体重の14％、キリギリスの精巣はなぜ世界一巨大になったのか？

「Tuberous Bushcricket」というキリギリスの精巣は体重の14％をも占め、体重比でいうと動物界一の大きさであることがダービー大学とケンブリッジ大学の生物学者たちの調査により明らかになりました。

巨大な精巣から必ずしも大量の精子を発射するわけではないという、これまでの生物学界の常識をくつがえすちょっと意外な真実も判明しています。では、キリギリスはなぜこんなにも巨大な精巣を持つように進化したのでしょうか？

詳細は以下から。Bushcricket has the largest testicles relative to body mass of any animal

キリギリスは昆虫の中でも精巣の体重比が大きく、ショウジョウバエの一種Drosophila bifurca（地球上の生物で最も長い精子を持ち、コイル状に巻かれた精子を伸ばすと1つの細胞で5.6cmにもなる）の精巣が体重の10.6％なのに対し、キリギリスの中でも巨大な精巣を持つTuberous Bushcricket（学名Platycleis affinis）という種は、体重の13.8％を精巣が占めるとのこと。

体重の14％が精巣と言われてもどれほど巨大なのかイメージしづらいかもしれませんが、ヒトの精巣は平均で容積が20～40ml重量が10～15gと言われるので、体重60kgで比較的大きな睾丸を持つ男性でも、体重の4000分の1（0.025％）しかありません。60kgの男性が体重比でキリギリス並の精巣を持つには、精巣を現在の約670倍～1000倍に成長させ、精巣だけで体重を10kg近く増やす必要があります。重量が1000倍になれば容積も1000倍になる、と単純に考えると、なんと20リットル～40リットルもの液体を脚の間にぶら下げることになってしまうようです。

ただし、すべてのキリギリスがここまで巨大な精巣を持つというわけではないようです。ダービー大学のKarim Vahed博士らは、8月中旬から9月上旬にかけて、ヨーロッパ各地に生息する21種のキリギリスの成虫を採集し、0.1mg単位の精度で体重や精巣の重量を測定し、精巣の体重比と繁殖行動（1回の射精量や一雌多雄傾向など）との関係を調査しました。論文はBiology Letters誌に掲載されています。

その結果、21種のキリギリスで精巣の重量は最小2.7mg（Metrioptera roeseli）から最大70.1mg（Platycleis affinis）、体重に占める精巣の割合は1％（Gampsocleis glabraおよびEphippiger ephippiger）から13.8％（Platycleis affinis）と広範囲におよび、一雌多雄傾向が強いほど精巣の体重比が大きいという点は、「メスが浮気性なほど競争が激しくなるので精巣が大きい」という生物学では一般的なセオリーにあてはまるものでしたが、意外なことに、1回に射精される精子の量は一雌多雄傾向とは相関せず、精巣が最大のPlatycleis affinisではほかのもっと小さな精巣を持つ種より、むしろ1回の射精量は少ないほどだったそうです。

Tuberous Bushcricketとその精巣のサンプルを手にするKarim Vahed博士。「腹部のほとんどを占めるほど巨大な精巣に、驚かされました」と語っています。

魚や鳥、昆虫やほ乳類なども含め、動物界では、繁殖期にメスが多くのオスと交尾する種ほど、オスの精巣が体に対して相対的に大きくなるという傾向が見られます。これは、オス同士の競争が激しくなると大きな精巣から大量の精子を射精して交尾したメスをより高い確率で受精させることのできる個体が有利になり、種全体が精巣が大きいという形質を持つように進化してきたためだと一般的に考えられてきました。

しかし、精巣の大きいオスは必ずしも1回の射精量が多いわけではないという今回の研究結果は、それをくつがえすものです。これについてVahed博士は、キリギリスに限って言えば、メスが2ヶ月の繁殖期に23匹のオスと交尾するPlatycleis affinisのような一雌多雄の種では、オスも多数のメスと交尾する機会があるということなので、大きな精巣に数回分の精子をたくわえ立て続けに数匹のメスと交尾できる個体では子孫を残すチャンスが大きくなるという進化力が働いたのではないかと説明しています。

メスが「多くのオスと交尾して、繁殖競争に強いオスの遺伝子を得る」という方針をとると、オスは「1匹のメスを確実に受精させるより、できるだけ多くのメスと交尾してその中の何匹かを受精させた方が効率的に子孫を残せる」という方向に進化するということのようです。