インタビュー

3月6日公開の映画「イヴの時間 劇場版」の吉浦康裕監督に作品や今後についてインタビューしてきた


総再生回数は300万回以上で来春の3月6日(金)には劇場公開も決まったイヴの時間」。今回、GIGAZINEでは監督の吉浦康裕氏にインタビューを行うことができました。吉浦氏はどうしてアニメを作るようになったのか、これまでの作品はどのように生み出されてきたのか、そしてこれからどのような作品を生み出していくのか、いろいろ根掘り葉掘り聞いてきました。

詳細は以下から。
◆アニメを作り始めたきっかけ
GIGAZINE(以下、G):
まずは軽く自己紹介をお願いします。

吉浦康裕監督(以下、吉):
まもなく劇場版が公開される「イヴの時間」で企画・脚本・監督を担当している吉浦です。よろしくお願いします。「アニメーション監督」というか、今のところは「アニメーション何でも屋」みたいな感じで何でもやっています。


G:
アニメを初めて作ったのは大学の時だとありましたが、それまではアニメ制作への興味はありましたか?

吉:
そうですね……高校の時にずっと演劇をやっていたのですが、進路を決めるときに「役者はやめておこう」と思ったんです。ちょうど当時、90年代後半ぐらいはゲームとかにCGが使われ始めた時期だったので「CG関係の勉強をしたい」と思って大学に進みました。

G:
アニメというよりもCGに興味があったのですか?

吉:
いわゆるキャラクターが動くCGには興味がなかったです。「MYST」というゲームがすごく好きで、CGによって世界観が打ち出されていて、描かれた無人の島がすごくきれいだったんです。そのビジュアルに圧倒されて、こういう世界を作れるんだったらCGっていいなと思ったのがきっかけですね。

G:
「MYST」はセガサターン版を友人が遊んでいたのを見たことがあります。

吉:
最初はMacintosh向けに発売されたゲームで、初めてCD-ROMを採用したPCゲームだったと思います。このゲームについて語り始めると長いですよ(笑) だから、そういうところから入ったのもあって、僕にとってCGというのはキャラクターアニメーションというよりも、世界観とかバックグラウンドなんです。そちらに魅力を感じますね。

G:
一番最初にアニメーションを制作したのは、芝居をしていたときに「舞台後方のスクリーンに流すものを何か作ってみたら」と言われて作ったものだそうですが。

吉:
最初はCGということで、九州芸術工科大学という、近所にあって昔からCGを扱っていた学校へいったんです。「この作品がキッカケ!」というビッグバンというかエポックメイキングみたいな作品はないんですが、入学した当初にたぶんSTUDIO4℃制作のPV系アニメなどを見て、これが割と手書きのセルとCGが融合しているような作品だったので、アニメがやりたいなとじわっと思ったんです。それで、最初はちょっと趣味でパラパラッと描いてみたりしていました。演劇をやりに来たんじゃないんだということで入っていた演劇部をやめたんですが、映像に興味があるんだったら芝居の映像を作ってみないかと言われて。芝居の映像というのはたとえば役者の顔や名前、タイトルが順々に出てくるというような実写ベースのものが多かったのですが、アニメで作ってみようと思って作りました。といっても、人間の動きをトレースして描く、原始的なロトスコープみたいなものでしたが、これが最初でしたね。

G:
アニメには特にこれというビッグバン的作品がないとのことですが、「このアニメは観ていた」みたいな作品はあまりないのでしょうか。

吉:
高校の時に「エヴァ」を見たぐらいですね。それまでアニメは観なかったんですが、「ああ、アニメってこんなに面白いんだ」と思いました。中学ぐらいでやっぱりアニメを観なくなっていたので……。

G:
なるほど。

吉:
高校のころは「GHOST IN THE SHELL」とか、芝居作品とかをいろいろ観ていました。

G:
アニメ以外にいろいろ観ていたという感じですね。

吉:
映画というか映像作品をむさぼるように観るようになったのは高校ぐらいからです。あの頃は雑食でしたね。

G:
なるほど。

◆デジタルスタジアムへの挑戦、そして「ペイル・コクーン」へ
G:
アニメを作るようになって初の作品「我ハ機ナリ」は「二週間ほどで一気に制作」したそうですが。

吉:
芝居映像の次の作品ですね。最初の作品はお芝居の中に入れるちょっと風変わりなものだったので、せっかくCGやりに来たんだから何か作ろうと思ったんです。でも、だいたい1本目の作品って作ることに精一杯になって、やたらと壮大な話にしてしまったりしてなかなか完成しないんですよね。なので制限をかけて作ろうと考え、ちょうど2週間後ぐらいに学内映像サークルの上映会があるということだったので、その上映会に間に合うようにということで制作しました。

