クリエイター集団が本当に作りたい作品を世に出すまでの苦闘の歴史を振り返る講演「ニトロプラス10年の軌跡」


「マチ★アソビ vol.6」でイベントのひとつとして、「魔法少女まどか☆マギカ」の大ヒットで大きく知名度を伸ばしたニトロプラスが、美少女ゲームメーカーから多メディアで人気作を放つ現在の形態に至るまでの10年の軌跡を語る講演会が開かれました。

社長のでじたろう氏と副社長のどい氏の出会いから、夜逃げ、「魔法少女まどか☆マギカ」でも脚本を務めたメインライターの虚淵玄氏による「もう子供向けのゲームは作りたくない」発言からの大転換、その後の手探りのゲーム作りなど、クリエイター集団が自分たちの作りたい作品を世に出すための苦闘の歴史が赤裸々に語られていました。

ニトロプラス10年の軌跡の詳細については以下から。ニトロプラス公式サイト Nitroplus Official Site

講演会場は徳島駅から徒歩で5分ほどの場所にある「あわぎんホール」。


講演の内容は「ニトロプラス10年の軌跡~クリエイター発信によるコンテンツ制作~」です。今回は大学の公開講座としても指定されているということで、マチ★アソビとしては唯一、入場料が有料となるイベントとなっています。一般の入場は1000円、学生は無料です。


朝9時30分からという早い時間からのイベントでしたが、定員200人の座席は満席に。


ニトロプラス代表取締役社長のでじたろう氏が登壇。


Twitterのアカウント「@digitarou」のプロフィール。メカと動物、かっこいいモノとかわいいモノが好きとのこと。


同じく副社長のどいよしなお氏も登壇。


どい氏のTwitterアカウント「@doi_yoshinao」。現在の姿からは想像できませんが、元メタボだそうです。元ガレージキットモデラーでもあり、これがでじたろう氏との出会いのきっかけにもなりました。


この2人が対談形式でニトロプラス10年の歴史を振り返ります。


ニトロプラス広報のニトロ君。司会の予定でしたが、でじたろう氏とどい氏による対談形式となったため、今日はPowerPoint係です。Twitterアカウントは「@nitorokun」


ちなみにニトロ君は入社6年目。ニトロプラスの歴史も半分は実際に体験しています。


最初のスライドは、「来場者の皆さんに質問」でした。「ニトロプラスを知っている人」という質問にはほぼ全員が挙手。「魔法少女まどか☆マギカ」からニトロプラスを知ったという人はごく少数だったので、会場はライト層というよりは結構どっぷりとPCゲームやアニメのことを知っている人たちだったようです。


ニトロプラスとは、ストーリー性を重視したノベル型アドベンチャーゲームを主に制作するPCゲームメーカー。銃器やメカニックにこだわった作風に定評があります。美少女ゲームメーカーとしては、2000年に発売された「Phantom PHANTOM OF INFERNO」が初作品。2006年頃から「Fate/Zero」「Steins;Gate」などのコラボレーション作品を展開、美少女ゲームの枠を越え、小説・漫画・アニメなど幅広い領域で活動しています。


10年間で制作されたゲームのムービーを編集した、今日のためのムービーが用意されていました。


ニトロプラスの会社概要。


現在のニトロプラスの構成メンバー。ほとんどのスタッフを社員として雇用している点が特徴で、これは創業の際にでじたろう氏が「自分が居たいと思える会社を作りたい」と考えていたことによるもので、将来への不安を抱えながらの創作活動はつらいため、クリエイターに優しい環境を作ろうというコンセプトは今も受け継がれているとのこと。


ニトロプラスの代表的な作品。


「美少女アドベンチャーゲームとは?」


美少女アドベンチャーゲームは大きく分けて、プレイステーションやXboxなど向けの「コンシューマー」とPCでプレイする「PC用」、PC用の中でも成人向けの性描写を含む「18禁」の3種類があるそうです。


