インタビュー

警察組織の腐敗をテーマにした映画「ポチの告白」の高橋玄監督にインタビューしてみた


どこにでもいる普通のお巡りさんが警察組織を守るために汚れ役となって警察権力の不正に積極的に加担し、最終的には金儲けのために腐敗していき、人生そのものが崩壊していくという様子を描いた、警察組織の腐敗をテーマにした映画「ポチの告白」の製作・脚本・編集・監督を手がけた高橋玄監督にインタビューしてみました。

世間を騒がせたカラ領収書による「裏金作り」や、暴力団の薬物取引を見逃すための自作自演の拳銃押収、事件になっても逮捕される前に懲戒免職にすることで現職警察官ではなく「元警察官」として報道されるマジックなど、警察の実態に迫った内容となっている同作ですが、監督は今の警察にある問題だけでなく日本社会そのものにある問題点や、解決の手がかりについても触れられています。

詳細は以下から。
■映画「ポチの告白」とは?

これが「ポチの告白」です。DVD版が3月15日より発売中となっています。


映画の序盤、この頃の主人公はまだ真面目な警官


それが刑事として抜擢される


周囲の皆のため、体育会的な「絆」のため、粉骨砕身の努力が続く


上の言うことには素直に従い、多少間違っていても上が「そうだ」と言えば同じように「そうだ」と従い続ける日々


彼の運命を変える事件の日。ここで出会う人間たちがここから後のさらなる「事件」を作り上げていく


犯人に気づかれないように近づく


犯人の気をそらすために警察がとんでもないことをしてしまう瞬間


犯人を捕まえるためにはどのようなことでも許されるのか、そういった疑問も消えていく


これはかなり物語の後半のクライマックス近くのシーン。彼らが何を見つめているのか、その視線の先にあるものが重要。


まさにこれは警察の腐敗に巻き込まれ、堕落した人間の転落の人生


裁判も機能しないという戦慄の実態


こうありたいという願いと現実との差は大きい


何もすることはできないという無力感、組織と個人との差は深い


胸を張って生きることができるのか


この映画でもかなりショッキングなシーン。


映画のタイトル「ポチの告白」そのもの。


この映画の恐るべき所はこれがまったく根拠のない完全なフィクションではないのだ、という点。


監督の高橋玄氏


■「ポチの告白」の背景、警察機構の腐敗に迫る

GIGAZINE:
警察・検察・裁判所・交通違反の取り締まりなど、権力組織の腐敗を追及し、特に警察の不祥事というか警察自身が行う犯罪について追求しまくることで有名なフリージャーナリスト寺澤有(てらさわ ゆう)氏が原案協力を行い、すべて実話がベースになっているとのことですが、映画には脚本や時間の都合上入れられなかったものの、強く印象に残った警察権力の不正に関するエピソードがあれば教えてください。

高橋玄(以下、高橋):
まあ、似たり寄ったりなんですがね。大体、カラ領収書による裏金作りというのは国家的にやっていることなわけですから。この映画に出しているのは警察犯罪の累犯の代表例なんです。

GIGAZINE:
警察は日本最大の暴力組織であるというような内容に仕上がっている本作ですが、実際に監督自身が警察から理不尽な行いをされた経験というのはありますか?

高橋:
若いころから暇があればお巡りを見つけては逆に職務質問したりしていましたから。たとえば、僕が自転車に乗っていてお巡りの前を素通りしていく時に、相手はじっとこっちを見ているんですけど、そんなに怪しくないということなのか声はかけてこなかったんです。それで逆にこっちから「おまえ何見てるんだ」と声をかけたりして。

僕は別にこういう映画を作っているから売ろうとして作り話をしているわけではないんですが、警察官は本当に一般市民のことを「お前」呼ばわりしますからね。それは、連中は行政の公務員なのに、納税者の方こそ主権者だという当たり前の認識に基づいていないからです。もちろん常識的な対応をするという人は数少ないですけどいるわけなんですが、9割以上の警察官というのは意味もなく高圧的で理不尽なことを言うわけですね。


先ほども話しましたけど、職務質問だって、警察官職務執行法をまともに守ってやっている警察官なんていないに等しいんです。法律はあるけど無視して全然大丈夫だという風に上司から言われるわけなんで、だから令状ないのに車の中を調べるなんていうことをしょっちゅうやっているわけじゃないですか。あれは本当は訴えたら起訴されなきゃいけないんですよ。でも、実際に訴えたところで起訴されませんよね。それは警察と検察は繋がっているからなんです。

つまり「日本が法治国家」というのは大嘘であって、そんな連中にまともに応対しても仕方がないので、逆にこっちから追及していくということは随分やっていました。当然、向こうもそういう突っ張った国民に対しては突っ張ってくるわけです。かといって逮捕されるようなことを僕はやったことが無いので。

だからそれなりに法律も勉強してますし、警察内部のこともそういう意味で詳しいんですね。向こうもそういう人間にはかかわりたくないんですよ。基本的に警察の仕事は弱いものいじめですから、張り合って勝てそうにない相手には逆にかかわりたくないんです。その辺がやはり役人の基本なんですよ。つまり、面倒に巻き込まれないようにしよう、という。

GIGAZINE:
本作を公開したことによって何か警察や裁判所、報道関係から圧力をかけられたり、いやがらせを受けたことはありますか?それとも、逆に本作を公開することによって安全になったりしましたか?