G:
なるほど。

吉:
期限を区切って作るというときに、楽なのはPV系だろうと思ったんです。物語はいらないし、音の長さが決まっているから尺も同じだけになるし。ところが、僕は好きな歌手とかがいないんですよ。

G:
そうなんですか。

吉:
ホントに音楽を聴かないんですよ、もちろん聴くことはありますけれど積極的にCDとかは買わなくて。だから、周囲でよく音楽を聴いている友人に「尺の短い音楽で何かない?」と聞いたら、ハードコアなら短い曲が多いよということでスリップノットのアルバムを貸してくれたんです。その中から一番短い曲を選んで、その曲にあわせて作ったのが「我ハ機ナリ」ですね。

G:
ちょっと変わった作り方だったんですね…。この次に、NHKデジタルスタジアムで発表された「水のコトバ」が登場する、と。

吉:
これは在学中のことですね。

G:
デジタルスタジアムへ作品を出したきっかけは何だったんですか?

吉:
それまで作った作品は学内で上映するだけだったので、これを何かどこかに応募できないかなと思って。当時、作品応募を受け付けて採用作品を番組内で流すという番組は「D's Garage21」と「NHK デジタル・スタジアム」の2つだったんです。そのうち、デジスタの方では放送されるところまで行ったんですがイマイチ反応がなかったので、次はデジスタに出すために作品を作ったんです。

G:
なるほど

吉:
その、次の作品というのが「キクマナ」なんです(編注:「キクマナ」は伊藤有壱賞を受賞してデジスタ入り)。デジスタでは毎年、前年のデジスタ入賞者に翌年のOP映像を作らせるという企画があって、ちょうど大学3年のときだったので就活を兼ねてコンテを送ったんです。すると、東京に来てプレゼンしてくれないかと言われました。5、6人が集まって話をする中で、残念ながらコンテは採用されなかったものの、別の枠として「デジスタ10minシアター」という10分のショートムービーを放送する番組を作るので、それ用のアニメを作らないかと誘われました。何かテーマを設定されるのではなく、オリジナルで作っていいといわれて作ったのが「水のコトバ」です。


G:
デジスタで反応が悪かったけれど、また改めて送ったというのは負けられないみたいな気持ちがあったのでしょうか。

吉:
意地ですね。大学の中で上映すると先輩とかにチヤホヤされるんですけど、デジスタで放送されたあとはちょっと反応が悪かったから「じゃあ次はもっとすごいの作ってやるぞ!」と。「水のコトバ」はデジスタから話が来る前から、作りたいものとしてストックに入っていたんです。

G:
構想はすでにあったと。

吉:
そうですね。大学のころに作った作品は「我ハ機ナリ」「キクマナ」とアート系の作品が多くて、このまま卒業するとアート系映像作家として括られてしまい後々の活動がしにくくなるのではないかと思って、今度はセリフをしゃべりまくる作品を作ろうと考えていたんです。芝居が好きだったということもあって、できたのが「水のコトバ」でしたね。

G:
「水のコトバ」を拝見しましたが、喫茶店内をメイン舞台にしていたり、セリフがぽんぽんと飛び交ったり、「イヴの時間」と共通するところを感じました。

「水のコトバ」の舞台は喫茶店、その印象はどこか「イヴの時間」に似ている?





