取材

チケットが10分で完売しシネ・リーブル池袋が満席になった「serial experiments lain」イベントレポート


11月22日にシネ・リーブル池袋で「serial experiments lain」のイベントが行われました。

これは1998年に放送された同作のBlu-ray BOXが10月27日に発売となったことを記念してのイベントで、熱狂的な支持を受ける作品だけあってイベントのチケットはわずか10分ほどで完売してしまったそうです。「ガンダム」や「エヴァ」といった社会現象にもなったレベルのアニメであればわかるのですが、一体「lain」の何がそんなにもファンを魅了するのでしょうか。

イベント会場のシネ・リーブル池袋は満席。まずはLayer1「WEIRD」の上映があり、それに続いてスタッフらのトークが行われました。


登壇者は左から荒木宏文さん、泉津井陽一さん、斉藤寛さん、奥田晶久さん、プロデューサーのyasuyuki ueda(上田耕行)さん、BD化のきっかけになったともいえるバーナムスタジオの里見哲朗さん。


上田耕行(以下、上田):
このイベントのチケット、「みんな来てくれるかな、絶対余るよなぁ」と話していたんですが、おかげさまでこんなに多くの人に来ていただいてありがたいです。短い時間ですが楽しんでいっていただければと思います。

里見哲朗(以下、里見):
では、奥田さんから自己紹介をお願いします。

奥田晶久(以下、奥田):
パッケージデザインを担当しました奥田と申します。一番最初から数えると12年、途中ちょっと廉価版などはやってませんが、ずっとデザインを担当させていただいています。

斉藤寛(以下、斉藤):
今回デジタルで新しく処理を加えるところや撮影作業などを担当させていただいた斉藤です。よろしくお願いします。

泉津井陽一(以下、泉津井):
斉藤さんと同じくレストア作業を担当させていただいた泉津井と申します。よろしくお願いします。

荒木宏文(以下、荒木):
今回のレストアではデジタルパートの再撮影を担当した荒木と申します。よろしくお願いします。

荒木さん、泉津井さん、斉藤さん。


奥田さん、上田さん、里見さん。


上田:
本当は去年の12月に発売する予定だったんですが、斉藤撮影監督の粘りと私の無茶なリテイクでこんな事になってしまって申し訳なく思っている次第です。古い作品をものすごいクオリティで再撮影していただいて、荒木さんに至ってははるか昔の拡張子がなんだかわからないようなファイルを今の撮影フォーマットにコンバートしてもらったり……。斉藤さんがパニクったときには泉津井さんに助けてもらったり、この3人で今回のリストアはなんとか完成の日の目を見たという感じです。

里見:
まずは「なぜ画角が変わるのか」という点なんですが。

上田:
劇場に入ってきて「うわ、狭い」というのが正直な感想だと思うんです。でも、従来の4:3だともっと狭いんです。皆さんの家はきっと横長テレビ……って言い方は死語みたいなものだけど、そういう画面なので、少しでも横幅を伸ばしたいなと思ってたんです。フィルムは左右に多少余りの幅があるので、現像していく中で「横幅がまだあるじゃん、使っちゃおう」ってことになりました。見てもらったらわかると思うんですが、汚れがあったり、本来は写らない場所なのでセルが塗られていなかったりしたので、それをちくちくと塗っていただいたり、フィルムガタと呼ばれる揺れがあったりするので、それもすべて修復してもらいました。

里見:
昔の作品をDVDで見ていると微妙に上下動するんですよね。それは実写でもアニメでもあるんですが、アニメはコマ撮りなので特に顕著なんです。ところが「lain」の場合は見ていただいた通り、ガタが消えている。……凄いことなんです、地味に、凄いことなんですね。デジタルだと当たり前なんですが。

上田:
スタビライズ(映像の揺れをなくす作業)にかけた時間ってどれぐらい?

斉藤:
それは泉津井さんにやっていただいたんですが、どれぐらいかかりましたっけ。本当に、泉津井さんはずっとフィルムのガタを取る作業をやっていましたよ。

泉津井:
撮影前のガタはもちろん、撮影された時のガタも相当ありました。ご存じの通り、動画用紙にはタップ穴というのがあり……。

里見:
ご存じではないと思いますよ(笑)。タップ穴を合わせて1枚ずつ撮影していたんですよね。

泉津井:
昔は撮影台にセットして1コマずつ撮影するという手順だったんですけれど、リテイクをしたりセルを塗ったりしていくうちに穴が大きくなったりしてずれたり、セッティング自体が悪くてセル自体が歪んでしまったりしていて。背景と人物と手前のセル、あるいは複数の人物がいたりすると、それぞれが別々の揺れ方をしたり、右端と左端で揺れが違ったり。