高橋:
直接僕に圧力はありませんが、いくつかの映画館には、その地元の所轄署が探りを入れてきたりとか、電話をかけてきたりしたケースがあったようです。例えば横浜の伊勢佐木町の映画館などは、所轄から「上映するつもりですか?」といった電話がかかってきたそうです。その劇場の支配人が「やりますよ、それがどうかしましたか?」と応対して、実際に公開はされましたけど。

あとは、自主規制をする映画館はいくつかありましたね。映画館も興行会社ですから、「うちは警察と親しくさせてもらってるんで、こういった映画は…」というところもありましたね。直接的に警察が組織力を行使してくるということはなかったです。もちろん、そんなことをしたらやぶ蛇になってしまうので。

GIGAZINE:
今回は日本外国特派員協会における約60年の歴史の中で初めて映画のロケとして使用が許諾され、出てくる翻訳の担当者や司会の人は実在の日本外国特派員協会の人となっていますが、どういう経緯で実現できたのですか?

高橋:
もともと理事や協会の人たちと友達だったんです。警察犯罪の映画を制作するにあたって、取り上げている問題の1つに、情報がディスクロージャー(開示)されないというマスコミのシステムがあって、外国の特派員の人は常に問題意識を持っているわけですね。そこに切り込んだ内容だからということで、会議が開かれて、特例的に許諾されたということです。

警察からの発表を鵜呑みにして垂れ流すだけの記者クラブ。自分では何も調べない。


日本外国特派員協会をロケ地に利用したシーン


日本のマスコミは「マスゴミ」なので、外国のメディアに対して信じがたい実態を暴露


だが警察は変わらない、そして犠牲が……


GIGAZINE:
警察の事件発表は日本の特定の新聞社や通信社しか加盟できない「記者クラブ」しか入手できず、極めて閉鎖的であり、民主党がせっかく公約として「記者クラブ開放」を掲げたにもかかわらず、いまだに第3者の加盟を認めていませんし、記者会見への参加なども認めていませんが(記者クラブ自体は建前上、一部のフリーランス記者に対して会見への参加を認めてはいるが、警察が介入して排除する)、記者クラブ問題についてはどのような問題があると認識していますか?

高橋:
やはり「情報の支配」ということに問題がありますね。北朝鮮の状況がよくやり玉に挙げられていますが、日本も笑えないだろうと思います。新聞を信じる人というのは今はあまりいないかもしれませんが、庶民感覚的に「新聞はテレビのバラエティ番組やドラマよりはちゃんとしたものをやっているんだろう」とか「NHKの報道というのは民放よりも正しいんだろう」といった不確実な認識というものがなかなか変わっていないですよね。

戦争世代の人がこの映画を見ると、すごく支持してくれるんです。「英語を使ってはいけない」というのが一夜にして変わってしまったということを経験している人は、大本営発表的なものは元から信用していないわけなんですね。特高警察時代を知っている老齢の女性が見に来ていて、「よく分かります」と言ってくれたりもしました。


高橋:
だから特定のマスコミだけに独占的に情報を提供する「記者クラブ」の制度はおかしなシステムだと分かりつつも、食うために従っているわけなんですよね、記者たちは。だから新聞社の人だって、定年退職を迎えて退職金をちゃんともらって、自分に何の被害もなくなってから言おうとするんです。生活権がかかっているので、当事者たちを一方的に非難することはできない側面もあるんですが、でもそれを理由にしていたら、生活のために犯罪に手を染めるヤクザを肯定しないといけないという話になるわけですよ。

そういう二律背反、矛盾が国家には常にあるわけです。でも矛盾があるにせよ、一番重要なことというのは、法律ではなく、人としての生き方だとか義といった感覚において「正しいことは何か」ということです。

「法律では間違っているんだけども、人として正しいこと」ってあるわけなんです。例えば医師免許を持っていない人が過疎の村に行って、手術をしたら本当は違法なわけなんですよ。だけども人の道として「医師免許は何らかの理由で持っていないけれど手術はできる」という人が手術をして、それによって死ぬはずだった人が助かった場合、これは人の行いとしては正しいと言うべきだろうと。

「日本は法治国家」と言われていますが、法律を守ることによって逆に人の道とか義とかいうことが失われていて、それを助長しているのがやはりマスコミにおける記者クラブ制度などであろうと思います。

GIGAZINE:
本作で取り上げられたような警察と記者クラブの問題について、監督が警察と記者クラブを改革して問題解決を目指すなら、真っ先にどこから手を付けますか?

高橋:
愛媛県警で裏金作りを拒否したために定年まで窓際に追いやられていた仙波敏郎さんという人がいます。日本の警察史上で、裏金領収書を書かなかった唯一の警察官です。彼が言っていましたけど、これまでずっと不起訴だった明石歩道橋事故を起訴させた検察審査会のような、「警察を監視する民間の警察」の導入を考えますね。

警察も行政機関ですから、本来は区役所の住民票窓口にいる役人と変わらないわけですよ。例えば住民票を申請するときに「住民票を出してやるからここに名前書けよ」なんて態度の人がいたら、当然「なんだその態度は!」と怒るわけじゃないですか。同じ行政公務員である警察官から違法な職務質問をされているにもかかわらず、国民が萎縮してしまうのはとんでもないことなんです。

まずは「警察官は強い」ではなく、「失態を恐れて退職金が出るまで勤め上げようとしている公務員に過ぎない」という認識を国民に教育しないといけないと思うんです。それは情報の公開と同じ意味合いですけどね。つまり警察というのはどんなところで、内部がどうなっていて、そこで働いている人たちのメンタリティはどうなのかを国民が知る必要があります。

