サイエンス

18世紀の伝説的な「アイルランドの巨人」、骨格標本のDNAから巨人症の原因遺伝子変異を特定


北アイルランド・Dungannon在住のBrendan Holland氏は、6フィート9インチ(約206cm)という長身の持ち主。13歳のころに爆発的に背が伸び始め、下垂体の腫瘍(しゅよう)により成長ホルモンが過剰分泌される先端巨大症(下垂体性巨人症)であると判明し、20歳のときに治療を受け身長の伸びは止まったそうですが、両親も兄弟も平均的な身長なので「なぜ自分だけこんなに背が高くなったのか」とずっと不思議に思っていたそうです。

最近になってBarts and The London School of Medicine and Dentistryの研究に協力したところ、Holland氏を含む現代の北アイルランドの4家族は、「アイルランドの巨人」と呼ばれた18世紀の有名な巨人症の人物チャールズ・バーンと遠縁であることが判明し、共通の遺伝子変異が特定されました。

詳細は以下から。The Body Odd - Real-life Irish giants traced to 18th century street performer

Charles Byrne (1761-83)

1761年、アイルランド南部に生まれたチャールズ・バーンは、8フィート(約243cm:ただし骨格標本による死後の検証では231cmとされる)を超える長身を生かそうとイギリス本土へ渡り、スコットランドやイングランド北部でお祭りなどに「巨人」として出演したのち、1782年にロンドンへ到着し見世物小屋に入ると、爆発的な人気を博し一夜にして富と名声を手にしました。


しかし、人気は長続きせずすぐに別の見世物に取って代わられ、投資の失敗により財産も失うと、1783年6月、過度の飲酒により22歳の若さで亡くなりました。遺言は残っていなかったものの、死後「解剖学者たちのおもちゃになる」ことを恐れていたというバーンは「鉛のひつぎに入れ海へ沈めて欲しい」と友人たちに依頼していたそうです。その願いどおりバーンの死後ひつぎは海へ投げ込まれたのですが、実はこのひつぎはからっぽで、わいろを受け取った葬儀屋によりバーンの遺体は外科医・解剖学者のジョン・ハンターに売られていました。

「実験医学の父」や「近代外科学の開祖」と呼ばれ近代医学の発展に貢献したジョン・ハンターですが、解剖教室のための死体調達や動物標本の調達ルートの非合法性、兄で産婦人科医のウィリアム・ハンターが解剖のため多数の妊婦を殺害したとされる事件とのかかわりなど、暗黒面も持ち合わせる人物。ジョシュア・レノルズによるハンターの肖像画の背景には、チャールズ・バーンの骨格標本の脚部が描かれています。


バーンの遺体を入手すると、発見をおそれたハンターは、即座に鍋に入る大きさに切り刻みボイルして骨格のみを残した標本とし、バーンの死後4年経過して初めて遺体を入手したことを認めたそうです。

現在この標本はイングランド王立外科医師会Hunterian博物館に展示されています。


このチャールズ・バーンの骨格標本を1909年に調査したハーヴェイ・ウィリアムス・クッシングクッシング病で知られるアメリカの脳神経外科医)は、下垂体直下の骨トルコ鞍が肥大していることから、バーンには下垂体腺腫があったと判断しました。

Barts and the London School of Medicine(ロンドン大学クイーンメアリー・カレッジのメディカルスクール)の代謝・内分泌学の教授Marta Korbonits博士らは、バーンの歯の標本から得たDNAを検査し、AIP遺伝子芳香族炭化水素受容体と結合するタンパク質をコードする遺伝子)の生殖細胞変異を特定しました。論文はNew England Journal of Medicine誌に掲載されています。また、現在の北アイルランドで先端巨大症またはProlactinomaプロラクチン産生腺腫)が報告されている4家族でもこのAIP遺伝子の変異が共通していることがわかり、2つの家系の合流地点(直近の共通の祖先が存在した時点)を統計解析学的な手法で推定する「Coalescent theory(併合理論)」を用い、57世代~66世代前(1425~1650年前)に共通の祖先がいたと推定されています。

チャールズ・バーンの骨格標本を見るMarta Korbonits教授と、研究に協力した4家族の1人、Brendan Holland氏。


現在50代で身長6フィート9インチ(約206cm)のHolland氏は、13歳のころに急激に身長が伸び始め、「いつも疲れていて、ひどい頭痛に悩まされ、トンネル視(視野狭窄)を起こし始めた」と振り返っています。下垂体腺腫により成長ホルモンが過剰分泌されていると判明し、20歳のときに治療を受けると身長の伸びは止まったのですが、放置していればもっと伸びていただろうとのこと。その後、Holland氏の地元は科学者たちの間で「下垂体腺腫のホットスポット」として知られている地域であることを知ったそうです。

両親も兄弟も平均的な身長なので不思議に思っていたというHolland氏ですが、「アイルランドの巨人」と共通の祖先を持つ「巨人症の家系」であるとわかって何となくすっきりしたようです。しかし、2人の息子を持つHolland氏にとって、今回の発見で過去の先祖のことがわかった以上に、未来の子孫の役に立てることの方が重要とのこと。「わたしの子どもや孫たちは、この遺伝子変異を持っているかどうか検査することで、巨人症とわかった場合には身長が爆発的に伸び始める前に早い段階から治療することが可能になるのです」とHolland氏は述べています。

今回の発見が下垂体腺腫のさらなる理解へつながることを願っているというMarta Korbonits教授は、「これらの人々は変人やフリークスではなく、病気を持った普通の人々なのです。わたしたちの多くが心臓病や糖尿病といった病気にかかるリスクを両親から遺伝的にひきつぐのと同様に、巨人症のリスクを遺伝的にひきついだ人々なのです」と語っています。

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in サイエンス, Posted by darkhorse_log

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