吉:
「水のコトバ」を作ったときに、これはシリーズアニメとして作ったら効率がいいなとちょっと思ったんです。同じ舞台だと背景を作らなくていいし、一つのセットを組んで撮影するドラマみたいな感じでコストパフォーマンスがいいなと。

G:
「イヴの時間」のプロトタイプのような感じですか。

吉:
それは確実にありますね、店の感じも似てますし。

G:
そしてこの次に2005年、東京国際映画祭で上映されて評判となった「ペイル・コクーン」が登場します。スタジオ六花の作品歴で、「水のコトバ」までは自主制作、「ペイル・コクーン」は個人制作となっていますが、これは何か意識するものがあるのでしょうか。

吉:
初めて商業ベース、きっちり商品展開することを前提に作ったというのがありますね。実は作り方自体は「水のコトバ」と変わっていないんです。映像は自分で作って、声は他の人にあててもらい、音楽と効果音も別の人にやってもらう。それが、大学ベースからちょっとプロベースになったという感じですかね。

「水のコトバ」では吉浦監督以外にキャストが6名登場。


G:
大学ベースからプロに、というので意識は変わりましたか?

吉:
どうですかね……仮に大学の自主制作の延長だったとしても同じ作り方をしていたと思います。前の作品の反省を次に取り入れるというのがポリシーなので、実験作といえば実験作だった「水のコトバ」を作って、もうちょっと一本筋の通ったストーリー物をやろうとしたのが「ペイル・コクーン」です。閉じた世界のちょっと小粒な作品というのではなく、尺の20分なりに壮大なものを、自分が好きなSFで、と。


G:
改めて「ペイル・コクーン」を見ると「これ、本当に22分しかないのか?」というぐらい大きな物語が展開されているんですよね。

吉:
ちょうど直前に新海誠さんの「ほしのこえ」があって、それを観てかなり参考にしたというか、影響を受けた部分があります。作家として、自分が考えていた以上に商業ベースにやらないとダメなんだなと思いましたね。「水のコトバ」まではちょっとアート系のノリだったんですが、「ペイル・コクーン」は商業アニメを意識しました。あと、「ほしのこえ」も長さは20分ぐらいなんですが、まるで全編が予告編のように壮大な話なんです。「ああ、こういう作り方ができるんだ」と思いました。


◆「ペイル・コクーン」の反省を活かした「イヴの時間」
G:
そして「イヴの時間」が作られたわけですが、先ほどおっしゃっていた「前の作品の反省を次に」ということは、「イヴの時間」では「ペイル・コクーン」の反省が踏まえられているのでしょうか。

吉:
「ペイル・コクーン」ってわかる人にはすぐわかるけれど、わからない人は話がよくわからないっていうんですね。だから、もっと雰囲気的に誰からも共感を得られるようなものにしたいというのと、「ペイル・コクーン」は物語性ありきなのでキャラクター性が皆無だったので、今度はキャラクターものでいこうと思いました。どちらかというと、賑やかで楽しい感じに。

「ペイル・コクーン」のキャラクターたち。彼らを踏まえて「イヴの時間」は生まれた。


「イヴの時間」のキャラクター、ウエイトレスのナギ。


主人公のリクオ。


リクオは喫茶店「イヴの時間」に通ううち、だんだんロボットへの想いを変化させていく。


G:
「イヴの時間」はYahoo!動画を用いて2ヶ月に1話ずつ公開されましたが、この公開形態は作り始めた時から決まっていたのですか?

吉:
作り始めたころは発表媒体が決まっていなくて、WEB配信だと最初から聞いていたわけではないですね。「何か1話10分のシリーズ物を作ろう」ということで作りました。

G:
どういった視聴者層を想定して「イヴの時間」を作ったのですか?

吉:
普遍的に誰もが見られる物語というんでしょうか、ドラマが好きだったり、映画が好きだったり、アニメ好きの中だけではなく、物語が好きであれば広い層の誰にでも見て欲しいですね。だから、作品にはあまりトゲを作らないようにフラットにと気をつけました。たとえばキャラクターデザインは特にエッジが立っているわけではなく、CGが強調されているわけでもない。ストーリーにしても、ロボットを扱っていてロボット三原則も出てくるんですけれど、三原則を突き詰めるとすごく深い話になってしまうので、脚本を書くときには語られるお話は普遍的な感情の部分に落とし込もうと注意しました。ロボット三原則の理屈でこう動く、こう動くというのではなく、ロボット三原則に従って行動したら、この女の子のアンドロイドは自分の知らないことを知っていてちょっと悔しい、みたいな。

G:
なるほど、それが具体的に作品中に反映されているわけですね。

吉:
ただ、その一方でやっぱり僕はSF好きなので、ロボットに過剰なファンタジーを乗せるのはいやだったんですよ。例えば、愛の奇跡で愛情を知るとか、ロボットが人間になりたがるとか、そういうのはあんまり好きじゃないんです。