上田:
フィルム自体の歪みもあるよね。

泉津井:
そうですね、ぴったり真っ直ぐじゃなくてフィルムが反っていたりするので、そういう場合は左右を分けたり、キャラクターを手で一つ一つ抜いていくしかないんですよね。ショックなのは、そうやって仕上げたカットがNGカットだったりしたことですね。

上田:
大変申し訳なかったですね。フィルム原版がラボに残っていたんですが、放送に間に合わせるためのリテイクが別の巻で入ったときにその素材がきっちり入っていなくてどこかへ行っちゃっていたりなくなっていたり、違う話数のお尻にくっついていたりして、直したのに「あれ……あとからOKテイクが出てきたぞ?」みたいなこともあったりしました。

泉津井:
事前に全部のカットを確認するのは難しいですし、微妙なリテイクだとどちらが正しいカットか判断できなかったり。ちょっと時間が足りなかった……という言い訳ですね。

上田:
何度もDVDと見比べたけれど、どのテイクも同じに見えるんですよ。DJがブースにいてカメラが引いていくシーンがあり、いっぱいテイクがあったんですが、本当にどれがOKテイクだったのかわかんなくて監督にメールを送ったりしました。重ねて見てもホント同じで「これ、どう違うんだろう?」みたいな……。

里見:
同じ原画を使っているから同じですよね。

斉藤:
しょうがないから両方送って「上田さんの好きな方を使ってください」って。

上田:
未だに謎です。

里見:
僕はリストアの一番大事なところはスタビライズだと思っています。

上田:
作業した人たちを前にして言うのはアレなんですけれど、本当に報われない作業でしたね。キレイに見えて当たり前という状況を作るために、ゴミを消したりガタを取ったりとものすごく地味な努力を重ねて……。当時のフィルムの色設計が間違っていて「何でこの色で塗られているの」という場所があったり、フレーズ間の色目を合わせたり、かなり時間と手間暇をかけています。

里見:
報われない努力のおかげで、デジタル作品と同じぐらいの絵のつながりでセル画の風合いが残っているという、僕ら作る側からしたら奇跡のような作品ですよ。

上田:
んー、でもお客さんからするとねえ。

里見:
発売が1年延期になったことをフォローしようとしてるんですから(笑)

上田:
そうか(笑) 許せなかったのはセル浮き。セル画は厚みがあるので、その分だけ影ができるんですよね。

里見:
1話でもいくつか残ってましたね。

上田:
全部取っちゃって不自然になるぐらいだったらやめようという判断もありました。

里見:
当時は背景が画用紙なので、水彩を使うとどうしても凸凹しちゃうし、あと、セル画を重ねるがゆえの影もあって、それが撮影時の光で影を落としてしまう。合ってますよね?

上田:
合ってます。

斉藤:
セルの影なんですけど、取りたいことは取りたいんですけれどスケジュールが押してしまっていて、上田さんから電話が来るんですよ。「斉藤君、もう発売(スケジュール)が押しちゃっているしやばいから、細かくこだわらず、目をつぶってくれないか」と。僕もそれで「そうですね」と送るんですが、翌日、上田さんから「ここ気になるから直して」。それじゃ終わらないでしょ、って(笑)

上田:
いや、まぁ、ねえ……。なんであんなに気にしてたんだろうというぐらい、特に始めのころはおかしいぐらいに気にしてたね。

斉藤:
気にしすぎでしたね。

里見:
実際、DVD版との違いは一目瞭然というところまで上がっていて、画角も違っているし、報われたということだと思います。10分でチケット完売したわけだし。

上田:
だといいですよね…。
(会場拍手)


里見:
そういえばデジタルの部分ってどうやっているんですか?本来、デジタルはフィルムと違って引き延ばせないものなのですが。

上田:
OPとEDは撮影素材がもうなくなっていたので、中原(順志)くんというCGとか撮影を担当してくれた人が35mmのインターレース素材からコツコツとアプコンしてくれました。彼はしっかり者だったので担当部分のデータをバックアップしてくれていたこともあり、彼のパートについては自身で作業してくれていました。あと、当時デジタルで参加していたレアトリックさんの、古くて拡張子がなくて何のファイルか分からんというやつは荒木さんがやってくれました。

里見:
拡張子がわからん?