GIGAZINE:
つまりあくまで警察官はただの公務員であるということですね。

高橋:
そうです。そして警察署の内部で偽の領収書にいろんな名前でハンコを押すおばちゃんは、業務を言われたとおりにやっているだけで犯罪とは思っていないわけなんですよ。我々も例えば映画撮影をする時に、「道路使用許可」っていうのは警察に申請して取るわけなんですよ。本当は撮影の時に車を「ちょっとお待ちください」と言って止めたら違法になるんですね。

でも「罰を科すことはできるけれど、日常生活の運営上これくらいだったらいいだろう」という一種の法解釈のグレーゾーンというのはあるわけなんですよ。立ちションベンとかね。酒飲んでの自転車運転もそうですよね。あれは法律上軽車両なんで、取り締まろうと思ったら本当は交通違反になるんですよ。

そういうものが本来「社会」と呼ばれるものですが、そこを警察がさばくことで、まるで「警察=正義の使者」であるというイメージを持たれているわけです。だから、仮に警察が多少悪いことをやったとしても、それは「弘法も筆の誤り」でという逃げ口実がまかり通って、記者クラブも「警察の不祥事は例外的なもの」と言わんばかりに深くは追及しないという馴れ合いの構造があると思います。やっぱり国民には「警察とはどんなことをやっているところなのか」ということを知らせるべきでしょうね。

GIGAZINE:
それほど日本では警察とマスコミが深く結びついているということなのでしょうか。

高橋:
ええ。アメリカでは警察犯罪を専門で報道する反警察的な番組なんかもあるわけなんですよね。以前、メインストリームのマスコミが取り上げないようなニュースを扱うことを目的としている「デモクラシー・ナウ!」という報道番組のキャスターで国際的なジャーナリストのエイミー・グッドマンとニューヨークで話をしましたが、日本にはそういう人がいないじゃないですか。

日本のジャーナリストやニュースキャスターは、申し訳ないけど食い扶持を稼ぐためにやっている人がほとんどですから。具体的に言えば「報道ステーション」の古館さんの会社にも映画の公開に際して連絡して取り上げてもらうよう頼んでみたのですが、「内容的に厳しい」との理由で断られました。

ついでに言えばテレビ朝日は系列会社のテレビ朝日映像が、公安委員会から依頼されて交通免許書き換えの際の講習ビデオなんかを作っているわけなんですよ。だからこそ関係業者は「警察には逆らわないほうがいい」というわけです。そうなってしまったら、ジャーナリズムも何もないわけなんですね。

「報道情報を統制する」というのは、やはり力を持つということです。実はお金じゃないですよね。極端な話、情報があればお金も株価操作で作り出せます。結局情報が権力者の武器なんです。自分しか持っていない情報がばらされるとか、漏れちゃいけない情報が漏れるということは権力の側にいる人間の致命傷になるわけですよ。

今、インターネットメディアがかなり大きな力になっているじゃないですか。権力の側にいる人間が情報を握る時代は、インターネットメディアが一般化されることで、変わっていくんじゃないかと思いますけどね。


GIGAZINE:
作品が完成したのは2005年ですが、約195分という3時間を超える尺の長さのためになかなか映画館で上映されず、約5年が経過したわけですが、なぜここまでの大作になってしまったのでしょうか?

高橋:
最初からここまで長いものになるとは考えていませんでした。僕は演出家でもある一方で、自分のプロダクションを持つ経営者でもありますから、売れにくくなることを自分から進んでやりたいとは思わないわけなんですよね。もちろん短くしないといけないところはいくつか整理していったんですが、でもこれ以上短くしなくても大丈夫だなという理由で今の尺に落ち着きました。

あと、そもそも最初に配給先とか映像ソフトの発売が決まっていないにもかかわらず、「作りたいものを作っていいよ」という出資者がいて始まった、極めて恵まれた状況で制作できたのも大きかったです。実際にできたものをいろんな人に見せましたけど、特に「短くした方がいい」というようなことは言われませんでした。それが結果的にこの時間帯になったのですね。

GIGAZINE:
最終的には日本全国の何館ぐらいで上映され、総合計で何人ぐらいが映画館や映画祭などでこの作品を見たことになるのでしょうか?

高橋:
アンコール上映もあって20館以上で上映されましたね。渋谷や横浜ではそれぞれ2回アンコール上映があったし、いま現在も映画祭での上映がありますので、そういった意味では正確な人数が分かりませんが、1万人ちょっとでしょうね。やっぱり時間が長いと映画館では人が来づらいじゃないですか。

生活とか仕事の兼ね合い上、調整がつきにくいですよね。だから今回DVDになるというのは僕らにとっても非常に喜ばしいことなんです。自分の空いた時間の中でちょっとずつ見るというのもできますし、大手の配給会社の人からも「これはDVDの方が反応がいいんじゃないか」と当初から言われていましたね。

GIGAZINE:
下世話な話で申し訳ないのですが、今回のDVDは何枚ぐらい売れて欲しいですか?あと、実際にサンプルDVDで全編を視聴したのですが、Blu-rayで出す予定はありますか?

高橋:
発売会社さんの営業目標もあると思いますが、僕はあんまりそういうのを気にしません。何というんでしょうか、「何枚売った」と言うよりも「この映画がどういう風に残っていくか」とかいう方が大事だなと思っていますね。

GIGAZINE:
劇中で警察権力による組織ぐるみの不正を告発するためにインターネットを活用するシーンが出てきますが、実際に警察官による職質の様子を映像記録して編集してYouTubeにて公開するケースや、海外でも警官による理不尽な暴力の映像をYouTubeにて公開するケースなどが後を絶ちません。今後、あらゆる真実が少しずつインターネットにて暴露されていく予感がしますが、監督もやはりインターネットには期待しているのでしょうか?それとも、警察がネットを規制してしまうのでそのような未来は訪れないと考えているのでしょうか?