18禁ゲーム業界は、美少女ゲームメーカーで約300社程度が存在し、年間約500~600タイトルが発売され、フルプライスで1本8800円が市場価格、平均3000本程度の販売本数。市場規模としてはゲームソフトで160億円程度、グッズを合わせて200億円程度となるそうです。

アドベンチャーゲームは、ノベル、グラフィック、サウンド、ムービーというさまざまなコンテンツの要素を組み合わせることができる上、制作費が他のジャンルに比べて安価に抑えられるというメリットがあります。


ニトロプラスが開発する「ソニコミ」のゲーム画面。これまでのアドベンチャーゲームは静止画の連続でしたが、これはキャラクターが画面上でさかんに動き、さまざまな表情を見せてくれます。


ここからはニトロプラス10年の歴史を語る「ニトロプラス物語」が展開されます。


最初はコンテンツの受け手だったでじたろう氏に決定的な影響を与えたのは、「ガンダムセンチュリー」というムックでした。


河森正治氏、美樹本晴彦氏などの才能がこのムックを通じて運命的な出会いを果たしていることに感動。また、庵野秀明氏や岡田斗司夫氏らが大阪芸大で出会い、のちにエヴァンゲリオンを生み出していくことにも強い羨望と嫉妬を感じていたそうです。

自分の力と誰かの力とが組み合わさってこそ、素晴らしい作品ができると考えていた若き日のでじたろう氏は、そうした仲間を求めて高校の漫画研究会に入会、同人誌の制作に入ります。「超時空要塞マクロス」の同人誌でヴァルキリーの解説本を作ったところ、当時の春コミで創作部門の売上げランキング1位を獲得。これによって研究会の会員は増えていきますが、一緒に創作活動に入ってくれる仲間は見つからなかったそうです。

その出会いを与えてくれたのは、意外にも通っていたフォルクスモデルという模型屋さんでした。模型屋さんの店長の仲介により、当時ガレージキットのモデラーをしていたどい氏と運命的な出会いを果たしますが、2人はこの後一時別々の道に進みます。

「夜逃げからのスタート」


その後、さまざまな雑誌の編集部を渡り歩いたのち、ゲーム制作などを手掛けていたでじたろう氏ですが、「ゼロをイチにする仕事がしたい」という想いから、27歳で独立。あくまでクリエイターとして仕事がしたかったでじたろう氏は、取締役として制作活動を行い、社長は10歳上の元営業マンに任せていたそうです。

ある日、気づくと借金の取り立てが会社に来るようになり、調べると社長がさまざまな使い込みをしていたことが発覚。困ったでじたろう氏は、当時、同じく別の会社で独立していたどい氏に相談を持ちかけます。

自分も含めて社員を一度どい氏の会社に移籍して再起することが決まり、当時の会社から夜逃げすることになりました。会社の入っているマンションに深夜トラックを乗りつけ、住人に会ったら「引っ越しです」と答えることを打ち合わせて夜逃げ決行。当時からでじたろう氏の会社に在籍していたジョイまっくす氏が引っ越しのベテランで、「荷物はまかせろ!」とばかりに素早く動いていたことが印象的だったそうです。

「もう子供向けのゲームは作りたくない」


こうして結成されたニトロプラスの最初の仕事は小学生向け学習ゲームソフトの開発でした。これがヒットして、100万本程度を販売。当時虚淵玄氏はオーサリングプログラムを担当していたそうですが、自分の作ったゲームを小学生にデバックをしてもらう際、「つまんね」などと言われることに強い不満を抱いていたそうです。

そうした不満と自由に作品を作りたいという想いが重なり、虚淵玄氏はついに「もう子供向けのゲームは作りたくない」と発言。ちょうど会社も安定してきた頃だったため、他のメンバーも自分たちの好きなことをやりたいと考えるようになっていたそうです。