G:
確かに、「イヴの時間」のロボットたちは割り切っているというか、人間らしいそぶりを見せることはあっても、人間になりたがることはなかったですね。

高校生が、学校に迎えに来たアンドロイドに荷物をぞんざいに押しつけるシーン。


人間らしいそぶりを見せるロボットたち。


しかし、ロボットはロボット、人間は人間。


吉:
ロボットとしての立場を最初から完結しているんです。戸惑うのはいつも人間の方なんですよ。最終話でも、あるロボットが喫茶「イヴの時間」でしゃべったりしゃべらなかったりするのは、ここで喋る、ここで喋らないというのを作ってはいるんですけれど、一応全部理系的に筋が通っているんです。そこは論理破綻させないというのがポリシーですね。

G:
そのせいで、見ている側はやきもきさせられてしまいましたよ。

吉:
(笑)

G:
そんな「イヴの時間」は、WEB配信の当初から大きな反応があり、最初の3日間で3万以上のアクセスがあったそうですが、これを聞いたときはいかがでしたか。

吉:
だいたいそうなんですけれど、作品を作って発表したあとあんまり実感はないんですよ。実感が出てくるのは、たとえば最初の作品だと学内で上映して、そのあとに「あれ、面白かったよ」って人がワッと来てくれたときでした。「イヴの時間」も3万という数よりも、そのあとにメールが増えたり、掲示板への書き込みがあったりしたときでしたね。生の声というか。あとはイベントで「見たよ」って声をかけてもらったり。

G:
最終的には300万回を越える再生回数だったそうですけれど。

吉:
実はそれもさっき知ったところで。さすがにここまで来ると実感がわきますけれど(笑)

G:
「少なくとも」300万回だそうですから、すごい数字ですよね。

吉:
たとえばYahoo!動画とかだとコメントやレビューが増えていくたびに実感しましたよ、最近はさすがに見てないですけれど。あと、ニコニコ動画だともっと直感的に実感しますね。

G:
ニコニコ動画のコメントとかご覧になることが多いんですか?

吉:
最初のころは読んでいました。最近はあまり見ないようにしています。コメントも一筋縄では無くなってきているので(笑)

G:
コメントの内容も変わってきましたか?

吉:
そうですね、まあ次のステップに進んだということでしょう(笑)。あと、あんまり見ている暇がなくなってきたというのもありますね。作り上げちゃうと自分の作品って見ないというのもあります。

◆吉浦監督へいろいろと質問
G:
ちなみに「監督」とは具体的にどのような仕事をなさっているんですか?「イヴの時間」だと企画、監督、脚本と役職がついていて映像に関しては全部やっているのか?という感じなのですが。

吉:
一般的なアニメ監督とはちょっと違うんですけれど、映像に関しては基本的には作画以外のところです。たとえばお店のCGは自分で組んでいて、他も全部自分でやっていたんですが、さすがに効率が悪いということでそれ以降の学校やリビング、6話で出てきたマサキの部屋とかは自分で取材をして大まかなモデルだけを作り、そこからモデリングを外注して詳細な物を作ってもらっています。実際の各カットのカメラワーク、レイアウトも自分で決めています。そこからレイアウトを印刷したものを作画担当ということで、アニメーターの方と作画監督にお願いしています。もちろん、監督としてのチェックをするので、アニメーターの方が描いてきた絵に、実写で演技指導するように、ここはこういう風にお願いしますと返したり。背景も、3Dで出力したものに手描きレタッチを加えていて、最初は自分でやっていたんですが手が回らなくなって、今はレタッチ監督に担当してもらっています。

G:
最初は本当にすべてご自分でなさっていたんですね。

吉:
今考えると無茶な話ですね。それで、作画が上がってきたら撮影して編集してというのは基本的に自分でやっています。あ、撮影は他のスタッフにアシストしてもらったりもしますけど。

G:
アニメを作っていく上で楽しいと思うことはなんでしょうか。

吉:
そうですね…………アニメ制作って僕にとっては「苦行」な部分が多いんですけど(笑)、「イヴの時間」だと演技をする、つまり作画をするのは他者なんですよね。絵コンテにはもちろんこうやって演技(作画)してくださいと描いてあるんですが、それ以上のいい演技が返ってくることがありまして、そういうときはうれしいですね。