上田:
Macだから……。

里見:
そうか、Macは拡張子管理が緩いですもんね。

斉藤:
pictなのにtgaって拡張子つけてたりして「これ、何のファイルだ?」みたいなのがありましたよ。

上田:
ブービートラップみたいだ。当時、AfterEffectのバージョンが3.1から3.3ぐらいだったので、今の環境ではもうファイルを開けなかったんですよ。それで、古いOS9のマシンにAfterEffect 5.5を入れて、5.5からコンバートしたファイルを荒木さんに送ったり……。

里見:
5.5が主力だった時代が長かったですからね。

上田:
それに、5.5じゃないと3.x系のファイルが読めなかったんですよ。……またウルトラ地味な、誰もそんな話聞きたくないよ、みたいな苦労話です。

里見:
制作もデジタル過渡期ですから。

上田:
今だとびっくりするぐらいにサイズが小さいよね。HD(1920×1080)を編集するような環境だと、VGA(640×480)なんて鼻くそみたいにちっちゃくて「こんなに小さいの!?」って思う。

里見:
僕が当時いた会社では営業部が20人いてパソコンは1台でしたからね。なのに、作品の中ではメールが飛び交い、「メールは毎日チェックしなさい」って、どれだけ時代を先取りしていたのかと。

上田:
それはこの後で登壇する小中千昭さんに聞きましょう。

里見:
慧眼ですね。

上田:
パッケージの方は、奥田さんにリストアの作業をお願いしたのはいつ頃でしたっけ……?

奥田:
ちょうど1年前ですね。

上田:
後から登壇していただく安倍さんにも版権イラストをたくさん描いてもらっていて。玲音とインターフェースを合成したりだとか、3Dのところは荒木さんにワイヤーフレームを作ってもらったりとちょっと手伝ってもらって。去年発売しているつもりだったので、すごい期間、奥田さんには作業してもらいました。

里見:
2009年には発売しているつもりだった?

上田:
うん……それが、こんなことに。

里見:
まさかの。

奥田:
半年ぐらい何回も直しをやって……。ブックレットでいうと3パターンぐらい載っていますが、半年間OK出ませんでした。まだ直しがあると言われて放置されて、発売日1ヶ月半ぐらい前からバタバタっと慌ただしくなってきて、「直しがあるって言っていたのに、忘れられている?」みたいな感じでした。

上田:
発売することが、会社員としての使命だった、っていう、ね(笑)

里見:
僕もときどき制作現場をお伺いしましたが、ちょっとずつ進んでいるのに、ときどき新しいのが見つかったからと戻っていたりして。

上田:
忘れたころに素材がぽろって出てきたりするので。

里見:
だから、パーセンテージが読めないんですよね。普通、僕らがBOXとか作るとき、全13話だったら1話終わったら「これで1/13終わった」って言えるんですけれど。

上田:
逆算すると、1月1話ペースだよ。

斉藤:
僕とか上田さんは編集室で絵が繋がるまであーだこーだやっていたんですが、荒木さんや泉津井さんは先にある程度作業を終わっていて「まだやってたのかお前ら」と言われたり(笑)

里見:
いま、新作アニメの作画期間が4週間から5週間ぐらいですから、新作を作っているのと変わらないですね。

上田:
僕は自分の担当していたカットとか、斉藤さんから上がってきたカットでデジタル加工の補助的な作業をしたりしていただけで、自身では元ソースに合わせてカッティングして編集室に持ち込むぐらいの作業しかしていませんけど、斉藤さんの作業は半端なかったよね。

斉藤:
やっていけば終わるんじゃないか、と思ったこともあったんですよ(笑)。淡々とやっていけば。多くて1日70カットぐらい上がったこともあったので。

里見:
「lain」って1話何カットぐらいですか?300ぐらい?

上田:
250~280ぐらいですね。デジタルがある場合、作画だけなら100カット台もあります。

斉藤:
それで、70カット上げた翌日は3カットぐらいしか上がらなかったりするんですよ。

上田:
始めのころ斉藤さんと打ち合わせをしたときに「軌道に乗ったらデイリー70~80カットぐらいは出ますよ」という話をしていたので、それで予定を立てたら年内には出せるなと思っていたんです。

里見:
だいたい3~4日で1話ずつ上がるペースですね。

上田:
デイリー80のつもりが、マックス80でしたね。

里見:
なんでみんなそんな夢のようなプランニングだったんでしょうね。

上田:
いや、僕は斉藤さんができるといったからそれを信じて(笑)。会社に「いや、出ます」って言ったら「ありゃ~」みたいな反応で。

斉藤:
出ないものはしょうがないですよね(笑)

