そういう意味ではタスキをつなぐような仕事であったと思います。イオンエンジンがここでへこたれてしまうと、後の方に申しわけないですから、なんとかがんばって、小惑星に到着させることができました。途中でいろんなことがあったけれど、イオンエンジンで何とか地球まで持って帰ってくることができました。


口の悪い人ははやぶさのミッションは「ババ抜きみたいなミッション」だと言います。「ババを抜いて、そのババを次の人に渡せなかった人が貧乏くじを引くんだ」というひどい悪口ですが、私たちはそんなことをまったく思っておらず、いつもオールマイティーなスペードのエースを次の方に引き渡すミッションをつないできたつもりでいます。

現在、小惑星から取ってきた粒子の分析に取りかかっています。それは微量ですが、今回のキャンペーンですべて消費するわけではありません。40%ほどは汚染されないまま、未来に向かって保存をしていきます。なぜかというと、新しい分析装置が将来開発される可能性があるわけです。それから新しく興味を持って、このサンプルを分析したいと思う人が現れるかもしれないからです。いざ、我々が持っている狭い知見でこの粒子を分析して無くしてしまうのではなくて、将来現れるであろうあたらしい知見に基づいてこの粒子を分析するために、未来まで残していくという活動をおこないます。

こんな石ですから、きれいでもなんでもありませんが、科学的には未来に引き継ぐべき、大変価値のある宝物だと思います。正倉院の宝物でや高松塚古墳の壁画とは美的センスでは比べるべくもありませんが、科学的価値、未来の人類に引き渡すべき価値という意味では、なんら遜色はないと思います。こういったものを日本が持っている。取ってくる技術があり、その粒子自体も持っている。それを世界の科学者に分けて、分析をしてもらう。そういう立場にあることをご理解いただければと思います。


次は宇宙探査ですね。はやぶさⅠのヘリテージを使って現在はやぶさⅡの研究開発に着手しています。2014年に打ち上げて、2017年着、2020年に地球帰還を果たす計画のもと現在、急ピッチで開発を行っています。


今我々は、深宇宙探査を今後も、このトレンドを維持して推し進めていかなければいけないと考えております。はやぶさについてはご紹介いたしましたが、はやぶさⅡははやぶさⅠのヘリテージを使い、なるべく早く低コストで探査機を作ることを1つのスコープにしております。


その先も既に我々は研究開発に着手しており、電力セイルというものを考えております。より大きな太陽電池で太陽の光をたくさん集め、それを電気に変える。そして、たくさんの電気で宇宙を航行して行くという技術を開発しようとしています。こういったパネル型の太陽電池ははやぶさを大型化したようなものですが、このようなものは既に古いと考えております。


そうではなくて、膜面型の太陽電池、何十メートルという膜面を遠心力でふろしきを広げるように、構造体を使わないで遠心力で膜面を広げて大きな太陽電池を作る。それで太陽の光を集めて、太陽の電気でイオンエンジンをドライブして、より深い宇宙に分け入っていくという技術です。


こういった技術を成立させるために、いろいろな研究開発を行っております。その1つは1年前に打ち上げた、イカロスです。これは20mの膜面展開実験です。まだ太陽電池は十分に張っていないので大きな電力を発生させることはできませんが、ゆくゆくは50m級の電力セイルを実現させるためのプリカーサミッションとして20m級の膜面展開実験を既に行っています。これを50m級に発展させて、大きな面積で太陽の光を集め、それを電力に変える。そして深宇宙の中に乗り出していく。21世紀の宇宙大航海時代を我々日本の技術で開いていきたいと思います。まさに15世紀にヨーロッパの人たちが帆船の技術で、地中海世界から飛び出して、地球全体に広がっていったように、我々も宇宙大航海時代を切り開いていかなければいけないと思うところです。これが我々JAXAの考えている未来像です。


そして狙うべきは木星だと思っております。木星は天体の中でたいへん大きな天体です。科学的に興味が尽きませんが、工学的エンジニアリングにもたいへん興味のある天体です。木星の重力を使って、重力スイングバイという技術を使えば、ひとたび木星にたどり着いて木星の重力を使って加速すれば、その先が開くというわけです。つまり木星が太陽系に張り巡らされたインターチェンジ、もしくは大航海時代の喜望峰になります。「喜望峰を回ってヨーロッパからインドに到達したように、我々も木星を回って、太陽系の果てに到達することを目指すことができる」という意味です。日本の技術で木星までの航路を開拓する、これが技術的に課せられた大きな目標課題になっております。


最後になりますが、我々は大きな膜面型太陽電池でたくさんの光を集め、これを電気に変える。大量の電気でこれを電気推進、電気ロケットでより深い宇宙に分け入っていく。こうした宇宙大航海時代を切り開いていくという目標に向かって、研究開発努力を推し進めていくものでございます。はやぶさは技術者、科学者の総力を結集し、粘って7年間の宇宙航海をまっとうし、地球に帰還を果たしました。小さな技術革新が世界で成功し、次の未来を開くことを信じております。さらに決まった未来はない、未来は作るものであるといいます。ただし挑戦なくして、未来は開かないと信ずるものであります。