G:
想像を超えるものができあがってくるんですね。

吉:
もしくは想像していなかった部分が補われてきたときに「ああ、そうだったのか」と思います。演出家はイメージで捉えがちらしくて、たとえば箱を持ち上げるときにアニメーターの人は「この箱って重いんですか?」って気になるらしいんです。自分のイメージの中では漠然と「持ち上げる」という動作だったのが、アニメーターの手にかかると色っぽさというか情感というか「よいしょ」という追加演技が入ってくるのがうれしいですね。ときには、そこにさらに自分の追加イメージを足して返したり。

G:
やりとりの中でイメージが膨らんでいく感じなんですね。では、逆にアニメ制作の中で好きじゃないことはありますか。

吉:
これは現場によりけりなんですが、特にここの場合はメインとなる人がスタジオに3、4人しかいなくて、ほとんどの作業が自分の目の届かないところで行われているんです。たとえばスタジオジブリだと、宮崎駿監督がいて、そこにスタッフがずらーっと机を並べているじゃないですか。背景美術のスタッフもちょっと離れているとはいえ同じ敷地内にいるわけです。でも、今回は基本的に見えないところで作業があって、結果が自分のところに届いて、それをチェックしてまた返すということをやるので、一つのチームでスクラムがっちり組んで作品をいいものにしようという信念のもとにやっていくのとは少し違う部分があるんです。アニメ業界のシステムというのか、紙だけがいろんな人の間を回ってくる仕組みになっているので、そこはできれば一つのところに集めてやれればいいんですけれどね。今回はできませんでしたが、これは今後やろうと思えば改善できることなので。

G:
ということは、将来的にはずらっと並んだスタッフをチェックしつつ作るというようなスタジオになるんでしょうか。

吉:
できれば同じ場所で一緒に作りたいですね。

G:
やはり、同じ場所でやっていないとちょっと一体感が生まれないというのはあるのでしょうか。

吉:
あくまで想像の中なのであまり言うのも無責任ですけれど、フリーのアニメーターの方達は多くの仕事を抱えていて、その中で時間をとって「イヴの時間」の原画をやってもらっているんだと思うんです。特に「イヴの時間」はかなり変則的な作りをしていて、1つ話をしたあと次を作るのは数ヶ月後だったりするので…。全員ちゃんと拘束して一緒に作る体制が整えられればいいんですが、金銭的な問題もありますし、その帳尻をあわせる形で作画監督に負担がかかっていて大変ですしね。そこは今作の大きな反省点です。

「イヴの時間」1シーン。


G:
「イヴの時間」を制作するにあたって、「スタジオ六花」ではどれぐらいの時間と労力とコストがかかったのでしょうか?

吉:
労力に関しては、まずは冒頭準備としてキャラ設定や背景デザイン、さらに舞台となる背景の3Dを実際に組んだりする作業があったので、そういった準備作業やコンテ+第1話・2話制作で1年ほどかかりましたね。そのかわり、残りの3話から6話はだいたい同じ1年ぐらいで作りました。テレビアニメの1話分を制作するのに脚本やコンテ期間を含めてだいたい平均3ヶ月かかるらしい、と聞いたことがあります。さらに普通のテレビアニメでは4~5チームぐらい組んで、第1話を作ったら次は別のチームが第2話を作って、1話を作ったチームはもっと先の話数を作るというような感じらしいですね。ところが僕らは基本的に同じスタッフ1チームなので、そこが大変でしたね。たとえば、第1話を作っている合間に2話のコンテを描いたり、2話を作っている途中で3話の脚本を洗い直して、コンテ描いて……。さらにそれを作っている間に4話のコンテを描いて、という作り方をしていたので。作画に関しては時期がばらけているんですけれど、僕個人が作業するコンテ・演出の部分は大変でした。

G:
ウェブ配信でコメントがついたりレビューがあったりという話がありましたが、ネットの存在で感じるメリットやデメリットはありますか?