里見:
結果はわかっていたので、誰も止められなかったんだと思いますよ。

上田:
ねえ。一体、どれだけの会社の人の期待を裏切ったことやら。

里見:
俺が営業だったら大激怒ですよね。

上田:
本当に申し訳ないとは思っているんだけれど。

里見:
決算をまたいでまでリテイクするその執念。しかも地味なので伝わりづらい。たぶん、ここにいるお客さんは12年前に見ているのでアレですけれど、最近のアニメファンにとってはスタビライズどころかガタがないのが当たり前だし、デジタルカットがあって当たり前。2D3Dのエフェクトがあって当たり前だと思っている人たちに、どう見られていくのかなぁと。

上田:
そういう人は買わないでしょう(笑)

里見:
今日ここに若いお客さんが居たら聞いてみようかと思っていたけれど、誰も……(笑)

上田:
リアルタイムで見ていない人は?(数人が挙手)いるじゃないですか。

里見:
今の目で見て、どうですか?

客:
全然大丈夫です。

里見:
大丈夫?

上田:
君は持ち上げるのがうまいね!

里見:
まあ、そんなこんなで、最後に一言ずつ何かいただきましょう。

上田:
じゃあ、「私にとってlainは?」みたいな。

里見:
「lainと私」で一回りしましょうか。

奥田:
斉藤さんとお会いするのは初めてなんですが、解説書に上田さんと斉藤さんの内容“のみ”しか入っていないような原稿が入っているのを見て、ああこの方が斉藤さんなのかと感激しました。やってよかったです。

斉藤:
本当にご迷惑をおかけしました。

里見:
僕が第1話と第2話ができあがってキューテックで見せてもらったときに「これ誰がやったの?」と上田さんに聞いて、斉藤さんだと教えてもらって紹介してくれとねだったんです。


上田:
スタビライズ作業ね。俺の方が終わったら紹介するって言ったんだ。

斉藤:
発売できて皆さんのお手元に届いたことは嬉しい限りです。今回手伝っていただいた方々、陰になり日向になり協力していただいた各スタッフにお礼を申し上げます。あと、ブックレットは本当に仕込み無しで映像見ながら喋ったんですよ。

泉津井:
僕自身も「serial experiments lain」は当時リアルタイムで見ていて、デジタルアニメーションを自分自身も仕事として始めたころだったので、テレビアニメで3Dを使ったりと大胆なことやるんだなと思ったりして見ていました。

上田:
その話、今始めて聞きました(笑)

泉津井:
個人的にも、自分が仕事していてある種の衝撃があったので、12年経ってまさか自分が修復をやるとは夢にも思わず、不思議な縁を感じます。力を入れてやったつもりなので、きれいになって甦ったブルーレイ版をじっくり見ていただきたいなと思います。

荒木:
僕も「serial experiments lain」を放送していたころはアニメ業界に入って2年目ぐらいで、まさかアニメーションの中で重要な位置を占める作品に参加させていただくことになるとは思わなかったので、声をかけていただいて驚きました。パッケージの仕事で、安倍さんのイラストの上に僕のCGが乗ってるなんていいのかな?とびびりながら仕事をしていました。今回、かなり光栄に思っています。

上田:
このお3方は今後もいろいろな新しい作品で名前を見かけると思うので、そちらも楽しんで見ていただければと思います。

里見:
じゃあ最後に上田さんのコメントを……

上田:
いや、俺はどうせ次も出るからいいよ。

里見:
レストア部分に関してとか。

上田:
いや、こんな感じですよ。

里見:
みんなの1年半を奪ったんだから。
(会場笑)

上田:
それは本当に申し訳ないと思う。なかなかやってもらえないだろうなという仕事でもそこにつけ込むのがプロデューサーのやらしいところで、あんまりサボんないだろうなと頼んじゃったのがこの人たちだったので、まぁ、スケジュールの遅れというのはみんな俺が責任取れば良いんだろうな。……ねっ。いや、いいもんができたんじゃない?

斉藤:
こんな仕事はなかなかないですからね。

里見:
二度とないですよ。

上田:
何GB分だよっていうね。それをやり遂げてくれたスタッフには感謝しています。ホントだよ。

里見:
では宴もたけなわということで、第12話の上映に移りたいと思います。

上田:
本当は第1話と第12話、第13話の上映を予定していたんですが、そんなには時間がないということで第1話と第12話の上映です。第13話は、みんな家で見てください(笑)


このあと、第12話の上映をはさみ、トークイベント第2部が行われました。

オリジナルスタッフが当時を語る「serial experiments lain」イベントレポート・完結編


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in 取材,   アニメ, Posted by logc_nt

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