チェルノブイリは事故から21年経ってどのような姿になったのか


1986年4月26日、チェルノブイリ原発で事故が発生しました。事故による影響は大きく、チェルノブイリのあった現在のウクライナだけではなく、隣国のベラルーシやロシアにも汚染が広がりました。当時のソビエト政府はチェルノブイリ周辺の区域の住民を避難させ、事故から一ヶ月後には原発から30km以内に居住する約11万6千人すべてが移住させられたそうです。

そのチェルノブイリは、現在どのような姿になっているのでしょうか。これはIAEA(国際原子力機関)によるチェルノブイリ訪問レポートです。

IAEA Photo Essays - Revisiting Chernobyl Villages

事故を起こしたチェルノブイリ原子力発電所4号炉。「石棺」と呼ばれる鉄筋コンクリート製の建造物で原子炉と中身を封じ込めていますが、その耐用年数は約30年だと言われており、かなり老朽化が進んでいます。


発電所があったプリピャチ市は緑に覆われていて、遠くに原発が見えます。


原発はプリピャチ川の河岸にあります。


廃墟。


誰も片付ける人がないため、荒れ放題。


人が少ないため、動物にとっては楽園になっているようです。


近くの村に住む家族連れ。


子供の数はけっこう多め。みんな事故があったことは知らない年齢です。


以下はElena Vladimirovna Filatovaという女性がチェルノブイリを訪問して詳細にレポートしたもの。ちなみに彼女の父親は核物理学者だそうです。

elenafilatova.com

チェルノブイリに近づいた人々や車両には化学薬品での消毒(除染作業)が行われます。


事故の直後に送り込まれた、陸軍兵士やその他の労働者で構成された清掃スタッフ。非常に軽装に見えますが、これは現場の危険性について何ら説明を受けていないためです。


がれきの撤去作業。


完全に建屋が吹っ飛んでいる4号炉。これは石棺に覆われる前。


家は自然に還りつつあります。


無人の団地群。


ソビエト連邦自体後期のよく整備された町並みを残しています。


日本のどこかの団地だと言われても納得しそうな風景。


野生のノロジカが道路を横切りました。


誰も管理しなくなった牧草地。


こちらはウクライナではなく、ベラルーシを訪問したもの。


野生のイノシシ。狩ろうとするものがいないので、快適な暮らしを送っているようです。


村には誰もいません。


汚染された村では、目の大きさがスイカほどあるような豚や、4つの角を持って生まれた牛、足が8本ある馬などが見られるとの報告もあるそうです……。


奇形の牛。


なお、一部のレポートの和訳が以下のサイトで行われています。「Kid of Speed」はElenaさんのハンドルネーム。

KIDDofSPEED - GHOST TOWN - Chernobyl Images - Kidofspeed - Elena

・参考リンク
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