吉:
作るだけなので、発表媒体についてそんな深く考えたことはないですね。今後ウェブでやっていくかどうかもわからないです。ただ、ウェブで発表するっていうやり方は水物というか、YouTube以前・以後で大きく変化したように、2~3年で様変わりするかもしれないんですよね。ネットで気をつけなければいけないのは、今のこの感覚が数ヶ月後には変わっているんじゃないかということですね。自主制作の人もパッと発表できて、世界の人がすぐに見てくれるという環境が整うのはいいことですが、そのあと商品としてどのように売っていくかというのは難しいですよね。

G:
今までは何とかしてファンレターを送るか、アニメ雑誌で交流するかだったものが、自分のブログで感想を書いたり、ウェブ配信だとそのサイトでレビューを書いたりということができるようになりましたが、反応は変わりましたか?

吉:
反応は良くなりましたね。これは自分の体感ですけれど、以前のDVDオンリーの作品に比べると見てくれた人も桁違いですし。ただ、ネットに自分から飛び込んで行くにはリテラシーが必要ですね。2ちゃんねるの自分に関するスレッドをわざわざ見に行って憤慨して怒る人がいますけど、自分とそういった情報に対する距離感は身につけないといけないなと思っています。あくまで一つの意見ですし。何よりも自分個人に対して発信されているわけではない。アニメ好きが集まってあの作品はああだこうだと話している個人宅に「何を話しているんだ!」と乗り込んでいくようなものですから。そういうことをする必要はないと思っていますし。なんといっても、Googleに自分の名前を入れて検索するだけでいろいろと出てきますし、そこは気をつけています。昔はやっていたんですが、最近やらなくなりました(笑)

G:
2ちゃんねるとかはやはり見ないようにしているのですか?

吉:
見ないですね。スタッフがたまに見てるみたいで、聞いてみたら「監督じゃないと平気なもんです」って言ってました。

G:
自分の作品のココを見て欲しいというポイントはありますか?

吉:
ポイントって言ってしまうと、それ以外をおざなりにしているみたいですけれど、もちろんそんなことはないですよ。ただ、いつも考えるのは「脚本をちゃんとしよう」ということですね。「ペイル・コクーン」のときは空回りしたところがあるんですが、あれは自分ではしっかり練ったつもりなんですよ。PIXARの脚本の作り方が好きで、ああいうのを心がけようと思っているんです。舞台や物語の「設定」の枠組みは手垢にまみれた使い古されたものでもいい、ただし、プロットは凝る。間違っても、設定に凝ってプロットが単純ではダメだと思っています。

G:
以前、「設定は古典SFだけれど、プロットを新鮮なものに作り替えている」というようなお話をされていましたね。

吉:
僕は「トイ・ストーリー2」がとても好きなんです。「おもちゃが子どもの見えない場所で生きている」というのは単純で使い古されてるって思いがちですけど、それを単純だというのはその人の想像力の問題だと思います。「トイ・ストーリー2」はそこにすごいドラマを盛り込んでいるんですよね。主人公のウッディはすごいプレミアのついたおもちゃで、その価値を知っている大人に盗まれてしまいます。彼は自力で帰ろうとするけれど、盗まれた先で出会った自分と同シリーズのおもちゃに「持ち主の子どもが大人になったらお前はどうなるんだ」って、シビアな現実を突きつけられるんです。ウッディのおもちゃとしての存在意義が問われる…ってこれはなかなか思い浮かばないプロットですよね。つまり当たり前の設定の中から凝った話を作る、という点をお手本にしたいんです。設定が当たり前だと、プロットを凝ってもストーリー的にはすごくわかりやすい作品になるんじゃないかと考えています。

G:
「イヴの時間」act06の最後近くになって謎を残した「トキサカ事件」というフレーズが出てきたり、ENDの後ろにうっすらと「?」が見えていたりしました。劇場版では”イヴの時間 ファースト・シーズン完全版”になるそうなので、続編があるのかなという感じなのですが……?

吉:
すぐさま何か動くということはないですね。「イヴの時間」を作ってみて、今のこの少人数制作の作り方はもうできないと思ったんですね。短編ならともかく、シリーズものだと体制を整えないと身が持たないですね。構想としてはあったんですけれど、作るんだったらもっとちゃんと体制を整えてからだな、と。

G:
このあたりからスタートしたいな、という時期などはないですか?

吉:
決まっていないですね。ただ、「イヴの時間」は1話1話で完結した物語として見せたいというのがあったので、6話で一区切りついたかなというのはありますね。

G:
今何か作っているとか、構想している作品というのはありますか?