「美少女ゲームという選択」


そうした中の一人に、18禁の美少女ゲームが大好きというスタッフがおり、彼に勧められてLeafの「痕」をプレイしたところ、「かまいたちの夜」が大好きだったでじたろう氏はこれに感銘を受けます。コンシューマー業界よりも自由度があるし、それを受け入れてくれるユーザーがいるということが分かったことで、「Phantom PHANTOM OF INFERNO」の企画がスタートしました。

「ニトロプラスはホワイトベース」


こうして美少女ゲームの制作をスタートしたニトロプラスでしたが、唯一ゲームの制作のノウハウを若干ながら持ち合わせていたのがでじたろう氏で、あたかもブライト艦長のような役回りを演じることに。虚淵玄氏は小説志望であったため、それなら書いてみればと、アムロのようにいきなりの実戦投入。当時の矢野口君さんは、子供向けの絵は描けましたが、美少女ゲームには初挑戦。なまにくATK氏は当時社会性が無く、名刺を座りながら片手で受け取る状態でしたが、絵の才能を見込まれてPhantomでは塗りを担当。こうしてホワイトベースのような初心者集団ニトロプラスが美少女ゲームという宇宙に発進していきます。

※なまにくATK氏の社会性が無かったのは入社当時のことで、広報のニトロ君によると現在は模範的な社員となっているそうです。

「メーカー初挑戦」


売れるか売れないか分からない状態の企画にすべてをゆだねるわけにはいかず、昼間は受託の仕事をやり、夕方からPhantomを作るという状態が1年半続きました。メーカーとしては、流通会社を探すところからのスタート。「こんなもの売れない」「巨乳をもっと多く」「衣装は露出をもっと多く」と言われ続けるも、業界に合わせるのか、自分たちの姿勢を貫くのか考え抜いた末、流通のホビボックス社長に相談すると、「応援しましょう」というありがたい言葉が。この縁により、ホビボックスとの関係は今に至るも良好だそうです。

パッケージも、露骨に性描写を意識させるものが多い中で、スタイリッシュなデザインを採用。


プロモーションも手探り状態で、美少女ゲームユーザーがどこから情報を収集するのかを模索した結果、銃の雑誌に広告を出稿。秋葉原のショップにプレゼンしたところ、「これは売れないよ」との反応だったそうです。


「やっぱり売れなかった……orz」


目標2万本に対して、発売前の受注は2000本。初週で売上全体の70%が決定するという美少女ゲーム業界においてはうなだれるしか無い数字でしたが、翌週、翌々週からなぜか少しずつ追加受注が増えていきます。売れ方がおかしい、ということで調べてみると、当時のニフティサーブで話題になっていたことが判明。また、2ちゃんねるが始まったばかりの時期で、2ちゃんねるでも多くのユーザーが啓蒙活動を展開。ネットの話題に支えられて、結局2万本近くの販売を記録しました。

こうして初作品にしてヒット作となった「Phantom PHANTOM OF INFERNO」は、今も売れ続けており、現在は小説、PS2、OVA、テレビアニメなど多メディアに展開されています。


DVD-Videoゲームへの移植も行われましたが、これはまったく手探りでの移植となり、結果としては2万8000本のヒットとなりましたが、あまりにも大変だったので2度と作らないとのこと。


次作の「吸血殲鬼ヴェドゴニア」では、業界でおそらく初めてと思われる、紅白歌手を起用した主題歌を挿入。小野正利氏が主題歌を歌っています。


コンセプトは「仮面ライダーで吸血鬼」というもの。


「ニトロプラス=虚淵玄からの脱却」


こうして2作品を世に出したニトロプラスでしたが、虚淵玄氏の存在があまりにも大きく注目され、虚淵玄以外の作品を出すと文句を言われるのではないかとすら思われる状況になってしまいます。

これを打開するため、ロボットもの、魔法少女ものそれぞれの企画を、社内スタッフ、社外スタッフを取り混ぜて立ち上げたものの、開発はなかなか思うように進みませんでした。停滞する進行に虚淵氏が業を煮やし「それなら実験的な作品をやらせてくれ」ということに。