高橋:
「情報=個人で扱えるもの」という概念を作ったということについては、インターネットというのは非常に重要ですよね。昔だったら活動家が一生懸命ビラ刷って、人海戦術で配ってせいぜい何千世帯に出回るというところを、一瞬にして十何億というところに出回るわけですから。映画にしても、昔は宣伝会社に大金を払って宣伝してもらわなくちゃいけなかったところを、今はウェブサイトで済む上に、利用者も増え続けていると。

これからは「情報の質」というものが問われていくようになるわけですけれども、少なくとも警察、権力者の犯罪や不正というものを告発していく上では、インターネットというものは非常に庶民にとっては有力な武器になるし、規制することが事実上できないじゃないですか。話によればもともとインターネットというのは有事に核が使用されて壊滅したときに情報がすぐ得られるように……という軍事目的で、つまり権力側が作ったものなんですよね。それが権力をおびやかす存在になっているというのも皮肉なことです。

中国がGoogleに対してやっている情報統制についても、規制しなければ世論が押さえきれない存在になっているからでしょう。そういう意味でも規制することは難しいからこそ、今度は重要な情報をやすやすとつかまれないように、権力悪とか不正といったものがもっと潜在化していく可能性は十分あるでしょうね。

GIGAZINE:
警察内部のシーンがとにかくやたらとこまかく、妙にリアリティがあるように感じるのですが、この映画のためにどれぐらい警察を取材して調べて回ったのですか?

高橋:
ちょっと誤解されるかもしれませんが、僕も昔は街でブラついていた若者でしたから、警察官というのは最初から好きじゃないですね。だから自分の実体験や友達、仲間とかの話も含めて、ずっと昔から知っていた世界なんですね。その上で寺澤君が具体的で専門的な資料をそろえてくれて。

変な話ですが、僕の友人が人を殴ってしまったとかで東京拘置所に入ると、昔と今とでは改装されていて拘置所の様子が違うわけですよ、よその映画制作の人たちは古い時代の東京拘置所のデータしか持っていないんですが、今の東京拘置所とは細かいところがいろいろと違うんです。

そういう情報も、中にいたやつから「今は間取りがこうなっている」だとか、そういうところまで聞き書きで情報をそろえて、使えるところは使っていったというのはありますね。だからリサーチをしたというよりも、もともと知っていた世界なので、特にこの映画のために特別に誰かを取材したということはないです。

GIGAZINE:
映画制作にはかなりお金がかかったのではないかと思うのですが、どれぐらいの規模の予算が最終的にかかりましたか?また、本作品はちゃんと黒字になったのでしょうか、それとも赤字になったのでしょうか?

高橋:
最初から予算は決まっていまして、製作費は約3000万円で、下手したらちょっと前のVシネマを作っていたくらいの値段です。これは僕らの自慢なんだけど、この予算でこの内容を撮れるチームはほかにいるとは思えませんね。千葉と茨城県の水戸市が主なロケ地なんですけど、行政も協力してくれましたし、俳優さんたちもスタッフも僕が映画監督としてデビューしてから20年近く付き合ってきた関係なので。もし普通の大手がビジネス的にこれをやろうとしたら、少なくとも1億5千万円くらいはかかる内容だと思います。

黒字になるというのはまだまだ先でしょうけど、外国でもずいぶん売れました。「日本の警察とはこういうものだったのか」という驚きがあったようです。日本は安全な国だという背景には日本の警察が優秀だからだろうというイメージがあったようですが、僕は海外の映画祭に呼ばれた時に、そういうことではないということを話してきました。日本の治安がいいのは警察が優秀だからではなく、日本人のモラリティが高いからではないかということです。

なおかつ他国の警察犯罪と違うのは、日本の場合はこれを国家的にやっているということですね。裏金作りなんていうのは警察官個人や、ある所轄の○○署だけが悪いわけではなくて、警察庁が具体的に指示を出してやっていることなわけですから、こんな国はほかにはないですね。だから、それに対して「なぜ告発されないんだ?」ということになるわけですよ。


GIGAZINE:
実際にはおそらく殆どの人は「何も悪いことをしていなければ警察のお世話になることはないので、自分たちには警察の不正など何の関係もない」と思っているはずですが、本作を見ていると警察が自分で罠を張って事件を作り出すことは仕組みとして十分可能であり、それを実行するかどうかは法律ではなく警察官自身の良心にあまりにも日本は頼りすぎであるという印象を受けました。そこで質問なのですが、日本の警察官のうち、どれぐらいの割合の警察官が不正を働いた経験があると考えていますか?