現在、あかつき衛星探査機については皆様に大変ご心配をかけておりますが、これについても、大願成就をなすべく、最大級の努力をはらって運営を行っていますので、ここにつきましても暖かいご声援をいただければと思うところです。科学技術振興のトレンドを堅持するため、よりいっそう今後ともご支援ご協力賜りたいと思います。


ご質問を承りたいと思います。お手柔らかにお願いします。挙手をどうぞ。

質問者1:
ソニーコンピューターの石原と申します。2点ほど質問をさせて下さい。一点は誰しも技術者は真田さんみたいに「こんなこともあろうかと」と言いたがっていると思いますが、さきほどのクロス回路というイオンエンジンと中和器をクロスさせるという回路。おそらくそれは本来必要のないもので、コストも掛かるものです。他の可能性もおそらく捨てたと思いますが、それをあえて入れたという根拠というか勘というか、そういったものはどこから来たのでしょうか?

國中:
おっしゃる通り、潤沢に費用と質量を使えば、電気回路をいかようにも組み替えるシステムは、コストと時間と費用をかければ簡単にできます。ただ、衛星として質量というのも大きなパラメーターでして、ただそんなことをしては成立をしないのは明らかです。はやぶさは500キロしかないものですから、本当に10グラム、100グラムの単位で、重量管理がなされていて、もしクロス回路に100グラム使うと成立性はまったくありません。とてもそういったことを提案できる環境にはありません。そこがやはり頭の使いどころです。十分な質量と費用と時間を掛ければ何でもできます。


そうではなくて、たった1グラムでそれを実現できるような回路構成を考えるのが、キーだと思います。実際にはやぶさの場合、ダイオードを1つ加えただけですから、何グラムの質量増です。それであれば、自助努力で回復させることはできます。ですから当然ながら、我々の立ち向かわなければいけない技術的な境界条件を満足した上で、想定される事象に対応できるようなシステムを提供するということです。皆さんエンジニアですから、その分野についてはプロフェッショナルなわけで、そういった境界条件を満足するようなソリューションを提供できるタレントを持っているからこそ、みなさんはプロフェッショナルなのだと思います。

質問者1:
そういう状況であって、たとえばAという技術とBという技術があって、両方とも同じようなコストで実装できそうだという場合に、あえてAであるという、感覚というか直感というものは言語化できますか?

國中:
とてもジェネラルで一般的なご質問なのでなかなか答えられませんが、おのずとAとBがまったく等価ということはないと思います。どこか着目すべき場所、着目しなければいけばい場所というのは、アプリケーションに応じて考えます。選択に困るほど同じということはないと思います。

質問者1:
やはり自分の置かれている状況などそういったものを十分に把握するということがまず最初のステップとしてあって、その上に技術があると。ありがとうございました。

國中:
その他、ありますでしょうか?どうぞ。

質問者2:
教育について質問させてください。この後に続いて、たとえばこのはやぶさのプロジェクトを通して、次のプロジェクトで同じようなことができるような人材は何人育ちましたか。またはプロジェクト内で人材を育てるような努力はなされたのでしょうか。

國中:
難しいですね。教育といっても大学院生の教育から、プロフェッショナルのエンジニアの教育から、いろいろなレイアーがあるかと思いますが、はやぶさについては大学院生の教育というような観点から積極的に大学院生をアルバイトとして機会を設けて、運用に直接的な参加をさせています。それで彼らがどれだけモチベーションを磨いたかなという風に思います。技術的な局面では、各研究部門が技術の洗練化を行っております。たとえば私のところですと、電気推進部門。それから軌道計画部門など、そういった部門があって、常にそういうヒエラルキー、それから教育システムの中で、大学院学生の教育およびエンジニアの教育、それから新しい技術の研究開発というものが平行してなされております。

具体的に何人かというと少し難しいですが、はやぶさⅡはかなりリフレッシュして若い面々で活動を行っております。私たちがこのはやぶさⅠをやっていたのは10年規模の昔ですので、今は当時の私と同じぐらいの年代の人たちがはやぶさⅡに取りかかっていますので、そういう意味では適正に人材育成ができてきたのかなという風に見ています。

質問者2:
ありがとうございました。

・関連記事
ひまわりで放射性物質を吸い上げる仕組みやレールガンも研究中、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の「構造機能試験棟」を見学してきました - GIGAZINE

小惑星探査機はやぶさの帰還をハリウッドが映画化した「はやぶさ/HAYABUSA」製作記者会見 - GIGAZINE

JAXAで実物大の小惑星探査機「はやぶさ」を見てきた - GIGAZINE

小惑星探査機「はやぶさ」がケーキになって復活 - GIGAZINE

in 取材, Posted by darkhorse_log