吉:
構想はいろいろありますね。イヴは制作スパンが長かったので、作品を作っている間に次の作品の構想が思い浮かんでくるんですよね。内容に関して一つ言うと、会話劇に終始するような企画はいったん終わりにしようかと思ってます。もちろん、そういう方向性というか味をスッパリ切り捨てるという意味ではないんですが、それ以外の魅力を持ったアニメということですね。実は最初のうちは、「イヴの時間」と並行して某アニメ…というかヱヴァなんですけど、の手伝いをしたりしていて、やっぱりこういうアニメが面白いなという原点回帰があったんですよ。主人公がいて、美少女がいて、ロボットがあって、アクションして、そういう王道を歩みつつも、何か一点そこからズレているような作品を作ってみたいな、という気持ちも出てきました。

G:
高校のころ観ていた作品に改めて触れてというのもあるのでしょうか。

吉:
そうですね、まさか自分が携わるとは思いませんでした。

G:
ちなみに、参加したのはどのあたりですか?

吉:
シンジ君たちが海洋プラントを訪れるところのイメージボードを描きました。きれいな水族館というよりは工場みたいな感じでということで、何枚か。そのあと、実際に水族館のシーンの1カットの背景を作りましたね。大まかなアウトフレームだけですが、アスカがゲームをしているところの背景をちょこっと作って、そのあたりでタイムアップになったのであとをお任せした形です。

G:
「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」も最近の作品ですが、最近観て面白いと思ったアニメ、あるいは映像作品はありますか?

吉:
映画でもいいですか?最近すごく面白かったのは2006年の「サンキュー・スモーキング」ですね。映画を観ていて「面白い」っていうのと「ピンと来る」のは別で、ピンと来た映画ってその作品を偏執的に好きになるんですけれど、この「サンキュー・スモーキング」がまさにそれでした。タバコの研究所の広報をつとめる男の話で、テーマが議論なんです。いかに相手をやり込めるかというとこがすごく面白くて、この作品ちょっとやりたいなと(笑) ただ、議論がテーマだと企画として通りにくいので、別の隠れ蓑で。

G:
(笑)

吉:
この映画も「議論がテーマです」とは言っていないんですよ。あくまで、「たばこのイメージアップ」をしなければならない役を背負った男の話、です。「たばこが体にいいですよ」「肺がんにならない」とは言えないんですが、スポークスマンが引っ張り出されたところが面白いんです。小さい頃からたばこを吸いすぎて肺がんになってしまった子どもを前にしたテレビ討論で、保険会社は「たばこのせいでこんなことになっている」と言うんですが、彼は「私が望むのは少年が今後も健康でたばこを吸い続けてくれることです。むしろ、死んで喜ぶのは保険会社の方です」と切り返すわけです。これ、オススメです。

G:
ほかにやってみたい作品などはありますか?構想をたくさんもっていらっしゃるようなので、あまり原作ものをやる余裕はないのかもしれないですが……

吉:
ありますね、別に原作付きに抵抗もないです。自分で作ると自分が好きなものばかりになりますし、やらせていただく機会があるなら原作ものには興味がありますね。

G:
具体的に小説ですとか、かつての映画でリメイクしてみたいものとかありますか?

吉:
大それたことをいうとアシモフの「鋼鉄都市(The Caves of Steel)」とか、一回映像化されていましたが「アンドリュー NDR114(The Positronic Man)」とかですかね。ロビン・ウィリアムズがロボットを演じていましたけれど、原作はもっと深い話なので、もっと原作に近く映像化したいなと思ったことはありますね。

G:
映画が出ましたけれど、アニメはあまりご覧になっていませんか?

吉:
最近ちょっと観なくなっていますね。あと、アニメを作りだすとアニメって観なくなるんですよね。

G:
忙しくてちょっと観られない状態ですか?

吉:
深夜中心なので、テレビでアニメを観ることはなくなりましたね。でも、映画はけっこう観てますよ、「サマーウォーズ」とか。ニコニコ動画の「天体戦士サンレッド」はちょっとした時間にサクッと観ていますね。あと、話題になった「フミコの告白」はかなり早い段階から観ていました。

G:
すごく話題になりましたね。

吉:
再生数が3万回ぐらいのときに観て、これは数日で20万、30万回再生いくだろうと思いました。それで、コメントしたらそれを見てきたアニメ業界の監督さんから「お久しぶりです」って連絡が来たりして、みんな観てるんだなぁと。

G:
アニメの現在のDVDを売って制作費を回収するビジネスモデルはかなり厳しいのではないかという話がありますが、監督は何か「こんなモデルはどうだろう」みたいなイメージはありますか?