高橋:
自分が手を染める染めないにかかわらず全員ですね。100%です。先ほども申し上げましたが、ずっと裏金の領収書作りを拒否したために定年退職まで35年間巡査部長から昇任できなかった仙波敏郎さんから具体的に内情を聞きましたけど、彼自身が「警察は日本最大の犯罪組織」だと証言しています。警察組織のなかで違法行為を拒否すれば村八分にされるし出世もできない。辞めてから告発する人はいますが、それは「自分は違うぞ」と言いたいだけの話で、本当に変えたいと思ったらその時に言わなくちゃいけない。

GIGAZINE:
これは日本の警察特有の問題ということなのでしょうか。

高橋:
もちろん警察に限らなくて、日本の組織論の問題だと思います。この「ポチの告白」は警察が一番わかりやすいので警察を題材にしていますけど、実は日本人的な組織論にすべて当てはまるんです。記憶に新しいところでは食肉加工の偽装をやった会社の人が内部告発したというのがありましたけど、「お前もそばにいて見てたんだろう」と逆にバッシングされたことがあった。

日本人の組織論というのは一般の庶民感情も含めて、告発した人間に問題を感じてしまうものなんですよ。例えば偽装食肉のことを告発した人なんかは、諸外国ではヒーローとして受け入れられます。だけど、日本では「組織を裏切った人間」という概念だけで、ネガティブに見る傾向があるわけですよ。

これは警察機構の問題だけじゃなくて、それを取り巻いている大衆心理そのものが日本は特殊なんだと思います。言い訳じゃないけど、僕自身がそうですからね。大手の映画会社にケンカばかり売っていて一匹狼でやっていると、僕自身に問題があるんだろうという話になるわけです。本当はケンカを売って歩いているわけじゃなくて、不正や理不尽に対して黙っていないだけのことです。個人でアクションしたり成果を出す人間というのが、実は日本人はあまり好きじゃない。だけど外国に出たプロ野球選手なんかは持ち上げるわけでしょ。だから、日本人論的な観点もこの映画には入れたつもりですね。

最初はしがない、くだらないところから関係が始まるが、それが彼の人生を思いも寄らぬ方向へと変えていくその第一歩


この映画の中で何度も「疑問」が出てくるが、日々の生活のためということで、あらゆる問題が流されていく


上の言うことには絶対に逆らえないのだというシーンが何度も何度も繰り返される


最初はチンピラモドキだったが、段々と「本当に起きていること」が何なのかが発覚し始める


組織が腐るというのは、どこかに一部分だけ悪いところが出てくるのではなく、「上から下まで」腐っているのだということを示すシーンへの序章


犯罪がなければ「作り出す」こともいとわない、自分の持っている権力の大きさを自覚しているからこそできる悪質な利用方法、まさに濫用


パトロール中も自分の職権をいかに濫用しておいしい思いをするのかということばかり考えている有様


どこまでも愚直なまでに上に従い続ける主人公の未来は暗い


かつてはこのような時代もあったが、どこからどのように何を間違えてしまったのか、そもそも警察に入ったところからが間違いだったのか


組織に忠実に従い、組織を利用していた人間が組織にしっぽ切りされた挙げ句の果てがこれ


弁護士もあてにはならない、どこにも真実はない


裁判官ですら……


GIGAZINE:
裁判員制度が始まっているにもかかわらず、いまだに警察や検察による取り調べは密室で行われ、ビデオテープなどによる記録も積極的に行われておらず、映像記録や録音すら義務化されていないため、警察が勝手に調書を作文してねつ造し、ありえない事件をでっち上げることすらいまだに可能となっていますが、そのことについてはどのように考えていますか?

高橋:
裁判員制度についてもブログで公言しているんですけど、つまり不作為の1つなんですよ。「裁判所の判決が民意を反映していない」という世論がいろいろあって、だから民意を介在させた制度を作ろうというのは、僕から言わせると順番が逆です。判事が世の中のことを分かっていないというんだったら、まず判事の再教育をする制度を作るのが最初だろうと。

例えば判事をヤクザの事務所に3ヶ月見習いに出すとか農業をやらせるとか、工場労働をやらせるとか、そういった庶民感覚を身に着けさせるのが先で、法務省がやったことは「お前らそんなに批判するんだったらてめえで裁判官やってみろ。大変なんだぞ」という逆ギレですよ。公務員が国民に対して逆ギレしたのが裁判員制度ですよ。

しかも形だけ陪審員制度に似せたようなフリをして、実態は違うわけですよね。評決不能というのは許されないし、短期間で有罪か無罪かどちらか決めろというわけでしょう。しかもプロの裁判官が入っていれば、当然早く終わってほしい国民からすれば、裁判官に「こっちはは専門家だから」と言われれば、その判断に傾くわけです。言われなくても庶民側は、裁判官の判断を尊重するでしょう。国民はいいスケープゴートにされているんです。僕なんかは召喚状が来ないかなと心待ちにしているんだけど。

ある裏社会に詳しい人に聞いたら、裁判員制度の召喚状が山口組本部に何通も届いたらしいんです。無作為に選んだ結果ということになっているんですけど、僕は裏読みして、これはわざとやったなと思っているんです。わざと暴力団の組員に裁判員制度の紙を送って、その情報が漏れたとするじゃないですか、そうすると「やっぱり無作為というのはいくらなんでも無茶だから、こういう間違いがないようにある程度絞ろう」という風にして、結局は権力側の言うことを聞きそうな層にだけ絞っていくために、あえて自分たちで仕掛けた伏線ではなかろうかと思っているんですけどね。

裁判員の手当はたった1万円ですが、実際の判事の給料はそんなに安いわけないですよね。なおかつ500円を弁当代だとかいって徴収するらしいので、それもどういうことだっていう。まったくデタラメな制度ですよ。

GIGAZINE:
最終的には権力側に有利なシステムになるのではないかということですね。

高橋:
そうです。そして今の日本で学生運動が行われていた時代のような反権力的なアクションというのは起こりえないですよね。学生運動の時代に暴れた人たちに会うと「あの時代は終わった」と言われるんですけど、結局あの世代の人たちがいわば負けたわけなんですよ。彼らが負けたから、その後の義務教育で「こういう子どもたちを作っちゃいけない」ということで一気に教育の方針が変わったわけですよ。

