コラム

人材派遣協会いわく「派遣は格差社会の元凶ではない」


社団法人 日本人材派遣協会いわく、派遣がワーキングプアを生み、格差社会の元凶であるというのは間違いであり、誤解だそうです。

格差の根本は「賃金格差」であるのにそのことについてはほとんど考慮せずに後回しにしていき、人材派遣会社が儲かることを第一に考え、自分たちの今までしてきたことの結果で今まさに逆風が吹いているにもかかわらず、それでもなお派遣業界を支えている派遣労働者のことを立ち帰って真剣に考えていないことがひしひしと感じられ、一連の文章を読むと思わず「それは本気で言っているのか?」と反応してしまい、あとにはただ怒りしか感じられません。あまりにも人材派遣業界は意識が低すぎるのではないでしょうか?

人材派遣業界の側がこの格差問題についてどういった意識を持っているかが垣間見える衝撃の内容は以下から。
特集|社団法人 日本人材派遣協会「派遣は格差社会の元凶ではない」

派遣が無くなれば正規雇用、つまり正社員などの常用が増えるはずだという意見に対する反論がまず最初に展開されています。


まず、(1)についてであるが、「派遣」がなかったら、常用が増えるかと言うとそうではない。

最近、派遣の浸透に伴って、企業が派遣を活用する場面がノンコア業務から一歩踏み込んでコアの周辺業務まで拡がりつつあることからすると、若干はそうした事も考えられる。

しかし、派遣にはそもそも「常用代替の防止」ということで、制度上、種々の措置がとられている。そして、次に見るようにいわゆる非正規に占める派遣の割合がかなり小さい。これらから、派遣がなかった場合でも、パート、アルバイト、契約社員などが増えていただけと思われる

派遣がなかった場合でも、パート、アルバイト、契約社員などが増えていただけ」という結論の持って行き方は明らかに論理的におかしい。同様に正社員になる人数も増えるはずなのに、そのことは速攻で無視。正規雇用が増える可能性を少しも考えていないのには驚かされます。そしてその理由として「派遣が非正規労働者の大層を占めていると思われている」のは誤解だと主張、以下の文章が続きます。

次に(2)については、派遣労働者数は下記のように140万人であり、これに対してパート、アルバイトは1100万人、契約社員らは300万人いる。
いわゆる「非正規(この言葉自体適切な表現とは思われないが。)」の中に占める割合は8%、雇用者全体では2%に過ぎない。ところが、規制緩和などもあって急速に拡大し、注目を集めたために、格差社会の象徴のようなイメージが形成されたのではないかと思われる。

なるほど、全体の中では小さい一部分でしかないのだから問題ではないと主張する数字のマジックですね。しかしこの際に証拠の資料として提示されている総務省統計局「労働力調査詳細結果」を見ると、派遣労働がやはり巨大な問題であると言うことが判明します。

2002年の派遣労働者数:42万人

2006年の派遣労働者数:143万人


240.5%増加しています。つまり約3.4倍。対して正社員は2002年から2006年でマイナス0.1%、つまり減少しています。また、パートやアルバイトも派遣と同様の割合で増加しているかというとそんなことはなくて、2002年から2006年で伸び率はわずか1.5%しかありません。わかりやすく、2002年から2006年の伸び率を並べてみましょう。

正社員:0.1%減
パート・アルバイト:1.5%増
派遣労働者:240.5%増
契約社員・嘱託:18.9%増

どう見ても伸び率が異常です。派遣労働が必要とされる社会的要請が強まったのが原因ですが、それを支える仕組みを整備せずに搾取する仕組みばかりを整備した自分たち派遣業界の責任を自覚せず、責任転嫁して挙げ句の果てに全体の中では派遣の割合は少ないから格差とは関係ないと言い切るのはあまりにも無責任過ぎます。

そして、格差問題の最大の原因である賃金格差。お金、給料の格差がすべてのあらゆる格差の根本的原因と結果の両方であるわけですが、それについては以下のように述べています。

(3)については、後述のように、派遣労働者が働く動機は千差万別であり、賃金もまた千差万別である。にもかかわらず、これらを単純平均して、働き方がほぼ一定している常用労働者と比較するため、その差が強調されている。
 常用労働者と同様の働き方をしている派遣労働者の賃金は、責任範囲の違いや賞与など、制度上の違いを考慮すると、直接働いたことへの対価という点では、言われるほど大きな差はないと思われる。

さすがにこの点については上記意見を補強するための資料がなかったらしく、単純に証拠に基づかない勝手な憶測にとどまっています。しかしこの上記引用文、どう読んでも「同じ仕事をしていても正社員と派遣社員で給料に差があるのは当然だから文句を言うな」という意味以外の解釈が不可能なのですが……。むしろこのあたりの賃金格差を埋めていくのが今の派遣業界に求められている責任であり、自浄作用であるにもかかわらず、「差があるのは当然ですが何か?」と言わんばかりのこの態度はあまりにも自己中心的すぎるように感じられるのですが……。

さらに、「派遣の果たしている役割」として、「失業予防」というのを掲げています。

また、「正社員としての就職先が見つかるまで」つなぎとして派遣で働く者もいて、派遣会社はこうした者に就業の機会を提供している。
さらに、紹介予定派遣が制度化されたことにより、正規雇用を望む派遣労働者の安定雇用の機会が増大している。