吉:
僕は、同業者の人がつらつらと答えているのをみていつも「どうして作る以外のことをこんなにも考えられるんだろう」って思います。すごいですよね、僕はホントに作るだけなんですよ。ただ、ウェブ配信を今後同じようにやっていくかというと違うんじゃないかなという気がするんですよね。実感としては、どんな売り方をしていても、ネットで流されても、面白い作品は売れるんだろうなと、そう思います。制作者としてはただ面白いものを作っていくだけです。

G:
以前インタビューした「小悪魔ageha」の編集長と同じように、職人がいいものを作ればみんなついてくるんだなと感じますね。

吉:
映像というのはソースとしてやばいんだと思います。小説はたとえデジタル化されてもやはり本で読みたいじゃないですか、パソコンの画面ではあまり読みたくない。同じように、漫画も紙の方が読みやすいと思うんですが、映像はどっちでもいいやと自分でも思っちゃうんです。テレビで観るのも、パソコンでネットにアクセスして観るのも同じ感覚になっているんです。画質もだんだん改善されていくし、難しいですよね。

G:
最後に、公開が決まった「イヴの時間 劇場版」ですが、ネット配信された作品の映画化というのはかなり珍しいケースですよね。(以前に「チョコレート・アンダーグラウンド」の事例があるため初ではない)

吉:
今回「イヴの時間」をやっていて、今まで観てくれた人はもちろん、観ていなかった人もこれを機会に観てくれるといいなと思っています。ウェブ配信で1話から6話までを個別に作ってはいたんですが、劇場にかけてもいいレベルのものを作ったつもりですので、楽しみにしてもらえればと思います。

G:
劇場版では1話から6話をそのままつなげて流すというわけではないんですよね?

吉:
そうですね、再編集して一部変更したりして、一本の映画になっています。

G:
ということはエピソード間の補完として新規追加カットがあったりするんでしょうか。

吉:
そんな感じですね(笑)

リクオの母がアンドロイド(サミィ)の髪を整えるシーン。追加カットの一つです。


スタッフ:
もともとハイビジョン画質で制作していて、DVDではハイビジョンで見られなかったのですが、劇場ではハイビジョンで観られるという感じです。

以下の画像はクリックすると1280×720のものが観られるようになっています。いったいハイビジョンではどう見えるのか体験してみてください。


吉:
背景はもともとハイビジョン画質でレンダリングしているので、スクリーン映えすると思います。

スタッフ:
いろいろ見えていなかったものが見えるようになっているかもしれません。

G:
なるほど、先日改めて1話から見直して「ひょっとするとこの文字はハイビジョンだとちゃんと読めるようになっているんじゃないか」とワーワー言っていたところです。

吉:
画質についても、1話から6話までだいぶ間隔が空いているので、6話の感覚で1話を再調整するつもりです。

G:
観たことがない人はもちろん、すでに観た人も新たな楽しみを見つけられるというわけですね。期待して公開を待ちたいと思います。本日はありがとうございました。

◆映画「イヴの時間 劇場版」
3月6日(金)から池袋テアトルダイヤ、2010年春 テアトル梅田でロードショー。

劇場ではこのようなチラシが配られています。


・喫茶店「イヴの時間」に集う人(?)々
リクオ[人間]:福山潤
マサキ[人間]:野島健児
サミィ[アンドロイド]:田中理恵
ナギ[??]:佐藤利奈
アキコ[??]:ゆかな
コージ[??]:中尾みち雄
リナ[??]:伊藤美紀
チエ[??]:沢城みゆき
シメイ[??]:清川元夢
セトロ[??]:杉田智和
名称不明[LUH型ロボット]:石塚運昇

・スタッフ
原作・脚本・監督:吉浦康裕
キャラクターデザイン・作画監督:茶山隆介
音楽:岡田徹
アニメーション制作:スタジオ六花
制作:ディレクションズ
配給:アスミック・エース

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©2009/2010 Yasuhiro YOSHIURA/DIRECTIONS, Inc.

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