虚淵氏によれば、アドベンチャーゲームにおける選択肢というのは不自然な存在で、「銃を撃つ、撃たないを選ばされるけど、このキャラなら撃つに決まってんだろ!」という違和感を持っていたとのこと。こうして「選択肢が無い」という不思議なアドベンチャーゲーム「鬼哭街」が生まれることとなりました。第3作も成功を収めたニトロプラスでしたが、さらにニトロプラス=虚淵玄というイメージを積み重ねてしまうのでした。


ここまで美少女ゲームを作ってくることで、「マーケティング寄りで始まった企画もいつのまにかハードなSFになってしまう」という事実が判明。


その事例の代表とも言える作品が、「Hello,world.」でした。当初、「萌え」を強く意識したゲームとして企画されたはずが、開発を進める中でどんどんハードなSFに路線が変わってゆき、パッケージにはかわいい女の子をたくさん出したものの、「萌え」というより「燃え」というべき内容となりました。


ニトロプラスはこうして美少女ゲームメーカーとして実績を積み重ねつつも、第1作「Phantom PHANTOM OF INFERNO」を越えるヒット作を生み出せずにいました。


「結局ニトロってPhantomだけだよね」と言われてしまうのではないかと考えていた中で、虚淵氏がネットでSSを書いていた鋼屋ジン氏を推薦。すでに鋼屋氏が書いていたロボットものにクトゥルー神話の要素を加え、「斬魔大聖デモンベイン」の企画がスタートしました。


デモンベインには当時のニトロプラスの全戦力が投入されたそうです。角川書店などにメディアミックスの企画を持ち込んだことなどが奏功し、結果的に「Phantom PHANTOM OF INFERNO」を越える売上げを達成。


この後、デモンベインで目標を達成した感があり、方向性を模索する段階に。


その中で、新たな方向として女性向けアドベンチャーゲームにも進出。女性向けブランドのニトロプラスキラルが立ち上げられます。女性向けとしては、「咎狗の血」がBLゲーム市場トップレベルの売上げを達成。


ニトロプラスは自分たちの趣味に走ってしまう部分があり、ヒットを量産するのは得意ではないということが分かってきたため、新たな目標として、他社とコラボレーションして他メディアへの足がかりを作ろうという計画がスタート。


GONZOとコラボして「BLASSREITTER」を制作。


TYPE-MOONとコラボして「Fate/Zero」を虚淵氏が執筆。記録的なヒットに。


コラボレーションの効果により、独自では手が出せないメディアにも活動の場が広がり、他メディアに関する知識、ノウハウの集積もできました。


2007年には虚淵氏による4年ぶりの新作ゲーム「続・殺戮のジャンゴ」もリリース。


アニメへ進出したニトロプラスに、アニプレックスから魔法少女ものの脚本オファーが舞い込みます。こうして「魔法少女まどか☆マギカ」が制作され、現在のニトロプラスに至る、というのが10年の軌跡でした。


そして現在、美少女ゲーム業界は3つの問題に直面しています。3つの問題とは、「美少女ゲーム業界のマンネリ化」「違法コピーによる売上の減少」「クオリティ競争による制作費の高騰」。


これらの問題を乗り越えるため、ニトロプラスでは制作スキームを見直し、さらに外部スタッフとのコラボを積極的に推し進めることで、新たな方向に進んで行こうとしています。その一環が、5pb.とのコラボによって生まれた科学アドベンチャー「CHAOS:HEAD」と「STEINSGATE」。


さらに、新たな社内制作体制によるイノベーションも推進。クリエイターは自分のやりたいことをやるので費用が上がっていきますが、コストを下げないとリスクが高すぎて挑戦的な作品ができないというジレンマが発生します。そこで社内の体制を見直し、コストを削減しつつ新たな作品を作ろうということで生まれたのが、「スマガ」や「村正」、「アザナエル」などの作品。