紹介予定派遣とは要するに、派遣された会社が「この派遣労働者は優秀だ」と思うのであれば直接雇用することができるというもの。なるほど、実にすばらしい制度ですが、全体のどれぐらいの割合を占めているのでしょうか?あらゆる派遣労働者がこの「紹介予定派遣」によって正社員になれるわけがないのは自明の理です。人材派遣会社の売り物は人材であり、その売り物をそうやすやすと手放すわけがない。わかりやすくいうと、人材派遣会社にとって派遣労働者とは「鵜飼いの鵜(うかいのう)」なわけです。永遠に「正社員になるまでのつなぎ」が派遣労働によって長期間続きまくり、年齢的にアウトになってしまって正社員になる道が閉ざされてしまうのが問題なわけで。正社員になるための教育を受ける時間も機会もお金もすり減らしておいて能力を開発させず、「生かさず殺さず」の状態にして飼い殺し同然の状態に持って行った派遣業界の責任についてはどう考えているのでしょうか?この点については以下のように回答しています。

一般的に派遣労働者は正社員に比べて能力開発の機会が乏しいとの指摘がある。ビジネスマナーやパソコンのエクセル・ワードの基礎的なものから専門的なものまで、スキル向上やキャリア形成に各派遣会社は努力している。
 労働者の視点から見れば、派遣労働者として多くの職場を経験し、あるいは、自分が身に付けたいスキルの習得が可能な仕事を選ぶことで、早期に的確なスキルを習得することができ、エンプロイアビリティー(就業可能性)を高められる。

つまり、使い捨ての人材ではなく正社員として雇いたくなるような人材として育てているし支援していると言いたいようですが、多くの職場を経験してもスキルは伸びませんし、自分が身につけたいスキルの習得が可能な職場ばかり選り好みしていれば、派遣の仕事が紹介されなくなるのはもはや常識。このような八方ふさがり、完全に終わっているような状態に追いつめておきながら、「就業可能性を高められる」と断言するとは、常識的に考えても理解できないのですが……。

そこまで自論に自信があるのであれば、同じ台詞をサクラや仕込みではない、ホンモノのネットカフェ難民や派遣労働者のワーキングプアに語って聞かせ、そして感想を直接聞いてみてはいかがでしょうか?

ちなみにコレと同じことを2006年11月にも主張しています。

派遣労働と格差社会について

そもそも、格差は同種のカテゴリー間の比較であるべきなのに、異質のカテゴリーのものを、賃金という同一の尺度で比較しており、単純に比較すべき事柄ではない。
 また、派遣会社が無ければ格差が存在しないかといえば、決してそんなことは無く、むしろ派遣会社は就労意欲を持つ労働者に仕事を供給することで、雇用の安定、社会の安定に寄与している。

同一の尺度で比較しないと比較の意味がないのですが……。また、現在の社会問題化している状況を見てもまだ派遣業は「雇用の安定、社会の安定に寄与している」などと断言できるのでしょうか?大企業などの「収益の安定、会社の安定に寄与している」というのは確かですが。

まとめもすごいことを書いています。格差は必要だ、何が悪いんだ、という開き直ったかのような論調です。

格差は競争社会の産物であり、競争なくして社会の発展はあり得なかった。我が国は、グローバル化の進展の中で、引き続き国際競争力の維持、確保を図る必要がある。そのためにも、努力に応じた一定程度の格差は容認されるものであろう。格差を全く無くしたら個々人のやる気が失われてしまい、社会の発展が期待できなくなるのは事実であるから、「我が国は、諸外国に比して格差が小さい社会である」とも言われているなか、グローバルでのスタンダードはどこで、我が国はどのレベルを目指していくのかを明確にし、個々人の雇用の安定を図りつつ、労働者のモチベーションを最大限活かすような「格差」はどのあたりまでの差なのかについて議論を尽くすことも重要であろう。

確かにそうですね、だからその格差を「縮める」努力もすべきなのではないでしょうか。上記文章中には具体案がありません。本当にやるべき具体的な案としては、以下のような論文が既に2000年に出されています。

賃金格差拡大は経済活性化をもたらすか:JRR|日本総研:シンクタンク

現在わが国にみられる所得格差の拡大傾向は、経済活性化にマイナスに作用する性格を強く持っているとの指摘が可能である。しかし、格差拡大をすべて阻止すべきとするのは短絡的であり、経済合理性のない格差を是正する一方で、「インセンティブとしての格差」を確保するための条件整備を行うという姿勢こそが必要といえる。具体的には、IT革命・新産業育成の障害となっている正社員・非正社員間および企業規模間の賃金格差を是正するとともに、実力・実績主義成功の条件としての「人材育成機能の強化」(経営的条件)および「格差を固定化させない仕組みの構築」(マクロ的条件)の実現を目指すべき

代わりに「社団法人 日本人材派遣協会」はこういう努力をしています。

haken-working2007

派遣を利用してこんな働き方をしている、仕事と生活の調和を上手に図っている、派遣だから私はこんなことを実現できた、など派遣を活用してハッピーな生活をしている方々であればジャンルや内容は問いません。是非、あなたの派遣ライフを教えてください。

意見を募集するのであればでしょう。派遣の働き方のここに不満や不安がある、仕事と生活が両立できなくなっていった経緯、実現したいことが実現できなくなるスパイラルの恐怖、格差が固定化されていく原因などなど、現在の派遣が抱えている諸々の問題を広く募集して聞くべきでしょう。

それを「派遣を活用してハッピーな生活をしている」例を募集するとは、どう考えてもあとで「見てください!派遣は格差の原因ではありません!ほら、派遣でハッピーだという例があります!」というようにして主張するための例証集めと受け取られても文句は言えないはずです。このご時世にこの様な行動をすること自体、格差問題に対する問題意識が極めて低い証拠であり、自覚がまったく足りないことを白日の下にさらしているだけです。保身することのみに走っているその姿を見て、肝心の当事者である派遣労働者の方々がどう感じるかは考えてくれないのでしょうか?

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in コラム, Posted by darkhorse

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