だからあの世代の受けた義務教育と、僕たちの受けた昭和40年以降の義務教育ではまったく質が違うんです。独創性とか自己判断とかいうものがあえて積極的に生まれないようにするものがあると思うんです。僕も子どもがいるので、小学校の先生にもよく議論をふっかけては逃げられているんですけど、多分今の義務教育の根底にあるのはこういうものなんじゃないかと。

圧力をかけてもみ消し、権力の座にある限りどのような無茶でも押し通す


明らかにおかしなコトであっても、組織の他の大多数の人間のため、有無を言わさず犠牲が求められる


形ばかりの不祥事会見、形だけの謝罪なので誰も反省しないし、何も改善しない、自浄作用はどこにもない


高橋:
政権が自民から民主に変わって、ちょっと前の小沢問題とかって全然興味ないんですけど、あんなものはあからさまに検察の巻き返しというだけですからね。あの程度のことを巨悪だって言うんだったら、いくらでも自民時代にもあったわけで。だけど小泉だとか財務省の竹中だとかがいろんなことをやっていた時期だって、国会を取り巻くデモなんか一度も起きたことがないわけなんですよ。

だから、これは突き詰めて言えば結局、主権者で納税者である我々の不作為でもあると思います。結局「自分と他人は違う」という、日本人のメンタリティの変化のせいでしょうね。長屋社会から、完全にコンクリートに仕切られたマンション社会になった。昔は隣の子どもが悪さしたらその町の怖いおじさんが出てきて、他人の子どもだろうがひっぱたいてたわけじゃないですか。でも今は「人様の子どもに手をあげちゃいけない」ということになってしまって、おかしなことになっているなと思いますよね。

GIGAZINE:
いわゆる警察による点数稼ぎとは検挙数のことらしいのですが、警察はとにかく事件を調べて証拠を集めて調書を作ってハンコを押させて検察へ送検してしまえばそれだけで点数稼ぎができ、そこからあとの有罪や無罪などの結果は点数には影響しないということなのでしょうか?

高橋:
検察と警察は役割が違いますから、影響はしないでしょうね。点数稼ぎというのは要は予算獲得のためですから、例えばオウムの地下鉄サリン事件の時に、サリンをまいた地下鉄車内に公安警察の尾行がいたというのは有名な話ですけど、あえて事件を起こさせて大ごとにすることで、今後公安警察がこのようなテロを取り締まって根絶するためにという大義名分が立って、予算が下りるようになるというわけです。

だから、法律が変わる時というのは必ず官僚や権力側の利益になるときにしか変わらないですよ。国民の利益のために法律が変わったことは、歴史上一度もないのではないでしょうか。警察が利益商売のためにそういったことをやるのであれば、ヤクザがやっていることだって肯定しなくちゃいけなくなるわけなんですね。

彼らも犯罪者といいますけど、実際に日本中に収監されている囚人の中で、暴力団員と正式にカウントされているのは30%しかいないわけなんです。残りの70%は不倫の果てに人を刺しちゃったとか、食うや食わずで物を盗んじゃったとか、交通事故で人をはねちゃったとかいった、いわゆるカタギの人なんです。

つまり犯罪組織の人間は罪を犯す人間の3割、暴力団員の正式な名簿からしても日本の総人口と比較するとおそらく1%になるかならないかというくらいですが、そんなもののために法律の改正なんてやる意味が分からないですよ。法律を変えることによって、何らかの新しい会社ができますよね。それによってキャンペーンをやるためのポスターを作る会社とか、バッジを作る会社とか。

全部天下りの再就職先の確保のためなんですよ。今、ベビーブーム世代の年功序列がそのまま上がって来てるせいで、警察からは年間1万人くらいの退職者が出ているんです。ここ数年は毎年、1万人あまりのOBをどうするかということが警察社会の悩みの種。こんなに信号がやたらと多い国も日本くらいじゃないですか。信号機の製造やカーブミラーを取り付けるのも全部天下りOBの会社が受けていて、仕事を作らなきゃいけないから、いらないところまで信号がついているわけなんです。


GIGAZINE:
海外では警察と言えば、一方的に暴力を振るうことができる立場であるにも関わらず国家権力によって保護され、必然的に「警察は汚い」というようなイメージが一般的ですが、日本では警察は尊敬されたり、畏怖をもって見られたり、とかく一般人は警察の肩を持ちたがりますが、なぜだと思いますか?

高橋:
義務教育の過程でそういう風に宣伝されているからでしょう。警察が小学校に行って交通安全の講習をしたり、社会科の時間で警察官の仕事について教えるのであれば、同時に警察犯罪についても教育の中で教えないとだめですよね。偏った一方的な情報だけで教育していくわけですから、北朝鮮の洗脳教育と何が違うのかと。

もちろん、日本人だって警察官に親しみを感じるという人は少ないと思いますよ。法治社会を運営していくためには必要な役割という認識なんですよね。背景の1つには「自己責任の放棄」ということがあると思います。つまり「悪い人をやっつけるのは警官の仕事でしょ」ということなんですよ。でも悪い人をやっつけるのは別に庶民がやってもいいんですよ。でもその武装権を国が庶民から奪っているわけですから、国がその分をちゃんと保証しないといけないんです。だけども警察はそれをやっていません。

GIGAZINE:
この映画を作ろうと思い立った、直接のきっかけのようなものはありますか?