では、ニトロプラスの強みとはいったい何なのか。その大きな要素のひとつはやはり「美少女PCゲーム」に立脚している点だとどい氏は語ります。


美少女アドベンチャーゲーム自体が、さまざまなコンテンツの要素の集合体であり、多彩な表現力とインタラクティブ性を持ちながら、アニメやコンシューマーゲームに比べて低いコストという、ジャンル自体の魅力。


そこに立脚しつつ、さらに他の領域へ積極的に展開してゆくことで、クリエイターを育成し、同時にコンテンツの二次使用による収益も確保することが可能。


これに加えて、自己資金、自社製作によるライセンスの確保と、10年後にも残っている作品を作るという作品の定番化戦略により、年間4万~5万本の売上目標の内、1万本分程度は過去の作品からの収益でまかない、収益の安定化を図っているとのこと。

今後の目標として、自由な制作のフィールドとして美少女PCゲームは継続して制作しつつ、一般レーティングのコンシューマーや、モバイル、アニメ、コミック、ノベルなどの多メディア展開を行い、オリジナル作品のグッズなどの二次商材による収益も確保してゆこうという戦略があるとのこと。


今後のリリース予定は、5月27日に「鬼哭街」(最新版、フルボイス・15歳以上推奨)、8月26日に「ソニコミ」を予定。さらに現在開発中のタイトルも多数。


アニメ―ションにも積極的に展開。


さらなる野望として、さまざまな目標を立てています。浅草橋のビル1階にショールームを作る計画も検討中です。


理想としては、お台場で海と森を背に立つガンダムのような感動をユーザーに届けること。でじたろう氏いわく「あんなことが起こるとは30年前には想像もしなかった。想像もしない感動を提供したい」とのこと。ニトロプラスでは2メートルのデモンベインを作ったことがあるそうで、今でもニトロプラスの会議室に飾ってあるそうです。


こうした目標を達成するのに必要なものは「作品愛」「挑戦」「心を震わせるエンターテイメント」の3つとニトロプラスでは考えています。

まず「作品愛」とは、作品への思い入れのこと。思い入れを持つのに一番簡単な方法、それはその作品作りに携わることだとでじたろう氏は語ります。ニトロプラスには「制作ライン」という概念が無く、自分のやりたい企画はメインの仕事をしながら裏で動いてゆき、本格的に始動しはじめると、どんどん人が集まって、最終的にはほとんど全員がかりでそれを作るようになるとのこと。ニトロプラスでは、社内での競争よりも作品に愛を注ぎ込むことを重視しており、それは作品に直接関わることによって生まれるとのこと。

そしてでじたろう氏は「挑戦って楽しい。飽きないんですよ」と語ります。同じ事をやってクオリティを上げ続けて行くというのは、たとえそれが好きなことであっても苦しいもの。新たな領域への挑戦を常に行える環境を整えることで、常に楽しめる制作環境を作るのも重要とのこと。

でじたろう氏は、「伝説巨神イデオン」を見た時、すさまじい感動を覚えたと語っており、それは「心に傷を残すような」感動だったとのこと。「心を震わせるエンターテイメント」とは、ユーザーの心に何かを刻み込むような、激しい感動を与える作品を作るということだそうです。


これらに加えて「絆」が必要ということを、アニメーションに関わることで、でじたろう氏は強く実感したと語っています。メーカー同士でコラボレーションした作品がヒットするというのは、実はとても珍しいことですが、これはニトロプラスが考える絆というものを大切にしてきたおかげと思っているとのこと。


今回の震災については、「ソニコミ」で復興応援ソングを作っているほか、ツアーのその売り上げも義援金に回してゆく予定。


10年間、ニトロプラスがかなり密な時間を過ごしてきたというのを感じる講演でした。あまりアニメやゲームを見ないという人の中には「魔法少女まどか☆マギカ」でニトロプラスを知ったという人もいるかもしれませんが、もし興味があれば、ニトロプラスの過去の作品にも触れてみてください。武器や「燃え」の好きな人であれば、特に琴線に触れる作品があるはずです。

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