高橋:
製作が決まる前の企画段階で、最初にこの映画を作ろうと思った理由は、桶川ストーカー事件だったんです。この事件をやりたかったのですが、あまりに事件の個性が強すぎてそこだけで終わっちゃうと判断したんです。警察官の不作為というのは日常的にあるわけなんですよ。

被害者の方が何度も交番に相談に行っていたにもかかわらず、あの事件は起きてしまいましたけど、もし被害を受けたご家族の知り合いにヤクザの親分みたいな人がいたとして、その人に相談していたら一夜のうちにストーカーは叩き出されていたでしょう。だけど「国民は我々が守るんだ」としてヤクザを排斥したのは警察なんだから、彼らは責任を取らなくちゃいけない。

それをやらないんですから、警察は責任を放棄しているんです。日本人が警察を正義の味方だなんだと思っているのは、がんばっている婦警なんかを特集する「警察24時」みたいな番組の影響もあると思いますが、「悪徳警察24時」っていうのも同時にやらないとだめですよ。

GIGAZINE:
弁護士であり、衆議院議員も務め、国家公安委員会委員長にもなった白川勝彦氏が自身のサイトで、ちょっとむさい格好で渋谷を歩いていただけで警察官に職質(職務質問)され、めちゃくちゃな目にあったことを公開していますが、なぜ警察は職質する相手を見た目や雰囲気で判断するのでしょうか?

高橋:
やっぱり、警察官になろうという人間の性質ですかね。警察は肩書き社会というか階級社会じゃないですか。だから階級さえ上がれば、その人間の能力はまったく関係ないんです。この映画でもやりましたけど、「選抜」という通常の昇進試験とは違うものがあって、上司に気に入られたら昇進できてしまうんですよ。

つまりどんな手を使ってでも上司に気に入られて階級さえ上がれば、能力は関係なく給料が上がっていくわけです。そういう感覚の人が警察官、または公務員とかになるわけだから、見た目や形式といったような形而下的なものですべて判断していくわけです。だから「ボロを着ていたら怪しい人」だとか、殺傷事件を起こしたやつがアニメオタクだというなら、そのような格好をしているやつしかマークしないわけです。でも怪しい人間がわざわざ怪しい格好をして歩いているわけがないんですけどね。逆に言えばちゃんとした背広を着て、カバンを提げていればどんなテロリストでも素通りできるという話ですよ。

GIGAZINE:
暴力団対策法に基づいて、各都道府県公安委員会が暴力団のうちでも一定の要件を備えた反社会性の強い団体を暴力団対策法に基づいて「指定暴力団」として認定していますが、なぜわざわざ暴力団であると認定しているのに、警察は暴力団員を全員逮捕しに行かないのですか?

高橋:
実際に犯罪行為をやっているかいないかということは建前上にしろ裁判があるわけですから、暴力団であるという理由だけで裁判をしていたら、公判を維持できないじゃないですか。公務員である彼らの価値観というのは、「下手を打たないようにしよう」ということなんです。実はこれはヤクザも同じで、いかにも気ままにやっているように見えるけれど、組織の上の人間に対して間違ったことをやってしまったら一発で食べられなくなってしまう。

「自分がやったことは大丈夫なのか」というのが一番大きな判断材料になっているんです。「暴力団だから一網打尽」というのも、1つ1つの容疑というのがつかめない限りはどうしようもないですよね。一方、所轄レベルでいえば、暴力団と警察というのはある種トムとジェリーであって、ガサが入る前には付き合いのあるところがあれば情報がいきますよと。

例えばちゃんと名簿に載っている組員であれば、あらかじめ逮捕する時間を教えて、親分と刑事の部長クラスで話し合いがあるわけなんですよ。当分女房子どもに会えなくなるので、「3日やるからその間に身辺整理をしてこい」ということになるんです。その辺りがヤクザと海外のマフィアが違うところで、日本のヤクザは逃げないわけなんですよ。逃げたら組織がまるごとやられてしまうから。「こいつを差し出すから、組織全体はやるなよ」という暗黙の了解というか文化があるから、ヤクザというのは非常に特殊なんですよ。

これは警視庁の国際犯罪対策課にいる定年間近の警察官の話ですが、退職間近になると暴力団と身近になるんですよ。当然OBなら天下り先の会社に行くこともできるんですが、もっと荒稼ぎしようと思うと、後輩から取った「ガサが入る」という情報をヤクザに教えて見返りを要求したりとか、色んなことができるわけなんですね。

そういう意味では、警察とヤクザは両輪というか、表裏一体ではあると思うんです。ただ、ヤクザ側から言わせれば「警察の方が汚い」と言います。いざとなったら警察はれっきとした国家公務員だから、向こうの方が社会的に強くて大義名分があると。警察とヤクザの戦いはそんな中で繰り広げられています。

GIGAZINE:
警察官の中でも平気で職権を濫用して一般市民を脅迫してくるケースを実際に見聞きしたことがありますが、そういう場合には各都道府県の公安委員会に訴え出れば解決されるのでしょうか?それとも、実際には警察官を訴えるなどの行為は無意味なものなのでしょうか?警察が不正を行っている場合、一体誰がどのようにして罰することができるのでしょうか?

高橋:
公安に訴えたところで解決はされないですね。警察を管理しているのが公安委員会なわけですから。僕も無駄であるとは思いながら、警視庁の苦情窓口とかがどういう対応をするのか試しにやってみたことがあるんですよ。木で鼻をくくったような対応で、むしろクレーム対応の窓口自体がえらそうで、「何か文句があるんですか?」的な雰囲気だったんですよ。「相談窓口がある」という、あくまで建前上の話でしたね。

司法判断というのが近代社会においては最終結論になるわけですから、最終的には裁判所が判断することが結論になるわけじゃないですか。でも日本の場合、裁判官も検事も弁護士の入り口も全部一緒なわけですよ。司法試験に受かればいいんですから。だからこそ警察を罰したいと思ったら、裁判員ではなく、純粋な意味での陪審員制度にする必要があります。

実際に裁判官なんかに聞くと、やっぱり検察が起訴したものに対して無罪判決を出されただけでも出世の道は閉ざされると言います。日本の異常な有罪率はそこに起因しているんです。検察が起訴した時点でほぼ自動的に有罪になるという、こんなことは世界中見渡してもほとんどありえないじゃないですか。それが通常のようになっているということを一般の人は知らないんですよ。容疑者になってしまったらその時点で犯人と確定したようなものだと。「逮捕されたら終わり、起訴されたら終わり」というのは、ある意味ではその通りですよ。

GIGAZINE:
運転免許更新時に警察の交通安全協会への加入は個人の任意であり別に支払わなくてもいいのにそういった説明を一切せず、天下り役員の給与などに使われていましたが、なぜこのような金をむしり取る行為が平然と行われているのでしょうか?

高橋:
警察に限らず、いわゆる行政司法を含め官僚がトップにいる「国のカネで食ってる」連中は、昔のお代官と変わらない体質で来ているわけですから、理由はカネでしかないわけですよね。公務員になる人の大半は、倒産することのない安定した収入源だということで入るわけですから。

もちろん、中には外務省に入って仕事をバリバリやりたいという人もいるんだろうけど、ほとんどの場合は財源として安定しているからという理由ですよね。行動律の原理が「金銭」であるので、国家公務員の方が民間よりもカネに対する執着心が強いのは当たり前ですよね。

GIGAZINE:
日本は賭博を禁止しているにもかかわらずパチンコだけはわけのわからない理屈で許可しています。これは警察が一枚かんでいるからだという説がまことしやかに流れていますが、もしそうであるならあらゆる賭博が警察の力で合法化できると思うのですが、なぜパチンコだけ特別扱いなのでしょうか?

高橋:
パチンコの景品交換所の中には必ず天下りの人間が1人いるんですよ。それを受け入れなきゃ営業許可が出ませんから。ついでに言えば、パチンコだけじゃなくて、宝くじだって外国に行くといろんな会社が複数の種類のものを出しているじゃないですか。でも日本だと旧第一勧銀、みずほ銀行独占の利権になっているんですよ。

日本の戦争時代から国と一緒にやってきた勧銀の流れがありますからね。これは法律で言ったらほとんど間違いなく独占禁止法に間違いなく抵触するはずなんですけど。そういうことで、結局警察の持っている権力というのは、全部1カ所に集約されているわけですよ、日本の場合は。アメリカのFBIやCIAといった感じに権力が分散されているのではなくて、もう全部一個に集約されていると。思い通りに動かしてなんだってできてしまうという話なんですよね。

GIGAZINE:
最後に、日本の未来は明るいですか、それとも暗いですか。

高橋:
どの観点から見るかによりますよね。みなさんこの映画には救いがないとおっしゃるんですが、わざと子役の女の子を起用した理由というのは「未来は明るくしていかなきゃだめだ」というメッセージです。息子でなく娘にしたのは、子どもを産めるのは女性だからですよ。

娘の目に映るのは……


高橋:
ラストシーンで女の子は大人の社会が汚いことになっている様子を、じっと風に吹かれながら見ていますが、いずれその子の親父が残した黄色い日記を見た時に、その子自身が次の世代に汚いことを無くすために戦っていくような社会につながる……かもね、ということです。ラストシーンを「絶望」として描いているわけじゃないんですよね。


高橋:
僕個人で言えば、今の少子化の問題などを含めて、日本の将来にはかなり問題があると思います。あるところの試算だと、このままいけば2050年には日本の人口が半分になると言われているんです。あとは韓国、中国の人が今すでにいるように、外国からの移民を受け入れるしかないわけですよね。

国による教育費の保護も日本が一番少ないわけで、「人材が財産となる」という考え方が本当に無くなってしまったと思います。JALがこの間倒産ということで、こつこつと5万株貯めたおっちゃんが嘆いている……という内容をテレビでやっていましたが、そもそもそんなものを信じているからいけないんだと。「株はすごいもので、これこそが財産だ」という風にやってきたのが実は幻想だったということがあるわけです。

たとえば農業とか漁業といった生産労働が堅実なようなものとして見られていて、映画屋なんていうのはそれこそヤクザ商売だという風に思われていますが、僕から言わせれば天気を相手に商売している農業や漁業と映画、本当に不安定なのはどっちなんだと思います。そういう風に物の見方の角度というのはいろいろあるわけで、映画というのは見方の1つを提示する仕事ですよね。開いたノートパソコンを後ろから見たらただの四角いハコでしかないですが、逆から見たらパソコンだって分かるように。

今回の映画もみんなが見ている警察を横から見ただけの話なんです。そういった意味からすれば、今日本が不景気だとか、子どもが少ないとかいう見方もあるけれども、一方で外国人の方が日本人的な価値観とか美学ということを勉強しに日本に来たりとか、日本のならわしや行儀というのをリスペクトしているような外国人の方が生み出したものを日本社会の中に取り入れていくような、一種の日本的価値観の逆輸入というか、「多くの視線を持つ」というのが重要なんだと思います。

GIGAZINE:
ありがとうございました。

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in 取材,   インタビュー,   映画, Posted by darkhorse_log

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